1-14 サイレン
家に帰る途中、少し先の街灯の光の下に、どこかで見た後ろ姿が映った。遠くてよく分からないので近寄ると、衣知佳だと分かった。レモンイエローのYシャツと、白のホットパンツの上に浅黄色のシャツ腰巻。俺はスピードを上げて彼女の横に着くと、自転車を降り、声をかけた。
「おっす。今帰り?」
衣知佳は突然声をかけられたことにびっくりして振り向いたが、相手が兄だと分かると、怯えた表情を緩めて俺を迎えた。
「うんー。凛にいも?」
「ちょっと寄り道しててな。お前も?」
「まあね。お父さんに怒られちゃうね」
すっかり暮れた夏の空の下を、俺たちは二人並んで歩いていた。星のない空は、どこか陰鬱で息苦しさを感じさせた。目にはよく見えないが、きっと曇りなのだろう。
街灯が地面の闇を白く、切り取っていくさまは、まるで大根のかつらむきがスカート状にふっとそこに降りているようだった。光の中をくぐってまた夜闇へ二人紛れようとするとき、衣知佳が不意に口を開いた。
「凛にい、学校復帰したんだ」
「うん。あんまりさぼってたら留年するしな」
「学校、楽しい?」
「楽しくするさ。自分なりに」
衣知佳が急にため息をついた。
「どうした?」
「怒らないんだね」
「何を」
「この格好」
恰好? そんなに変か? と思って首をかしげて、思い当たった。今日は平日だ。俺はさっきまで学校にいってたじゃないか。
「学校行かなかったって事か」
「友達と遊んじゃった」
「いいじゃん。俺、学校に友達いないぞ。今日一人できたけど、猫わんわんとか突然叫び出すからなそいつ」
衣知佳が吹き出した。
「何それー」
「だろー」
ひとしきり笑った後、俺ははたと思い当たることがあった。衣知佳を初めて目にした時のこと。俺は早々に学校から帰ってきたばかりで、まだ日は高かったはずだ。
「衣知佳。もしかしてお前、ずっと学校行ってないのか」
彼女は、無言で首を縦に振った。




