見えていなかったものが見えてくる
外は雨が降っている…音でわかる
貧血がひどくて、まだ起き上がることが出来なかった。
体調もあまりよくない…これは精神的なショックもあるからかもしれない。
手術の傷もまだ痛い…。
優介は何をしてるかな…仕事頑張ってるかしら…。
あまりにも突然に起こって、まだ実感がわかなかった。
大出血を起こす前に病院を訪れて、頚管妊娠だとわかれば子宮を温存する方法もあったかもしれないと言われた…。
もしも正常に妊娠していればこんなに嬉しい事はなかっただろうに…。
入院も長くなると言われた…全てが嫌になる…
わかってるのに…落ち込んだところでどうにもならない事ぐらい。
だけどこの状態で笑うことなんて出来なかった。
だから優介とも顔を合わせたくなかった、心配させたくなかった…ううん違うかな…
自分が無理して笑顔を作ってしまう、それに疲れるのが嫌なのかもしれない。
緊急に搬送されてから3日が経った。
昨日も夜遅くに優介が来たけど、寝たふりをしていた…。
少しの時間黙ったまま、私の傍に座って、私の頬を触って帰っていった…。
朝もメールが来たけれど…
返信していない…たぶん今日も病院に来るだろうな…。
無機質な病室の中で、天井ばかりを見て過ごす…
寝返りをしただけで、たまにクラクラする…かなりの出血で輸血をしながらの手術だったらしい。
義父に対して恨まないでと優介に言っておきながら、私自身、人のせいにしたくなる。
自分が罪の意識から逃れたいがために…
子供が出来ない…その現実は言葉として頭の中にはある、だけれでも実感が無い…。
優介は私が子供が出来なくなってしまった事、どう思ってるのかな?
たぶん、子供が出来なくても気持ちは変わらないでいてくれる…そうは思う。
だけど…だけど…本当にそれでいいのかな…
永井の育った施設に行った時の優介の子供に対しての態度…楽しそうだった…。
子供が好きなのよね…大好きなのよね…
これから結婚して長い年月を一緒に暮らしていく中で、子供が出来ないとゆう事が支障をきたさないとゆう保障は何処にも無い…。
どちらかとゆうと、その事で2人の間に亀裂が生じる事の方が確率が高いんじゃないかな…
そんな不安が私の心に広がっていく…
昨日も同じ事を考えていたような気がする…。
不安が大きくなるのにつれて、心臓の動きも激しくなっていく。
心臓がまるで大きくなったように感じて胃を圧迫してる気がする…胸の奥から何かが込み上げてくる
う!吐きそう…
私は苦しさのあまり、慌ててナースコールを握り締める!
体調が順調に戻らない事への不安、子宮を失ったことでの喪失感、優介とのこれからの事、大きな恐れに近いような不安に押し潰されそうになってる自分がいた。
病室のドアを開けて、看護師さんが入ってくる…
こんな事を一日に何度も繰り返している…
看護師さんが傍にあった洗面器を私に近づけて背中を摩ってくれる。
吐いたところで胃液しか出てこない…何も吐くものがないのに吐くのはとても苦しい…。
「ごぉ…ごめ…ん…なさい」
私は途切れ途切れに看護師さんにそう言った。
「いいのよ…苦しかったり辛かったらいつでもナースコールして構わないのよ…遠慮しないでね。」
看護師さんは優しくそう言いながら私をベッドに寝かせてくれた。
「大丈夫?」
看護師さんの言葉に私は静かに頷く。
また白い天井を見る…はぁ〜…ため息しか出ない…
「私が外科病棟にいたときの話なんだけど…」
看護師さんはいきなりそう話を切り出した。
「陸上の選手をしてた人が交通事故で運ばれてきて、足を切断するしかなくて…右足を切断したの…私はスポーツにうとい人間だったからわからなかったけど、オリンピック出場は確実だって言われていた選手だったの…それから本当に大変だった…ある日ね夜の巡回中にその人がいない事に気付いて探したら、階段から落ちていて…どうも自分から落ちたみたいでね…自殺を図ったのよ…なぜかそれが私の旦那様になってるわ…」
看護師さんはそう言って、それはそれは優しい笑顔を浮かべる。
旦那様って?え?…どうゆう事!?
「びっくりした?…」
「なぜ、その人を選んだんですか?…同情ですか?」
私がそう聞くと、看護師さんはゆっくりと首を横に振った。
「そうね…理由はこれだってひとことで言うのは難しいけれど…一時は凄く落ち込んで大変だったけど、義足が出来てきてリハビリが始まって…それからの彼はもの凄く一生懸命で、そして言ったのよ、足が無くなって良かった事があるって…それは今まで見えていなかったものが見えるようになったって…何が見えたのかは彼にしかわからないけど…そうゆう逆境をプラス思考で考えられるって凄いな〜って思ったの…それで私からプロポーズしちゃったのよ」
看護師さんはそう言いながら、照れ笑いをしていた…。
そんな逆境の中で何かを発見できるだろうか…
「今まで見えていなかったものが見えてきた…か…」
私は天井を見ながらその言葉を呟いた。
「羽生さんにもきっと何かが見えるようになると思う…」
看護師さんは私を見つめてそう言った。
今まで五体満足で何不自由なく暮らしていた時には見えなかったものが、失って見えるようになる…わからなかった事がわかるようになる?…
私は心のなかに細いけれど一筋の光が差し込むよう気がした。
看護師さんは何かあったらまたナースコールを押すようにと言って、病室から出て行った。
いつのまにか外から雨の音は聞こえなくなっていた。
ほんの少し…本当にほんの少しだけ心が軽くなったような気がしていた。
だけど…心の奥底の方でまだ何かが引っかかっていた…。
それが何なのか…この時の私にはまだわからなかった。
麻未は子宮を失ってしまった事で、色々な考えや感情を戦っていた。
苦しくて苦しくて、何回も吐き気をもよおす。
そんな時、看護師さんの話を聞く、「今まで見えていなかったものが見える様になった」その話は麻未に一筋の希望を与えた。
優介は麻未の手を握り、麻未はその手を拒絶する事無く一緒に歩いていく事ができるのだろうか…