1-12 ロジック
お、おう。何か、楽しそうだね。
飯倉は俺の脇の下から手を差し込むようにして弁当箱の中を俺に見せた。
「なんだ、これ」
俺は首をかしげた。
全体が、明るめの茶色で粉っぽくなっている。土だ。でも何でこんなところに。
「これ、真砂土なんです」
「マサツチ?」
「はい。芝の目土や家庭菜園でも使われるものです」
俺には目土もよく分からない。
「私、知り合いの先輩に付き合ってくれ、俺の弁当を作ってほしいと言われて、少し前から作って持ってきてたんです」
だったらやっぱりさっきの男が先輩なんだろうな。俺の心のため息には気づくはずもなく、飯倉が先を続ける。
「そしたら、嘉手島さんが初めてやって来た日に、お弁当に土が盛られてたんです!」
何だその意味深な言い方。俺は関係ないぞ。
「それからは嘉手島さんがいない間も、私が席を離した隙を狙って、毎日お弁当に土を盛っていくんです」
「陰湿だな」
「はい。そこで私、今日思うところがあって、弁当箱に盛られた土の成分を調べたんです。そしたら、真砂土だとわかりました。念のため、残った土をトイレに落としてphまで測りました。間違いはないと思います」
普段どんなもの持ち歩いてるんだコイツは。
「マサツチだと何かあるのか、さっき言ってた目土とやらも」
「目土というのは、お手入れとして、芝生の上に土や砂をかぶせることなんです。その際に真砂土がよく使われるのですね」
「さっきみんなの手指を確認してたのは、土がついているかどうかを確認してたとでも?」
「手荒れと日焼けを確認していました」
「手荒れ?」
「はい。目土の際、肥料などを一緒にして均一になるようにふるいごしにまいてレーキで均すんですが、撒く際に化成肥料に手を触れると、手荒れの原因になったりするんですね。ひどいものだとスマートフォンの指紋認証が出来ないくらいに。
家庭園芸でも真砂土は使われ、手荒れは起こるんですが、有機肥料が使われることが多いので手荒れに関してはそれほどではありません。今回の場合、外仕事から来る日焼けの跡と、手荒れの二つに共通する方が犯人への手掛かりになると考えました」
「その真砂土ってのは、手に入れにくいものなのか」
「いいえ。通販でも売ってますし、家の庭や運動場にも使われます」
「じゃあ、飯倉が席を外してる間に物理的に可能な距離にいる人間になら、誰にでもそれを手に入れて、弁当箱の中にそれを混入することは可能だったわけだ。違うか?」
「はい。でも、わざわざ嫌がらせのために土を買ってくる人なんていますか?」
「いないね。適当にそこら辺から調達する」
「はい。そして、弁当箱には真砂土、それだけしか入っていなかったのです。適当に調達しようとすれば、夾雑物が混じりざるを得ないと思いませんか?」
「……」
「そもそも、真砂土は通気性があまりないことから、腐葉土や堆肥と混ぜてから使う必要があるんです。加えて、学校の運動場はモストクレイが主流で、表面に化粧砂が施してありますし、家の庭なら雑草や根っこがはびこっていると思います。ですが、今回混入されたのはそういったものがない、まっさらとしたものです。とすれば、もともと誰かが、本来の用途で家に置いてあったまっさらな真砂土のパックを、あらかじめ小分けにして持って来ていた、と考えるのが自然じゃないでしょうか。これなら、清潔さに気を遣う高校生がわざわざ学校で手を汚し、誰かに見られるリスクを負ってまで教室まで持っていくこともありませんので」
俺は飯倉の妙な碩学さに感心の吐息を漏らした。ただの生き物地球奇行女だと評価を爆下げしていたが、撤回しておこう。
「なるほど。そうすると、もともと家で園芸なり芝を手入れしているやつに限定されるわけだな」
「その通りです」
「犯人はあの子で間違いないのか」
「あの子しか特徴に一致する人がいませんでした。かなりひどい手荒れで、ハンドクリームを常用していましたので、間違いないと思います。
もし別のクラスの子が教室に来てやったのなら、クラスメイトの誰かが言ってきてくれたはずです。いじめの行為をクラスにいる全員に口止め出来るとしたら、自分たちの視線が通るクラスの内部に限られるのが普通じゃないでしょうか」
それ、お前みんなからいじめられてるんじゃないのか……。




