はずされた指輪の意味
外はもうすっかり暗くなっていた…病院にいても寝てばかりで一日がとても長く感じられる。
早く貧血が治れば、少しは動き回れるのに…。
病室のドアが開いた…姿を現したのは優介だった。
「よう!元気か?」
そう言いながら明るい笑顔を浮かべていた。
この笑顔が大好きだったのに…今はなぜこんなに悲しくなってしまうのだろう…。
「看護師さんに聞いたら飲み物ならあげてもいいってゆうから、とっておきのジュースを買ってきました」
優介はそう言いながら、袋の中からジュースを2本出す…そして私のベッドの背もたれを立ててくれた。
「はい…どうぞ」
そう言って、ジュースを手渡してくれた。
とっておき!?どう見ても普通の缶ジュースだった
「このジュースのどこがとっておきなの?」
私は優介の顔を見ながらそう聞くと、優介は愉快そうに笑っている。
「あれ〜?わからないの?…俺からのプレゼントってとこが、とっておき!だろう?」
優介はそう言いながら、自慢げに胸を張っていた…
こうゆう優介が大好きだ…
優介を目の前にして優介への自分の気持ちを再認識するたびに、押し潰されそうになるくらい悲しくなってしまう…
私は思わず、ジュースを両手で掴んで俯いた…布団の上に涙が点になって落ちる…
優介の手が私に伸びてきて、包むように優しく抱きしめてくれる…
「麻未…泣いて、泣いて、泣いて…沢山泣けよ…俺が傍にいる、いてやるから、お前の泣き顔も俺は大好きだ」
優介の優しさが伝わってきて、心の中に雫となって落ちる、次第にかさを増し溢れて零れていく。
涙が溢れて止まらなくなる、次から次へと頬を伝って涙が落ちる。
私は優介に抱きつきながら大声で泣いた…今まで考えて事、感じてた事が溢れ出てくるように涙になる。
自分でもよくわからなかった…優介に心配かけたくなくて一生懸命泣くのを我慢していた。
笑顔でいられるようにと耐えていた…。
だけど、優介の事が大好きで大好きで…それだけだった…
「ゆう…すけ…ごめん…ごめん…」
私は泣き声でボロボロになりながらそう言った。
ごめん…子供ができない…子供を産んで上げられない…優介…ごめん…
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
なぜ謝る!?お前に何の非があると言うんだ!?
そんなに苦しむな…
「大丈夫…お前が生きていてくれた…それだけで、それだけで…俺にはそれが一番大事なことだ…だからお前がそんなに苦しむ事は無いんだ…」
俺は麻未の体から少し離れて、麻未の顔を見つめた。
麻未の顔は涙でグチャグチャだった…その顔が愛おしくて…
俺が守ってやる…だから、だからずっと傍にいろ!
心の中でそう叫んだ…。
俺は麻未の唇に口づけをする…愛してるよ…涙の味がしょっぱかった…。
麻未が泣きしゃっくりをしているせいで、歯と歯がぶつかる…。
いつもだと思わず笑いが零れてしまうシーンなんだろうけど、今の俺達にはそんな余裕は無く、自分達のおかれている状況を受け入れるのに必死だった。
麻未の体が俺から不意に離れる…一瞬その行動に不安を感じた。
「優介…子供を産めない…私でいいの?」
麻未は俺を真っ直ぐに見て、そう聞いてきた。
「あたりまえだろう?…俺にはお前の存在が重要なんだ!」
俺の気持ちに迷いは無かった!自信を持ってそう言うことが出来た!
麻未は俺から視線を外す…何だ!?…麻未のとった行動にどうゆう意味があるんだ!?
ふと、麻未の左手に目が止まる…指輪が外されていた…。
俺の中にそれが不安となって広がっていく…。
麻未の中には俺が計り知る事の出来ない程の思いがあるんだろう…
それはなんとなく想像がつく、だけどその内容までは俺に感じる事はできなかった。
俺がその時どんな表情をしていたのか…
麻未の手が俺の頬を触る、悲しい瞳で俺を見つめていた。
「優介…愛してる…愛してる…ごめんなさい…」
そこまで言って、また涙になる…
どうゆう事だ?ごめん…ってどうゆう意味なんだ?
俺がその言葉に動揺していると、麻未は深呼吸して口を開いた。
「優介…しばらく病院に来ないでほしいの…私に少しの間だけ時間をちょうだい…お願い」
その言葉に、俺の心の中に不安として広がっていたものが騒ぎ出すのを感じた。
「なっ!?」
俺は何かを言おうとした、だが麻未の表情に阻まれて何も言えなかった。
麻未の瞳は何ものにも揺るがない光を持っていた…
「…わかった…そのかわり今日はゆっくりしていく…いいな!?」
俺のその言葉に麻未は弱々しく笑った。
麻未はジュースを開けて、ゆっくりと少しずつ飲む…
その瞳も小さな鼻も唇も…強がって断固なお前の心も、細くて華奢な体、小さな胸…全てをこの目に焼き付けていく…
俺には長すぎる時間だろう…だけどこの時間はたぶんお前には必要な時間なんだろう…
俺の中の不安は騒いでいたが、この時間を信じるしかなかった。
麻未の心が俺の傍から動かない事を…
麻未はしばらく会わないことを選ぶ、優介は麻未の意思の強さを瞳から感じとって、自分の気持ちを無理矢理押し込めて納得した。
この二人が会わない時間の中で、何があり何が起こるのか…