五の剣【空腹のシスターと後悔の少女】
△∮▽
俺は次の日に【ステラ】から出発した。【ヴェル】を出て五日たった。
次に寄った町は【イリス市】だ。そこで俺は宿を取ったあと町を歩くことにした。
俺が出店で買った豚串を食っている。
「うまうま」
俺は豚串の旨さに、ガラにもない事を言っていた。
「…………パタリ」
すると前を歩いていたシスターが、突然倒れた。
「んな!」
俺は驚き、豚串を急いで食べ、シスターに駆け寄る。
「おい、大丈夫か!」
シスターの髪は、宝石のように輝く銀色で、髪は首の辺りまでしかなかった。目はガラス球のように透き通った蒼色していた。身長も高く、まさしく聖女のお様な美女だった。
そんな美女が、俺を見て言った。
「…………お腹……すきました」
その後、お腹からくぅ――っと可愛い音がなった。
そんな音がしても美女は無表情で、何処吹く風だった。
俺はため息を吐き、取っている宿の下の食堂に、シスターを連れて行き、ご飯をご馳走した。
△∮▽
「…………我が主に感謝を」
シスターは手を組んで礼儀正しくそう言った。
どんだけ食うんだよ。
思わずそう言ってしまいそうになるほど、シスターは大食いだった。
「たくさん食べましたね……」
苦笑いしてついついそう言ってしまう。
「……ごちそうさま」
頭を下げて言うシスターに、俺はついつい聞いてしまう。
「あのぉー。ひょっとしてお金無いんですか?」
事が事なら深刻な問題だ。こんな大食らいが、お金が無いとなれば、これから生活が心配になる。
「……お金無いんじゃない。……財布無くした」
もっと深刻な問題だった。
「あの、下卑た質問で申し訳ないんですが、無くした財布に一体、いくら入れてたんですか?」
「大金貨十五枚」
落ち込んだようにシスターが答える。
おうふ。そら無い。そら無いぜ。銀髪シスターさん。財布は大事に持ってろって親から習わなかったのか?
大金貨一枚の相場は、地球価格でいう十万円ほどだ。
つまり『百五十万円くらい落としちゃった。テヘペロ』とシスターさんは言っているのだ。
「それは……やっちゃいましね」
「…………やっちゃった」
シスターはひどく落ち込んでいる。俺はため息をつき提案する。
「えと、財布探し手伝いますよ。で、その間、生活費は建て替えてあげます」
「……!? 本当!?」
シスターは無表情のままだが、目が輝いていた。
「本当です」
「……ありがとう! ……このお返しは必ずする」
「ええ」
俺がそう微笑みかけると、シスターは両手を組み、祈る。
「……あなたに主のご加護が有らん事を」
律儀でいい人だな。ちょっと天然かも知れないけど。
「俺はイツカ。冒険者です。よろしくお願いします」
俺は、自己紹介をし、手を差し出す。
「……私はアルマ=レキア。……システィア教のシスター。……よろしく。イツカ様」
アルマは俺の手を取り握手する。
「イツカでいいですよ。レキアさん」
「……じゃあ、私もアルマでいい」
「目上の人に呼び捨てはちょっと……。アルマさんで妥協して貰えませんか」
「……私もイツカさんで」
「すいません。アルマ。イツカでいいです」
「……んっ」
呼び方で言い負かされてしまい、俺は苦笑いしてしまう。
そんな俺を見て、無表情なアルマがクスクス笑っていた。
初めてアルマの笑顔を見れたのでよしとする事にする。
△∮▽
そうして俺は宿屋を取ったのに、それをキャンセルし、アルマが寝泊りする教会に、お邪魔する事になった。なぜそうなったのかは、あまりよく覚えていない。
ただ一つ言える事は、『年上のお姉さんに抱きしめられて、頼みごとをされたら、俺は断れない人種だった』それだけだ。
アルマと教会の孤児院の子達の相手をしていると、一つ分かった事がある。
執拗にアルマを避ける子供が一人いたのだ。名前はメグ。メグはアルマと会うと目を逸らし、俯き、あげくには泣きそうな顔になって逃げ出す始末である。しかも何故か俺を凄い目で睨む。
これはなにかあると思い、後をつけて見ると、教会の裏手に小さな洞窟の様なものがあった。そこに一人で入るメグを見た。洞窟の中を見ると、そこはすっかり荒らされていた。
「くそっくそっくそっくそっくそっくそっくそっくそっ! あいつらさえいなければ! 俺は! 俺は! あの人の金にも手を出したのに………………。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
メグは吠えていた。洞窟をよく見ると、財布らしき革が散らかっている。どうやらコイツはアルマの財布を掏ったんだろう。しかし様子がおかしい。それなら、メグの反応もこの惨状も説明がつかない。するとメグがこっちに気付いた。
「お前は! っ!」
「よう。メグ君」
声をかけた途端にナイフを指してきやがった。
センスあるな、この子。
それを俺は難なく、ナイフを持ってる手を掴み、組み伏せる。
「おい、危ないだろ?」
「くそ! 離しやがれ! 大体ここになんの様だよ! お前冒険者だろ! あいつらの仲間なんだろ!」
暴れるメグ君。ま、あまり意味はないが。しかし納得出来ない部分がある。
「あいつらとは誰だ? 俺は始めから一人だが?」
「嘘付け! 冒険者はみんなくそだ! くそが、くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!」
話が成立しない。仕方ないしばらくこのままでいるか。
△∮▽
三時間後。
「くそっ。俺が何したってんだ」
? おかしな事を言う。
「盗みだろ?」
「なっ!」
驚くメグ。
なんだ、知らずに来てると思ったのか?
「違うのか? この後ろにある財布の山を見ても?」
「……違う。借りてただけだ」
ほう。あくまで、白を切るか。
「ちゃんと、持ち主から了承を取ったのか?」
「……とってない」
あっさり自白。根は真面目なのか?
「それはな。犯罪だ。罪だ。知らなかったか?」
「後から知った。初めは遊びだった。でもやってる途中で夢が出来た。商人になる夢だ。でもあとで知ったスリが犯罪だって」
それなりの理由はあるか、だが、それでは、自分の罪の正当化にはならない。それにこれを聞かねば、ならない。
「知ってた後も続けたのか?」
「ああ」
しょうがない奴だ。いや、罰して欲しかったのか?
「おい、メグ君。君はアルマが毎日なんて言って教会で祈ってる?」
「『人は生まれながらにして咎人である。故に人は贖罪のために人生を過ごす。この哀れな者達に主のご加護を』だな」
流石に覚えてるか。
「意味分かるか?」
「わかんね」
威張っても子供だ。もう自暴自棄に、なっているのだろう。投げやりに答えているが、こういう子供は投げやりなほど語っている事は真実だ。
「そうか。なら自分がしたことが、罪なのは分かるな」
「うん」
「誰かに罰して欲しかったか?」
「うん」
当たりだ。なら、詰みの言葉を言わせて貰おう。
「アルマに罰して欲しかった。だからアルマの財布を掏った。当たりだろ?」
「っ! あんたにはデリカシーとか無いのか!?」
普通につっ込まれた。しかし俺には、それを言う権利がある。
「少なくとも犯罪者には必要ないな」
「っ! ……それ」
メグはそう言って顎をクイクイと動かした。そこには一冊の手帳。それをみて驚いた。そこには光る文字で掏った被害者のリストが事細かに全てあった。
「これは……」
「返すつもりだった。だけど!」
「だけど?」
そこからの話はややこしいので纏めて言うとこういう事だ。
メグはスリに対して強い罪悪感を感じていた。そしてある時、掏った財布を被害者に返そうとした。その時、タイミング悪く、クズな冒険者に見つかり、財布の金を全て奪われたらしい。そこには三日前掏ったアルマの物もあったらしい。
そこそこ暴力も振るわれたそうだ。服の下に打撲痕があったから間違いないだろう。
△∮▽
それから俺は【イリス市】の市長に話を通し、メグを連れだした。
「どこに行くんだよ」
「ん? 酒場」
「は?」
どうやら俺の意図が分かっていないようだ。面倒だが説明してやるか。
「粗暴な男なら、臨時収入が入ると基本的に羽振りが、よくなる。それにそれが、汚い金なら出来るだけ早く、使いたいはずだ。つまり」
「酒場で、ひたすら飲み食いして消費するってことか」
喋ってる途中で、俺の意図を要約察したらしく、会話に割り込んでくる。やっぱりコイツ、頭だけはいいな。
「そういうことだ。わかったら行くぞ」
「わかった」
そんなやり取りをして、俺とメグはローブを着、酒場を回った。
「いた。あいつらだよ」
案の定、犯人の冒険者達は、酒場でドンチャン騒ぎをしていた。冒険者は全部で五人。楽勝だ。
「じゃあ、作戦教えてやるよ。まず店出んぞ」
そして俺は笑みを浮かべ、店を出た。
△∮▽
「はい。どうも! お邪魔しまぁ――っす! ここに、か弱い子供から、金を取ったクズがいると、聞いたので来ました!」
俺達はローブを脱ぎ捨てから、店内に押しかけた。
「あん? 誰だ。お前ら?」
俺の言葉に反応するクズ冒険者。
「俺? 通りすがりの冒険者。こちらは哀れな被害者M君です。はい。拍手」
そうしてメグを紹介する。するとクズ冒険者達が笑い出す。
「おいおい。どこのガキだと思えば、コソ泥のクソガキじゃねぇか。おい、同業者。そのガキが何してたか知ってて言ってんのかよ」
クズ冒険者が、ジョッキを片手に自慢げに言う。
「知ってるが、それがなにか?」
「あ?」
極々当たり前に、俺がそう言うと、クズ冒険者が、眉をしかめる。
「は? 何言ってんだ? お前。頭おかしいんじゃねぇか? そいつは、この町の住民からスリしてたんだぞ。そんな奴クソガキ以外の何者でもねぇじゃねぇか! そんな奴に肩入れして何の得があんだよ!」
焦ってそんな言い訳をクズ冒険者が言い出す。
「え? お前スリなんてしてたの?」
「そうだ。そいつはコソド「って知ってるわ。ボケ」あ?」
あえて相手の調子に合わせて、ボケてから返す。完全にこちらのペースだ。虐めていると楽しい。心が躍る。
「さっきも言ったろ。コイツが何したか知ってるって。そんな知ってる事、俺に言ってお前バカなの? 死ぬの?」
「てめぇ」
クズ冒険者が青筋立てて怒っている。
キレてるキレてる♪ さて、それじゃ、今度はこっちから、仕掛けるとしますか。
「さっきから、あんたら自分の事、棚に上げてるみたいだけど、そう言うあんたらはこの子に何をした?」
「は? そんなのクソガキを、懲らしめたに決まって」
また言い訳である。その手合いは聞き飽きてるんだよ。
「殴って蹴って、振るうだけ暴力振るって、掏った金を奪うのが正義だとでも?」
「な、何を言って!」
俺の質問を聞き、クズ冒険者は動揺する。
それに回り客も『いくら泥棒だからって子供に暴力?』『あんなに小さいのに』『殺人犯ならともかく泥棒に暴力か』『それにその金、奪ったって』『うわ、サイテー』とそんな話をし、客からメグに同情の視線が集まり、クズ冒険者には、抗議の目が向く。
「じゃあ、もしそうじゃなかったとして、なんでこの子はここにいる? 屯所に行ったけどスリ犯が捕まった報告は受けてないらしいね。あれ、じゃあ、なんでスリ犯のコイツはここにいて、それを知ってる奴がいるのに捕まってないんだろう? それに、掏った財布の置き場所はあったのに、肝心の金が無いのはなんで? ところであんたら、さっきから、バカみたい酒飲んでるけど、そのお金一体どこから出てるの?」
「て、てめぇ!」
ドンと机を叩くクズ冒険者。
「口論で立場が悪くなったら暴力か、安直だな」
「うるせぇ。表出やがれ」
ため息を吐き、俺とクズ冒険者は店の外に出た。
「これ預かっててくれ」
刀を外し、メグに預ける。
「おもっ」
刀を持った途端、メグが言う。俺はクズ冒険者に向き合い、前に出る。結構ギャラリーが集まっていた。
俺は迷わず決闘のルールを言う。
「あんたら、五人同時に相手してやる。魔法も武器もあり、ついでに俺にお前らの内、一人が一回でも有効打を与えたら、お前らの勝ちでいい。俺はお前ら全員を戦闘不能したら、終わりで。で、お前らが勝ったら、俺の有り金全部、やる、俺が勝ったらお前らは俺の好きにさせてもらう」
それを聞き、クズ冒険者の青筋が、はち切れるんじゃないか、不安になるぐらい膨れる。
「てめぇ。なめやがって。いいだろう。Dランク冒険者チーム【苛烈烈火】が相手してやる」
なんか名前負けだな。チーム名を聞いて思わず、そう思ってしまった。
「いいから、かかってこい。雑魚クズ野郎共」
「「「「「ぶっ殺す」」」」」
挑発すると案の定、五人同時に襲い掛かってきた。
俺はため息を吐き、両手の指で五人の武器全てを受け止める。槍や剣、斧は挟み、槌や棍棒は先端で止める。
「「「「「んなっ!?」」」」」
それを受けたまま右足を蹴り上げる。するとその衝撃で、武器は全て粉々に壊れ、吹き飛ぶ。
「「「「「えっ?」」」」」
クズ冒険者が、粉々に砕け散った武器を持って、呆然としてるスキに俺は、蹴り上げた右足を振り下ろした。そして今度はその衝撃波が、クズ冒険者達を吹き飛ばし、地面が抉れる。
「「「「「がはっ!」」」」」
その瞬殺ぶりにギャラリーが静まり返る。
「はぁ。よわっ。あ、名乗り忘れてたな。俺はAランク冒険者【悪鬼羅刹】のイツカだ。短い間だが、よろしくな」
俺がそう言うと、クズ冒険者【苛烈烈火】の方々は顔を青くし、泡を吹いて気絶した。
△∮▽
後日談、今回の勝負の後、俺は【苛烈烈火】を屯所に連れて行った。【苛烈烈火】は勿論逮捕。牢獄行きが決定した。
そしてメグは、俺が市長に連れて行き、迷惑料を払いお咎め無し、ついでに教会から引き取る事にした。
初めは嫌がっていたが、メグが掏った金は、メグの手帳を受け取った市長が、持ち主に返還する事になり、お金が無かった。
だから変わりに俺が出資してやる事にした。出資額は白金貨十枚分。日本円に換算すると、一億円に相当する。それを聞くとメグはすぐに、引き取りに応じた。変わりに成人になるまでは、独り立ちを禁止する事も条件に入れてある。そして引き取りに行った時に衝撃の事実を知った。メグは女の子であった。引き取りの荷物に女物の下着があって始めて知った。こうしてお供は二人に増えた。
一人では無い、二人だ。もう一人は、勿論アルマである。
アルマはメグと和解し、その後、俺について行くと言い出した。曰く、
「……イツカについて行くと、道に迷わずかつての友と再会でき、……使命も果たせる」
らしい。意味が分からないが、そんなこんなで、シスターさん、アルマが仲間になり、生意気少女メグが娘になった。……もはや意味が分からなかった。
△∮▽
『【龍合装置】が完成しました。そろそろ準備が整います』
リシュリューの声が魔石から聞こえて来る。
「分かりました。私もそちらに向かいます。いよいよですね――――」
バッキンガムは近々来る未来に胸を躍らせ、声を弾ませる。
『ええ。あの忌々しい偽りの女王を失脚させ、私がこの国を、【フラシェカ】を取るときが! とうとう来たのです!』
「ええ。楽しみしています。では後は現地で。我らは蛇に従う、故に渾沌を望む者なり」
バッキンガムがそう言い、ほくそ笑む。
『ええ。我らは蛇に従う、故に渾沌を望む者なり』
リシュリューも同じ事を言い出している。その対応に満足したのか。バッキンガムは通信が切れた後、高笑う。
「さあ! 役者はそろった! 君達は一体どんなダンスを踊ってくれるんだい? 【三剣士】!」
そう言ってバッキンガムは笑い続けた。
△∮▽