与太話
「なーA」
「なんすかMさん」
「自分のこと人間だって思い込んでる、人形の話って知ってるか」
「あー有名なやつですね」
「ネットとかでもあるわな。夫を失った奥さんが、夫の代わりに人形を大事にしてたらってやつ」
いつものことながら大の大人二人が、午後も早くからファミレスで
チョコパフェを食いながら駄弁っていた。外では蝉が五月蝿い。
「まーよくある話よ。人の形をしたものには魂が宿りやすい」
「でもMさん、あの話って"常識"のちょっと隣にあるから面白いんですよね」
「まあな。仮にその人形がバリバリ動いていたとしても、奥さんの前とかだけだからな」
「話では、寺社で焼かれる前に頑張ってこっそり逃げようと動いてたのを、
見つけてビックリみたいな。
で、焼かれてるときに怖くて叫んでいるのを聞いて、さらにビックリみたいな」
「そうそう。あ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
俺も飲み物がなくなったので、ドリンクバーにお茶を入れに行く。
五分くらいボーッとしていると先輩が戻ってきた。
「んで、話の続きなんだけど…大きな街とか行くと割と良く見かけるだろ。
人間のふりした人形が歩いてるやつ。とても精巧に似せたやつが」
「俺も何度か見かけたことありますけど、あいつら別に隠れてないですからね」
「そうそう、太陽の下、人間の中を堂々と歩いてんの。むかつくよなぁ」
「まぁそれはいいですよ。彼らにも色々と事情があるんでしょうから。
で、他にもあるんでしょ。面白い話が」
フーッと先輩は一息ついてから話を始めた。
「逆もあるって、知ってるか」
「どういう意味ですか」
「前置き、超長くなるけどいいか」
「まぁ、今日は暇だしいいすよ」
「椅子は人間が椅子と認知するから、椅子になるという話しがある」
「ありますね」
「あとこんな言葉もある。"我思う故に我あり"
太陽の下、人ごみの中歩いてる人形どもはさ、自分は"人"だということを一片も疑わないし
常に他の人間たちからも"人"として認知されているわけだ。
だって溶け込みすぎてて誰も簡単には"人形"とは思わねーもん」
「まーそうすね」
「術者というか、中には無意識で術をかけるやつもいるだろうが、
まずそいつらは時間をかけて、人形に"自分は以前から人間である"という意識と、
とりあえず最低限人前で"人"として動ける力を与えるわけだ」
「ほいほい」
「それが上手くいったら、今度は大都会の雑踏の中にでも放り込む。
その人形は"人"として、多数の人間の視線を浴びながら、雑踏の中を歩く。
まあ奴らはパッと見は分からないから、周りは"人"として認知する。
多人数から"人"として認知されて人形はさらに人らしくなる。その繰り返しだ」
「そんな感じでしょうね」
「術者がうまいこと"人形"だとばれない様にサポートしてやれば、どんどん奴らは人らしくなる、
腹が減ったりとか、買い物したりとかな。最終的には自主的に人間社会に溶け込んでいくわけよ。
その積み重ねで長年"人"としての認知を得てきたクラスになると
例えばMRI撮られても"人形"だとわかんねーやつもいるのさ」
「はいはい。何となく知ってますよー。前置きまだ終わらないんですか」
俺はチョコパフェに刺さっていたポッキーをカリカリと齧る。
「せっかくだし、もうちょい付き合えよ。
話が変わるが、今の日本ってさ。正確かしらんけど、ニートが100万人も居るんだよな」
「らしいですよねー」
「まあ、こいつら毎年3万人とかの自殺者というか戦死者が出る、
戦場日本のある意味予備役みたいなもんだ。
大部分はいつか戦いに駆り出される。中には立場を利用して力を貯めてる奴も居るだろうし、
何もして無い奴も多いだろう。閑古鳥鳴く零細自営の俺も似たようなもんさ。
でな、そのニートなんだが、その内の何割かは家からまったく出られない引き篭もりなわけだ。
引き篭もりまでいくと少し事情が異なってくる。
余談になるが、軽いところでは神経症や、酷い場合は分かり辛い重度障害があることも多い」
「うんうん。まあ最近知られてきてますよね。ってか話しなげぇ。本題マダー」
先輩がお茶に口をつける。
「すまんすまん。ここからが本題だ」
「レアなケースだが、極端にへヴィな引き篭もりってさ、
誰からも"人"として認知されていない場合が時にあるわけだ。
親も悩み疲れて意識の外に出してる。機械的に食事を運ぶだけとか。
本人も食事や排泄以外は動かない植物みたいな生活が長くて、
精神活動が殆ど途切れてるって奴がガチでいるのよ」
「うわっ、それは可哀想ですね」
「彼らはテレビも見ない、ネットもしない。というか思考すらしない。
最低限の生理現象以外は部屋の隅でうずくまって過ごす」
「でな、そんな生活をしているとそのまま"器"になることがある」
「へえっ、修行無しで一般人でも可能なんですね。無我の境地www」
「その"器"に偶然のキッカケで高次元な何かが入り込んでインスタントな神様になることもある。
"悟った"とか言って新興宗教の生き神やったりしてな。
勿論強烈な悪霊が入り込んで祟り神にも成りえるので、
家族が呪詛向けられて全滅みたいな話もある」
「凄いですね」
「ただ、こっちの例のほうが多いんだがな、
"器"になったまま長期間何も入らないと、どうなると思う」
「……消滅する」
「そう、本人の存在そのものが消えちまうのさ。自我も外からの認知も無い、あとは消えるだけだ。
この世の全てから、そいつは消え忘れ去られる。写真なんかの記録も残らない。
面白いだろ。今の世の中、人形は胸張って歩いてて、人間は少しずつ消えていってる」
「……怖いですね」
「でもな」
先輩の顔が真剣になる。
「さっき話した人形たちだが、MRIで撮られても分からないぐらいなら、生殖能力も当然あるだろう。
この業界に関しては今あることは、過去にも繰り返されてきたはずなんだ。
俺たちが人形じゃないって、人形の子孫じゃないって誰が言い切れるんだ。
人形が人間になり、人間が消え、元人形が子供を生む、
俺が考えるに多分、これらは何らかの事象の裏表だ。
この世界は見えない何かによって少しずつ入れ替えられ、補完されているんだ」
「……」
十秒くらい真顔で真剣に考えて、二人とも吹き出す。
「ぶはっ!M○Rとか思い出しましたよ。キバ○シwwww
もうそこまで人間なら別にもう人間でいいじゃないですか」
「ぶははは、まあそりゃそうだ。ぶはははは」
「ぎゃはははは!今日は奢りますよ」
なんとなく表情が人形っぽいウエイトレスさん(人間)に会計をして貰って
いつものファミレスから出て行く。
帰り道で松子デラックスに似ているおばさんから、何故か今日も睨まれた。