表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/67

第63話 シグナス

 湯気の立つ料理が並べられた長机。

 銀の燭台に立てられた蝋燭の灯が揺れる。

 壁際には直立不動の侍従が並んでいる。


 椅子を引いてソフィを座らせる。

 アップにまとめた金髪から飛んだ香りが鼻をくすぐった。

 椅子を引いてアリスを座らせる。

 いつもはゆったり編んだだけのおさげが幾重にも編み込んでまとめられていた。

 椅子を引いてサナエさんを座らせる。

 巻に巻かれて塔の様にそびえ立つ髪型に気合いの入り方が見て取れる。

 ふう・・・。

 ミッションコンプリート。


 ダグラス辺境伯との夕食会。

 ミーアさんはお部屋の寝台で病人食。

 三人の女性を席に座らせただけなのに俺の額には玉の汗が浮かんでいる。

 久しく味わった事の無い達成感が湧き上がった。

 まさか俺の人生で、女性の椅子を引いて座らせるなんて儀式を執り行う日が来ようとは夢にも思わなかった。

 しかも三人同時で。

 やりきった。

 がんばったヨ、俺。


 俺の隣に位置するソフィから順に、椅子を引いて押してを繰りかえす行動はハッキリ言ってコントのようだ。

 それでも正室と側室の区別が無く娶った奥さんは皆正妻のこの世界では、これが正しいマナーらしい。

 ホントにそうなのか?

 嘘ついて額に汗する俺の姿を見て影で笑ってないか?


 そう思ったら、ダクラス辺境伯も隣に並んだ三人の女性に同じ行動をしていた。

 ちなみに、辺境伯の奥さんは九人だそうだが、今夜の出席は三人だけ。

 こちら側との釣り合いをとってきたワケではなく、王都の館を取り仕切っていたり、里帰りしていたりと、めったに全員揃う事は無いらしい。

 辺境伯の経済力や立場からすると三十人くらいいてもおかしくはないそうだ。

 単純に考えても、一人あたり月に一度の逢瀬。

 仮に奥さん達が三人ずつ子供を産んだとすると、九十人のベイビーが出来上がる。

 さらに、その子供達が子供を産むと・・・。

 ホントか?

 この世界、過酷な現実にぶち当たり、淘汰されて消えていく命も多いので、それを見込んだ一夫多妻制なのだと思うが・・・。


 産まれた子供は跡継ぎにするだけでは無く、王都の官僚に押し込んだり、自領の役人や村長、領地軍の司令官にしたりとか、重要ポストを身内で押さえなければならない大物貴族なりの苦労があるらしい。


 それはそれとして、仮に三十人の奥さんが食事会に出席したとなると、辺境伯は三十回椅子を出し入れする事になる。

 ホントにやるのか?

 席に座るだけで一時間くらいかかるぞ?


 異文化の違いに軽くショックを受けつつ自分の席に着こうとしたら、ソフィに肘で小突かれた。

 何か間違ったか?と思って顔を上げたら薔薇組の女子四人が立ったまま横目で俺を見ている。

 ウソだろ?

 そっちはマコトちゃんの担当じゃないの?

 何の罰ゲームなの?

 気まずい沈黙の中致し方なくエリカの椅子から取り掛かろうとしたら。


「たいへんそうだな。手伝おうか」


「いえ、結構です」


 辺境伯様から声を掛けられた。

 マジでお願いしようかと少し心が動いたが、丁重にお断りして無心で薔薇組の椅子を引いて座らせた。

 皆を席に座らせただけで俺は既に満身創痍だ。

 ホントにこれが作法なのか?








 天気やマラガの近況など当たり障りの無い会話を交わして食事は進む。

 これといって深い意味は無いが、『奥さん達は皆綺麗ですね』と世間話の基本を振ったつもりだった。


「私は男色家なので女性に興味は無いのだが、伯爵家を維持する為に義務として受け入れている」


 カチャン。


 ちょっと想定外の言葉を聞いたのでフォークを落としてしまった。

 後ろに控えていた給仕さんが、何事も無かったかのように新しい物を用意してくれた。

 ええと・・・、どうやって切り返せば良いんだろう?

 気持ちを落ち着けようと果実酒の入ったグラスを持ったら、手が震えて液面が揺れていた。


「カズヤさん、父は領地経営の才はありますが、社交的な会話の才はありません。自分では面白い事を言っているつもりなのですが、いつも場をしらけさせています。相手にせずに聞き流してください」


 奥さん達の次の位置に座った息子さんが助け舟を出してくれた。

 そうですか、いいでしょう。

 そっちがそのつもりなら受けて立つ。


「おや、奇遇ですね。実を言いますと僕も同性が好みなんですよ。普段は、若い男の子の女性とは違った透明感のある純粋さを愛しているのですが、時には年上の叔父様に力強く押し流されてみるのも良いですね」


「フフフ・・・」


「ハハハ・・・」


 一方、薔薇の女子と奥様方が。


「奥様、私達がいた世界では、攻め、受けという言葉がございまして、この場合、カズヤが・・・」


「まあ、そんな!」


「さらに状況が進みますと、ヘタレ攻め、誘い受けに転じる事がございます。例えば伯爵様が・・・」


「えっ?そんなことまで?だめよ!でも、もう少し詳しく・・・」


 伯爵夫人相手に腐教活動すんなや!


 伯爵とその奥さん達が自由奔放に振る舞う横で長男のダニエル君が額に手を当ててため息をついている。

 どうやら長男君は真面目な苦労人タイプのようだ。







「最近、西のジェイミーがカタロニアのごたごたのせいで遊んでくれなくてなあ。ん?ああ、西隣のノキアス領ジェイミー・キャンベル辺境伯のことだ。ちなみに東側でシルチスを抑えているのがオーレン領のイザベラ・フィニアス辺境伯。王国きっての才媛と呼ばれて気炎を吐いておる。口が達者でへ理屈ばかり言いよるので俺は好かん。カズヤは転生者だな。カタロニアの新皇帝の事で何か知っているか?我が領地は魔境に接しておるから、ここを拠点にして行動する転生者も多い。いろいろと彼らに尋ね調べてみたが、『あいつらジュウカキンソウビだから』とか『あいつらニートだから』などと、口を合わせて言いおるが、『ニート』とは何だ?精鋭兵を示す符丁か?何を言っているのかさっぱりだ」


 foolのアルステアか・・・。

 バルト王国の重鎮としては気になるわな。

 それにしても、『ニート』が『精鋭兵』か・・・。

 ある意味、タダ飯食い、スネ齧りの精鋭と言えば精鋭であるが。

 バイウム辺境伯が大真面目に言ってくるので、危うく吹き出すところだった。


「同じ世界の出身ですが知っているのは一般的な事くらいです。それで宜しければ」


「かまわんよ」


「えーと、まず『重課金装備』ですが、端的に言って金にモノを言わせて、頭の上から爪先まで、高性能の装備を揃える事です」


「ふむ、だがその程度なら、こちらでも大商家や貴族のボンボンに良く聞く話だな」


「いえ、伯爵様、その全てが国宝級だと思ってください」


「なんと、それ程とは!」


「そして、『ニート』ですが・・・」


 どう説明しよう?


「『ニート』とは・・・」


「『ニート』とは?」


「働かずに家で食っちゃ寝している怠け者の事です」


「ふ、誤魔化すな。そんな奴等があれ程の事を成し遂げられる訳がない。何を聞いても驚かん。本当の事を言ってみろ」


「ですよねー」


 こっちのヒトに正直に話しても分かって貰えないんだよなー。

 何度も説明したソフィでさえ向こうの世界での俺は、普段は商人として働き、騒乱が起きると戦地に赴く傭兵か期間雇用兵だったと思ってるんだから。

 科学段階が低いとか文明発達が遅いとかじゃない。

 分業生産と蒸気機関による大量消費社会に至ってないだけで高等数学や巨視眼的経済理論も研究されている。

 物理学や化学は魔法という謎理論が介在するので比べようがない。

 未だに、剣と魔法の未開文明と見下す転生者がいるが、大間違いである。

 人って見た事の無いモノを想像するのはとても難しいのだ。

 ちなみに、車や飛行機を説明すると、馬車が馬無しで爆走したり、馬車がそのまんま空を飛ぶと思うらしい。

 自分の知っているモノを基準にそこから発展させて想像するしかないから、それは当然の帰結なのだ。

 ちなみに、俺が車と飛行機の絵を描いたら『ナニこれ?』と言って、薔薇の女子が笑っていた。

 地面にサラサラっと書いただけなんだから!

 机の上でちゃんと書けばもっと上手なんだから!

 違う世界のヒトが分かり合うのって難しい。

 言葉が通じる二足歩行同士でさえコレなんだから、宇宙人と仲良くなるだなんて絶対ムリだと思うんだ。


「農業や商業など生産性のある職には就かず、友人、親兄弟からの説得、懇願、罵声に耳を貸さず、ただひたすらに己の欲望を追求する者達の事です」


「なるほど、戦士の欲望とは、すなわち強く成る事であるな。己の信念を曲げず貫く者か。新皇帝の事を話してくれ」


 文化と価値観が違い過ぎて上手く説明できない。

 砂漠に水を撒くような徒労感を抱く。

 俺、間違ってないよな?

 伯爵様が激しく誤解しているような気がするが。


「その新皇帝ですが、アルステアという名前で『Line of the fool』というクランの盟主でした」


 会った事も話した事もあるが、保身の為にそこは隠そう。

 断固死守するぞ。


「こちらの調査でも、そのクランが新体制の中核となっているようだ。先を続けてくれ」


「クラン発足から急激に勢力を伸ばし、その戦闘力と資金力は他勢力の追随を許しませんでした。従う者は受け入れる。逆らう者は徹底的に殲滅しました。ですが、やがてそれ以外の反感を買い過ぎ、大小様々なクランが集まった反fool連盟とでも言うべきモノが生まれました。長期間に渡って奇襲攻撃、内通者による攪乱戦、互いの尻尾を食い合うような消耗戦に持ち込んだ結果、一定の譲歩を引き出す事に成功しました」


「そうか」


 辺境伯が酒杯を一口飲んで目で先を促す。


「でも、この程度は調べてあるんでしょう?」


 古参のプレイヤーなら誰でも知っているような事だ。

 魔境に隣接しているバイウム領に来るような転生者に聞けば、ペラペラ喋ってくれるだろう。


「まあな、そのアルステアという転生者の人となり等知りたかったのだが」


「噂や伝聞から推測した俺の個人的な印象で良ければ」


「それでいい。聞かせてくれ」


 正面から見据えられると否も応も無い。

 俺からすると大企業の社長、否、グループ企業の総会長みたいなものだ。

 人生経験が段違いである。


「武力による秩序の確立と維持。正義感の強いタイプ」


「ほう、国を一つ潰すのは正義故か?」


「聞いた話では、協力した貴族に裏切られて報復した結果だそうです。約束した事は守ります。その代り、鉄の掟を破った者はたとえ身内でも容赦はしません。傘下に入れば、それなりの代償と引き換えに庇護と利益を受け取れます」


「受け取った報告とその人物像は一致する。恭順の意を示した旧貴族家は受け入れ、それ以外は武力で排除する。交渉も妥協もしない。従うか従わないかで淡々と選り分けている。旧貴族家の既得権益を認めず、刑罰と税を一般市民と同等近くまで落としたので民衆からの評価は悪くない。公平な税制と公平な法体制。聞こえは良いがいつまで続くかな?」


 王様らしい事やってんなあ。

 俺なんか農場一つでいっぱいいっぱいなのに。

 初めてアルとあった時・・・。

 俺もあいつもまだ学生だった。

 オンラインゲームの要領が分からなくて、死に戻りしては狩場に向かう新規キャラの姿を見て声を掛けたんだっけか。


「個人が夢想する正義のゴリ押しですね。死体の山の上に置かれた玉座に座っているのは承知しているでしょう。ですが国の成り立ちの初期段階では珍しくないと思います。長期的に見れば下策でも短期的には有効かと」


「国として、対等な関係は築けると思うかね?」


「俺は只の平民なのでお答え致しかねます」


 聞く相手を間違っているんじゃないの?

 俺は外交官でも諜報員でもないんだから。


「その言いようは、頭の中に答えは有るが口には出せない、という事だ。只の平民ならそんな答え方はせん。何も分からずにオロオロ戸惑うだけだ。農民は今日の食事と次の収穫の事しか考えてない。言ってみろ」


 むう、『えー。ボクわかんなーい』とか言ったほうが良かったか。

 伯爵様の眼が怖いっす。


「えーと、それじゃあ、断っておきますけれども人づてに聞いた話を俺なりに解釈した推論ですからね?先も言った通り一度決めた約束は守る男です。上から見下すような態度を取らずに交渉すれば通商条約なり不可侵条約なりは結べるでしょう。まずは小規模の商隊を行き来させて様子を見ては如何ですか?」


 アルと俺、二人であっちの狩場が良いとか、あのレイドモンスターを攻略したいとか、いろんな事を話しながら遊んでいた。

 その内に一人、二人と仲間が増えて、foolの前身となるクランができた。


「今はその段階だ」


「あー、そうですか、そうですよねー。じゃあ、俺から言う事はホントに無いです」


 俺が考え付くような事やってるじゃないか。


「将来的にこちらへの軍事侵攻はあると思うか?」


 え?それを俺に聞いちゃう?

 俺はテレビのワイドショーに出てくる政治評論家じゃないんだから。


「お答え致しかねます」


「・・・」


 分かったから、無言で睨むのはヤメて。


「ふう・・・、伝え聞くところでは、カタロニアはまだ国内が統一されてない様子です。一方、パルト王国は列強の中で政治的にも軍事的にも最も安定している国だと聞いています。カタロニアがバルト王国に手を出す程の余力は無いと思われます。ですが・・・、アルステアは上昇志向が強く合理的で即決即断ですから、進む道の上に障害があった場合、結果と損失を天秤にかけて黒字収支に傾けば躊躇しないのではないでしょうか?一般論ですよ?」


「なるほど、参考になった。カズヤは向こうの世界でその新皇帝であるアルステアのかなり近い場所にいたようだな」


 どうしてそういう結論になる?

 一連の成り行きを知っていれば誰でも推察できる事しか言っていないが。


「いや、だから、噂程度に聞き知っている一般論です」


「表情を変えずに淡々と語る態度は見事であったが、ほんの僅か、昔日を思い出す様子と話して良いモノと隠しておくモノを選別する仕草が見て取れた」


「あいつは有名人だったからこの程度、みんな知っている事です」


「その年齢でその韜晦ぶりは立派だ」


「一般論だって言ってるのに・・・」


 さすがに大貴族は老獪だ。

 腹の探り合いじゃ負ける。

 今現在、アルステアと関係ないのは事実だから、これ以上ムキになって反論してもかえって藪蛇だろう。


 それよりもアリスだ。

 今までもカタロニア関係の話題が出ると緊張して身を固くしていた。

 戦渦に巻き込まれ家と親兄弟を失ったのだから、それも当然だと思っていた。

 妙に貴族家のしきたりや振る舞いに詳しいのも、そんなものかなあと思っていた。

 先程、辺境伯とアルステアの事を話していた時、ふと目が合った。

 慌てて目を逸らしたアリスの態度はいつもと酷く違っていた。

 不自然。

 違和感。

 不調和。

 その時、今まで足元に落ちていた断片が集まり、胸の中で形を成した。

 もう一人のアリスが重なる。

 ああ、なるほど、腑に落ちるとはこういう事か。

 アリスは・・・。








「ヤオイ穴というモノがございまして・・・」


「えっ!でも主人にそんなモノは・・・」


「奥様、真実の愛に目覚めると生まれいずる器官で・・・」


 目覚めねーし、生まれねーし!

 俺と伯爵が真面目な話をしている横でずっとやってたんか!

 妙な腐女子ネタをまき散らすなよ!










 一夜明けて次の朝。

 起こしに来た女中さんに案内されて食堂に向かう。

 窓から朝日が差し込む長い廊下を歩いていると眠そうな顔の薔薇組が扉を開けて出てきた。


「おはよ」


「うす」


「さすが辺境伯様のお城よね。ゲストルームのベッドが天蓋付きだったわ」


「飾り棚の中のティーセット見た?」


「見た、見た」


「たぶんあれ一組で家が建つわよ」


 薔薇組が浮かれはしゃぐのも無理はない。

 とつぜん押しかけた俺達全員にそれぞれ個室が用意されていた。

 薔薇組は脳天気に喜んでいるが、いくらミーア男爵を助けたからって、単なる護衛役にすぎない俺達には過分な好待遇。

 妙に落ち着かない。

 この地に訪れた冒険者をいちいちもてなすはずもない。

 ソフィがいるからかも知れないが、いま一つ伯爵様の真意を測りかねる。

 悪意は感じられないが、どうにか理由をこじつけてさっさと帰りたい。

 そんな事を考えながら歩いていると外から音楽が聞こえてきた。

 日本人の遺伝子に直接響く音色とリズム。

 俺と薔薇組は無言で頷き合い、屋敷の庭へ飛び出した。







「カズヤ、これって・・・」


「うん」


 異世界の兵隊さんが敷地内の広場で軍楽隊の演奏に合わせて体操していた。


「うわ、懐かしー」


 ナオミの口から言葉がこぼれる。

 懐かしいだけで済まされないナニかがいろいろ有りすぎてヘン。

 兵隊さんの顔が真剣過ぎる。

 動きがキレ過ぎて服の裾のはためく音がカンフーアクション映画のように聞こえてくる。

 軍楽隊のラッパが鳴り響きすぎて終末の天使が降りてきそう。

 等々、数え出したらきりがない違和感はさておいて・・・。

 何故、ここに『ラジオ体操』が?


「父は珍しいモノ好きで、転生者から聞いた異世界の文化を進んで取り入れています。なかには理解できないモノやどうかと思うモノもありますが、この早朝基礎教練は合理的で効果的です。カズヤさん達の世界では幼少期からこの運動を叩きこまれるそうですね。転生者の基礎体力が軒並み高い理由はこれなのでしょう」


 いいえ、違います。

 長男のダニエル君が横にたっていた。

 真面目な長男君の誤解が飛び抜けすぎていて気の毒なくらいだが、列の先頭で率先して腕を振っている辺境伯を発見したら腰砕けでコケそうになった。

 それはさて置き、子供の頃、夏休みに早起きさせられて嫌々やらされていた体操だが、久しぶりにこの曲を聞くと妙に体がウズウズしてくる。


「カズヤ!いっしょにやらんか、気持ちが良いぞ!」


「はい!」


 辺境伯様から誘われた。

 誘われちゃったから仕方ないよな。


「あ、アタシも!」


 薔薇組も飛び込んできた。

 結論として、生演奏付の全力ラジオ体操はチョー気持ち良かった。

 夢中で手を振り、足を上げる。

 調子に乗って第二体操まで披露したおかげで、朝メシ前だというのに汗びっしょりになってしまった。

 だが後悔はしていない。


「毎朝これをやるようになってから体調が良いのだ。今日は良い事を教えて貰った。まさか続きがあったとはな。さあ、食堂に行って・・・、ん?どうした?」


 辺境伯を先頭にゾロゾロと食堂へ向かう途中、伝令兵が駆け寄ってきた。


「新たな客人が現れたようだ。会いに行こう。カズヤにも関係がある男だぞ」


 意味深な笑いを顔に浮かべた辺境伯の後に続いて廊下を引き返した。











「この俺を玄関先で待たせるとはどういうつもりだ。衛兵風情が邪魔をするな。身分の違いをわきまえろ!」


 一人の男が門から玄関へと続く広い通用路の真ん中で衛兵に囲まれている。

 元々の身なりは良いようだが、上着は砂と埃にまみれ、無精髭が目立っている。

 辺境伯様の敷地内で随分と横柄な態度だ。

 俺に関係あると言っていたが、誰だろう?


「待たせてしまったようだな。私がパトリック・ダグラスだ。私の家来を叱らないでやってくれ。玄関先で吼える不審者をここで止めるのが彼等の役目なのだ。私に命じられた仕事をしているにすぎん。君は何処の誰で用は何かね?」


「俺はコートニー家のシグナスだ。俺の婚約者がエルフの女に連れ去られたので助けに来た。王家との誓約に従い、我が家名に泥を塗った犯罪者はこの場で首を刎ねさせてもらう」


 あ、こいつがシグナス君だったのか。

 ソフィから話には聞いていたが実際に見た事は無かったので分からなかった。

 予想通りの無礼者だが随分とヤサぐれているな。


「ふむ、君は確かに貴族ではあるが、爵位及びその権利と義務を有しているのは父上だ。コートニー男爵の係累に過ぎない事も理解しているかね?それにここはバイウム領だ」


「いずれ家督を継ぐ身であるし、何よりこの体に流れる高貴な血が重要なのだ。エルフの女と仲間が民衆を扇動して騒ぎを起こし、その隙に館に押し入って護衛を殺し、抵抗するミーアを剣で脅し攫って行った。そいつらがこの屋敷に逃げ込んだのは分かっている。引き渡していただきたい」


 ちょっと話に聞いていたシグナスと印象が違う。

 自分の言葉を否定されると衝動的に誰彼構わず噛みつくタイプだと思っていたが、辺境伯の言葉を淡々と受け流し訂正している。

 相手が辺境伯だから下手に出ているのではなさそうだ。


「ほう、ミーア男爵は当家に滞在しておられるが、私がミーア男爵本人から聞いた話とは違うな。コートニー軍に街を占領され、男爵は館に軟禁されていたそうだが」


「騙されているのです。薬でも盛られたのでしょう」


 無理矢理抑え込んでいる様子はない。

 妙に冷静で落ち着いているところが気になる。


「と言っているがどうかね?」


 辺境伯がこちらを振り返る。


「見解の相違ね」


 俺の後ろからソフィの声がした。

 騒ぎを聞いて出てきたようだ。

 振り返るとアリスに支えられたミーアさんもいる。


「ミーア、無事だったか。さぞ心細かったことだろう。さあ、ラビニア領に帰ろう」


「何を言っているのですか?私はソフィア殿に助けられ、自分の意思であなたから逃げて来たのです」


 シグナスが図々しく被害者側の立場で話しているからまったく話が噛み合わない。

 糠に釘というか、暖簾に腕押しというか、馬鹿の耳に念仏を唱えているようなもので、こちら側だけにイライラが積み重なっている。


「そう答えろと言われたのだな」


「本気でそう思っているのですか?いい加減にしてください!」


 シグナスの厚かましい物言いに業を煮やしたミーアさんが俺達を押しのけて前に出ようとしたので、腕を掴んで引き留めた。


「まあ落ち着きたまえ。ところで君は自分の領地に戻ったかね?コートニー家には王家から今回の件で処分が言い渡されているはずだ。君にも処刑命令が下されている。従者も連れずたった一人でここまで来たのかね?」


 はっきり言って俺のイライラメーターも振り切れそうなくらいなのだが、辺境伯は徹底して穏やかに話しかけている。


「あいつ等はここへ来る途中出会った王家の使いとやらの言葉に騙され俺を裏切ったので切り捨てた」


「ほう、では君も王家の使いに会ったのだな。その使者はどうした?」


「切り捨てた」


 路肩にゴミを捨てたみたいにあっさりした言い方だ。


「ほほう、王家の使いを切り捨てたか。服を染めているのは返り血かな?自分が何をしたか分かってないようだな」


「分かっているとも。王家も騙されているのだ。だからこそ身の潔白を証明しコートニー領とラビニア領を継ぐ為にミーアを連れて帰らねばならない。そこのエルフ女も渡してもらおう」


「先程から王国でも指折りの風魔法の使い手ソフィア殿に『エルフ女』などと失礼な口のきき方だが、一つ間違っているぞ」


「何をだ?」


「君の計画を潰した冒険者の指揮官は彼女ではなく、そこのカズヤ殿だ」


 最後まで黙って隠れているつもりは無かったが、ここで俺に振るとは辺境伯も意地が悪い。

 成り行きを楽しんでいるようで口角がわずかに上がっている。


「どうも初めまして。金鉱の存在を暴露し、徴兵部隊を煽って反乱させ、傭兵部隊の隊長を殺し、ミーア男爵を救い出し、シグナスというバカ者を殺し損ねたカズヤです。お見知りおきを」


「では、貴様の首も・・・、いや、領地へ連れ帰り、許しを請うまで礼儀作法を叩きこんでやろう」


 挑発しても引っ掛からない。

 目玉だけ動かして俺を見ただけだった。

 激高して切りかかってくる位が扱い易いんだが。


「それはどうも、だが断る」


「野良犬にいくら言葉を尽くしても無駄か」


 おうおう、俺様を犬扱いか?ケンカなら買うぞ、コノヤロウ、って俺が挑発されてどうするよ。

 調子狂うな。


「カズヤ、見えてるわよね?」


 俺の隣にいるソフィが正面を見据えたまま視線を動かさずに囁いてきた。


「ああ」


 シグナスの体を濃密な魔力が覆っている。

 凝縮された魔力が濃い霧のようにシグナスの体を中心にして渦巻いている。

 時折、溢れ出した魔力が炎のように吹き上がっている。

 それは衛兵達にも視えているようで、剣の柄にそえられた手に緊張感が走っていた。

 こんなにはっきりした魔力の発現は初めて見た。


「シグナスって、あんなに強いヤツだったの?結局、俺はラビニア領ではアイツに会わなかったけど」


「違うわ。あの時は間違いなく他人の後ろから吼えるのが得意なだけの只のチンピラだったわ。カズヤ、最も効果的に魔力を変換発動させるのに一番大事な事は何?」


「えーと、集中力?」


「ハズレ、それが出来ると信じきる事よ。万が一の失敗の可能性なんて微塵も心をよぎらない。鳥が空を飛んで、魚が河を泳ぐように、出来て当たり前の完全な自然体。元から持っている魔力の総量はカズヤどころか新米兵士にも遠く及ばないけれど、今は周囲に漂う魔力も取り込んで自分の力に変えているわ。その自覚無しにね」


 あー、俺は心のどこかで疑っちゃってるのが自分でも分かるんですよねー。

 だからいつまで経っても火の玉が出せないんだよなー。


「究極の自己暗示?あいつは本当に自分の婚約者が悪党にさらわれたと思ってる?」


「普通は何度も何度も魔法を打って練習して、自身を積み上げて技術を完成させるものなの。詠唱を引き金にする方法もあるけど」


 詠唱っていうのは絶対に必要なものではなくて、イメージを固める為に『古の盟約に従い炎の聖霊よ我が元に集え・・・』てな事を唱えながら自己暗示をかけるようなものらしい。

 ちなみに俺はそれも出来ない。

 身体強化はすんなり出来るんだけどなー。

 ナンでだろう?


「つまり、シグナスはそういう長い道のりをすっ飛ばして魔力の完全変換をして自分を強化してるってコト?」


「そうね。王国の憲兵隊に追われ、仲間を殺し、『俺は悪くない、俺は正しい、間違っているのは自分以外、全てをだいなしにしたエルフの女と冒険者達が憎い、俺は貴族だ。身分が違う。誰よりも強い俺様が思い知らせてやる』ってここに来るまで馬に鞭を打ちながらずっと考えていたんじゃないかしら」


 なんだろーなー。

 ヤンデレ?ヤミー?

 呪ってやる。殺してやる。的な?

 妙に落ち着き払っているが崩壊寸前なのは確かだな。


「カズヤ、これはラビニア領で君がやり残して来た最後の仕事だ。聞いた通り、王家からは処刑命令が出されている。私の兵隊に始末させても良いが・・・、どうするかね?」


 辺境伯が真顔で聞いてきた。


「俺がやりますよ」


 これ以上伯爵様に借りは作りたくないし。

 サナエさんが差し出してきた剣を受け取って前に進む。

 兵隊さん達が後ろに下がり、俺とシグナスを中心にした円が広がる。


「相談は済んだのか?」


 シグナスは俺とソフィがヒソヒソ話をしている間、律儀にも退屈そうに待っていてくれた。

 余裕ですね。


「ミーア様が欲しけりゃ俺を倒してからにしろ、ってヤツですね。しつこい男は嫌われますよ、ってもう嫌われてるか・・・っと!」


 タメ無しで振り抜かれたシグナスの剣が風切音だけ残して通り過ぎる。

 体制を整える間もなく次が来る。

 バックステップで距離を取ろうとしたら吸い付くように俺の動きについてきた。

 技も型も何も無く、ただ縦に横に剣が振られるだけだが、とにかく速い。

 避けきれずに剣で防いだら重さで足が滑った。

 上段から振り下ろされた剣が門から正面玄関へと敷かれた石畳を打ち抜く。

 砕かれた石礫が跳ね上がった。

 シグナスが纏う大量の魔力。

 まるで竜巻のようだ。


 当たれば即終了の強打をかわし続ける。


「なかなか当たらないね。訓練をさぼってたんじゃないの?」


 喉元へ伸びてきた突きの軌道を剣で弾いて変える。


「ちょっと前を思い出してみなよ。家名の威光が通じないヤツは避けてただろ?」


 横薙ぎを這うようにして潜り抜ける。


「簡単に終わるはずだったのに意外と手間取る、なんて思ってるでしょ?」


 涼しい顔を装い、シグナス相手にペラペラ喋っているのにも理由がある。

 二連撃目を避けた際にシグナスの顔が苛立ちで歪んだ。

 やっとシグナスの感情が揺らいだ。

 意外と手間取ると思ってたのは俺も同じ。

 シグナスの強さは実績の無い思い込みから出来上がっている。

 だが、それ故に砂上の楼閣にすぎない。

 穴を開ければそこから決壊が広がるはず。

 攻撃を躱し『ほら、倒せないでしょ?思い通りにならないよね?』と喋りかけて、『あれ?俺は最強のはずなのに?』と現状の結果に疑いを抱かせたかった。

 身体強化による物理抵抗が高すぎて打ち込みが成功しても効き目が薄そうだったので、魔力の核をなす強固な自惚れを破壊する為に攻撃を躱す事に専念した。

 案の定、選民思想の自意識が揺らいでシグナスを覆っていた魔力が霧散しはじめている。

 スネかじりの貴族の夢想家が思い通りにならない現実を再認識し、もう俺様最強だと自分を騙せなくなっていた。


「王家の使いを殺したんだって?後がないよね?だいじょうぶ?」


「くそっ、貴様のせいで、貴様のせいで!」


 やっと素の感情が出てきた。

 癇癪を起した田舎のガキ大将が棒っきれを振り回している。


 シグナス君、ごめん、あなどっていたよ。

 こんなに長くかかると思っていなかった。

 実は、タイマン勝負なんて格好つけないで、ソフィや皆で囲んでボコれば良かったなあ、なんて思い始めていたのだ。


「お前のせいで全部だいなしだ!平民のくせに!どいつもこいつもバカにしやがって!」


 バカになんてしちゃいない。

 いい勉強させてもらった。

 シグナス君のおかげで魔法の可能性の一端を垣間見る事が出来た。


「くそっ、何で当たらないんだよ!」


 シグナスは魔力切れを起こして足取りすらおぼつかない。

 剣の重さに振り回されている。

 空振りでがら空きの横っ腹に剣を突き入れた。


「俺はコートニー家の・・・」


 シグナスは何かを言い終える前にこと切れた。

 そして俺はラビニア領ミーア男爵からの依頼を終えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ