鼓動を子守唄に…
麻身が台所へ立ちながら、コーヒーを入れている
コーヒーのいい香りが立ち上っていた…
俺はそんな麻未の後姿を見ながら、毎日こんな風に過ごせたらどんなにいいだろう…なんて思っていた。
「撮影中だった映画…監督はクビになるし、俺の代役はただのボンクラだし…訳のわからない事になってるんだ…」
麻未の背中に向って、なんとなくそんな事を話していた…
特に深い意味はなかった…ここの所、色々な事がありすぎて…俳優って職業に嫌気がさしていたのかもしれない…
麻未はコーヒーを机に置くと、俺と向かい合わせに座った…
「俺…俳優辞めようかな…」
何気なく、そんな言葉が口から出ていた…
自分でもビックリするくらい、弱気になってる自分がいる事に気付く…
今回の事がこんなにも自分にとってダメージが大きかったなんて…
麻未は一呼吸おいて話し始めた。
「…色々な事があって、優介の心の中でどんな気持ちが生まれているのか、私には計り知ることは出来ない、だから私が軽々しく辞めた方がいいとか辞めない方がいいとか言う事はできない…優介が自分の納得いくように後悔しないように考えて出した結論なら、どんな結論でも正しいとそう信じてる」
麻未は芯の通った真っ直ぐな瞳で俺を見つめてそう言った。
麻未の心の強さを感じる
こいつって、俺より年下だったよな?
たまに年上に感じる時がある。
俺に抱きついて泣いたかと思ったら、俺の気持ちに配慮しながら自分の考えを言ってくる…不思議なヤツだ…
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
「麻未…今日、俺泊まって行く」
優介が不意にそんな事を言った。
泊まって行くって!?え!?え〜?ちょ、ちょっと待ってよ…心の準備が…
私のアタフタと慌てている態度を見ながら優介は笑っていた…
「布団はどこ?」
優介は即行動開始とばかりに足を痛そうにしながら立ち上がる
「い、いいわよ、私がやるから!優介は座ってて」
なんだか優介のテンポに流されてしまった…
いいのかな…私の中で恥ずかしさと迷いがあった…
さっきまでは自然の流れの中で、そんな雰囲気になって…大丈夫だったのに…
なぜか今は恥ずかしい…
私は布団をひく
優介は早速布団に横になると、首を持ち上げ私に手招きをして、自分の頭の下を指差す
へ!?何?何が言いたいの?
そんな私を見ながら優介が口を開く
「鈍感だな…膝枕だよ!」
あ〜!膝枕ね…なるほど…
私が膝枕をすると、優介は満足そうな顔をしていた。
優介が今、どうゆう状況にいるのか…詳しい事は私にはわからない…事故の事、映画の事、優介の心の中で色々な気持ちが渦巻いているのはなんとなくわかるつもりでいる…
私といる事で優介の気持ちが少しでも軽くなるように…
優介にとって私がそんな存在になれるように心から願った。
ゆ、優介!?へ!?…
優介は寝息をたてている…
もしかして寝ちゃった!?…寝ちゃったの!?…
そう…膝枕で…終わりなのね…
ま、いっか!…フフフ…寝顔も可愛い…
私は優介の鼻や頬をツンツン指でつっついてみたけど全然起きない…
本当に気持ち良さそうに熟睡してる…
色んな事があって、ちゃんと寝てないのかな…
優介を起こさないように静かに私の膝と枕を交換する…
私はそ〜っと優介の背中に顔をくっつける…広い背中…鼓動がすぐ近くで聞こえる…
いつのまにか私も優介の鼓動を子守唄にして寝てしまった…。
外から鳥の声!?
あれ!?…もう朝?
私は眠い目を擦りながら起きる…すると隣いた優介の姿はもう無かった…
布団の中に温もりが残っている…
ちょっと前に起きて、病院に帰ったんだ…
優介の寝ていた枕の上に小さな手紙が置いてあった…
麻未へ
お前が俺に会いたい時は
俺がお前に会いたい時…
お前が俺と話したい時は
俺がお前と話したい時…
愛してるよ
いつでも遠慮しないで連絡して来い!
待ってるから
優介より
優介の心が伝わってくる…
思わず嬉しくて、手紙に何回もキスしちゃた!
この手紙、大事に取っておこうっと!
私は手紙をオルゴールの中にしまい込んだ…
あれ!?台所の上に白い袋…
手に取ってみると、神楽優介と名前が書いてあって…中身は薬だった…
!?化膿止め?…
無理して会いに来てくれたんだ…
私の胸に熱いものがこみ上げて来るのを感じた…
ピンポ〜ン!
こんな朝早くに誰だろう?
覗き窓から見ると誰もいない…え!?また優介だったりして…
私はそう思ってドアを開けた!
その途端、男の足が玄関の中に入ってくる!?
顔を上げて、男の顔を見て私は言葉を失った…
優介の茶目っ気タップリの言動も、それに慌てふためく麻未の姿も、お互いがそれぞれ相手の言動や行動に心を癒される。
そんな中、朝早くの訪問者!?
次回、麻未の過去の傷から血が流れる…優介はそれを守る事ができるだろうか…