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1-9 学園生活

「今の事件が落ち着いて、二人が夏休みにはいったら、みんなでおばあちゃん家に行かないか」

 ラインの家族グループで父さんはそうチャットした。おばあちゃんは御年66歳。22歳の時に4歳年上だったおじいちゃんと結婚し、父さんを産んで、今は一人暮らしだ。大のつくほどお人好しで、誰にでも好かれたおじいちゃんが友達だと思っていた男の借用書を肩代わりして、長い貧乏生活を余儀なくされた。そんなおじいちゃんの元で大切に育てられた父さんは真っすぐな愛情を受け、真っすぐに育ち、曲がったことをはねつける警察官になった。

 そんな強く真っすぐな父がうらやましくて、「どうしたら父さんみたいになれるの」と聞いた事がある。

「人を信じてみることだよ。そしたら臆病な心に付け入る隙を与えないからな」と、警察官らしからぬことを言い、俺はけむに巻かれた。

 停学処分の解けた俺が教室に入ると、クラス中の視線が俺に一瞬集まり、一瞬にして元に戻った。いい意味でも悪い意味でも、俺はほとんどのクラスメイトとドライでノータッチな関係を築いていっていたらしい。隅の机や椅子に腰かけている、この間の三人を除いては。

 三人は俺が近づいたのを見てとると、慌てて自分たちの座っていた机を取り換えだした。俺が傍に来る頃には、そこかしこに穴と落書きを施された、俺のものであったであろう机を奴らの一人が占有し、横に従えた残り二人と一緒に、卑屈な笑みをこちらに向けて浮かべている。

「ご苦労である藤吉郎」

 そう言って俺は新たに自分のものとなった無傷の机で頬杖をついた。奴らの表情は変わらない。今にも「ぬくめておきました」とか言い出しそうだ。

 こんな奴らのために俺は引きこもっていたんだっけか、しょうもな。俺はテキストとノートを机の上に広げるのと同時に、朝のチャイムが鳴った。授業開始だ。

 授業は滞りなく進んだ。ほぼすべてが理解の範疇にあった。大学三回生在籍中に国家公務員二種に合格。決して威張れるような経歴ではないが、それなりに勉強はした。パッとしない進学校の一年生のカリキュラムぐらいなら、頭のリハビリ感覚でやれた。

 4限の終わりのチャイムが鳴る。お昼時間。

 腹の調子が悪い。どうやら、お花を摘みに行くしかなさそうだ。ブーゲンビリアが好きだが、ロマンチストではない。名前から入った。花言葉は後で知った。

 俺は席を立ったが、外している間にあいつらが鞄に何か仕込んでたらたまらんと思ったので、携帯したままトイレに行くことにした。腹の痛みがするどさを増す。芳しくない。俺の足どりも速さを増す。

 入口が男女の二又に分かれたトイレに入り込み、洗面台の脇に鞄を放って個室に駆け込んだ。

 ふう。

 長く息をつく。誰にも邪魔されない空間。ある種静謐な薄暗いスクエアスペース。廊下に流れる喧騒の中から、ぬっと顔を出したようにくっきりとする女子の笑い声。

 女子?

 俺は口を抑えた。もう少しで大声が出そうだった。――ここは女子トイレだ。

 俺は頭を抱えて嵐が過ぎ去るのを待った。どうか、誰もあの鞄を開かないでくれ。ドライでノータッチ、プリーズワンモア。隣室の扉が閉じる音がする。俺は耳をふさぐ。俺は聞いてない。聞いてないぞ。

 やがて、すべての物音が、波が引くように向こう側へ下がり、元の喧騒へと飲み込まれていった。

 静かだ。誰もいないな。念のための5カウント。1、2、・・・・・・5。

 俺は扉を開く。

「……」

 飯倉あいりの背中が、そこにあった。手には、蓋を開けた弁当箱を持ち、向かい個室の便器と対峙している。

 俺が動けずにいると、飯倉は弁当箱を持った手を振り上げた。そして――

 中身をそのまま便器の中へシュートした。

「ええええっ」

 思わぬ展開に俺は声を上げてしまった。飯倉の首がこちらへ振り向く。

「あ」

 呆けたような表情で、間の抜けた一言を口にし、飯倉は俺を見つめていた。

 この状況をどうやって切り抜けようか、俺は考えた。苦しい結論が五秒で出た。

 今の行動は、誰にも見られたくないはずだ。それは、俺の今の状況でもそうだ。

 俺は飯倉の横を抜けて鞄のチャックを開くと、中から弁当箱を取り出した。

「俺もお前も、見られたくないところを見た、って事で、おあいこにしないか。ほら、一緒にこの弁当を食べよう。好きかどうかわからないけど」

 そう言ってふたの上に手を置いた俺を、飯倉の手が制する。

「おトイレの中で食べ物を出さないでください! 不潔です!」

 今お前、何をやってたっけ?

作家として多方面でご活躍されている長原 絵美子さん(https://mypage.syosetu.com/144701/)から

ファンアートを頂きました! ありがとうございます! xD


挿絵(By みてみん)

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