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旅の記録:2017/10/14~10/20  作者: 真宮蔵人
3/3

003.Cultural Assault March 文化的強行軍

「では、また10年後くらいにお会いしましょう。それまでお元気で。」

と車に乗って去り往く大河君親子に手を振り見送る。

残されたのはそれをホールの中から眺めていたお婆ちゃんと俺。


「んとね、お風呂は9時で閉める。入湯料は500円ね。」と婆ちゃんはお風呂の時間制限を気にしている様だ。

「500円。あ、一万円札しか今持ってないのですが。」と伝えると、

「じゃあ明日渡して頂戴。」とゆるい返事を貰う、恐らく両替する現金すら置いてない宿なのだろう。

オフシーズンの兼業農家ではよくあるパターンだ、たぶん。


歩みがひょこりひょこりと実家の父親を思い出させる様に歩く婆ちゃんを見て、

「足か腰悪くしたんですか?」と尋ねるも、

「いや、収穫の疲れだよ。」と答えが返ってくる、最近の曇りや小雨であっても稲刈りはするのか。

今年の米は不作だという話は本当で、仕方なく稲刈りの雨天決行をしているのが分かる。


あてがわれた客室へ戻り、入浴セットをバックパックから取り出す。

旅をする上で温泉と郷土料理にだけは気を使う事にしている、

そうなるとちょっと旅行っぽくなってしまうが。

愛用のシャンプーであるオクトさん、長めのあかすりタオル、牛乳石鹸、念の為にハンドタオル二枚。

温泉や銭湯には大体備え付けシャンプーやボディーソープはあるが、これを使うと肌に痒みを感じるのでこれらの物は自分の肌に合った物は持ち歩かないといけない。

タオルは100円ショップで手に入る小さい奴2枚を持ち歩くのが一番効率的である。

バスタオルは長旅をする上で『乾くのが遅い』という大きなデメリットを持っている為だ。


人気のまったくない廊下を進み温泉へと向かう。

脱衣所に『素早く全裸になれる』というどうしようもない特技を「クラスアウツ!」と思いながら披露し、財布や鍵の類はビニールジップロックに入れて入浴セットと共に風呂場に入る。

貴重品も風呂場に持ち込む。

これは旅の経験ではなく、昔自衛官をしていた頃に付いた習慣だ。

貴重品は常に肌身離さずにする。

盗まれるという事は自業自得であるよりも、周囲の人間を疑わなくならないといけないという事で精神的労力を酷く浪費する事になる。

と教えてくれた人が居たのでそれをずっと実践している。

営内に警察は来ないしなあ。


浴室の広さは都内の銭湯と同じ位、旅館単独でこの規模はなかなか大きい。

さすが団体客をメインに商売をしているだけある、サウナもある。

洗い場で体を軽く洗い湯船に向う。

子供の頃は「湯船には体をよく洗ってから入れ」と教育されてきた。

しかし、大人になると下半身をすすぐ事すらしないで湯船に入る人間という人種が多い事を知った。

これを目の当たりにした俺は、我が家の無駄に厳しい教育方針は実に馬鹿馬鹿しかったと思ったがこれを切り捨てることはしきれなかったので、無難に体を洗ってから湯船に入る。

足を伸ばせる風呂は実に贅沢である、足は短い方だがそれすらも伸ばせない環境が関東での暮らしだ。

初日からそこそこ歩き回ったので多少は疲れていたが、まだまだ体力は十分ある。

足の指を確認するように動かし今後の旅路を考える。

明日はここから歩いて南湖公園を一周してから白河のお城を見てから山形に入らなければならない。


客が他にまったく見当たらないのでサウナに入るも、普通のサウナより暑かった上にサウナに頼るほど体に『寒さ』を感じていなかったのですぐに離脱。

時計が無い?腕時計はしない主義なのでこうなると時間は分からない。

俺は腕に物を巻いたり首に物を巻くという事は大嫌いな性質なのだがこういう時に困る。

今回は長風呂をせずに早めに切り上げよう。


風呂から上がり、数の少ない下着を切り替え、長くなった髪を丁寧にタオルで拭う。

ロンゲの弱点、湿気を取らないと臭くなる上に抜け毛が増える。

メリット、床屋代が浮く。

デメリットの方がでかいが、コスパの一番良いセルフバリカンで坊主頭にすると「修行中ですか?」「どこの所属ですか?」等といった返答に窮する質問をされやすくなるので、ロンゲにしていかにも「まともに仕事してません。」感を出しているのが今だ。


人気の無い廊下を進み客室へ戻り、ようやく今日の溜め息を付けた。

やっと落ち着いた状況である、今後の旅の為にノートパソコンを起動しグーグル先生に観光地やマップを見ようとするが…インターネットが繋がらない。

ここの宿はWifiが使えるということだが、電波はある。しかし、パスワードは何処だろう。


オーナー一族が兼業農家と聞いたので、早寝早起きなのは承知の上で部屋の電話からフロントに電話を掛けると案の定に携帯だろう回線に転送されて部屋に案内してくれたおばさんの声が聞こえてくる。

ここは「夜分遅くに申し訳ありません。」と切り出しておこう。


「Wifiのパスワードは一階のプリンタの横にあります。もう家に帰ったからそちらに行けないので申し訳ないです。所で明日はどうやって出て行きます?」という回答なので、

「歩いてバス停まで行くか、そのまま歩いて観光でもします。」と答えると、

「じゃあ、近所のコンビニのあるバス停まで車で送って行きますよ。朝食と出発は何時にします?」という事なのでそのお言葉に甘える事にした。

宿からバス停までは結構な距離がある。まぁ、元々歩く予定の距離だったが助けに船である。

「ありがとうございます、早めに出るので朝食は7時で出発は8時でお願いできますか。」と伝えてから、通話を終える。


ノートパソコンとスマホを持ってホールに張ってあるというWifiのパスワードを見に向かった。

ホールにあるプリンタの横にパソコンとモデムを発見、その上にメモ書きのWifiのパスワードが書いてあるが、これをノーパソやスマホに入力しても回線が繋がらない。

どうしたものか、細かい問い合わせはさっきの通話からして既に不可能な時間帯。

備え付けのパソコンを勝手に起動して良いものか。

悩んだ末に出した結果は「諦めて後日別の回線を探す」である。

たまにはネットの無い夜も有りだろう。

だが、そんな夜がほとんどになる旅と後になった。


2017/10/15

日頃は午前10時位まで起きれないが、今日の目覚めは快調で午前6時半起き。

昨日はそこそこ歩いてから温泉に入った上にバッチシ栄養も取れたので体調は万全。

じゃあ日頃はどうなのよ、と言われるとロクな物を食べていないので不健康な自信はある。


歯磨きは寝起きにする癖があるので歯を磨きに共同の洗面所へ向かう、ついでにバックパック内のペットボトルの水を入れ替える。

この辺りの水質は相当良い部類だろう、水に臭みは無い。ここは良い米が取れる土地だろうな。

水のまずい土地の米はまずい、まずいだけあって安いので俺の主食はそういう米と麦飯が日頃である。

そう考えていると丁度良く旅館のおばちゃんが朝食を運んできてくれる。

内容は実に豪勢だが、正直言うと朝ごはんをガッツリ食べるとお腹を壊す体質なので宿は朝食無しが好ましいのだが、こうもコストに見合わない贅沢な朝食をお出しされると残す事は出来ない。

「味噌汁の味噌がやっぱり麦臭くないな。」と思いながら食後の白湯を薬と共に飲む。


さて、朝食を食べたらすぐに旅装を調えてからお嫁さんだというおばちゃんが8時に道の途中まで送ってくれるという事なのでフル装備でホールへ向かう。

ホールに着くと丁度良くお婆ちゃんがストーブに火を付ける所であった、確かに今日はよく冷える。

「おはようございます、今日は寒いですね。」という挨拶から当たり障りの無い話題をお婆ちゃんとして時間を潰す。

こういう場面は旦那と孫達がどうしてたかとかの話を一方的に聞く事になるが、これは旅をする上でよくある話であり、意外とその話の中から知らない単語や話題が出てくる事もあるので耳を傾けることにしている。

お婆ちゃんの旦那さんが戦後に立派な壷をここまで運び込んだのがすごい話らしいが、確かにホールには立派な壷がある。

壷を褒めるのがツボだな。

と思いながら誘導尋問とは完全に逆となる相手の情報を最大拡散出力にさせる方向で相槌を続ける、こうすれば相手から情報が恥や外聞を気にしない本音の言葉が溢れ出てくる。

後はその情報を素早くこちらが解釈出来るかどうかだ。

コミュ力うんぬんより膨大な情報量を出力して貰って、自分がそれを処理出来るかが話術の重要点であると俺は旅をする上では思っている。

嫌われる好かれるは二の次とする、媚が利く相手にはそれも使う。

ひたすら今まで培った話術での相槌を続けていたら、「最初話した時からあんたは賢い人だと思ったよ。」と8時前にお婆ちゃんからお褒めの言葉を頂くが、違うんです。

計算と先人の知恵を基にした会話方法を身につけているだけなんです。旅をする上では必須スキルです故に、代わりに生業に繋がる知識は薄く広くなるだけなんですよ。

そう、話術は楽に生きる為の方便でしかない。


「ああ、おヨメさんがお迎えに来てくれた様です。ではお婆ちゃん、また何年かしたらまた来たいと思いますのでそれまでお元気で。」

「はいよ、生きてるか分からないけどね。」と別れ際の御年寄りはみんなそういう事を言う、老人ジョークだろうか本音だろうか。

「ごめんなさいね、色々手が回らなくて。」

「いえ、良い旅館じゃないですか、私は好きですよ。それに車も助かります。ああ、精算をお願いします。」

「はい、一万円しか無いってね。5500円のおつり、確かめて。」

と俺はイチ諭吉を輸出して5500円のお釣りを得る。

車でコンビニの駐車場まで送ってもらい、今日も重いバックパックを背負って旅を続ける。

天候は小雨か霧雨か、時折ストローハットの縁から雫が滴り落ちる。

長い坂道をまた登る、空の灰色は日々続く。


俺の旅は何時だって灰色である、鮮やかな色のあるシーズンは観光客が多い上に宿や飛行機が高いから。

「旅がらす、春夏秋冬 避けて飛ぶ。」

先月、実家に帰った時に足腰の不具合で山へ釣りに行けなくなった親父がどっぷりと川柳にドハマリしていたので、擦り寄る気はないのだがその趣味にちょっと首を突っ込んでみようと思い、川柳や俳句を勉強し始めている。

親父は博打がヘタだったが、趣味にハズレは無かったからなあ。

学んでいると、川柳はポップカルチャーで俳句は規則が厳しい。

つまり「んじゃ、それ等の祖先である漢文と漢詩やれば余裕で勝てる(謎)んじゃねえのー!?」という理屈で電車内や待ち時間はいつも漢文の本を持ち歩いている。

川柳を学ばずして川柳を作るという手法を採用。


長い坂を上りきると十字路に出た、『南湖公園この先200m』という看板に従い歩き続けると、確かに湖というには壮大さが無く、溜め池と呼ぶには躊躇われる気品のある池を発見。

湖に近付くと早速第一文の看板を発見、内容は。


『南湖十六勝十七景 玉女島ぎょくじょとう(御影の島)』


『湖心の小嶼ショウショ たなごころよりも平らかなり

楚楚たる孤松 水一湾

さまたげず 瀟湘しょうしょう 千頃せんけいの望

李白をして君山をさんせしむるを免れる』

『河世 寧(市河寛斎)』


※嶼=小さな島

※楚楚=さっぱり可憐

※剗=けずる

オイオイオイ、旧字調べるのだけで時間が削れて行くぞ。剗って漢字なんざすぐに出ないぞ。

後、詩人の李白はそういう使い方をするのか、大きく出たな市河さん。

一枚目はわりとメジャーなスポットらしいので、そこにあったベンチに腰掛て足を休める。


ふと湖を眺めながら右を向くと、第二文発見。あ、ここからの眺めは俺も好き。

曇り空なのが実に残念で仕方ないがこれはこれで風雅なモノなのかもしれない。


『南湖十六勝十七景 使君堤しくんてい(千世の堤)』

列松れっしょう 堤上のみどり

湖色 更に分明ぶんめいなり

千載せんざい 民利を興す

風流 刺史ししの名あり』

『古賀 撲(古賀精里)』

※「使君」も「刺史」も藩主の中国式呼称。


これは分かりやすいヨイショですね。列松って単語は江戸時代物でたまに見かけるが、当時は松ブームだったんだろうな。


右手を見れば立て札。よし、このパターンだな、第三文発見。


『南湖十六勝十七景 蒹葭洲けんかす(下根の島)』


『十里の蒹葭けんか 露霜ろそう

月は烟渚えんしょやどりて 夜蒼々たり

遥かに看る 玉女の仙嶋せんとうに臨むを

之にいて 水の一方に往かんと欲す』

『辛憲(辛島鹽井)』


※十里蒹葭=漢文の定型句だと思われるが判定不能。ぐぐるでも分からないか。

※露霜=この場合は星霜と掛けた時間の意味だろうか。

※烟渚=霧立ち込めるなぎさ。漢文の宿建徳江より引用と思われる。


…言いたい事はなんとなく分かるけど、昔の学者ってみんなこんなに漢字ボキャブラリーあったのか。

とはいえ横文字や英語が普及していない時代だと考えるとイーブンイーブン…悔しくないし!


さて、と更に右手を見ても、次の立て札がすぐ見当たらない。え、遠いの?それともステルス状態?

看板無いじゃん!と思いながら道なりに歩いていると、神社!団子屋!庭園を発見。

庭園て、しかも有料庭園か。うーん、路銀は惜しいが「お金を払ってまで見る価値のある庭園だよ。」っていう誘い文句には興味が湧く。

その庭園、『翠楽苑』という場所の近くに南湖公園の概要を記した看板をやっと発見。

ここがスタート地点だったのかよ。


南湖公園は西暦1801年に白河藩主『松平定信』によって造営されました。

『南湖』の名称は、小峰城の南にあることと、唐の詩人李白が洞庭湖を詠んだ『南湖秋水夜無煙』の漢詩にちなむと伝えられています。以下略。

洞庭湖と言えば大陸で反乱軍が起こったら真っ先に拠点にされるあの洞庭湖か。

定信候、ちょっと大きく出すぎじゃないですかね。


さて、朝がまだ早いので団子屋は店を開けていない。というか高そう。

庭園は開いているらしい。では、有料だけどいざ往かん翠楽苑!

「こんにちはー。」とまずは挨拶。そして「大人一枚で、後はトイレ借りてもいいですか?」

案の定、朝ごはんを食べるとお腹を壊す体質がここに来て発動。

旅人を自称してる癖にお腹が弱いのは実に致命的である。


翠楽苑はそうだなあ、紅葉の季節にはまだ早かったのでちょっと色寂しい上に生憎の曇り空。

更に言えば、俺は医者からカフェインの摂取を禁止されているのでおすすめされたオプションのお抹茶も楽しめない。

茶道の作法は一応心得ていたが、もう一生使わないかもなあと思うと寂しい気持ちが募る。

旅人を名乗る以前に実際に病人が俺の職業だから、仕方ないか。

紅葉の時期に来るなら実にオススメだけど今日はトイレ使用料だと思うくらいの感情で写真を数枚撮ってから巡って終わり。

「隣にある神社には行かれました?」と庭園を回る時にバックパックを預かってくれた上に傘まで貸してくれた受付けのおばさんが神社の参拝を勧めて来たのでそれを諾とする。


南湖神社、祭神は松平定信候。設立援助者、渋沢栄一!?

…個人的には申し訳ないが、松平定信候より渋沢栄一の方がレアリティー高そうだと思う。

クラス、実業家、星4-5くらい。

等と失礼な事を思い描きながら鳥居前の候の像に一礼してから鳥居を潜る。

「すみません。職業、観光客。種族カタツムリ、フィートは病人です。悪気はありません。」と

心の中で念じながら進む、田舎にしては実に立派な神社だが、売店に巫女さんすら見当たらない。

ちょっと豪華げなお守りとおみくじ売り場に呼び鈴があったので、それをチーンと鳴らし素早くお守りを物色。


真宮蔵人、信仰神は御稲荷とスパゲッティーモンスター。

日本各地を旅しているので何処でも売っているお守りはわりとすぐに分かる。

というかなんでこうも同じお守りが日本各地で祭神が違うのに売られているんだろうか。

見渡した結果、この神社のユニークユニットは『ボケ防止の五つ瓢箪のお守り』だと思った。

巫女さんが到着したのを見て素早くそのお守りを二つ購入。自分用と布教用である。

といっても深刻にご加護が必要な人がいたらお守りは配って歩いているんだけどね。


京都の伏見稲荷大社に行った時はお守り7個買ってから日本各地で配って歩いているし。

お守りは携帯やスマホのストラップに付けて置く。

人生でたまにある「あ、これは死んだかな?」と思った時が過去に3度合ったが。

不思議と死なずに、その後更に不思議とお守りが消えたり磨り減って壊れたりしている。

オカルトはあまり信じないけど、効果がもしあったならと稲荷さんのお守りは常時してる。

スケープドールは常に持ち歩くのがマナーです。

具体的に言うと食うに困ってドカタをしていた時代に、現場で3回転落しても怪我もせずに生きている不思議。

金具はずれ、天秤、握力の低下による転落。

現場仕事で師匠筋に当たった方が言っていたが「現場人は人生で2回は絶対に3ヶ月以上の入院か死んじまう機会があるよ。」と言っていた事があったので、良い子のみんなは長生きがしたかったら勉強ちゃんとして現場仕事くらいしか出来ない大人にはならないように。

とはいえ現代では公共事業もITと機械化が進んでいるので危ない工事現場へ赴く事は滅多にないさな。


話がそれた、では賽銭箱へ常に持ち歩くようにしている五拾円玉を投入して願掛け。

「世界が平和でありますように。科学勝利するんだよはあくしろ!」と念じるもこれは結構本気の願いである。

五拾円を投下する意味は五重に円が有ります様にというちょっとリッチな気分に浸るためである。

なお五百円を入れたことは人生で一度しかない。

さて、立て札をまた探すか。湖の方角へ足を向けるとあったあった。


『南湖十六勝十七景 逗月浦(月見浦)』


秋郊しゅうこう 省斂せいれんして くれに帰るの初め

月底の湖山 車をとどむるに好し

最も是れ 清輝せいき 前浦にとどまり

冶波やは 来たり映ず 左金魚』

『菅 茶山』


※省斂=領内の収穫を巡視する

※太守のもつ割符、左符のこと。ここは藩主定信候を指す。


やばい、レベルが高いようで低い様で高い。こういうもやもやっとした文は心に残るから強い。

内容はわりと普通だけど難しい漢字と表現を披露して何度も読ませるパターンの文章になりがちなのは後世に対する嫌がらせだろうか、その時の流行をただ詠っただけだろうか。

農地用に作っただろう池を風雅にした上に漢詩を用意させるとか定信候どんだけだよ。


さて、お次。


『南湖十六勝十七景 白河城外南湖詩二十韻』


『城南 わずかかに里余

ここ数頃すうけいの地有り

岡阜こうふ 三面にめぐ

うちは衆水のすいを成す

(中略)

大なるかな 候のの勲

化工 すなわち類無く

世々(せいせい) 子より孫におよぶまで

とこしへに当初の治を仰がん』

『林衝 (林述斎)』


お殿様へのヨイショですね。しかし、旧字を調べるだけで今まさに時間を要している。

というか(中略)はなんなんだよ、それを調べるのでまた時間が減ってくじゃないか。

さて、ここから更に右を見ても看板が見当たらない…密集して詩文を置かないとは旅人殺しなのか湖を是非とも堪能して欲しいとの候からか自治体からの計らいか。

とはいえ、道と言える舗装された道がここから途切れ、ここからはワンちゃんネコちゃんが好きそうなアニマルウェイが続いている。

朝露がウォーキングシューズとユニクロのパンツをまだら色に染め上げ重みを加える。


次の看板を発見、車道の近くで歩道が無い上にたまに車が通るので危ない場所だな。


『南湖十六勝十七景 濯錦岡たくきんこう(錦の岡)』


『湖辺 霜信そうしんを問へば

早やすで岡楓こうふうに到ると

濯錦たくきん 真にしいならず

波間はかん 一様に紅なり』

『沢 良臣(松平竹所)』


※誣=あざむく。


この人はぐぐっても名前が出てこない、白河藩のお抱え儒学者だろう。

かっこよくて分かり易い漢字を使ってくれるのはありがたい。

ただ、濯錦が恐らく中華の地名か風習だと思われるのでこれについて掘り下げないと解読は完了しない。

この立て札はゆっくり読むには危ない位置にあるので長居は無用。


山沿いを進む、というか登ってる?次の立て札を発見。


『南湖十六勝十七景 共楽亭きょうらくてい


『山にうて 水に臨み

つきを迎へて 又風来たる

清楽 ついに 何若いかん

只だ 此人しじんともにせん』

『藤 孝肇(尾藤 二州)』


※竟=終わる

※何若=どうなるか?

※此人=この人、高徳の人。ここは松平定信候を指す。


この立て札のすぐ横に管理がされているのかされていないのか分からない茶室とお堂の中間の様な建物がある。それが共楽亭だろう。


山を眺めていると上からおばさんがワンチャンを連れて歩いてきた。え、まだ登るの?とちょっと足に可哀想な現実を目の前にして、そのおばさんへ尋ねる。

「こんにちは、この上に何かあるんですか?」すると、「いや、何もないよ。」と返事が来たので少し安堵。重荷を背負っての山登りは出来るだけ避けたいのでおばちゃんの言を信じる。


そのまま西へ進むと『南湖十七景詩歌碑』という石碑を発見。

1820年に建てられた石碑という事なのだが、はっきり言うと彫りが浅い上に達筆過ぎて読めないんだよね。

概要は松平定信候が南湖に17の景勝地を決めて交流のあった文人や大名に歌を書いてくれと依頼したよ。という事が書いているらしい。ちかくに現代訳してくれた看板があった。


はい、次の立て札ですね。


『南湖十六勝十七景 明鏡山めいきょうざん(鏡の山)』


使君隄しくんてい って 南湖出

共楽亭開いて 酔翁すいおうを圧す

淡粧濃抹たんしょうのうまつ 烟波えんぱの色

まさ天辺てんぺん 明鏡めいきょううちえいずべし』


『源 之煕 (村瀬栲亭)』


※酔翁=中国宋の欧陽脩の酔翁亭。

※淡粧濃抹=蘇軾「飲湖上初晴後雨 二首 其の二」


湖がお空と松の林の青と緑を映し出してるのがよく分かるだろう場所。

今日は生憎の灰色と緑の湖な上に醉翁亭記の様に人々の営みは見えず。

しかし、随分と強気な詩が多いな。詠んだ人はウィキペディアにも載ってるくらいの有名人か。


山道が無くなったと思ったら、遠目に湖サイドにて次の立て札を発見。


『南湖十六勝十七景 萬花岸ばんかざん真萩まはぎか浦)』


『植え得たり 胡枝こし 一万株

花は紅白を交え 晴湖に映ず

湖風 払ふ処 秋光しゅうこう乱れ

こうとして見る 雲霞うんか 地に満ちて敷くを』


『樺島公礼(樺島石梁)』


※胡枝=萩の事らしい。


すごい、旧字体が無い。検索する時間が浮いたよ!

今は萩のシーズンじゃないから残念、また今度。


次の立て札!また山か…。


『南湖十六勝十七景 玉花泉ぎょっかせん(常盤清水)』


湧泉ゆうせん 山下にほとばし

数歩にして 湖に入ること斜めなり

名強 高く相照らせば

水光 玉花とらん』


『篠 應道 (篠崎三島)』


すごく分かり易い歌で助かります。

儒者と詩人の差がよく分かりますね、儒家は多数の賛同を得られなければ支持と評価をされないからなあ。


はいお次いってみましょう。


『南湖十六勝十七景 鳴秋原めいしゅうげん(松虫の原)』


鳴秋めいしゅう 原上げんじょうの草

蒼莾そうもう 金鈴をあつ

積水 無辺に白く

黄昏こういん 今だ ことごとくは青からず

宮商きゅうしょう 節奏せっそうたくみにして

遠迩えんじ 或いは聴熒ちょうけいせん

借問しゃもんす 昌黎しょうれい

曽経かつて 此の亭にいたりしかと』


『亀井 魯(亀井南冥)』


※蒼莾=青々しい広い草むら

※宮商=音階。高く澄んだ音

※遠迩=遠く近く

※熒=まどわす、小さな光

※借問=試しに尋ねてみる事。小手調べの問答。

※昌黎氏=唐の文人、韓愈の事。


難しい単語が多いですがグーグル先生と漢字字典にかかれば和訳出来る!

本当に昔の人間はこれをぱっと見で理解できたんかい。

詠った人は福岡藩の方だそうですが、信定候はコネが広いなあ。


この辺りは開けた場所になっているが、ベンチとか茶店の様なものはまったくない。


『南湖十六勝十七景 松濤里しょうとうり(松風の里)』


『青松 数里 湖を抱いて斜めなり

常に湖風を帯びて 日夜 かまびす

村翁 妨げず 枕頭の夢

穏臥おんがす 波濤 声裡の家


『頼 惟柔(頼 杏坪)』


※譁し=騒がしいの意

※穏臥す=隠されているの意味だと思う

※波濤=ここでは松風の音

※裡=状態内で


ようするに松の葉が揺れる音が喧しいってこったな。


『南湖十六勝十七景 暁月渚ぎょうげつしょ(有明崎)』


『秋はきよし 湖天のあかつき

沙洲さしゅう 月色残さん

一行 斜めにわたる雁

影落ちて 碧波へきは寒し』


『大塚 桂(大塚毅斎)』


さて、ここは何処かとパンフレットを眺めていると。昨日ごちそうされたラーメン屋の近くか。

結構歩いたな、でもこれで二日目の午前なんだぜ。

周囲を見回すと砂利道に入り、時速30km制限速度の標識がシュールに立っている。

更にその周囲には釣竿を構えたあんちゃんが二人。

つい気になって「何が釣れるんですか?」と尋ねる不審者の俺。

あんちゃんは返答に窮して「バスとかじゃないですかね。」と曖昧なお答え。

バスと言えば近くにバス停も見当たらないしな、何を待っているのかも何処を歩んでいる分からなくなるさ。人生そんなもんか。

はい、哲学よりも漢詩の発見と解読を続けましょう。

この辺りから人気が増えてきたのは時間だろうか道のせいだろうか。


『南湖十六勝十七景 一字松いちじしょう(千代の松原)』


『鬱として一字の如く おのずから文を成す

落々として高く標して 雲に入らんと欲す

晩翠ばんすい 千秋 とこしへに変ぜず

願はくは此の操をって邦君に奉ぜんことを』


『井 潜(井上四郎)』


潜水艦みたいな雅号ですね…。ぐぐっても痒いトコに手が届かない情報しかない人。

ちょっと達観された詩なので好きです。


あったよ!喫茶店!でも時間とお金が惜しいので入らない。


『南湖十六勝十七景 鹿鳴峰ろくめいほう(小鹿山)』


『湖南の草色 一峰匀ひとしく

閑客往来して 山鹿馴さんろくな

候駕こうが 時々 遊予ゆうよの処

呦呦ゆうゆうたる超えは嘉賓を待つに似たり』


『立原 万(立原翠軒)』


※候駕=藩主の乗り物

※遊予=くつろぎ楽しむ


呦って文字がすぐに見つからないよ!内容は微笑ましいけどその漢字は使わねぇよ。


『南湖十六勝十七景 五徳村ごとくそん(八聲村)』


『鶏 林墟りんきょいて 霧氣消え

東方の初旭しょきょく 赤きことゆるが如し

青山 界断かいだんす 晴湖せいこの外

穿破せんぱす 松間 路一条』


『広瀬 典(広瀬蒙斎)』


おすすめは日の出の風景ですか…あれ、元いた場所に戻ったぞ。

これで一周完了? 立て札は何枚見つけた…?

なんだよ、トータル16枚て…十七景だから一枚見逃した!?

悔しいのう、悔しいのう!でももう一周する時間なんてないわ!更に言えば少し小腹が空いた。


南湖公園のスタート地点より北東に行った場所の蕎麦屋で名物らしい『蕎麦団子』を購入した。

「へぇ、宿は何処にとったんね?」と蕎麦屋のおばちゃんと気さくにトーク開始、情報収集を図るもこれといった情報はなし。

逆に「へぇ、あの旅館。団体以外も相手にすんだね。」とおばちゃんが疑問をぶつけてくる、俺はレアケースだったのか?

さて、食料は手に入ったから、次は小峰城まで歩こう。電車の時間を考えると本当に時間が無い。


長い坂道の道中にストローハットからの雫がまた一つぶ地面に落ちた。





漢字を調べる時間が長すぎるけど、詩文を解読する方がもっと時間が掛かってる上に漢文や儒学の知識を付ける為に図書館で借りた漢詩や論語を読んでは止めたりを繰り返す。

するとあら不思議、全然小説が進んでいない。


とは言え、小説も漢文もまだ練習中だからしゃーないと自分に言い聞かせて現実逃避。

朝寒くて布団から出られないのも地味にペースダウンを担っている。

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