過去の傷に優しいキスを
映画の仕事が忙しくて麻未に会えない…。
あれから3日しか経ってないのに、こんなに会いたいって思うなんて…
俺自身が一番ビックリしている。
今日の撮影が終れば、なんとか明日一日休みが取れる予定なんだけど
お願いだから、予定通りにいってくれよ…。
「優介さん!撮影に入りますからよろしくお願いします」
助監督の声が響いた…
さあ、仕事だ仕事!気合入れて行くぞ!
「よろしくお願いします」
俺はそう言って、スタッフ、監督、相手の女優さんに軽く会釈をして現場に入った。
この瞬間、心地のいい緊張感を感じる…。
俺は数秒、目を閉じて深呼吸する。
集中…集中…
そして目を開けた…
この瞬間から俺は、刑事浅田隆二と化す…。
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予定では明日、神楽さんとデート…楽しみだな…。
髪の毛でも切りに行って、少しでも綺麗になった姿を見せたい…なんて思うんだけど。
あんまり変わらないかな???
私はそう思いながらも、靴を履いて外に出る。
自分の部屋に鍵をかけて、階段を下りた。
道路脇に、この辺では見かけないような黒い車が止まっていた。
窓ガラスにスモークが張られ、中が見えない…
なんとなく嫌な感じがした。
私はその車の横を、小走りで通り過ぎようとしたその時!
後部座席のドアが私の行く手を遮るように開き、中から男が一人出てきて、私の腕を掴む!
や、やだ!
「キャ!」
布のようなもので口を塞がれて、息苦しい…
誰か助けて!!神楽さん!!
私は叫んだけど、布とその力強い男の手に阻まれて、声は届かなかった…
私の視界が狭くなって行き、周りの音もだんだん遠くなって行き、ついには意識が消えて何もわからなくなった…
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「はい、OK!…休憩に入っていいぞ!」
監督の声が響き渡った。
フー…休憩っと
俺は自分専用の椅子に腰掛けると、鞄から携帯を出す。
着信?誰だ?…あれ、珍しい、リンさんからだ…
俺はリンさんに電話をかけてみる
「もしもし、俺だけど…」
「大変よ!大変!…」
いきなり耳元でリンさんの大きな声が響いた!
耳が痛い…
「優介ちゃん、今何処にいるの?」
「え?撮影現場だけど…」
「どうしよう…」
リンさんのこの慌てよう、普通じゃないよな?いったい何があったんだ?
「優介ちゃんの彼女の名前、羽生麻未って言うのよね?」
「そ、そうだけど、なんで知!…まさか、麻未に何かあったのか?」
「……」
「どうしたんだよ!はっきり言えよ!!」
「その子が…拉致されたって…」
俺は一瞬、耳を疑う…
「どうゆう事だよ」
俺はそう言いながら、すでに行動していた。
仕事なんかもう頭の中に無かった…
「優介!優介!!どこに行くの!?」
佐倉の声が後ろから聞こえる。
だけどそんな事よりも麻未の事で頭は一杯だった…。
とりあえず、車に乗り、エンジンをかけて車を発進させる
ルームミラーに佐倉が車を追いかけ走る姿が映っていた。
申し訳ない…俺は心の中で佐倉にそう謝っていた。
わかっている…こんな事したら役を下ろされるかもしれない…
でも今の俺にとっては麻未の方が価値が上だ、まして危険な目に遭ってるって聞いて
頭では理解していても、心が耐えられるわけがなかった。
「で、どこへ行けばいい?」
俺は運転しながらリンさんにそう聞いた
「情報が確かなら、港の第3倉庫だって」
「わかった!」
俺は電話を助手席に投げるように起き、高速に乗り港を目指した!
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何の音?
汽笛の音?
薄っすらと蘇る意識の端っこの方で周りの音が聞こえる
男の話し声…何人かの足音…そして誇りっぽい匂い…
私はゆっくりと目を開ける…
ぐるっと視界に入る限りの周りを見る…
そうだ…あの時知らない男に…羽交い絞めにされて!
やっと状況を把握する…。
男は全部で3人だった。
「やっとお目覚めですか?」
男は低い声で、私の頬にナイフを当てそう言った。
ナイフはヒンヤリとして冷たかった。
「悪いな、これも俺たちの仕事でね、あんたには何の恨みも無いが…依頼主のご希望があんたをとにかくメチャクチャにしろ!ってご希望なんでね」
男はそう言うと、イヤな笑みを浮かべてナイフで私のブラウスのボタンを弾く!
レイプするつもり…か…
私は変に冷静だった、今自分に起こっている事を第三者の目で見ている自分がいた。
あの時もそうだった…自分を違う自分に置き換えることで現実から精神の部分を逃がしていた。
男は私の髪の毛を鷲掴みにして、自分の唇を私の唇に押し合ててくる…私は思い切りその唇に噛み付いてやった!
血の味がする…
「このアマ!!!」
男の顔は一瞬にして怒りに満ち、威圧的な雰囲気を放った!
私のブラウスのボタンがその男の手によって、引きちぎられ、ボタンが弾けて飛び散った!
ブラウスは凄い音を立てて破け、私の肌が露出した!
だけど私は悲鳴をあげる事はなかった…心が凍りついたように冷静だった。
私は男を見る…予想通りの反応だった…。
男は私の背中を見て、驚きで顔が硬直していた。
私の背中には肩から背中にかけて、大きなケロイド状の火傷の痕あった。
そこの部分だけ、皮膚の質感が違う生き物がへばりついている様にも見えた…。
男はフッと我に返ったようは顔をして、私の事を睨みつけ地面に叩きつけるように押し倒してくる!
もう…駄目かな…私の中の自分がそう呟いていた…
遠くの方でエンジンの音…そして止まる…誰かが走ってくる…誰かが来た!?
私は倉庫の出口の方を見る、そこには逆光の中に男の影が映っていた
「てめぇ!何してやがる!!」
その影はそう怒鳴りながら、私目掛けて駆け込んでくる
神楽さん?…神楽さん!?…
助けに来てくれたんだ…そう思ったと同時に涙が溢れて止まらなくなった…
神楽さんに一人の男が飛び掛る!神楽さんはそれを寸前でかわした!
私の上に乗っていた男も立ち上がり、神楽さんに向かって行く!?
一人の男が神楽さんの後ろから羽交い絞めする!
やだ!駄目!
そう思った瞬間、もの凄い爆音が聞こえてくる…そして沢山の人の走ってくる音
その光景に驚いた…見るからに暴走族って感じの人が何十人もぞろぞろと倉庫の中に入ってくる…
その人数に圧倒され、男達は血相を掻いて逃げていった…
「間に合ったようですね」
暴走族の中のリーダーみたいな人が神楽さんにそう言って近付いてきた。
「サンキュ!…リンさんによろしく言っておいてくれ、今度必ず礼はするって」
神楽さんの言葉に男の人は頷いて、軽く頭を下げるとまたぞろぞろと仲間を引き連れて帰っていた…。
神楽さんが私の方にゆっくりと近づいてくる…
頭の先からスーッと冷めていくように自分の状況を把握する
「いやぁぁぁ〜!来ないで!」
私は無意識的に叫んでいた!
来ないで…見られたくない…こんな姿も、この背中も…
お願いだから来ないで…
本当は違う…私の全てを過去をまるごと包んで欲しい…だけど…
私の中で、なんだかもう色々なものがごちゃ混ぜになって、訳がわからなくなっていた
神楽さんは私に近付き、私の後ろにひざまづいた…
背中の火傷の痕を見られた…私の過去を見られているようで心が痛かった…。
神楽さんの手が私を包み抱きしめる…そして火傷の痕に柔らかい感触を感じた…
これは…私の火傷の痕に神楽さんが優しく口づけをしてる!?
優しさが心に浸透して、気持ちが湧き上がり、涙となって零れる…
神楽さんが自分の着ていた服を脱いで私の背中にかけてくれる
そして、私をゆっくりと自分のほうに向かせると、私の涙を拭ってくれた。
神楽さんの瞳は温かくて優しく揺れていた…
私は神楽さんに引き寄せられ、胸の温かさを感じる
「麻未…お前を愛してる…守ってやりたい…いや違う…守られてるのは俺の方かもしれない…俺にとってお前は大切で大事で…必要で…自分でもよくわからないけど、とにかく俺の傍にいろ!消えないでいてくれ!」
神楽さんはそう言うと、私の体をゆっくりと自分から離し、私の唇に自分の唇を重ねた…
神楽さんの気持ちが私の中に流れ込んでくる気がした…
私の心に波紋を広げて体全体に浸透していくようだった…。
麻未の背中の火傷の痕にキスをした優介…
感じ方は人それぞれだと思いますが
優介の気持ちは読んでいただいた方が自分なりに想像して感じてくださればと思います。
次回は優介の過去の傷にふれていきます。




