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ここは冒険者ギルド。荒くれものどもが集まり、依頼を受け、あるいは併設されている酒場で依頼達成の祝杯をあげる。人がひっきりなしに出入りするこの場所は日の高いこの時間は常に賑わいを見せていた。
普段であれば。
今、ギルド内は物音ひとつしていなかった。
そして、そこにいるもの達は一様に同じ方向を向いていた。
その視線の先には宙に浮く赤子。
魔法によって宙に浮いているのは明白であり、一切のブレもなく浮いているのは相当な魔力制御技術があることをうかがわせる。
誰か別の者が赤子に魔法をかけているだけでは?
当然そんな疑問を誰しも浮かべたが、偶然そこに居合わせたこのギルド内でも五本の指に入るほどの魔法の使い手であるとある冒険者のうわ言のような呟きが静寂に支配されたギルド内部に響いたことで認識を改めさるを得なくなった。
「なんなんだ、あの赤ん坊は・・・・・・あんな緻密な魔力制御・・・・・・一体どうやって・・・・・・」
震える声で紡がれた呟きと青ざめた顔を見て、それが赤子自身によるものだということに皆気付いてしまった。
さらには着ているものも問題だ。
Eランク魔獣フォレストベアの毛皮。
ナイフや棍棒を持ったゴブリンがGランク、鍬で武装した一般村人がHランク相当であると言えばその脅威度は理解できるだろうか?
当然そんな魔物からとれる毛皮はそれなりの値段がする。下級冒険者がフォレストベアの毛皮を使った防具の入手を当面の目標にするぐらいには高く、防御力もある。逆に言えば固く、赤子の産衣にするには向かない。
普通ならば。
その赤子の産衣はいったいどうやったのか、フォレストベアの毛皮であるにも関わらず一級品の絹のごとき柔らかな風合いを醸し出していた。
到底一般人に手に入れられる代物ではなく、かといって貴族ならばフォレストベアの毛皮を産衣にするという選択肢はない。
素直に上質な絹を使うからだ。
いったい何者なのか。
ようやく正気に返り始めた冒険者達がざわめきだした頃。
『冒険者登録をしたい。』
そんな声が響いた。
冒険者登録用の窓口には現状あの赤子しかいない。
その他の窓口を見ても冒険者が依頼を受けている最中だったり、依頼を申請している一般人だったりと、他の窓口で他の誰かが登録の申請をしたということはない。
そもそも皆動きを止めている。
冒険者達は再度赤子を二度見した。
『うん?言葉は通じているはずだが。まだうまくしゃべれないから魔法で声を作っているんだが、聞こえているだろう?』
ピクリと反応を示したので声は聞こえたはずだ。
もしかして言葉が通じていないんだろうか?
「おいおい、誰のいたずらか知らねえが随分と手の込んだことしてんじゃねえか。赤ん坊を冒険者登録させるだぁ?ふざけてんじゃねえよ。術者は誰だ!とっとと出てこい!でねえとこのガキの首へし折るぞ!!」
『さすがに首をへし折られるのはまずいかもしれんな。というわけで『バインド』。』
一向に問いかけに対する反応のない受付嬢の代わりに横から割り込んできたのはハゲで巨漢の戦士タイプの冒険者だった。俺の実力を察することもできなければ周囲の空気も読めないやつ。正直相手をするのも面倒なのでそいつを無属性の拘束魔法で拘束する。
光のロープでぐるぐる巻きにした状態だ。
赤子の首をへし折るとかダメだろう。俺の首はまだすわってもないんだ。今も魔法で支えているしな。
『で、冒険者登録したいんだが?』
冒険者は放置。念のために猿ぐつわのようにバインドをかけて口を塞いでいるので騒いでも安心。
「は、はい。いえ!冒険者登録は十三歳からしか登録できないんですが!」
ようやく再起動した受付嬢。
ちなみにこの人めちゃくちゃ強い。さっきのハゲが何十人束になっても勝てないだろう。さっきのハゲですらフォレストベアを倒すことはできるだろうから、この人の強さは一般人を基準にすると同じ尺度では測れないくらい相当隔絶しているといえる。
さっきから『魔力感知』スキルでいろいろ探っているし、外部からの魔力を遮断する結界を俺のまわりに張って遠隔操作が行われていないか確かめたりもしている。
当然俺自身が魔法を使っているのでそんなものは通用しないわけで。
彼女の中では恐らく俺が術者本人であるという結論に至ったのだろうが、しかしギルドのルールを盾に俺の登録を阻止するぐらいには仕事に忠実のようだ。
というか、不審者過ぎて登録させるわけにはいかないといったところか。
『それはそうなのでしょうが、何分私は天涯孤独の身。家も家族もなく無一文。冒険者になれなければ飢えて死んでしまいます。もし私の登録を受付の独断で決められないと仰るのでしたらここの長を呼んでいただきたいのですが。』
「俺がここのギルドマスターだ。」
そういって奥から出てきたのは約二メートルの熊のごとき体躯をした大男だった。
『お初にお目にかかります。今日冒険者登録をさせてもらいにきたヒロといいます。』
「妙な空気になってたのはお前が原因か。ギルドマスターのフラガだ。話は奥で聞く。ついてこい。」
フラガはそう言ってさっさと奥に引っ込んだ。
空飛ぶ赤子を見ても若干眉が動いただけとは、ここのギルドマスターは相当胆力があるようだ。
◇◇◇
連れてこられたのはギルドマスターの部屋。
「・・・・・・それでお前は『何』だ?高位アンデッドが赤ん坊にとりついているのか?」
開口一番に飛び出したのはそんな言葉だった。
『もしそうだとして、随分と落ち着いておられますね?』
「正直その可能性は低いと思っている。それに、下手に刺激をすべき相手ではないこともな。」
刺激すべきでないと言いつつ相当警戒されている。敵性存在である可能性を考えれば仕方がないか。
『さすがにギルドマスターと先程の受付嬢さんに本気でこられたらまだ勝てる自信はないですが。』
正直なところを話す。抑えることができる程度の脅威ですよと。
「・・・・・・『まだ』、か。お前の言う通り止めることが可能だったとして、だ。そうまでしなければ止まらない相手だというのが問題なんだよ。俺はともかくアイリスが相当な実力者だというのにも気付いているしな。」
あいつの実力は昔からここにいる連中しか知らないからな。
そんな風にギルドマスターは言った。
『まあ、そうですよね。それで質問への返答ですが、赤ん坊ですよ。ただ、スキルとかたくさん持っていて、ある程度大人と会話できる程度には知性のあるただの赤ん坊です。』
「そういうのをただの赤ん坊とは普通言わんがな。それで?何が目的で冒険者になる?」
『有り体に言えば、衣食住の確保ですかね。天涯孤独の無一文ですから。』
しばらく無言の時間が続く。
俺の今までの言葉に嘘があれば見抜いてやると言わんばかりの鋭い眼光で俺の様子を観察するギルドマスター。
俺は人と目を合わせてしゃべるのは苦手だが、頑張って目をそらさないようにする。
「・・・・・・わかった。特例で登録を認めよう。ただし扱いは他の冒険者どもと同じだ。まぁ、ある程度は相談に乗るし、金で解決できる問題ならギルドに依頼をだすのもいいだろう。」
折れたのか見切ったのか。俺にはそれがどちらだったのかはわからなかったが、結果は俺の望み通りになった。
『わかりました。ありがとうございます。』
俺は深々と頭を下げて部屋を後にする。
その後受付嬢アイリスからテンプレな説明を受け、俺はこの日からランクH冒険者になった。