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潮風の中で…

階段から落ちて一週間、家で神楽さんのハンカチを眺めては抱きしめてため息をついていた。

そのたびに洗濯してアイロンかけて…とっても不可思議な行動をしていたと思う。

できるかぎり義父の事は考えず、これからの事だけを考えるようにしていた。


神楽さんからのメールはあれ以来一度も来ていない…

当たり前だよね…あんなメールを自分から送っておいて…まだメールが来る事を期待してるなんて、どうかしてる…。


「麻未ちゃん、ほらお客さんだよ」

店長にそう言われて、ハッと我に返る

私は今日からお店に出ている。

足の腫れは引いたけど、まだ痛みはあるし、打撲もアザは消えてきているけど、筋違いのような痛みは残っていた。

でも仕事をしないとお給料が減っちゃう…店長に無理を言って仕事させてもらっちゃった。


このお客さん、よく見るのよね…ほとんど毎日来てるんじゃないかな?

決まって、バラを一厘だけ買って行く…恋人にでもあげるのかな…

私はそんな事を思いながら、そのバラを丁寧に包んで渡した。

「ありがとう」

お客さんは一言そう言って、駅に向かって歩いていった…。


あれ?道路の向こうから派手な車が走ってくる…

わ〜!凄い車!…車の事よくわからない私でもあの車が何なのか知ってる。

ポルシェだ〜…真っ黒いポルシェ…ほら道路を歩いてる人達も振り返りながら見てる…。

どんな人が乗ってるんだろう…

あれ!?…

その車が店の前に止まる。

止まった…花を買いに来たのかしら?

車のドアが開き、出てきたのは…

神楽さん!?

私は思わず自分の目をこすった…でもその姿は消えることなく目の前に立っている。

神楽さんは私の方を見て、ウィンクして近付いてきた。

「麻未ちゃん!元気だった…麻未ちゃんからのお断りメールが来た次の日にここに来たんだぜ!…なのに麻未ちゃん休んでるんだもん!」

へ!?あ、あの???…嫌われてたんじゃないの?…もう終わりだと思ってたんだけど…

「今日さ、俺、仕事休みだからデートしよう!」

神楽さんは私の腕を掴みながらそう言った。

「あ、あの〜…仕事中なんですけど…」

私が上目遣いで気まずそうにそう言うと、神楽さんは店の奥に入って行き、店長と何かを話していた。

しばらくすると、神楽さんは店長に軽く頭を下げて、出てくる。

「店長のお許しが出たよ!さあ行こう!」

神楽さんはそう言って私の手を掴み、引っ張った。

「…つっ!」

私の足に痛みが走る。思わず顔が歪んだ。

「どうしたんだ?…怪我をしてるのか?」

神楽さんは心配そうな表情で私の顔を覗き込む。

「しょうがないな〜」

神楽さんはそう言いながら、私をお姫様抱っこして抱えあげた!?

え!?ちょ、ちょ、ちょっと

「神楽さん、人が見てる!」

神楽さんはそんな私の言葉など気にもせずに、私を抱きかかえている。

頭から湯気が出そうなくらい恥ずかしかった。

神楽さんは私を車のドアの前に降ろし、車のドアを開いてニッコリと笑った。

それは有無を言わせない笑顔だった。

私は素直に車に乗る…神楽さんも運転手席に乗り、車を発進させた。


運転してる神楽さんの横顔…男性にこんな表現おかしいかもしれないけど、綺麗だった…

なんだかさっきまでの茶目っ気のある神楽さんと少し違って見えた。

ん!?神楽さんの頬に微かに傷があった…

化粧品のCMに出てるくらい肌とかには神経質なはずなのに…何かあったのかな?

私がそんな事を思っていると、神楽さんの手がスッと伸びてきて、私の手を握る。

ドキッとした…今にも心臓が爆発しそうなくらいドキドキしている。

神楽さんはそんな私なんか目にも入っていないようで、真っ直ぐ前を見ていた…

何だろう?…なんとなく様子がおかしい…神楽さんの表情が少し暗く悲しい感じに見えた…。

頬の傷と何か関係があるのだろうか?

そうは思ったけど、聞けるような雰囲気ではなかった。

私は手を握られたまま黙っていた。


車は海岸線沿いを走る。

太陽が水面に映ってキラキラと輝いていた。


車は右に曲がり、海を前にして止まる。

神楽さんは何も言わず車から下り、私の方のドアを開く。

私は足を庇いながらゆっくりと車から下りた…

風にのって潮の香りがする…


神楽さんは私の腕の根元に自分の腕を入れ、私の体重を支えるようして歩き始めた。

シーズン前の海は人もいなくて、静かだった。


私達は砂浜を歩き水際から少し手前に腰を下ろす…

神楽さんは何も言わず、海を見ていた…

心の中にある何かを見つめ返しているようなそんな感じだった。


「ごめんな…無理矢理連れてきちゃって…」

神楽さんは海を見つめたままそんな事を言った。

悲しい瞳…いったい何があったのだろう?

「麻未ちゃんは俺の事が好き?」

へ!?いきなりの問いに戸惑った…

「俺さ…思うんだ…何のために生きてるんだろうって…全てを失って、そして…」

え!?な、何?それって…

「ああ!!もう!!ごめんごめん、こんな事を言うつもりじゃなかったんだ…最近ちょっと嫌な事が続いてて気持ちが滅入ってるんだな…まったく自分が情けない…」

神楽さんはそう言って、ため息をつき俯いた。

何のために生きてる?そんな事を思うなんて…私は何かを言ってあげたくて、思いつくままの言葉を口にした…

「私は…自分のために生きています…一日一日を一生懸命生きて…幸せな一日が毎日続けばずっと幸せでいられる…今日だってこうして神楽さんに会えた事、凄く幸せです!」

私は精一杯の気持ちを言った…何を伝えたかったのかわからない…ただ自分がそう思う事で色々な過去を踏み台にして乗り越えてきたから…

神楽さんにも未来を見て生きて欲しいってそう伝えたかったのかもしれない…

私のその言葉に神楽さんは一瞬驚いたような顔をして私を見つめ、次の瞬間、悲しい影を持つ優しい表情へと変わっていく・・・。

神楽さんの瞳は揺れていた…

その瞳は私を見つめている…ううん違う…私を通して別の人を見つめていた…

「澄香…」

神楽さんの口から微かに漏れ出した名前…それは婚約者の名前だった…

自分の口からでた名前に神楽さん自身が驚き、口を押さえる

「…ごめん…似てるんだ…澄香に」

神楽さんはそう言い、私に対して悪いな…といったような表情を浮かべていたけれど、私自身はショックを受けたりはしなかった、逆に神楽さんが私を見つめるたびに、私を通して他の誰かを見つめている謎が解けて、スッキリした。


私は…なぜそんな行動をとったのか自分でもわからない…

ただそうしたくて、そうしなくちゃいけないような気がして、自然な流れの中で

神楽さんを抱きしめていた…


神楽さんの嗚咽を含んだ泣き声が私の胸の中で震えていた…

「何のために生きてるのか」

優介のその言葉に「自分のために、幸せになるために」と言った麻未。

優介にその言葉は届いただろうか…

次回、優介と麻未の心が近付いていきます

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