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結局、心中などうまくいくはずがないのだ。

死んでも二人一緒など、叶わぬ夢物語でしかなく……


庭先に咲いた白百合の花を眺めながら、美智代はそんなことを思っていた。


あの時、まだもの知らぬ女学生であった美智代も、すでに三十路を越えて子供二人を育てている身である。


この歳になっても、あの時身を焦がした真実の愛を思い出して身悶えることがある。

久美子は、あの白百合のように美しいまま、今も美智代の心の奥にとどまっては甘い恋の残り香を漂わせているのだ。


あのあと、二人手首を結んだまま、泉から引き上げられた時には、すでに久美子は事切れていた。

快復し、病院のベッドの上で目を覚ました美智代は死に切れなかった悔しさと置いて行かれた寂寥に耐えかねて身をよじるほどに嘆き苦しんだのである。


幾たびも手首を切り、幾たびも屋上に立ち、その度に家人によって命をつなぎとめられ……ついに彼女を持て余した両親によって見合いをさせられた時には、手首の上に消えないほど深い幾条もの傷跡が刻み込まれていた。


そもそもが女学生同士で心中など図る不埒な娘なのだ、元々の許嫁からは絶縁を申し渡されているのだし、見合いの相手は真面目しか取り柄のないような公吏の男だった。

正直、これが親子ほど年の離れた汚らしい男であったとしても、美智代は受け入れただろう。

あの日、久美子と一緒に死に損なったあの日こそが、親の干渉なく人を愛する最後のチャンスだったのだから。


夫となった男はおとなしく、美智代を大事にしてはくれたが、それでも……


「私の可愛い久美子」


誰にも聞かれないように小さな声でつぶやいて、美智代は庭先に降りる。

大輪の真っ白な百合の折れ首を人差し指と親指で摘んで、そっと揺らしてみる。


「好きよ」


百合の白い花弁は久美子に似て繊細だ。

いま少しの力を加えれば簡単にもげてしまうかもしれない。

あの日、泉に沈んだ久美子だけが儚く消えてしまったのは、彼女が百合の化身だったからに違いない。

そんな気すらしているのだ。


美智代は百合の花弁を上に向け、その中に吹き込むようにささやきかける。


「ねえ、触って」


久美子のしなやかな指の動きを未だに覚えている。

この百合のように白い指の色を未だに覚えている。

その指になぞられて熱くなる蜜熱を鮮やかに思い出すことができるというのに……


「久美子」


いま一度名を呼ぶも、それに応える者はなし。

美智代は空虚な気持ちになって、百合の花首を引きちぎった。

手の中でその花弁を細かに千切り、地面に投げ捨てる。


きっと今宵も、夫の温もりをそぎ落とすように畳に素肌を擦り付け、畳の目を掻きむしって自分の欲情を慰めることになるのだろう。

もはや久美子の面影も薄れ、夢想の中でも触れる白い指の動きしか思い出せぬというのに、彼女に対する悔悟と愛情だけは未だ一つも消えることなく……おそらくこの先も消えることなく。


それが生き残った者の償いであるのだと、美智代はぼんやりと足元に散った白い花弁をながめるのであった。

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