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美智代と久美子は二人、手を繋いで泉のほとりに立っていた。


「姉様、少し怖い」


震える久美子の前髪をかきあげてやりながら、美智代はそっと囁く。


「大丈夫よ、たとえ水の底に沈んだって、この手は決して放さないから」


聖百合ヶ丘女学院の制服を特に愛くるしく見せる胸元のリボン、美智代が三年生であることを示すえんじ色のそれを片手でしゅるりと解いて、二人で重ねた手のひらのすぐ下に巻きつける。


「こうしておけば、意識がなくなっても離れずに済むでしょう?」


久美子は彼女の意図を聡く組んで、そのリボンを固結びにするのを手伝った。


「姉様、これで一緒……いつまでも一緒ね」

「そうよ、私の可愛い久美子」


もちろん、心中である。

二人は女子寮の一室で素肌をすり合わせ、口づけを交わしている最中を寮母に見られてしまった。

今頃は二方の親にも連絡が届いていることだろう。


「大人たちはわかってくれない。私たちがどれだけ真剣に愛し合っているのかなんて」


美智代の言葉に、久美子は深くうなづいて同意を示す。


実際、二人はそうした愛の終わりをいくつも見てきた。

聖百合ヶ丘女学院に集められているのは良家の子女たちであり、親がその気になれば嫁入り先など簡単に用意できるのだ。

だからこそ女学生同士で『まちがい』があれば、これを手元に呼び戻してどこぞの良家の男の元に嫁がせてしまう。

女同士で肉欲を慰めるようなふしだらな娘だと噂が立つよりは、たとえ嫁入り先のランクを落としてでも相手が男の方がマシだということなのだろう。


「ふしだらな関係ばかりが欲しかったわけじゃないわ、久美子、私はね、あなたを他の男にくれてやるつもりなんてこれっぽっちもないんだから」

「私もです、姉様、姉様は未来永劫、久美子だけのモノであってほしい」

「だからね、遅かれ早かれ、こうなる運命だったのよ」


地方ではあるが、大地主の娘である美智代には生まれついての許嫁がいる。

この女学院を卒業すれば、すぐにその男の元へ嫁がされるのだろう。

まだ顔も見たことのない、十も年の離れた男の元へ。

そんな男に肌なぞられる想像をするだけでも、美智代の身は不快感に打ち震えるのだ。


それに比べれば、リボンで強く括った手の中にある久美子の指先は、華奢で柔らかい。

いつも爪を短く整えてある細い指は、細工物のように繊細な美しさで美智代を魅了する。


たとえば教室で向かい合って宿題をしている時、例えば昇降口で靴を履き替える美しい仕草に見惚れた時など、美智代が真っ先に気にしてしまうのが彼女の指先なのである。


すらりと芽吹いた植物に似たまっすぐさで、それは美智代の胎内に潜り込む。

時には激しく、時に優しく、肉欲の一番奥底を掻きあげられる瞬間が美智代は好きだ。


「久美子……」


縛った手首ごと、彼女の手を引き寄せて、その愛しい指先に口づけを落とす。


「好きよ、本当に」


あとはただ、静まった泉の表面を叩く水音が一つ、あたりに響いただけであった。





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