2-2 セットアップ
顔に当たる弾力的な固さに目が覚めた。
どうやら考え事をしているうちに寝てしまっていたようだ。思い出したくない夢。だが、忘れてはならない夢。
「あ、動かないで、目閉じて。今から影つけて線引くから」
衣知佳がウキウキした声で俺の顔に何かを塗り終えると、アーモンドぐらいの大きさをした先端のブラシと、極細の筆のようなものを取り出した。
「なぁ、衣知佳。これ、お前の学校復帰に必要な事か」
「うんうんうん。必要必要」
なんだその軽い調子は。土曜の早朝から人様の顔に落書きするんじゃない。
「社会ってさ、不思議だよね。高校生になるまで学校じゃメイク絶対禁止! とかいってるのに、大学とか社会に出たら、メイクは最低限の大人の身だしなみだって言われるんでしょ? おかしいよね」
言いたいことは分からんでもない。が、俺の顔をその理屈でいじるのは分からない。
「俺の顔で練習したいって事か」
「んー……ちょっと違うかな。あっ、可愛いー!」
俺は玩具か。
「凜にいは元の顔がいいからうらやましいなー。私、お父さんと顔似ちゃったじゃん。それがちょーショックで」
俺自身はあまり好いてないがね。それに、父さんも中性的な男前の顔に入るし別に問題ないと思うが。
俺の思いをよそに、衣知佳は俺の顔パーツにバラエティ豊かな細工をしては黄色い悲鳴をあげている。
「頭これじゃ駄目だよね、ウィッグつけてカツラ持ってこないと」
この段に及び、俺はいつぞや抱いていた不安を思い起こすことに相成った。
「待て」
「あーダメダメ目開けたら。鏡見ちゃだめだからね」
「いや。これさ、ネットにあげるとかそういう事はしないよね?」
「そんな悪ふざけするわけないでしょ。凜にいは馬鹿だなぁ。うわー! すごい綺麗」
兄の顔で遊ぶのは悪ふざけじゃないと。そうですか。
しばらくして、衣知佳が大きく息をついた。隣室へとんぼ返りする気配。
「もういいよ。目開けてこっち見て」
俺が目を開くと、輪郭の直線的なのにやや違和感は残るものの、幼さの中に端麗さを備えた線の細そうな女顔が、衣知佳の手に持つ鏡に映っていた。一目ではそれが俺の顔だとは見分けがつかなかった。
「よく出来てるでしょー」
俺が感嘆の吐息をついている横で、衣知佳が誇らしげに腰を両拳ではさむ。
「輪郭のところ前髪でくるっと隠しちゃったら?」
へいへい。俺はカツラの左右の房をちょいちょいと位置修正する。
「本当に上手だな。メイクの専門にでもなるのか?」
「まだ分かんない、でも興味はあるよね」
衣知佳はそういうと、部屋の隅にあるハンガーラックからスクールブレザーを手に取った。
「これね、昔引っかけて破いちゃって、補修する間どうしようもないから新しいの買ったんだ。だから余ってる」
「ほう」
「というわけで、今日これ着てくんない?」
というわけの定義とは。




