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2-6 武器

 衣知佳のクラス、3年四組の朝の教室の入りは半々というところだった。俺と飯倉は廊下から衣知佳が入っていくのを見守る。

 教室に来た衣知佳の姿に、そこかしこで固まっていた男女の小集団の視線が衣知佳に集まった。うつむき加減に、重い足取りで真ん中の方へ歩いていた衣知佳の足取りが、止まる。

 視線の先に、机に腰を下ろした黒髪刈り上げの、体育系の体つきをした男子を取り巻くようにして、談笑にふけっている計4人の男女グループの姿が見えた。

 俯く衣知佳の姿を横目で見るや、片方の口の端をゆがめて知らないふりをするこざっぱりしたショート男子と、黒のロング女子。明るい栗色のセミロングは、何も気づいていないかのようにスマホを指を走らせている。

 なるほど、あいつらをどうにかすればいいのか。

「飯倉。ちょっといってくる」

 返事はなかった。が、俺はかまわず教室に入る。見たことのない女子生徒の姿に、クラス中の視線が俺に集まる。それを跳ね返すように俺は大股で教室の中心まで行き、奴らの前に立つ。

「ねぇ。この子私の友達なんだけど、仲良くしてくんないかな」

 出来るだけ性別をぼやかした声音でそう提案する。突然の闖入者に戸惑っていた四人のうち黒ロングが、薄笑いを浮かべて仲間へ向き直る。

「えっ、どういう事? 私たち仲良くしてるよね? いじめてないし」

「そうだよ。嘉手島が友達いないから、俺たちは遊んでやってるだけだよ」

「嘉手島のやる事でみんな楽しくなるんだからさ。全然人気者じゃね?」

 こもごもにそう言って笑いあう。ひとしきりそうした後、「ねぇ」と黒ロングが机に腰かけたまま、自分の上靴の片方を脱いで衣知佳の前に差し出した。

「ほら。いつもみたいにワン、ってやってよ。これ頭にのせてあげるから。きっと可愛いよ」

「ほら。嘉手島も楽しいだろ、笑えよ」

 そう言って含み笑いをする3人。栗色はそれを冷ややかそうに横目で、スマホをいじっている。俯いた衣知佳をとらえる周囲の視線。好奇と、不安。

 上靴を手にした黒ロングの手が、衣知佳の頭に伸びる。

 ほーん。そういう屁理屈ですか。

 じゃあ俺が楽しくしてあげようかな。

 横合いからショートのうなじとみぞおちへ、挟み込むように手刀を叩き込む。雌鶏のような鳴き声を上げてくの字に折れたところに、黒ロングの手からもぎとった上靴を頭に乗せる。スパン! 大変いい音だ。

「最近の犬は打楽器も出来るんだな、鳴けよ」

 冷ややかに言い放つ俺に、キレたショートが掴みかかる。その不用意に伸びた手首を掴み返し、こちらへ引き込みざまに外側へひねる。

 短い悲鳴の後、同じ口から絶叫が続いた。それに反応して、ざわめきに女子の悲鳴が加わる。

 護身術の一つだ。軽くひねっても痛みで動けなくなるところを、俺は力いっぱい捩じっている。俺の妹をいじめてる奴だ。傷つけない程度に痛めつけてやる。

 前のめりになったショートの膝の皿を正面から蹴り落とす。完全に床にくず折れ、俺が掴んでいる手を支点に身体がずだ袋のようにぶら下がる。

 自分の体の重みとひねりからくる痛みで、ショートは悲鳴を何度も上げてもがいていた。

「謝れ」

「すいませんでしたっ」

 俺はさらに力をこめる。ショートの悲鳴と一緒に女子の悲鳴がさらにコーラスする。

「何をだ。お前は何に謝ってるんだ。言え!」

「嘉手島さんをいじめて、すいませんでした!」

 俺が手を離すと、ショートは床に横たわったまま、腕を抑えて金魚のように口をパクパクさせた。すっかり静かになった教室に半径二メートルのドーナツ化現象が発生し、やがて足元のジュークボックスが曲を流す。曲名・すすり泣き。

 不意に、背中に衝撃が走る。首に腕が巻きつく感触。

 羽交い絞めだ。その瞬間、俺の本能がやばいとささやいた。

 咄嗟の事に、手加減が出来なかった。

 身体のばねを使って後頭部を相手の頭にぶち当てる。怯んだ隙に腕を組み解き、相手と向き合った。

 先ほどの体育。顔を抑えている。至近距離。腕を十分伸ばせない。ストレートやフックは、威力が落ちる。

 左手で拳を作る。ハンマーの要領で、体育の喉仏にぶち込む。

 うめき声。手が喉元を覆う。顔面がクリアになる。

 左手を退き、右半身を前へと切り返す。左足で一歩、奴の右足を潰すように踏み込む。体重をかけて、ひねりこむ。

 俺の肘鉄が、体育の横面をえぐった。

 首をねじったまま体育の上体が、伐採した大木のようにゆっくりと傾いでいく。俺が左足を離すと、やがて奴の身体は周囲の机を巻き込んで倒れていった。

「……」

 悪は悪で殺し合う。悪にも、ヒエラルキーはある。

 俺は、武器を持たない側の悪だった。法は、俺たちを守ってなどくれない。そんな奴らは、武器を持った悪に理不尽な暴力を受けたとしても、耐えるか、死ぬかしかなかった。

 だから、俺は自分の身体を武器にした。警察官の父さんにあこがれ、必死で学んだ武道の技術に、自分なりの工夫を加えて。

 俺はわざとらしく咳ばらいをすると、黒板の前ですっかり色を失い遠巻きに見つめていた黒ロングに大股で近寄った。逃げようとするところを、すかさず壁ドンして塞ぐ。

「あの子に何かしたら、ただじゃおかねえぞ。アタシが家までいって潰すからな?」

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