1-15 提案
「……いじめか?」
無言の首肯をもう一つ。
「ちょっと色々あってね、家にこもっちゃったんだ。でもね、ずっと休んでると、次学校に行くとき、どんなことされるかって思うと……私、それが怖い。勉強だって遅れてるだろうし。なおさら」
「確かに。俺もビクビクしながら復帰した」
「このままじゃ駄目だって思いながら怖くて、家でゲームや配信しかできなくなっちゃって。このままじゃまずい、って思ってはいるんだけど、とても……怖くて」
言葉の後半が涙声になってはっきりと聞き取れなかったが、言わんとすることは分かった。
「分かった。俺が手伝ってやるよ」
「手伝うって、どうやって?」
「勉強で分からないことがあったら見てやるし、学校まで一緒についてってやるよ」
「やだ、恥ずかしいっ」
「校内では他人のふりをする。もし、教室に入ったお前がいじめられそうになったら俺が飛んでいってやっつける。それでいいだろ?」
「いじめる子が女子だったらどうするの。それに、凛にいのもともといってた学校なんだし、やっつけたらまた問題になっちゃうよ」
「あー」
「あー、じゃないよ。凛にい、馬鹿だなぁ」
一言余計だろこいつ。
「じゃあどうするかなぁ、何かいいアイデアないかなぁ」
「いいよ別に。私のためにそんなことしてもらわなくても」
「でもなぁ」
「いいってば」
言葉に険が出てきたのでそれ以上言うのはやめておいた。
家に帰る頃にはすっかり暗くなっていたが、捜査で出ずっぱりな父さんはともかく、母さんもいなかった。
「二人ともいないな」
「だろうね」
衣知佳は分かっていたとばかりにフンと小さく鼻を鳴らし、靴を脱ぐと早々に自分の部屋の方へ進んでいった。俺はその背中に声をかける。
「衣知佳。俺疲れてるから、今日は弁当頼むよ。何か食べたいやつとかあるか」
「何でもいい。フツーの」
仕方なしに俺はテーブルの上においてあった千円札を見つめたまま、検索して出てきた弁当屋の電話番号をプッシュした。予算内に収まるフツーのものをフタツ頼み、椅子に座ってチャイムを待つ。
スマホが一音を短く伸ばして句点止めのようにまた一音、振動した。ラインだ。
手に取ったスマホの画面に映し出されていたのは、衣知佳からのチャットだった。
――怒ってごめん。
――別にいいよ、お前が一番大変だもんな。
企業公式のかわいいマスコットキャラがサムズアップをしているスタンプを貼り付ける。wの短い連なりが返ってきた。
凜にいもそんなの持ってるんだね、と衣知佳からスタンプが返ってくる。口元を丸くした白い猫のようなキャラがこちらと同じポーズを取っている。頭の上に平仮名でいちかと名前があり、そこから矢印がキャラにまで届いていた。
――お前の為なら何だって力になるから、何でも言ってきていいぞ。
――ww。うん。
そうこうしているうちにチャイムが鳴った。玄関先でお金を払って弁当を受け取る。ハンバーグ弁当二つ。
「衣知佳。弁当同じやつ二つ頼んでたから、ここに置いとくぞ」
弁当の一つをテーブルに残して俺は自分の分を胃に詰め込みにかかる。
食事を終えて風呂の湯をはり、部屋に戻って小さい頃やっていたゲームの実況動画をぼんやり見ていると、戸をノックする音が聞こえた。どうぞ、と答えるとドアがそろそろと開き、衣知佳が顔を半分覗かせた。
「おう。もう風呂洗ってお湯はってるから。そろそろ入れるんじゃないか」
「ありがとう。あのね、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
そういう衣知佳の顔は心なしか口元が緩んでいるように見える。
「聞いてくれる?」
「いいよ」
「やっぱり今度学校来てほしいなって」
俺は頬をほころばせた。衣知佳の年相応の子供のような仕草に家族としての愛情をかきたてられた。それがつい最近になって初めて知った家族だったとしてもだ。
「心の準備が出来たらいつでも言ってきてくれ。なんなら明日でもいいぞ」
「いや、こっちも色々と準備しなければならないこともあるから。凛にいにも」
「俺にも?」
「うんっ」
そういってクククと笑って顔を引っ込める。
嫌な予感がする。




