心の中に渦巻く信頼と疑惑
「麻未ちゃん!配達頼めるかな?」
店長の声が店先から聞こえた。
私は店長からメモ書きを受け取ると、車に花を積んで運転席に座る。
メモに書かれた住所は…あれ!?これって…
記憶に間違いが無ければ、これは優介の事務所だ…
私はとりあえず車を発進させた。
街の雑踏の波、車の音
そんな中をすり抜けて車を走らせる
事務所から少し離れた駐車場に車を止め、私は花を抱えて事務所に向かう。
それにしてもなんでうちの花屋に注文したんだろう?
前に、優介はうちをひいきにしてくれるって言ってたけど…
今は優介は入院中でいないはずだし…
そう思いながら階段を上がり、事務所の前に着いた。
事務所のドアはガラスで、中が丸見えだった。
私はガラス戸を開けた。
「お花をお届けにあがりました!」
私がそう言って中にはいると、一人の女性が近付いてきた…とても綺麗な人…
「こんにちわ…麻未さんよね?…私は優介のマネージャーをしている佐倉といいます。よろしくね!」
この人が優介のマネージャーなんだ…
佐倉さんは花束を受け取ると、微笑んだ。
でも…でも…なんだか嫌な感じ…
なんだろう?この感じ…冷たくて寒い感じ…一瞬、心の中に不安がよぎる…
「麻未さん、優介の事でちょっと話があるんだけど…ちょっとくらいなら時間、大丈夫よね?」
この人…なんだか怖い…
有無を言わせない雰囲気を持っていた。
「少しなら…」
私はそう言って佐倉さんの後をついて行く、応接室に通された。
佐倉さんは笑顔でドアを開けてくれる、私が先に入って、後から佐倉さんが入って…そして鍵を閉めた!
なぜ!?鍵を!?
なんの根拠もない嫌な予感が渦巻き、それは不安を通り越して恐怖に近かった。
「あなた、この間の夜、優介の所に行ったわね?」
佐倉さんはドアを背に、淡々と冷たい感じでそう言った。
答えは…はい…だけど、なんとなくそこには、そう言いづらい雰囲気があった。
「正直に言ってくれない?」
佐倉さんは突き刺さるような冷ややかな目で私を睨む。
「ご迷惑でしたか?」
私がそう言うと、私の事を見下したような目で見ながら、私のほうに近づいてくる!
そして行き成り、私の頬に佐倉さんの平手が飛んできた!?
あまりにも突然の出来事に、よける暇さえなかった…
いっ!つぅぅ…
私は頬を押さえて、佐倉さんを睨んだ。
「あなた!自分の立場がわかってないみたいね!優介にとっては今が一番大事に時期なの!そんな時によくもまた会いに行けたものだわ!それが原因で芸能界に居づらくなったらどうするつもり!?」
佐倉さんは凄い剣幕で私に叫んだ!
「佐倉さん、何か誤解をしていらっしゃるようですけど、この間、会いに行ったのは、しばらく会わないように約束するためです!優介がそうした方がいいと言うので、状況が落ち着くまで会わないと約束をしました!」
私はそうキッパリと言った。
佐倉さんはニヤッと嫌な笑みを浮かべる
「もう、これを切っ掛けに別れたら?優介もその方が楽なんじゃないかしら?」
佐倉さんは冷たい瞳で、私を見つめながら私の頬を撫でる…寒気が走った…
私はその手を払い除ける!
佐倉さんは、どうしてこんな事を言うのだろう?
この人…もしかして優介の事を…
私は必死に不安と苛立ちを抑える。
「私にはもう話す事はありませんので失礼します」
私はそう言って、応接室から出ようとした!
その瞬間!後ろから髪の毛を掴まれて、そのまま壁に顔を押し付けられた!
「麻未さん、あなたにいい事を教えてあげるわ」
耳元で佐倉さんの声がする
「私ね…優介にキスされたの…優介の方から会わないようにしようって言われたのよね?もう終わりなんじゃないの?…フフフ」
佐倉さんの言葉が頭の中を駆け巡る
キスをされた!?…キスをされた…キスを…
「麻未さん、あなたは頭のいい人よね?…あきらめなさい」
淡々と何の感情も感じないような言い方…
冷ややかなその表情…綺麗なだけに余計にそうゆう雰囲気を感じるのかもしれない…
佐倉さんは掴んでいた私の髪の毛を放す…
私はその場に崩れ落ち、座り込んだ。
佐倉さんから、怖いくらいの優介に対しての思いを感じる…
…でも…でも優介から別れようって言われたわけじゃない!
直に優介の口から言葉を聞いたわけじゃない!
私は優介を愛してる…それは変わらない…別れがあるのだとしたら、それは優介の私への気持ちが離れた時!
だから私は優介の言葉しか信じない…信じるしかない…信じたい…
私は静かに立ち上がって、佐倉さんに背を向けたまま、応接室の鍵を開ける
「私は優介の言葉しか信じませんので!」
そう言い放ち、応接室を勢い良く出て、事務所を後にする。
その時、佐倉さんが殺気に満ちた目で私を見ていた事など、気づく余裕なんて無かった。
私は階段を駆け下りる…悔しいくらいに涙が流れた…
「優介の言葉しか信じない」
私が言った言葉…
「キスされたの」
佐倉さんが言った言葉…
その2つの言葉が頭の中でグチャグチャになる…
痛い…心が痛い…
私は胸元の服を握り締める…
優介に対する信頼と疑惑の狭間で私は戦っていた…
ビルの出口の手前で足を止める
大きく深呼吸する…
涙、止まれ!…麻未、泣くな!…やるっきゃない!頑張るっきゃない!ファイト!
そう自分に言い聞かせる。
疑惑だけで決め付けちゃ駄目よ…わからない事は詮索しない…
信じれるのは、自分の耳で聞いた優介の言葉と自分の目で見た優介の姿…そうでしょう?麻未!
冷静な目で見て判断して!…惑わされないで!!
自分の中のもう一人の自分がそう言ってる。
もう一度深呼吸する…
よっしゃ〜!ガンバ!!
私はビルの中の薄暗い空間から外の明るい空間に1歩足を踏み出す…
太陽の光が眩しかった…
私は人々が行きかう流れの中を歩き出した。
佐倉は優介にキスをしたことが発端となって、今まで自分の中に抑えてきた気持ちが一気に噴出した。
麻未は佐倉の言葉を聞いて、疑いたくは無いけど、ついつい不安になってしまう自分がいる事に苦しむ
次回は人を愛する事と嫉妬とは切り離せないもの。
麻未が抱いている、優介に対しての気持ちと涼に対しての気持ちの違いとは?