001.2017/10/14 旅立ち
昔はお前のような冒険者だったが、膝に半月板炎症受けてしまってな…。
旅から戻って10日間、膝の調子が良くなってきたので練習作品。
10/14
まず出だしから失敗した。
「しまった、オイル式のコンパス持ってくるの忘れた。」
実に不覚である。
俺がうっかり属性を持っているのは分かっていたがここまでマヌケだとは思わなかった。
「うっかりはちべえ、今更ジロー。」京成線の電車内隅っこの席に座りながら脳内で自らの迂闊さを叱責し即座に思考を切り替える。
コンパスは旅をする上で必須アイテムである、道中に100円ショップあるかな。
一人旅であります。
旅行ではありません、行楽しませんので。
格好は普通だろうセンスの服装に季節はずれのストローハットをかぶって、90リッターサイズのバックパックを足元に転がしながら、先月北海道に帰省した時に伯母から借りた漢文の教科書とライトな論語雑誌を交互に見比べる。
実に不審者らしい私の旅装だが、不思議な事にこれまでの人生で職務質問は一度もされた事がない。
バックパック内旅装の内訳は、アーミー防寒着、青いビニールシート(工事現場で使うあれ)、飯ごう、彫刻用ナイフ(刃渡り6cm以下にしないと銃刀法でしょっぴかれる)、予備の下着、タオル、お風呂セット、ノートパソコン、マッチ1箱(多めに持っていくがこれは飯ごうの中に隠す)、本5冊、水道水入りの500mlペットボトル、千秋庵の缶入り山親爺2箱。
バックパックの重量はトータルで約12キログラム、今はまだ電車内だから良い。
駅までの道のりでも経験したが、これを担いで毎日10-30km歩かなければいけない。
旅に出る前にグーグルマップで目標地点を確認したらそういう結果が出ている。
覚悟を決めなければいけない。
孔子先生のありがたいお言葉を読みながら奥歯をギリリと噛み締める。
反対側の昇り電車を見ると、アメリカ開拓の為に船に詰め込まれる奴隷達の様にサラリーマンや学生が死んだ様な顔をして押し合いをしている。
悪いな、俺はその逆方向に行くんでな。
電車に乗る意味も道筋も貴方達とはまるで逆だ、少し心が痛むよ。
市川真間>高砂>押上>久喜>宇都宮>黒磯>白河。
最初の目的である白河、これは友人に会う為の旅だ。
彼の事は大河君(仮)としよう。
彼は私達が小学校6年生の頃からの友人だが、なんというか、俺が迷惑ばかり掛けてたかもしれない友人である。
種族分類は良い人系、そもそも俺は仲良くなれる人間が極端なので友人は少ない。
友人に『フツーの人』は一人もいない。
大河君とは俺が最初の『都落ち』をした時に会ってから後はスカイプ上でしか接点が無かったのでリアルで会うのは10年ぶりになる。
道中にあった宇都宮でゆっくり観光もしたかったが、今日中に福島県西部の白河へ入らなければならない。
旅の序盤3日間は宿の予約を取っているから時間制限がある。
福島県白河市、無駄に高いビルがまったくない古風な町並みの土地である。
昭和というより明治から一気に平成になった様な雰囲気を持った雰囲気だ。
ここら一体が東北の震災で影響をあまり受けていないという話は大河君からスカイプで聞いていた。
さて、問題はその大河君のお家が何処かだ。
ニュータウン系の住宅街にあるその家の方向に向かってバックパックを背負いながら駅より歩み始める。
地図はあるがコンパスが未だに無いので太陽の位置を見て方位を考えるも、今日は曇りなので正確さが無い。
道中にある工場を目印に当たりを付けるも、肝心な場所で道が無い。
私有地の柵を乗り越えて突き進むのはまだ避けたい。
いざ住宅街に到着するとはっきり言って分からない、だってどれも似た様な家だもん。
そもそもこんなニュータウンをウロウロするでかいバックパックを背負ったカバンちゃん(ダーク属性)であるから、ワンちゃんの散歩途中の原住民にジロジロ見られる。
クソ、マジで分からんぞ。
そこで車を洗っているおっちゃんに尋ねる。
「お忙しい所すみません、今いる位置ってこの地図でいうとどの辺りですか?」
正直に言うと山沿いで太陽が見えないので方向を見失い迷子状態であった。
おっちゃんは俺を不思議そうに一瞥した後に「どれどれ」と差し出した地図を見ながら現在地を教えてくれる。
なるほど、方向性は合っていたが道が無かったので目的地まで向かえなかったのか。
恐るべしインフラ設備の無い田舎道。
そんな親切なおっちゃんに「ありがとうございました、助かりました。」と言いながら頭を下げて、教えられた道を行く。
結論からすると、大きな迂回をしないと大河家周辺へは到着出来なかったという事が判明した。
遠回りこそが最短の近道だったんだ、というか迂回しないと到達出来ない道だった。
長い坂道を登り大河君の住むというニュータウンへ到着。しかし、これまた分からん。
市川のマイホーム安アパートを出てから電車で5時間(乗り換え失敗、特急や新幹線は使わない)、ここまで歩いて1時間半。
見渡す限りの似たような住宅住宅住宅。ここまできてまた彷徨い歩くのか…。
しかし、この日の歩数後に続く道中で一番少ない日であったと思い知らされる事になる。
日没前には見つけないと、初日にしてタクシーか野宿か。タクシーは嫌だなあ、コスパ悪いし。
お日様の傾き具合が足を急かす、貧乏旅初日にして大ピンチだ。
コマンド:テレフォン。「ツーツー」という音がした後に留守番電話の案内音声が出る。
大河君には前もってそっちに向かうとスカイプで伝えてるし、彼は今日休日だとも聞いてるから電話が繋がらないのは少しおかしい。
仕方ない、ワンちゃんをお散歩してる人その3に道を尋ねる。
「ああ、この道から内側に四本入ったとこだよ。」「ありがとうございます。」
という事ならば4本の道を進むが、付近の電柱に書いてある番地は間逆であった。
「クッソ、適当に言われた。」
道を尋ねる人に対して「分からないね。」と正直に答える原住民はジモティープライドがそうさせるのか旅の経験上結構少ない。
旅人に曖昧な情報を教えてその場から立ち去り無かったことにする、世の中そんな人間が半数だ。
となれば次に狙うのは地元ぢからの強い、人の良さそうなオバチャンである。
地元のオバチャンはコンタクト序盤は警戒されるも。こちらが困っている事を理解してくれれば実に助けになる存在である。
10月の中頃なのに公園で水鉄砲の撃ち合いをしている根性のある子供を横目に見晴らしの良い位置にバックパックを背中から降ろし柔軟体操をしながらオバチャンを探す。
居た、頭悪そうでも神経質そうでもないオバチャンを発見。
コンタクト開始。
ここは正直に伝える。
「お忙しい所申し訳ございません。この辺りに大河さんっていう方の家があるはずなんですが、ご存知無いですか?番地は1Xです。」
地元オバチャンに物を尋ねる時のキーワードはまず番地より『苗字』だ。
オバチャンは噂話が大好きである。だが、人の事は話題に上るが番地の様な数値の情報には弱い。
案の定「そうねー、ウチがあっちの9番地だから、向こう側に行く毎に番地が増えるはずよー。」
という回答を得たので当たりは付いた。しかし、日没は近い。
「ありがとうございました、向かってみます。」と頭を下げながら俺は歩き始める。
立ち去る俺にオバチャンが心配そうに伺っているのが見えた、ならばこの情報は当たりだ。
今いるのは13番地くらいだ、となるともう少し移動が必要だ。
今度は入念に1番地ずつに電柱をチェックし位置を把握する。
斜陽の無い夜が迫ってくる。
辺りが薄暗くなった頃にようやく大河家を発見。
このニュータウンに入ってから二時間放浪した末の発見だから実に馬鹿馬鹿しい。
スマホからグーグルマップを見ようとしてもなぜかネットが繋がらなかったのがこの2時間のタイムロスに繋がった要因でもあった。
スマホの他にもガラケーを持っていたが、こちらはグーグルマップに対応していない。
その割りに2万円以上するんだよな今のガラケー。
旅の前にスマホの調子を見ておくべきだった。
原因は恐らく先月のVISAカードのスキミング事件でカード切り替えてからスマホの引き落としクレカ番号も変更していなかったからだと思うが、そんな些細な事で足を時間を大幅に浪費した事になる。
世の中小さい事で大きな事故に繋がるもんだ。
無念、と思いながら大河さんのお家のチャイムを押す。
ピンポーンと薄い音が外まで聞こえた気がするが、人の気配がすぐに無い。
え?お前ここにきて留守?
留守だった場合、ここから全力で駅まで突き進んで最後のローカルバスに乗り、宿である大村温泉旅館へダッシュで向かわなければならない。
どうしたものか、お土産である大河君の親父さんが好物のはずの山親爺だけ軒下に置いて立ち去るか、と思いバックパックを展開したタイミングで家から「はーい」という声が聞こえてきた。
今とても複雑な心境だ、ブーブで宿まで送ってくれと頼むべきか。10年ぶりのリアル再会でそれを切り出すのは実に厚かましい。屈伸運動をしながら最悪の事態に備える。
玄関から「はーい。」と言いながら出てきた大河君。
本人曰く「太った。」という事らしいが、私見的には10年前と変わっていない気がする。
「よぉ。思ったより太ってないじゃないか、お変わりなく。」
大河君のこの季節のハーフパンツとロンゲでもないのに頭に巻いたタオルという姿は実に謎である。
俺は人生で一度でいいからマゲを結ったりポニーテールにしたいという夢があったので今まさにロンゲである。
失業してから切らずにしたその黒髪ロンゲそのままだと不審者丸出しなので今は母の形見であるシルクのスカーフでラーメン屋の大将みたいに髪を纏めている。
「クラ、変わったな。」と唐突に大河君から言われて俺は少しショックを受ける。
先月に里帰りした時も言われたが、「老けてはいないけど変わった。」とはよく言われた。
大河君と親戚からも言われたので三点観測は成立した。俺は変わってしまったのだろう。
奥の方から大河君の親父さんが顔を出してきた。
大河君の母上はここ数年で亡くなってしまったらしいが、父上殿は実に元気そうである。
というか家の中が、釣竿、アーチェリー、ダーツの的?みたいな物が散乱していてカオスである。
「上がって上がって。」と言われて上がるもバックパックの置き場所が無いくらいに片づけがされていない。
そういえば、10年前も当時千葉県にいた大河君の家に遊びに行った時も足の踏み場も無かったので、スペース確保の為に大掃除を決行したが、その時はチャバネさんが3匹出て「ヒェ!」となった記憶があったから、大河さんの血筋は片づけが出来ない系統なのだろうと分かる。
「ダンシャリ?くらいまで片付けはしないといけないとは思っているんだけどね。」と玄関から家の中を見渡す俺に苦笑いをしながら親父さんは言う。
「多趣味で元気な証拠じゃないですか。うちの親父より元気そうで何よりですよ。」と俺は本音からの相槌を打つ。
先月、帰郷した時に足をたまにヒョコヒョコと不自然な動きをしながら歩く親父の背中を思い出して応える。
「あ、これ好物だと昔聞いていたのですが、お土産の千秋庵の山親爺です。意外と日持ちしないのでお早めにお召し上がり下さい。」とバックパックから缶入りの銘菓を取り出して渡す。
「懐かしいな、山親爺。ありがとう。」親父さんは遠い目をしながらその和洋折衷クッキーの缶をしばらく眺めた、思う事があるのだろう。
「そういえばクラは今晩どうするの?」と大河君が泊めてくれるのかな?的な素振りを見せてくれるが、また10年前みたいな大掃除をしないといけなくなるのは確定的に明らかである為に素直に
「宿を取っています。今から歩きで向かうと厳しいですが。」と正直に伝える。
すると親父さんが「ここでもなんだ、ファミレスに行くぞ。」と言いながら車の鍵を取って来る。
その間に俺はバックパックから一冊のファイルシートを取り出し。
「実は、先月帰郷した時に、伯父の一人が家系図を作っていまして。男系一族のルーツが山形県のとある農村なので、そこへ行って除籍謄本以前が分かるデータを集めに行こうと思いまして。ここへ立ち寄ったのは大河君の顔を見たかったのもありますが、一応ついでです。」
と旅の目的を伝える。
「へぇ、すごいね。うちの大河一族も結構親戚繋がりや由緒はあるんだよ。」と親父さんは俺の取り出したファイルを軽く見て言う。
帰郷した時に伯母さんの一人が言っていた「男の子は歴史好きだよね。」という言葉が脳裏に浮かんだ。
第三者に今回の旅の目的を伝えたのはここが最初だ。
決意するのは容易い。だが、それを第三者に伝えたのならばそれを真実にしなければならない。
「よし、乗って乗って。」とお車に乗るように言われるので、その言葉に甘える事にする。
だってお外もう真っ暗なんだもん、コンパス無しで知らない闇夜は歩けない。
車の横に原付が止まっている。
「大河、まだ原付乗ってるんだ?車の免許はあったっけ?」と俺は尋ねると。
「あるある、けど車はペーパーのままだよ。」と現代っこらしい返答をする。
俺等の年代ペーパードライバー多すぎ。
「よし、行くぞ。デニーズへ。」と親父さんはハンドル取りながら出発の号令を発するも、ここに来てデニーズか。と少しこの辺の事情が少し分かった気がする。
・『都落ち』
地方から上京したけどまた地方に戻る現象の事を言う。
なお、北海道から内地へ行く時は『脱北』という。
沖縄県民が内地に行く場合はどう呼ぶのだろうか。
・『脱北』
北海道のクソ労働環境に嫌気が差して若者が関東や関西に流出する現象。
北海道の雇用状況が改善されない理由は老人が増えすぎて介護福祉重視の政治家が多数決で増えすぎて若者が冷遇されるというよくある話な為。
そもそも道産子は政治に無関心というか方向性がおかし過ぎる。
実際に関東に出ると「ああ、ポピュリズムしているな。」としみじみと実感出来る。
しかも、サビ残と早出がほぼ存在しないんだぜ、関東、特に東京。
頭悪くても時給1000円くらいは出る仕事はいっぱいある。問題は通勤だがね。
ばーか滅びろ北海道。と思っているとマジで滅びそう。
でも日本の国土半分以上を巡ってガチで滅びそうだと思った都市は甲府と青森だと思う。
・『新幹線』
高い、速い、駅を降りた後に詰み易い乗り物。
昔、暇なときに電卓を叩いた結果によると新幹線は時給2200円以上の稼ぎがある人間だと得をする乗り物だという計算結果が出ているので経費で落ちない場合はまず乗らない。
・『千秋庵の山親爺』
道産子なら登別クマ牧場と山親爺と木の城たいせつ、定山渓ビューホテルのローカルTVCMは大体知っているだろう。
木の城は潰れたけどな!
個人的には千秋庵で一番おいしい御菓子はノースマンだと思います。
・この辺の事情が少し分かった気がする
都合の良い喫茶店が滅んでいたり、チェーン店に負けている状況を指す。