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2-3 フローター

 衣知佳が通っている私立美谷台中学校は公立美山丘高校とは反対の方角にあり、俺は遅刻を覚悟した。まぁ授業一日さぼっただけで人生が狂うなんてことはないし、構うものかと半ば開き直っていた。それで自分の家族が無事に社会復帰してくれるならずっと有意義だろう。

 しかしだ。男の娘になって妹と一緒に通学してくれなんて話は聞いてない。

 時刻は午前7時40分。通学中の以前見慣れた制服たちの間を縫って、俺は自転車を母校まで流していた。隣の衣知佳は、先日俺に深刻な相談をしてきたのとは思えないほど楽しそうだ。

「なあ。俺、この姿だと補導されるんじゃないか」

「凜にいは気にしい、だなぁ」

「そもそも俺の母校だぞ。何で女装する必要がある」

「トイレで難癖つけられても来れるし、顔覚えられても身元発覚しないでしょ。うちのクラスってミーンとか普通にいて、私ってどちらかというとギークじゃん? だから凜にいは抑止力やってほしいの、抑止力!」

 専門用語がわらわら出だして頭が痛い。要するにスクールカーストのことを言いたいのだろうけど、ひとこと言わせてもらえば、俺の中で今朝お前はギークからフローターへ昇格した。

 俺が苦みばしった顔で胸元のピンリボンの先をつまむと、衣知佳は目を輝かせて人差し指を俺に向けた。

「その困った顔がいいの! 萌えるから!」

 血の気が引くのを感じる。こいつ、自分のニッチな趣味に俺を巻き込みやがった。

「大丈夫だって! 見た目普通の女の子にしか見えないし、それに、この方が凜にいだって私をカバーできる行動範囲広がってウィンウィンでしょ? 私のこの提案、マジでダムクール」

 いえいえ。エピック・フェイルでございます。

 周りの視線を気にしつつ、俺たちは学校の駐輪場へ自転車を止めた。

「ねえ」

 衣知佳がさっきまでの声のトーンを落とし、上目遣いに俺の方を見つめる。

「どうした? やっぱり不安か」

 安心させるために、俺は口の端だけを曲げて不敵に笑みを作った。

「凜にいに止まってほしくなかったから言わなかったんだけど」

 どういう意味だ。

 衣知佳は眉根を寄せ、口元に手を当て、もう一方の手で俺を指さした。

「その子……誰?」

 言葉の意味を理解し、俺は肩越しに振り返る。

「おはようございます! 嘉手島さん、どうして女装なんかして――」

 俺は飯倉あいりの口元に手を当てた。出やがった、嘉手島凛太郎人生最大のフローター!

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