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運命

Sちゃんは、小学生のときに病気でお父さんが亡くなっていた。

そんなに美人ではなかったが元気が良く目立つタイプで

お父さんが亡くなってからは、何事にも努力を惜しまないようになり

元々の人懐っこく、裏表のない性格にもさらに磨きがかかり

とても周りから好かれるようになっていた。

俺らは中二まではクラスも同じで、仲も結構良かった。

恋心に気付いたのはそのころ。マセた最近のガキにしては遅れた初恋だった。

中三のときにクラスは分かれて、高校は別々に進学した。

勉強を頑張っていた彼女は市内トップの進学校、

適当な俺は偏差値そこそこの公立普通科高校。

高校生活にも慣れ、バイトなんかにも手を染めて

たぶん、このまま忘れて行くんだろうと思っていた矢先

彼女から呼び出され、突然の告白を受けた。


「ねぇ、付き合おっか」


もちろん二つ返事でオーケーした、ありえない奇跡にテンションあがりすぎて、

何かに憑かれたと勘違いしたおかんに、便所スリッパで数発殴られたのは良い思い出だ。

何でいきなり告られたのかは謎だったが、とにかく嬉しかった。

俺らは放課後や休日に沢山二人で遊びに行った。

お互い青春を使い尽くすように、いっぱい笑って泣いて歌って

まぁ、やることもそれなりにやった。リア充でサーセンwwwww

心霊関係のことは、彼女は関わりが無い方だったのでできるだけ黙っておいた。

おかんのことも"福祉系の自営"とだけ言っておいた。おかんも合わせてくれた。

実は当時から先輩とも交友があったのだが、その時期はあまり縁が無かった。

たまに会ったときは「盛りのついたガキは臭くてたまらんね」と、全力で嫌味を言われたが。

とにかく、俺は高校三年間とても幸せだった、彼女も幸せそうだった。


ただ高校生のガキなりに勘付いてもいた。

彼女が父親の死以上の、何か大きなものを抱えていたことに。

長く付き合えば合うほど彼女に、僅かだが、確かな齟齬があるのに気付く。

それは発達障害や、人間としての一般的な個体差というより、

決定的に元々"住む世界が違う"といった感じだった。

お互い無事に高校を卒業して、それぞれの進路についたあとは、

もう会うことも無かった。

今、思い返してみても、あれだけ燃え上がっていたわりに、

不思議と未練もなく縁が切れたと思う。


ある日の夕方、繁華街を先輩と歩いていたら、

何年かぶりにSちゃんとすれ違った。

随分と変わっていたが、一目で彼女だと分かった。

髪型は濃い茶髪のロングで、当時よりだいぶ痩せていて

全身黒で固め、小さな子供を二人連れて歩いていた。

両方とも三~四歳で、一人はかわいらしい生身の女の子、

もう一人はかわいらしい……生身じゃない男の子。

「今の見たか?すげぇな」

「お札シール貼ってなかったら、危なかったな。("アレ"が)確実に出てたぞ」

先輩はそう言っていたが、俺は悪い感じをまったく受けなかった。

そんなことより、Sちゃん自身の不幸そうな様子が気にかかった。


その暫らく後に、中学の同級生と飲む機会があり

それとなく彼女のことを尋ねてみたら、知らない間にだいぶ苦労していたらしい。

高校卒業後、家計を助けるために大学には進まず、

地方で銀行員として就職して(という所までは知っていたが)

職場で良い人に巡り会って妊娠、寿退社するものの、すぐに夫は交通事故死、

今は再就職し、シングルマザーとして仕事と子育てに奮闘する日々だという。

「とは、言うんだけどね、あの子何でだか、

 だんなさんが亡くなってからは、友達付き合いも殆ど断ってしまっていて、

 今はどうしているのか、正確なところは誰も知らないのよ」

という同級生の言葉が、少し気にかかった。

 

特に進展も無いまま、数ヶ月が経ち、

梅雨に入って蒸し暑くなったころだろうか、その夜は夢を見ていた。

内容は"町で旨いラーメン屋を見つけて喜ぶ俺"みたいな平和なものだった。

ハッピーな気分で、黄金色に輝く超旨いラーメンを啜っていたら

"グニュウウウウ"と空間を歪めて河童神が店に、というか夢に入り込んできた。

乱入はいつものことなので「またおまえか」とか

「ニヤニヤすんな、カエレ!!」とか文句を垂れていたら

ラーメンが茶色い、言いたく無い何かに変わった挙句、

河童神が入ってくるために空けた空間に、手を引っ張られて連れ込まれた。

そのまま夢の場面が変わったようで、河童神は消え失せ

いつのまにか俺は、Sちゃんと、どこかで見たことのある男の子とで食卓を囲んでいた。


ナイフとフォークを持ったまま固まった彼女が、口だけを動かして俺に訴えかけてくる。

「ねぇ助けてよ。この子は私の子じゃない、でも私とあなたとの子なの。

 夫が死んでから夢に出てくるのよ。あなたと私がこの子を囲んで食事するの」

いやそんなこと言われても、避妊は間違いなくしていたし、まったく身に覚えがございません。

そう反論しようとしたら、さらに畳み掛けられる。

「ずれてしまったの、何もかもが取り返しがつかないほどに離れてしまった……」

わけが分からなくて絶句していると、

また場面が変わる。


どしゃぶりの雨の中、道の真ん中で女性が倒れていて、その側で女の子が泣いている。

俺は倒れている女性の少し上に浮いていて、

何もできずに、見つめ続けることしかできない。

そこで唐突に夢が途切れ、目が覚めた。

何か、ただ事ではない感じがしたので、先輩に電話をかけると、

眠れなくて起きていたらしく、車ですぐにかけつけてくれた。

夢で見たのは、市内の見覚えのある場所だったので

車の中で先輩に、これまでのSちゃんとの経緯を話し終えたころには、

たどり着くことが出来た。


そこには夢そのままの光景で、

深夜の人気の無いアスファルトの上、ずぶ濡れになったSちゃんが倒れていた。

夢と違うのは、さっき食卓に居た男の子が、

Sちゃんの少し上を浮いているということぐらいだった。


横殴りの雨が降り続け「おかぁぁぁぁあさぁぁぁぁぁんんん」女の子は泣き続ける、

男の子は悲しそうな、無念そうな表情をして母親を見つめ続けている。

たまらずに二人とも車から飛び出して駆け寄り

俺が「救急車を呼びまし……」と先輩に声をかけようとした時だった

先輩が念のため付けてきたらしい

何枚かのお札シールを突き破り"アレ"が発現する。

「イタダキマァァァァアアァアアァァアアスススススス!!!!!!!」

黒い唇が叫び、前見た時よりより明らかに大きくなった黒い腕が

いったん上に吹き上がってから、浮いている男の子のほうへと猛烈に迫る。

あり得ない、河童神の時でさえ近距離でわずかに漏れる程度だったのに、

驚いていると、男の子が俺のほうを向き小さく呟くのが見える

「おとうさん……」そう言われた気がした。


次の瞬間、なぜだか俺は全力で駆け出し、

無謀にも"アレ"とその子の間に滑り込んでいた。

「喰うな!!ダメだ!!!絶対にダメだ!!」

"アレ"の黒い手が俺の身体に食い込み、

溶け出した暗黒物質が全身に染み込んでくる。

視界の隙間から、唖然とする先輩が見える、

それにしても何で…まぁ、別にいいか…

意識が途切れる寸前、「ありがとう」と誰かが、耳元で囁いた……気がした。


先輩が携帯で連絡して、おかんと友達が駆けつけたのだが

おかんは全身真っ黒な俺を見て、一瞬気を失いかけたらしい。

(ただし、すぐに持ち直したようだ。馬鹿息子でサーセンwww)

直ちにおかんに祓われないといけない先輩と、意識の無い俺に代わり、

病院に付き添いで行ってくれたおかんの友達が、医師や娘から聞いた話によると、

Sちゃんはたぶん、近くの深夜託児所から娘を連れ帰る途中で、脳梗塞を起こしたらしい。

俺やSちゃんの若さでは滅多にならないのだが、彼女は身体を酷使しすぎていて、

皺寄せがたまたま脳の血管に行ったようだ。ただ発見がとても早かったので、

後遺症は残らないだろうし、リハビリも殆ど必要ないとのことだった。

その後、霊体の男の子はどこかに消えたまま、誰も見ていないらしい。


Sちゃんが搬送された病院に到着して、手術されている頃だ。

仕事用RV車の中に張られた結界に横たわり、

身体中の穴と言う穴から暗黒物質を吐き出している俺と、

その隣で涙目で正座している先輩を、二刀流便所スリッパで同時に叩きまくりながら

「M君から一通りは聞いたよ」と、完全防備したおかんは、マスク越しに言った。

「たぶんSちゃんは、元々あんたの運命の一部だったんだろうねえ、

 勿論あんたも彼女の一部だった。

 だけども、何かの強いキッカケで二人は離れてしまった」

「その、生身じゃないほうの子は、もしかしたら本来生まれるべき

 あんた達の子だったのかもよ。間違いで身体が手に入らず、魂だけになってしまったんだろう。

 だとしたら霊体でも、立派なうちの一族だねぇ。

 そりゃ"アレ"も機会があるのなら、喰いたいだろうさ」

「あんたは、一族の守護や人間の繋がりもあるから、

 孤独なSちゃんのほうを護っているのかもしれないねぇ」

さすがに昼メロの見すぎなんじゃ……ってか昼メロですらそんな超展開ねぇよww

とは暗黒物質に塞がれて、口が聞けないので言わなかった。

決して怒られるのが怖かったわけではない。


先輩にも後日、いつものファミレスで同じようなことを言われた。

「もしかしたらSちゃん自身が、Aの思っている彼女とは少し違ったのかもしれないな。

 何かのきっかけで彼女自身が"似たようなもの"と入れ替わったとしたら、

 必然的にその後のAと彼女の運命というか、在りようが変わってしまうことになる。

 Aの話を聞く限り、たぶん彼女は"人形"ではないとは思うんだが……」

ここにも昼メロの被害者がwwwwと思ったが、

錯乱して"アレ"に突っ込んで迷惑かけた件もあるし、色々と助けてもらったので、

あえて黙っておいて、勘定も大した額ではなかったが、全て支払った。


最近風の便りで、Sちゃんは良い仕事の引き合いがあったので、

娘と遠くの街へ引っ越したと聞いた。

回復したころに、病院に見舞いに行きたかったのだが、

色々あって引き伸ばしにしている内に、彼女は退院してしまっていた。

繁華街ですれ違ってから、結局一度も現実のSちゃんとは話すことは無かったわけだ。

幸せでやっているのかは分からないが、、

おかんの語った"男の子"が彼女を守っているという部分が

当たっていたらいいな、と思っている。


そう言えば付き合っていた当時、一度だけ彼女が不思議なことを話したことがある。

やることやった後、添い寝していた時だ。


「ねぇ、昔話しよっか」


「まだ、お父さんが生きていたころ、友達と神社で影踏みをしたの、

 夕日が沈むころに、私が鬼の番になって、

 友達を探していたんだけど、そのまま誰も見つからなかった。

 神社からも出られなくなった。

 私は半日ぐらい泣きながら暗闇を彷徨って、気付いたら境内で倒れていたの」


「外に出てみたら、夕日はまだ沈んでなくて、

 わけが分からないまま独りで家に帰ったんだけど、

 次の日に学校で訊いたら、友達は誰もその日は影踏みなんかしていないって言うのよ」


「それから、私と外の世界が何だか噛み合わなくなったの。

 どこに居たって、何をしたって虚しくて

 取り繕うためにどれだけ必死で頑張っても、どうしても何か足りないの」


「お父さんが死んだときも涙が出なかった。何度思い返してもどうしても涙が出なくって。

 何でだろうって、ずっと考えてる」


「貴方に出会ったことは運命だって思ってる。

 でもね、何であの時告白したのかを、未だに思い出せなくて。

 その時、そう在るべきことをしただけで……どこか私の気持ちじゃないような。

 もしかして……これは私の人生じゃなくて、

 別の誰かのものなのかも……意味わかんないよね。ごめん、もうやめる…」


賢者モードだった俺は、「ふぅん……」とだけ返して

ろくに意味も考えずに眠り込んでしまった。

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