1-13 屈服
「でも、どうしてもわからないことがあるんです。どうして、弁当にこだわったんでしょう? パンに何も手を付けられていないのが不思議です」
パン? お前パン持って来てて俺の弁当食べたのか! そう言いたかったが、今日弁当を食べないかと勧めたのは俺だった。
「その女が先輩の事が好きで、手作り弁当なんて生意気だと思ったんじゃないのか」
「嫌がらせが目的なら、パンも捨てるなりすると思います。目的を遂行するにしては行為が限定的すぎます」
俺も少し考えてみた。が、飯倉に分からないことが俺に分かるわけもなかった。そもそも俺は当事者じゃない。
「80%解決した、もう大丈夫、って言ってたな。これ以降、嫌がらせを受けないとはっきり言えるのか」
「はい。これ以上続けるなら、こちらも物証と共に法的手段も辞しませんが、私はあの人の心を信じたいです」
言ってることがやくざと変わらない。
「残り20%が、純粋にパンの事か」
「いいえ、それは5%程度です。残りの15%は、手紙の事です」
「手紙?」
「はい。ラブレターです……おそらく」
ラブレターに恐らくってなんだよ。俳句か短歌形式か?
「先輩からもらったやつか」
その言葉に、飯倉は何故か気分を害したらしい。眉根を寄せて腕組みをし、俺の顔をじっと見てきた。ずっと肩越しにそれを見ているわけにはいかず、俺は前に顔を戻して運転に専念した。
「今度の事は、私、その人も何らかの形でかかわっているんじゃないかと思うんです」
ふーん。
「だから私、その人の事を調査したいんです。だから、嘉手島さんには、是非ともそれに協力してほしいんです」
おいおい。
「待てよ、何で俺が――」
振り向いた視線の先に、飯倉の顔が目前にまで迫っているのが見えた。俺は咄嗟に首を退くが、その分だけ飯倉は顔を詰めてくる。
無言の圧力。俺は折れた。おあいこにしようとしたのが、結局むこうには傷一つなかったわけだ。後には、俺の女子トイレ籠城罪が残っている。従うほかなかった。
「微力ながら尽力いたす所存です」
「ありがとうございます。あ、家の道なんですが、三回ぐらい間違えてるので引き返してください」
「それは早く言えよ!」
「ここです。止めてください」
飯倉の指示に従って自転車を止めた俺は、言葉を失った。格式ある腕木門から、伝統と時の流れを沁みつかせた丈の高い白となまこ壁のツートンが、遥か先まで左右に伸びている。何百坪だ、この屋敷。
「飯倉。お前の家って……そう、リッチだな」
「もともと、お父様のおじい様が築いた家だそうです。酒造を機に一代で富を得て、立身出世し、飯倉財閥の祖となった方です」
「もしかして、この間テレビでやってた選挙で出馬してた飯倉益義って」
「はい。私の伯父です」
そうこう会話していると、門の戸がガラガラと音を立てて開いた。中から和装姿の、深い皺と髭に、年月に応じた哀愁と厳しさを漂わせた、長身の老人が現れた。
「あいり、帰ってたのか。おかえり」
「おじいさま、ただいま帰りました!」
「あ。ど、どうもこんにちは」
老人の威圧的な雰囲気に、俺の挨拶がぎこちなくなる。
「あいり。この子は誰だね」
「はい。お友達の、嘉手島凛太郎さんです」
「おお。あいりが友達を家に連れてくるなんて珍しいな」
飯倉の祖父が穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと二度頷く。何だ、怖い人かと思ってたけど、すごくいい人そうじゃないか。笑ったときの目の光も、利発そうで――
「おじい様ー、ねこわんわーん!」
「うむ。ねこわんわーん!」
駄目だこいつら。




