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「若い時に悪さが過ぎましてねえ」「これはその愛の代償なのですよ」「私は寂しい老人です」「わかってもらいたいのだが、あなたの妻に危害を与えるつもりは毛頭ありません」「今の私は美しいものをめでることしかできない人間なのだから」「あなたの美しい宝を、どうかほんのひと時、愛させてもらえないでしょうか?」
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一体どういうことだ?──老人の言葉がさっきから何回も俺の頭のなかを駆けまわっていた。
イライラして、なにも手につかなかった。
鼓動が早くなる。息を飲み込んだ。
ゴリラ野郎が俺になにかいっているようだが、意味不明で聞き取ることさえできない。
廊下を複数の人間が進む音──ナナコ女史の足音が混じっている。
引き戸が開かれる。彼女は以前とはなにかが変わってしまっていた。
もう、全てが手遅れなのだと俺は悟った。
艶やかな紋錦紗の着物──モノトーンの半襟──うなじを見せ、
髪は緩やかに結いあげられていた。




