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随分と遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
投稿スパンは長いですが、これからも連載を続けていくつもりなのでよろしくお願いいたします。
先手をとったのはオルドだった。
開始時点のお互いの距離は約十メートル。それを一気に詰めて、腰だめに構えた槍を一息に突き入れる。
「・・・・・・!!」
それをあっさりとかわして見せたモーリスたったが、内心驚愕しているのは周りから見ても明らかだった。
モーリスが驚いたのはその突きの鋭さだった。
モーリスは過去に何度もオルドと模擬戦をしている。
その時にオルドが使用していたのは片手剣だったが、当然片手剣でも突きはできる。
むしろ今思い返せば突きの頻度は高かったように思える。
元々槍を使っていたのだと聞かされれば納得できる話ではあるが、それでもこんなに鋭い突きをオルドが放ったのを見たことがない。
模擬戦ではお互いに本気ではなかったからとも言えるが、命のかかった実戦ですらあんなにキレのある動きを見せたことなどな買った。
知らないうちに成長した?いいやそれはありえない。
実戦はゴブリン相手とはいえほぼ毎日一緒に行っている。二日前にも一緒に行った。
模擬戦も少なくとも月に一度はしているし、一番最近では十日も経っていないはずだ。
タン、タンと軽いステップで五メートルほど跳んで下がるオルド。
「本気だって言っただろ?お前が俺より強いとしても、油断が過ぎると大怪我するぞ?」
「そうだな、すまない。」
モーリスは内心でオルドを侮っていた自分に気付き、素直に謝罪する。
ここでオルドを侮っていた自分を認められなければ、オルドが辿ってきた道を今度は自分が辿ることになってしまう。
(こいつはオルドであってオルドじゃない。)
今までのオルドだと思って戦えば、容易く負かされるのは自分の方だろう。
気合いを入れ直したモーリスはオルドに向かって吠えた。
「いくぞオルド!俺の『憧れ』を今日ここで越える!!」
モーリスは言葉と共に先程のオルド以上の速度で懐に入り込む。
長柄武器である槍は至近距離には対応しにくいからだ。
左腕に装着したラウンドシールドをぶち当てて態勢を崩しにかかるモーリスの打撃を、槍の柄で受けて右足を軸に左足を下げて受け流した。
「ほう。」
感心するような誰かの声。
身も蓋もない言い方をすれば、これぐらいの応酬はCランク以上の冒険者ならばわけもなくやってのける。
それはCランク以上になれば護衛依頼で盗賊など人間を相手にする戦いを行う機会が増えてくるからだが、彼らはGランクだ。
有望株だと思われていたモーリスですらEランクと同等だろうという評価だった。
しかし、先程の動きはどちらもCランク相当のもの。
この二人がこれほど高いレベルの対人戦を行えるなど誰が予想しただろうか。
ましてオルドは『ゴブリン狩り』の異名こそついているが、それは完全に蔑称であり、Gランク相応の実力しかないと思われていたというのに。
カウンターで放たれた石突きの三連撃を弾き、かわし、反らすモーリス。
その後も激しい攻防が続き、モーリスの剣撃がオルドの頬を掠め、オルドの槍の穂先がモーリスの脇腹を掠める。
数分の間、ただ金属の打ち合う音と二人の息遣いだけが聞こえる。
このまま膠着状態が続くかと思われたが、徐々に形勢が傾いていった。
「モーリスのほうが押されている、のか?」
そう。一見互角に見える戦いだが、わずかずつオルドの方が有利になっていった。
モーリスが受けにまわる回数が増える。
モーリスの体に穂先が掠める回数が増える。
攻め手を減らされ、傷ばかりが増えていく。
傷をおったせいで徐々に動きが悪くなってくる。
「このまま・・・・・・負けられるか!!」
大振りの一撃が袈裟懸けの軌道でオルドに迫る。
これまでの戦いぶりから言えば簡単にオルドにかわされてしまうマズイ一撃に見えたが、オルドは動かない。いや――動けなかった。
「・・・!!」
モーリスの仕掛けたスキル『重圧』による足止めをくらっていたからだ。
鋭く振り下ろされるモーリスの攻撃はオルドの左肩に触れ、勝負は決まった。誰もがそう思った次の瞬間、先端側に短く槍を持ち変えたオルドはその穂先を剣の腹に思いっきりぶち当てて強引に弾き、体の旋回に合わせて石突きの側を跳ねあげた。
跳ねあげられた石突きは半時計回りに回転する体の旋回に合わせてモーリスの側頭部を打ちつけた。
鉢金あるいはヘッドギアのような形状のモーリスの兜は側頭部も覆ってはいたが、その上からでも十分な打撃を与えられたことは確実だった。
だからこそオルドは一瞬気が緩んだ。
そして、その隙をモーリスは見逃さなかった。
瞬間、オルドの背筋に冷たいものが走る。
ゴブリンの群れとの戦いで急成長した『危険察知』が激しく反応する。
左足を踏ん張り槍を振るう。
どこから攻撃がきているかなどわからない。
ただ感覚に任せて振るう。
槍が断ち切られる感覚が腕に伝わる。
武器の破損は戦闘中には致命的だが、そちらは石突きの側。両手は残った穂先の側をつかんでいる。リーチは短くなったが、むしろ短くなったことで至近距離での戦いでは取り回しがよくなった。
槍の破損によって相手の攻撃の軌道を読み、追撃をかわすべく体を捻るが右の脇腹に痛みが走る。
どうやら避けきれなかったようだ。
しかし、思考がそれに気付くのは数瞬の後。体は既に二合三合と打ち合っていた。
再び硬質の金属がぶつかり合う音が訓練場に響き渡る。
オルド達の息づかい。地を蹴る音。それ以外の音はこの場に存在しなかった。
低ランクの者達はレベルの高い戦いを見て息をのみ、高ランクの者達は彼らの評価を改めるべくただその動きを静かに観察していた。
モーリスの牽制の大振りで一旦両者の距離が開く。
「そういえば、お前の最初の宣誓に対して何も返してなかったな。俺は・・・・・・俺はお前の『憧れ』であり続けるためにここで越えさせるわけにはいかない!!」
両者は武器を構え直し、互いを見つめる。
ユラリ
二人の周囲に陽炎が揺らめく。
「あれは・・・・・・まさか闘気か!」
周囲がざわめきだす。
「おいおい、闘気なんてBランク以上の技能のはずだろ。なんでGランクが使えるんだよ。」
ギャラリーはますますこの戦いの行方から目を離せなくなる。
そして――
二人の間に一陣の風が吹き抜けた瞬間、勝負は動いた。
「うおおおお!!」
「せやあああ!!」
一瞬で肉薄し、互いの武器が交差する。
キンッという甲高い音が響き、槍は穂先が砕け散り、剣は半ばからへし折れた。
砕けた槍の柄はモーリスの首元に、折れた剣の切っ先はオルドの胸の位置に。
どちらも武器が無事であれば相手に致命傷を与えていただろう位置だ。
両者の武器が無事であったら結果はまた違ったものになっていただろうが。
「しょうぶあり!!」
戦いの決着を告げる俺の声で二人は戦闘態勢を解除した。
判定はまあ言うまでもないんだが、立ち会いを任された以上はしっかりと締めよう。
「このしょうぶ・・・・・・ひきわけ!!」
その瞬間、歓声や拍手が訓練場に響き渡った。
いつの間にこれほど集まっていたのだろう。勝負を開始したときのゆうに三倍は下らない人数の冒険者が訓練場で二人の健闘を称えていた。