あの時の借りを返せ
ここはいつ来てもいい風が吹いている…
俺は花束を持って、澄香の墓に来ていた…。
墓の前に…花束が一つ置いてあった…
あいつ…1人で来てたのか…。
墓前には紫苑の花束が置いてあった…
俺も花束を墓前に置く…紫苑の花束が2つ…こんな事まで考える事が一緒なのかよ…
麻未の事だから…この間のプロポーズを受けて、お前に挨拶に来たんだろうな…
「澄香…俺は麻未にプロポーズしたんだ…賛成してくるよな?」
俺はそう言って、静かに手を合わせる…
風が俺の頬を優しく撫でるように吹いていた…
携帯の着信音?
俺は携帯に出る
「はい神楽です…ああ永井か…ああ覚えてる…それで、ああ……麻未と?…わかった…」
この間の借りを返して欲しいって…なんだろう?…麻未と一緒に来て欲しいって…
その時だ、また携帯が鳴る…今度は麻未からだった
「どうした?…お前の所にも?…ああ…今日は一日空いてるけど…うん、うん…わかった…じゃあ5時に…」
永井が麻未にも電話を下らしい…そんな急ぎで何の用なんだ?借りを返せって…俺に何をさせようって言うだかな…
この間の佐倉の件では、永井のおかげで本当に助かった…だから何か礼はしたいと思っていた…
麻未と別れろ!…とか…は無いよな…。
あいつは本当に麻未の事を大事に思ってくれてる…だから麻未が悲しむような事は絶対にしないはずだ…だからその点では安心していた…。
まあ、とにかく5時に麻未を迎えに行こう…
俺は澄香の墓の前に立ち、墓石を撫でる…
「澄香…勝手な願いだが…俺達を見守っていて欲しい…」
俺はそう言って、その場を後にした…。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
私は仕事を終えて、着替えて店の前で優介を待っていた
今…5時15分…そろそろくると思うんだけどな…
それにしても…前にも言ってたけれど…永井が私と優介と2人に付き合って欲しいって…なんだろう…
あ!来た!…優介の車が近付いてきて、私の前に止まる
私は運転席にいる優介に手を振った…そんな私を見て優介は微笑んでいた
助手席側のドアを開けると、私は席に座る…
すると優介の手が伸びてきて私のシートベルトを締めてくれた…
「永井と何処で待ち合わせだって?」
優介は私の顔を見てそう聞く
「え〜っと…風の家ってゆう施設」
私の言葉に、優介は不思議そうな顔をする…そりゃそうよね…施設なんてそうそう普通行かないものね…。
「永井が育った場所らしいの」
私がそう言うと余計に不思議そうな顔をしていた…。
「とりあえず…行こう!」
優介はそう言うと車を発進させた…
車は街の雑踏を通り過ぎ、少しずつ静かな場所へと走っていく…永井が言っていた風の家は丘の上にあった。
車は山道に入って行く…車の走る前方に門が見えてきた…風の家と書いてる
車は門の中へ入り、建物の前で止まる…すると建物の中から永井が出てきた。
私達も車から降りる。
「麻未さん、神楽さん…きてくれてありがとう」
永井は私達にペコリと頭を下げた…。
「それで…俺にして欲しい事って?」
優介が永井の顔を見ながらそう聞いた…すると、突然、永井がその場に膝をつき土下座をする!
え!?何!?
私も優介も永井のその姿に驚いた!
「神楽さん…お願いです!お金を貸して下さい…」
永井のその言葉に優介が私の顔を見る…優介は驚きのあまり空いた口がふさがらないって感じだった…私だって、驚いた…。
「ちょ、ちょっと待て…いきなりすぎて…もう少し詳しく話せ!」
優介の言葉に永井が顔を上げる…優介はそんな永井の腕を掴むと引っ張って立たせた。
「この風の家には今、36人の子供達がいます…ここのシスターを慕い、母親同然に思ってる…だけどここも赤字続きでやっていけなくなりつつあって…閉鎖の危機にあるんです…ここが閉鎖になったら子供達もみんなバラバラになってしまいます…それで…こんなお願いをできる立場じゃないのはわかってるんですが…すいません」
永井は悲しい表情を浮かべて、肩を落とす…。
優介は永井の話を聞いて、少し考え込んでいるようだった…建物の中から何人かの子供達が私達の様子を伺っていた…みんな何かに怯えているような瞳をしている…。
「ちなみに…金額はいくらだ?」
優介が冷たい目をして永井にそう聞いた…永井は言いずらそうにしていたが口を開く
「800万です…」
永井はそう言って、目を伏せた…。
その金額に私は言葉を失う…だって800万貯めるのに何年かかる!?…
優介もさすがに唇をむすんだまま動かなかった。
「わかってます…無理な事ぐらい…本当にすいません、忘れてください…せっかくに来たんですから中で休んで行って下さい…僕の母親を紹介しますから」
永井はそう言って、建物の扉を開く。
私と優介は永井の後ろから建物の中に入っていった…
外側もそうだったけど、中もかなり傷んでいた…これは補修するのだけでもかなりのお金がかかりそうだわ…。
優介はぐるっと建物の中を見渡す…そしてふと足元に書きかけの絵とクレヨンが落ちているのに気付き、それを拾うと、その場にどっかりと腰を下ろした。
そして真っ白だった裏面にそのクレヨンでなにやら書き始める…
いったい何を書いてるんだろう…私が不思議そうな顔で覗く込むと、ニヤッと笑ってその絵を隠すように私に背を向ける。
な、何よ!…意地悪ね…
「さあ!出来た!」
優介はそう言って、さっきから奥の廊下から私達の様子を伺っていた子供達の方に書いた絵を見せる!
すると、笑い声や歓声が上がった!
「おじさん、上手ね!」
4、5歳くらいの女の子が近付いてきて、そう言った…優介は自慢げに胸を張ってる…
どんな絵なのか、私も回りこんで見てみた…
ククク…可笑しい…しかも、似てる!
画用紙には永井の顔が書いてあって、その脇にバカって書いてあった…これは怒るわよ…きっと!
そう思ってたら、永井の平手が優介の頭に飛ぶ!
「いってぇな!」
優介がむきなって、永井に怒鳴る!…永井は知らん振りをしてそっぽを向いていた…
私から言わせれば、どっちも大人気ないと思う…。
「いってぇ〜!」
その声に驚いて、永井の足元を見るとさっきの女の子が永井の足を思い切り踏んでいた。
あれれ…なぜだろう???
「涼兄ちゃん!…この人をいじめちゃだめでしょ!…私のお婿さんなんだから!」
その女の子は真顔でそう言った…
あらら…優介、もてるわね…私は冷めた目で優介を見つめていると、優介が私に耳打ちする
「やきもち妬くなよ!」
な、何よ!それ!…や、やきもちなんて妬くもんですか!
私がそんな事を思ってる間に、あっとゆうまに優介は子供達に囲まれ、絵をねだられていた。
優介にこんな特技があるとは思わなかった…それに子供にも好かれるのね…
「ようこそいらっしゃいました」
奥の廊下から、優しい雰囲気の女性が入ってきた…この人がシスター…
「はじめまして…」
私は頭を軽く下げる…とっても柔らかい感じの人…永井が母親として慕うのがわかるような気がした…。
シスターは子供達とじゃれ合ってる優介を見ながら微笑んでいた…
「神楽優介さん…あの方は光をもっているのですね」
シスターはそう呟いた…そして私の頭を静かに撫でる
「貴女の上にかならず光が差しますように…」
不思議な感覚だった…この人は心の中が見えるのだろうか?…そう思った。
優介は一通り、子供達に絵を描き終えると立ち上がって、私に近づいてきた
外はもう真っ暗になっていた…。
「そろそろ帰るぞ」
優介がそう言うと、永井は優介に頭を下げる
「今日は本当に来てくれて…弟妹達と遊んでくれてありがとうございました…」
永井は深々と頭を下げる
「またいつでも遊びに来てください」
シスターは優しく微笑んでそう言った…。
私達は風の家を後にする。
車に乗り、優介は真っ直ぐに前を見て車を発進させた…。
「永井が俺に対してあんな風に頭を下げるなんてな…俺には敵意むき出しなのに…よっぽどあの場所を失いたくないんだろうな…」
優介は真っ直ぐに前を見つめたまま静かなトーンで話をする。
私も優介の考えに同感だった…永井が土下座までして優介に頼んだ…
わかるような気がした…
あそこの子供達…そして母親代わりのシスター…心地いい雰囲気だった。
「なあ、麻未…俺さ、車買い換えるわ…」
優介がボソッとそう言った…その言葉の意図はすぐに分かった。
車を売る気だ…そして永井を助けるつもりなのね…
「それがいいと思う」
私は優介の横顔を見つめながらそう言った。
優介は私のその言葉に満面の笑みを浮かべていた…。
私達の家路への道を月明かりがあかるく照らしていた…。
永井から子の間の借りを返して欲しいって電話に呼び出された優介と麻未。
永井の育った場所を訪れた二人は、そこに温かい心地よさを感じ、優介は永井を助ける事を決意した…
次回…優介が永井の働く美容室に姿をあらわして…