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1-10 生き物地球奇行女

「はいっ」

「あーん」

 どうしてこうなった。

 飯倉は俺の手から弁当を取り上げると教室へ戻り、この間と同じように当然のごとく中身にぱくついていく。違うのは、おかずの一部がたまに俺の口へと運ばれていくことだ。こいつ、間接なんとかさんとか気にしない性質か。

「この間は一人で全部食べてしまって、悪いなって思ったんです」

 そもそもこの間はお前が手をつける筋合いねーから。

 俺の頭は疑問符でいっぱいだった。何でこいつは自分の弁当をトイレに捨てた? 嫌いなものを食いたくなかったのか?

「なぁ、飯倉……さん。お母さんの弁当、嫌いか?」

 飯倉が目を丸くする。

「私、きょうはお弁当持ってきてないです。……はい、あーん」

 は? ぱくっ。

 しばしの沈黙。

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」

 二人同時に手を合わせて頭を下げる。

「俺、さっき隣にいたんだけど、記憶ある?」

「はい。あっ」

 飯倉は合わせていた手で机をたたくと、俺のたじろいだ顔を追い詰めるように額を突き合わせた。

「嘉手島さん! どうして女子トイレにい――」

「わーっ! わーっ!」

 俺は片手で飯倉の口をふさぎ、もう一方の手で自分の顔の前に手刀を立てた。

「おあいこっていったろ」

 その言葉に飯倉は手を打ち合わせ、そうでした、と明るい表情を作って手を合わせる。忙しい子だな。

「こんなことしている場合ではありませんでした。謎を解決しないと」

 そのこんなことは俺の学生生活を破壊するレベルなんですが。

 俺の思いをよそに、飯倉は机に引っかけていた鞄から自分の弁当箱と細目の付箋紙のような物を取り出した。よく見るとそれは、理科の実験時間などで使うph試験紙のようだった。その先端が、微妙にオレンジがかった黄色に変色している。

 俺の視線をよそに、飯倉はその二つを手に持ったままクラスメイトの女子集団に混ざっていった。いや、というよりは、集団の中の何かを観察しているようだった。一通り何かを見て回っては、さっさと次の集団へと移っていく。

 手と、顔。彼女は女の子たちのその二部分に等分に目をやっている。

 そうして幾つ目になるか。やや蓮っ葉な感を漂わせる女子三人のグループへたどり着いた飯倉の視線が固まる。その中のよく日焼けした一人の指先を、眉根を寄せてじっと見つめていた。

 飯倉の視線に気づいたその女子生徒が、目を見開いてたじろぐ。

「え。な、何?」

 飯倉が深く息を吸い込み、弁当箱と試験紙を、生徒の前に突き付ける。そして――

「猫わんわん!」

 ……。

 え……、今なんて言ったの?

 クラスにいた他の生徒の視線も、飯倉に集まっている。やはり、飯倉がただならぬ言葉を口にしたのは俺の聞き間違いではないようだ。いや、でもまさか……。

 二つのものを顔の前に突き付けられた女子生徒の顔は蒼白になっていた。心なしか、唇も震えている。

 飯倉は机の上に手の中のものをいったん置くと、相手の手と頬をカリカリとかいた。そしてまた置いていたものを元通り拾い上げ、

「猫わんわーん!」

 聞き間違いじゃなかった。猫わんわんってなんだよ。ゆとり教育のなれの果てだろうか。

 静まり返ったクラスの空気とみんなの視線もどこ吹く風に、飯倉は自分の席――俺の向かいに座り、勝ち誇った笑顔でこう言った。

「80%は解決しました! これでもう大丈夫です」

 何がですかね。

 俺がほのかに恋心を寄せていた相手は、こんな傾奇者だったのか。俺は飯倉のきらきらした視線を真っすぐ受け止めることが出来なかった。

「お、おう。……犬にゃんにゃん」

「嘉手島さんのお家は犬を飼ってらしたんですか? 私は猫です!」

 生き物地球奇行女。その瞬間に飯倉のあだ名は決まった。

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