前に一歩踏み出す
優介が私の所に顔を見せなくなってからもう1週間になる。
私の体調も少しずつ良くなってきている、貧血もだいぶ改善され、やっと車椅子の生活から脱する事が出来た。
優介は私のところには顔を出さないけれど、病院にはちょこちょこと顔を見せて、私の容態をを聞いていたみたいだ。
看護師さんが遠まわしな言い方で教えてくれた…。
あれ!?あの人…泣いてる?
私のお気に入りの場所、病棟の廊下の一番端にある大きな窓、そこに1人の女性が肩を震わせて立っていた。
泣き声を必死で押し殺しているようだった…どうしたんだろう?
私は声をかけようかどうか、一瞬迷ったけれど、そっと声をかけみた。
「これ、どうぞ」
私はそう言って、ハンカチを差し出した。
その女性は私の方を真っ赤な顔で見ると、すぐに目を伏せる…。
「大丈夫ですか?」
私がもういちど 声をかけると涙を拭きながら洗面所のほうに行ってしまった…
やっぱり声をかけたことは迷惑だったかな…。
ここの患者さんっぽかったけれど…
私はここからの景色が好きだった…別にこれと言って特別綺麗な景色ってわけじゃないけれど、窓の外を車道が走っていて、その道路をもしかしら優介が車で通るんじゃないかと思うと、それだけでなんだか心が和んだ…。
私って馬鹿でしょう?自分から来ないでって言ったのに、結局心は優介の存在を求めてる、でも傍に優介がいると胸が苦しくなる…どうしてなんだろう…自分でも自分の奥底にある気持ちが理解できなかった。
「さっきはごめんなさい」
後ろからいきなり声をかけられて、私はビックリして振り向いた。
そこにはさっき、ここで泣いていた女性が立っていた。
「大丈夫…ですか?」
私はその女性にまた聞いた…女性は悲しい笑みを浮かべる。
その女性は私の横に並ぶと真っ直ぐに外を見つめた。
「貴女は何かの病気なの?」
その女性はそっと優しく聞いてくる…この人、私に気を使ってる?
「…子宮外妊娠で」
私は自然とすんなりそう言うことが出来た、たぶんこの女性の持ってる雰囲気に自分と似た色を感じたからだと思う。
「そう…私は卵巣ガン…明日手術で片方を取ってしまうの」
女性はそれはそれは悲しい瞳でそう言った。
「私、結婚しててね、子供がなかなか出来なくて不妊の検査に来たらガンが見つかっちゃって…」
その女性の唇が微かに震えていた…
「結婚してもう8年…友達や周りの人たちに、子供は?子供はまだ作らないの?なんて聞かれるたびに泣きそうになるくらい辛かった…ここにきてガンなんて…」
その女性の瞳はまた涙が零れ落ちるんじゃないかと思うくらいに震えていた…。
子供はまだなの?…今まで気付かなかった…社交辞令のように言っていた言葉…今の自分がおかれている状況を通して、その辛さが痛みが手に取るようにわかる…
何でもないその一言が自分をどんなに傷つけるだろう…鋭い矢となって心に刺さるようなそんな威力を持った言葉である事を思い知った。
深い意味などなく使っている言葉が、時として人を深く傷つけてしまう事がある…
これが今まで見えていなかったものが見えるとゆう事なのだろうか…
「私は、子宮外妊娠で死ぬところでした…子宮と引き換えに命は助かりました」
私がそう言うと、その女性は驚いた顔をしていた。
「ご、ごめんなさい…私ったら自分の事ばかり…」
その女性は慌てて、私の手を握りながらそう言った。
「いいえ…いいんです…こちらこそ感謝します。今のお話を聞かせてくれてありがたかったです」
そう…少しだけわかった気がした…見えなかった…見えてなかったものが今は見える…。
「あの…お名前は?」
私がそう聞くと、その女性は優しい笑みを浮かべた。
「工藤マリです」
「私は羽生麻未といいます」
私達はお互いに手に手をとって握り締めた…まるでそれは戦友のような感覚だった。
工藤さんはそう言うと病室に戻っていく
私は窓の外見て、下の車道を走る車を見ていた。
工藤さんのようにガンで入院している人もいる…
これからも…もしかしたら!?ってゆう不安と戦っていかなければならない…
ううん、それどころか生きたいと思っていてもそれを叶える事すらできない人たちも沢山いる。
それに比べたら、私みたいに命が助かっただけでもラッキーなのかもしれない…。
生きていてくれるだけで、それだけでいい…優介がそう言っていた。
はぁ〜…情けないな…自分の事でいっぱいいっぱいで周りが全然見えてなかった。
私は今、こうして生きている…
子宮が無いくらいなによ!
子供を産む事だけが女じゃないわよ!
そう自分に強く言い聞かせる…頭ではわかってる…だけどそんな急に気持ちを入れ替えれるわけもなく、自然と涙が頬を伝う…。
でも…でも!…泣いてもどうにもならない!落ち込んだってしょうがないじゃん!
そうよ!この現実は変えられない!それならそれなりにやっていくしかないじゃない!
そうでしょう?
今までそうやってきたじゃない!今になってそれが出来ないわけがない!
私は自分を無理矢理納得させる。
涙は止まらない…でも気持ちは、なんとかこれからの人生に腹をくくる事ができたような気がした。
優介…会いたい?…わからない…
いつも気になっていた…胸の奥底の方で重くて硬い何かがある…
自分の中でどうしてもわりきれない気持ち…
どんなに考えてもその正体がわからなかった…。
その事への不安はまだ拭いきれなかった。
だけど、前に進んでいこう…少しでも前へ…
何気ない、社交辞令のような言葉が時として、人を深く傷つけたり、追い詰めたりしてしまうとゆう事があるとゆう事をわかって欲しい…。
麻未も自分がそうゆう立場にならなければ、表面上はわかっていも、本当の意味でその気持ちを共感するはできなかっただろう…
麻未の心の奥底にある重くて硬いわだかまりの正体は…