第62話 パトリック・ダグラス・バイウム辺境伯
≪某所≫
「コートニー家の処遇は?」
「当主は蟄居の後、自害。第一親等の男子は魔境で終身労役。ただし実行部隊のシグナスだけは捕え次第処刑とする。妻と娘達はアウソニアの小領主に引き取ってもらう。家督は一時的に分家に移し、頃合いを見て中央から功績のあった騎士を送り込み、新しく貴族家を興し代替わりさせる。数日前に、王家からの実行部隊を伴った使者が沙汰を申し渡し終えている」
「改易ではなく?」
「他領への武力侵攻はバルト王家に対する反逆に等しく、当主一家処刑、爵位剥奪、改易が当然であるが、シルチスの紐付きに踊らされていた事を大っぴらにしたくない」
「一応、占領では無く、ラビニアの治安を守る為に手を貸した、という建前の小細工はしていたようですが」
「ここに至っては証言など必要とせぬが、逃げ散った傭兵と家臣は先々で捕えてある。全てが計画通りに運んでいたら、王国としても困った事になっておったが、相手が悪かったの」
「ふむ、では一役買っていたサンドラ家は?」
「カリウス子爵は体調不良を理由として引退させ、後に病死とする。話に乗せられていた木端貴族と商人が他にも数名おるが今回は知らぬふりをして見逃してやる。今頃冷や汗をかいて、しばらく大人しくしているであろうが、ほとぼりが冷めればまたシルチスから接触があるやもしれん。泳がせて紐の先がどこに繋がっているのか知りたい」
「なるほど、それで私にどうしろと?」
「もう分かっているであろう」
「カーラ殿の口からはっきりお聞きしたい」
「ダグラス辺境伯はミーア男爵の後見に立ち、ラビニア領を建て直せ。これは王命である。辺境伯殿も足元がいつまでもバタバタしているのは面白くなかろう。常に魔境と向き合っている辺境伯にとって金鉱よりも鉄の安定供給とマラガに通じる交易ルートの治安のほうが重要課題のはず。金鉱の取り扱いについては、王家からも内政官を出して利益はラビニア家とダグラス家、王家で分け合う。王家の直轄扱いなら他家からのやっかみも少しは減るであろう。費用はラビニア持ちで鉱山地帯に警備隊を置け。これで有事の際にいつでも呼び戻せる予備隊ができあがる。部隊長には息子の中で一番顔が良くて性格の良いものに命じろ。いずれラビニア家に婿入りさせダグラス家の一門にすれば良い」
「それだけですか?気が進みませんなあ」
「これだけあれば十分であろう。まだ足りないか欲張りおって、致し方ない、特別に竜騎兵を来季から十騎増やす。これで良いな」
「結構です。謹んでお引き受けいたしましょう」
「これが宰相殿からの書状だ。忘れんうちに渡しておく」
「ここに翼竜部隊の増設について書いてあるではありませんか」
「王家の相談役として絞れる所は絞っておきたい。モノは試しと言うしな」
「王家が細かく出し惜しみなどするものではないでしょう、まったく・・・。それにしても、フォーゲル砦の侵攻、転生者の出現、カタロニアの政変、そしてラビニア領の紛争。まるで前々から知っていたかのような対応の速さですな。カーラ殿は未来を見通す水晶眼の持ち主との噂がありますが・・・」
「そう不思議な話ではなかろう。私は翼竜部隊を自由に使えるから、諸侯に先んじて手広く雑多に情勢を知る事ができる。それに、女性はちょっとした噂話を集めるのが大好きなのだぞ。知らなんだか?今回の一件、打つ手を間違えればバルト王国の内側から食い荒らされるところであった。ラビニア領の金鉱など些事にすぎん。ソフィが上手く捌いてくれたので大助かりだ」
「わざとらしく間違った答えに誘導しなくても良いではありませんか。カーラ殿御自身が言われたように我が領地の足元ですよ。送り込んだ調査部隊から報告は受けています。その冒険者のパーティ、ソフィア殿の名声ばかりが輝いておりますが、実質、指揮を執っているのはカズヤという転生者でしょう。ソフィア殿は助言役に徹しているそうです」
「はて、そうだったかの」
「エルフは・・・、いや、カーラ殿はその転生者にいたく御執心のようですが?」
「ソラリス神の祝福持ちじゃ。上手い事ソフィにくっついているようだし、このままエルフに取り込もうと思うてのう。囲っておれば、いずれ使い道があろう」
「本当にそれだけですか?以前から、マラガのカズヤには手を出すなと内々に釘を刺されておりましたが、今回は向こうから飛び込んできました。私が直接会ってよろしいのですか?」
「かまわんよ、会わぬわけにもいくまい。ダグラス辺境伯が偶然出会い、個人的な付き合いを深めるのであれば、私がいちいち口を挟むつもりはない」
「随分と寛大ですな」
「カズヤとの交友を認める。それが一番の褒美である」
「ほう、それは楽しみだ・・・。ん?良いぞ、入れ。・・・伝令より報告がありました。カーラ殿、先ずはソフィア殿だけが先触れとして南の村を出たようです」
「そうか、では、ソフィに見つからぬうちに退散するとしよう。この冬の真っ只中、翼竜の背中で凍えながら帰らねばならん。それではパットよ、万事宜しく頼んだぞ」
「パットなどと、いつまでも子供扱いはよして下さいよ」
「私に抱っこされて笑っていたのが昨日の事のようじゃ。あの頃は可愛かったのにのう。いつの間にか辺境伯様などと偉ぶりおってからに」
「用が済んだのなら、さっさと帰って下さい」
エルフ一族のカーラ。
バルト王家、先々代の王妃の姉。
表向きは王都にある学究院の学院長、その中でも限られた者しか立ち入りを許されない白亜の塔の支配者。
そして各地に散らばったエルフのまとめ役。
バルト王国に対する発言力は宰相のフェルナン伯爵を越えるとも言われている。
数年前、秘密を秘密として守れる王国の重鎮の中でも限られた者だけに『大規模な民の移動に備えよ』ただそれだけが伝えられた。
当初、政情不安なシルチスから移民が雪崩れ込んでくるのかと思われたが、降って湧いたかのような転生者の出現であった。
思いの外、理性的で合理的な者達であったが、警告がなければ住民との衝突で国が荒れていただろう。
その後に、『西の国境線の守りを固め静観せよ』と、それだけ書かれた如何にも定時連絡のような素っ気ない指示が届いた。
西と言えばカタロニアだが、あそこはシルチスと違って政情は安定しているし、バルト王国と特別親しくもないが、そうかと言って関係が悪いと言うわけでもないので、わざわざマルティニー山脈を越えて国境を侵すような侵攻は考えにくい。
そもそも『静観せよ』の一言が気になる。
我が領地はカタロニアと接していないが、カーラ殿の御託宣は外れた事がない。
訝しくも思いつつ急な動員に備えて警戒していた。
それがまさかの転生者による政変であった。
カーラ殿の振る舞いは、『先を見通す』と言うより、単に『知っている』だけのように思ってしまうのは考え過ぎだろうか。
ともかく、今回のラビニア領の混乱も小領ではあるが、我が一門の領地に接しているので無視もできない。
ラビニア家に不幸が起こった当初から間者を放ち成り行きを注視していたが、実に困った展開になっていた。
鉄鉱山の利権を狙った侵略なのは明白であったが、コートニー家にしてはやり方が巧妙で、迂闊に手を出すと無用な火傷を負う可能性があった。
先代当主と跡取りを亡くし、有力家臣も失ったラビニア家にもはや領地を統治する能力は無い。
このままコートニー家に吸収されるのも致し方なしと思いつつ、一応王家にダグラス家からの介入を打診して見たところ、『手出し無用。座して待て』の返事だった。
この返事に王家はこのままコートニー家にラビニア領を任せるつもりなのかと思っていたが、カズヤという冒険者のパーティが金鉱の存在を探り当てるどころか、シルチスの膿まで始末してしまった。
ほんの数日の間に民を先導して反乱を起こし、その隙を縫ってミーア男爵を脱出させる。
金鉱の存在を明るみに出してしまった事で、虎視眈々と漁夫の利を狙っていた近隣の小領主達は互いにけん制し合い、領主不在の空白地帯にも関わらずかえって手が出しづらくなってしまった。
只の冒険者とは思えぬ実に鮮やかな手並みであった。
すべて計算の内なら稀代の策略家であるが、偶然の結果なら末恐ろしい。
風魔法の使い手として名高いソフィア、カタロニア帝国の忘れ形見アリシア、そして転生者のカズヤ。
驚くほどに多彩な顔ぶれだ。
ソラリス神の祝福持ちをエルフ側に引き込みたいというのは分かるが、いくら剣の腕が立つと言っても所詮は個人、全体の戦局に影響を与えるものではない。
気まぐれな一人の英雄より統制のとれた千人の軍隊の方が役に立つ。
今日も代理人を寄こせばそれで済むものを、あのカーラ殿本人が翼竜に乗って王都からわざわざのお越しだ。
この冒険者に対するカーラ殿の入れ込みようは尋常ではない。
何かがある。
私がエルフ秘蔵っ子のカズヤと交流を持つことをあっさり認めた。
カーラ殿にとっては、それも予定の内なのであろうか?
「伯爵様、到着いたしました」
「よし、行こう」
≪カズヤ≫
「てへっ、来ちゃった♡」
「カズヤ、あんたナニ言ってんの?」
「エリカ、これはだな、決して来たくは無かったのに、来てしまったという俺の残念な気持ちを滑稽に表現してみた」
「まだグズグズ言ってんの?いい加減諦めなさいよ。だいたい、カズヤがここで良いって言ったんじゃない」
「その通りだが、バンジージャンプもいざ踏み台に立つと心が萎えるというもの。魔境を目の前にして逃げたくなるのは当然じゃないか。それにこの状況をなんとか出来そうな選択肢がそれしか無かった」
元女官長マーサの村を出発した俺達は北へ向かった。
ラビニア家を金銭的にも軍事的にも支援でき場所も近く、コートニー家やサンドラ家、その他領主の干渉を抑えられる力を持った貴族に知り合いはいないかとソフィに尋ねたら・・・。
パトリック・ダグラス・バイウム辺境伯。
聞いただけで逃げたくなるようなゴツイ名前が出てきた。
バルト王国に辺境伯と呼ばれる人は三人いて、魔境との防衛線を北西、真北、北東に分けて守っている。
北西はカタロニア、北東はシルチスと接していて、そちらの外交、防衛に兵力を割かなくてはならないので、真ん中のバイウム辺境伯が魔境専門の担当者という事になる。
バルト王国最大の領地を持ち、魔境と接しているので常に臨戦状態、魔境からの戦利品、略奪品で交易も活発、軍事的にも経済的にも独立している王国最強の貴族。
ミーアお嬢様の付き添いとは言え、こんな人に会わなきゃいけないなんて・・・。
ああ、眩暈がしてきた・・・。
「魔境って言っても、そのお屋敷からは一日以上の距離があるんでしょ?」
「一日も有ると思うか、一日しか無いと思うか、それが問題だ」
すでにバイウム領に入ってはいるが、領都の手前の村で一休みして、その辺をぶらぶらしながらエリカと話をしている。
大貴族様の家にアポも取らずに押しかけるのは大変非常識なのだそうで、ソフィに先触れの使者として先行してもらった。
ソフィの美貌にメロメロになってくれればハナシが早いのだが・・・。
「ナニよそれ、コップの中に水が半分入ってます。どう思いますか?自己啓発みたいな事言ってさ」
「俺、今朝の占いで、北の方角は凶、ラッキーアイテムは花柄のスカート、おしゃれなカフェで素敵な出会いがあるかも、って言われたんだよな」
「あらそう。花柄のスカート貸してあげようか?」
「頼むよ。ダンディなお髭のおじさまに誘われたらどうしよう?断れないかも」
「・・・」
「・・・」
「この会話、まだカズヤのボケに乗っかり続けなきゃいけないの?」
「いや、もう充分だ。とにかくだな、何て言うか、壁のふちに立たされて、『押すな、押すな、絶対に押すなよ!』って叫んでる気分なんだ」
「三回目に押せばいいのよね?」
「そう!まさにそれ!そうなりそうで怖いんだよ」
「私はせっかくここまで来たんだから、ちょっと見てみたいって気がするけどな」
「崖の上からつま先立ちで谷底覗き込むようなモンだと思うが」
「あんた、さっきから例え方が上手いわね」
「今日の俺、冴えてるかも。いや、真面目な話、なんかおかしいんだよ、嫌な感じがするっていうか・・・」
「おかしいって?」
「追手の気配がない」
「馬車は全然違う場所に捨てたし、間違った方向に足跡も付けてきたから、そっちを調べているんじゃないの?」
「いや、それにしても何も無さすぎる。結局一週間あの村に長逗留したんだ。シグナスと腰巾着の数人だけで追って来ているなら、見当違いの場所でウロウロしているのかもしれないが、俺だったら本領に使いを飛ばして応援を頼む。人海戦術でその辺の村人にかたっぱしから尋ねまくれば行先は知れる」
ミーアお嬢様の回復を待つ間、交代で偵察に出て追手を警戒した。
離れた場所に偽の足跡を作り時間を稼いだ。
「ラビニア領で失敗した事をお父さんに知られたくなくて、自分だけで見つけようとしてるのかも。素直に非を認めて助けを求めるような性格じゃなさそうだし」
遅くとも三日目には何かあるだろうと思っていた俺の予想は外れ、何事も無く一週間が過ぎた。
アリスが付きっきりで看病したおかげで、全快とは言えないが、残りの旅程に耐えられる程度には回復した。
もう少し休んでいたかったが、追撃がまるで無いのも気になるし、いつまでもラビニア領を統治者不在のままにしておくわけにはいかなかった。
「確かにそれは言える。けれど、あの騒ぎで故郷に逃げ戻った手下や徴兵組が何人かはいるはずだ。騒動の話は必ずコートニー家の当主に届く。逃げたミーアさんが何処かの領主か、最悪、王家に助けを求めればコートニー家は言い訳できなくなる。是が非でもミーアさんを取り戻したいはずだ。それなのに影も形も無い。絶対おかしい」
アリスとミーアさんはすっかり打ち解けて仲良くなった。
今も二人は小声で話し、不意に俺と目が合うと思わせぶりに目を逸らして笑い転げている。
ナニ話してるんだろう。
スゲー気になる。
「来る途中、落とし穴掘ったりとか、木にロープを結んだりとか、いっぱい仕掛けたもんね」
「うむ、このクソ寒い中、冷えて硬くなった土を一生懸命掘ったんだ。穴に落ちたヤツを見下ろして笑いたかった・・・。それは冗談として」
「それ本音でしょ」
「追手の気配は無い。だけど、ずっと誰かに見られているような気がするんだよなあ。首筋の辺りがチクチクするような・・・」
「気にし過ぎのような気がするけれど、カズヤがそこまで言うなら予定変更する?」
「いや、辺境伯様とは大物過ぎて吐き気がしそうだが、ソフィの御推薦だから間違いはないんだろうし、もう先触れの使者として行かせちゃったしな。今更、『やっぱ、やーめた』は出来ないよ」
「そうね、もうそろそろ出発しても良いんじゃない?」
「そうだな、行こうか」
バイウム領都に馬車が近づき街並が見えてきた。
遠くからでも分かる程、街の規模はマラガより格段に広く栄えている。
最前線に位置する街とは思えないほど賑やかだが、建物の二階部分と屋根には必ずベランダというかバルコニーがあって、等間隔に狭い隙間の空いた手すりが付けられている。
これは矢狭間という物で、敵が侵攻してきた際に障害物を盾としながら頭上から矢を射かけられるようになっている。
商店街の大通りと言えども、真っ直ぐで長い道は無く、所々で折れ曲がり水路に渡された橋の上を通るようになっている。
つまり、有事の際には橋が落とされ、街の商店や工房、民家に至るまでが防衛拠点となり、街全体が巨大な軍事要塞として使えるようになっている。
街を歩く冒険者や兵隊の割合はマラガより遥かに多い。
万事之常在戦場の要塞都市。
「えーっと、どうすりゃいいのかな?」
目の前には、水堀と高塀に囲まれた黒鋼の城。
いや冗談では無く、たぶん壁材に使っている石の種類なのだろうが、ホントに黒光りしているのだ。
威圧してくる分厚い正門の向こう側からマジで超合金ロボットが飛んで行きそう。
あちらこちらから見張り用の尖塔がニョキニョキ突き出している。
こっちの世界に来てから初めて見たお城っぽいお城。
「叫んでみたら?」
俺の隣でエリカがお城を見上げながら言う。
「たのもーーーっ!」
見張り塔からこちらを見下ろしている兵隊は微動だにしない。
返事が無い、只の屍のようだ。
「カズヤ、こっち、こっち!」
右側の向こうからソフィが呼んでいる。
門番の冷たい視線を浴びながら回れ右して壁沿いに馬車を走らせる。
もっと早く教えてくれれば良いのに・・・。
裏口の通用門を通り城内に入った。
衛兵に睨まれながら長く寒い廊下を進む。
彫刻の施された大きな扉の部屋に案内された。
俺の感覚だと会社の大会議室くらいの広さ。
大きな暖炉の中で薪が勢いよく燃えている。
並んだ窓からは午後の陽射しが強く差し込んでいる。
中央に片側十人以上は座れそうな長机。
両端に座った人が会話するには叫ばなきゃだめだな。
壁際には値段の分からない調度品の入った飾り棚。
豪華絢爛な派手さは無いが、一つ一つが高級品なのは俺にも分かる。
薔薇組も落ち着きなくキョロキョロしている。
それでも少しほっとしている。
正面にでかい椅子が置いてある謁見の間に通されたらどうしようかと思っていた。
「お待たせした」
隣室に続くドアが開き、壮年の男性と二人の青年が入って来た。
おそらく一番偉そうなのが辺境伯、後ろに控えている二人はどことなく顔立ちが似ているので息子だろう。
三人共、若干赤みの入った深い焦げ茶色の裾の長い上着を着ている。
分かり易く言うと応援団長の着る詰襟の長ラン。
これにストレートのズボンが、この世界の男性のフォーマルな服装らしい。
ピチピチ白タイツでなくて本当に良かった。
浅黒い肌に引き締まった唇。
一言放ち、こちらの出方を伺っている。
「この度は急な訪問にも関わらずお会い頂きありがとうございます」
ミーアさんが一歩前に進み話し始める。
「ラビニア男爵家のミーアと申します。先代当主が急逝し私の他に後を継ぐ者がおらず、女の身でありますが家督を継ぐことになりました。訳ありまして継爵の御挨拶が遅れた事お詫び申し上げます」
「お父上とは王宮の儀典式で挨拶を交わす程度であったが、堅実な領地運営をされる方だと聞いていた。遅ればせながらお悔み申し上げる」
「本日は図々しくもダグラス辺境伯にお願いがあって参りました。私が至らぬばかりに領内に悪い虫を呼び寄せ領民を苦しませることになってしまいました。浅はかにも自分の力でどうにかしようと足掻きましたが、状況は悪化の一途をたどり浅学菲才を思い知らされるばかりでした。特にコートニー家とは些細な行き違いで関係が悪化しております。事ここに至っては辺境伯のお力にすがるしかなく、厚かましくも助力を求めに参りました。お引き受け頂ければダグラス一門の末席に加わり、ラビニア家末代に渡ってダグラス家の矢となり盾となります。どうか私の後見人となって頂きお導きください。何卒宜しくお願い致します」
言い回しがなかなか面白い。
叙任式で王に誓う言葉が『剣となり盾となり』であるから、一段下がって派閥の長には『矢となり盾となり』と宣誓しているのだ。
「ふむ・・・。ラビニア家の窮状については私の耳にも届いている。当家としても何か力添えできれば良いと思っていたのだが・・・。ところで、ソフィア殿とは懇意にさせて頂いているが、他は初めてのはずだな?」
辺境伯が壁際に並んだ俺達に目を向ける。
「ご紹介遅れまして申し訳ございません。ここに来るまでの道中、護衛を頼んだ者達でございます。ソフィア殿は御存知のようですが、リーダーのカズヤ殿を始め無名の冒険者とは思えぬほどの働きぶりを示してくれました。彼等の助け無くして、今ここに私はいないでしょう」
「ほう・・・、それではカズヤ殿、今回の件、どう思うか?」
「へ?俺・・・いや、私ですか?」
どういう事だ?
何故、俺に話を振る?
ここに来る前、ミーアお嬢様とダグラス辺境伯の会談に同席できるのはお嬢様のお付きとしてソフィ一人、良くて俺の追加が許されるだけだろうとソフィと話していた。
ミーアさんは苦境を共にしたことで俺達全員に親しみを持っているが、辺境伯から見れば只の名の知れぬ護衛でしかない。
貴族同士の面会、それも今後数十年に渡る約束事を話す場所に家臣でもない者の同席を認めるなど常識的に考えてもあり得ない。
正直、ソフィ以外は控室で待たされるだろうと思っていたが、薔薇組まで入室を許され、流れる様に会談が始まってしまい撤退のタイミングを逸してしまった。
「うむ、ラビニア領に金鉱が見つかった事はすでに風の噂となって広まっている。ここでダグラス家が手を出すのは、火中の栗を拾うようなもの、得より損のほうが大きいと思われるが?」
第三者的に見れば、俺はミーアさんに雇われたその場限りのアルバイト護衛にしかすぎない。
そのバイト君が、オフレコの裏側ならともかく、会社の重要取引に『やった方が良い』とか『やめた方が良い』などと取引先の社長に面と向かって意見するのは、どう考えたっておかしい。
どういうつもりだ?
「私は平民で一介の冒険者です。ミーア男爵様の旅の護衛を務めさせて頂いただけでございます。身の程知らずに貴族家の約束事に口を挟むのは控えさせて頂きます」
ソフィではなく俺に尋ねてくるこのオッサンの意図が分からない。
「まあ、そう堅苦しく言うな。それを承知であえて聞きたいのだ。冒険者はあちらこちらと旅をしていて見識が広い。特に転生者達は不思議と皆教養が高いと聞く。どう思うか?」
教養が高い?
こっちのヒトにはそんな風に感じるのかな?
「そこまで言われるのなら、恐縮ですが発言させて頂きます。金鉱については王家に預けてしまうのが宜しいかと存じます」
ソフィが先触れとして辺境伯に面会を求めた際に訪問の目的は伝えてある。
ミーアさんとの面会に応じたという事は、引き受ける気があるという事だ。
無ければ、家宰か息子あたりが出て来て『当主は不在にしておりますのでお引き取りください』とそっけなく断られるだけだろう。
それなのに、どうして俺に絡んでくるのか?
「それでは我が方の得が無くなる。何の見返りも無くラビニア家を助けろと言うか?」
「いえ、任せてしまえば他家からの妬みは王家に集中します。そうかと言って、王家に刃向う事も出来ないはず。一方、丸投げされた王家もラビニア領に事務処理官と現場労働者、及び警備部隊を派遣しなければいけませんが、全てを一度に用意するのは手間がかかるはず。王家には形だけの鉱山責任者の椅子を用意し、実務管理の一切合財はダグラス辺境伯様が仕切り、労働者はラビニア家が用意すれば良いでしょう」
このくらいの事は計算済みだと思うんだけどなあ。
「名を捨てて実を取れと?」
「はい」
「ラビニア領の取り分はどうする?」
「辺境伯様の御気持ちだけで充分かと思います」
「どういう事か?」
「金鉱山の採掘が軌道に乗れば、ラビニア領に雇用が生まれ人と金が流れるようになります。治安が回復すれば金鉱だけで無く、元から在る鉄鉱山の労働者も増え、労働者が落とす金をあてにした商人も増え、自ずと税収入も増えます。ラビニア領の経済的な自立が最優先です」
「なるほど、だがコートニー家はどうする?ここまで拗れた仲だ。貴族家としての面子もある。理屈で抑えきれる物ではなかろう。黙ったままでいられるかな?」
なかなか首を縦に振ってくれない。
「その時は力で押さえれば良いだけです。戦費は金鉱から得た利益で充分賄えます」
「結局そうなるか」
「ですが、その時は王家の威光も無視し、再び王国内の和を乱すコートニー家を叩き潰す為の大義名分が成り立つはずです。そしてそれが出来るのがダグラス家かと・・・」
それをして欲しいからこんな所まで来たんだが。
「だが、それもこれも全て上手く運んだ場合だ。当家としては特別な担保が欲しい。私がラビニア家の後見役を引き受けたらカズヤ殿は恩義に感じてくれるかな?」
おかしいぞ。
何故俺を狙い撃ちしてくる?
恩義に感じる?はっきりしない言葉だな。
俺に何をさせたいのか?
それとも俺を餌にしてソフィを釣り上げようって腹か?
そんな単純な性格には見えないが・・・。
「どういう事でしょうか?俺・・・、いや拙者が、いや違った某が、ん?もういいや、俺の気持ちが保証になるとは思えませんが」
「知っての通り我が領は魔境と接している。腕の良い冒険者は常に欲している」
「つまり俺達に、ダグラス辺境伯の子飼いになれと?」
ソフィは別として、俺のパーティより腕の良い奴等はいっぱいいる。
使い捨てにしても惜しくない駒を探しているのか?
それならこんな妙な取引めいた事をしなくても、細部を知らせずに何処かの誰かを報酬で釣れば良いだけだが・・・。
「いや、そこまでは言っていない。私に借りがあると思ってくれれば良いのだ」
どういう事だ?
話の論点がすり替わっている。
借りがあるのはラビニア家であって俺ではない。
何が狙いだ?
精神的な約束を求めてくるなんて、悪魔と魂の契約を結ぶような気がしてきた。
話の成り行きがおかしい。
なぜ俺の言質を取りたがる?
着地点が見えない。
「やっぱヤメた」
「何だと?」
「ソフィ、帰ろう。ミーアさん、作戦変更です」
「待て、待て、いったいどうするつもりだ?」
難癖つけてきたワリには慌てているな。
俺達じゃなきゃダメな何かがあるのか?
ワカラン。
「そこら中の領主に片っぱしから金鉱を餌に声を掛けて、お互いの友好関係をぐちゃぐちゃに掻き回します。そういうの得意なんですよね。ラビニア領の争奪戦が起きるでしょう。ひょっとしたら内乱状態になるかも」
「そんな事をしたら貴様もどうなるか分からんぞ」
「ダグラス家に素気無くされた小領が他の領主を頼るのは当然でしょう?程良く煮詰まったところで王家に仲裁を求めます。ですが、事の発端となったダグラス家の対応を王家はどう受け取るでしょうか?死なば諸共って知ってます?」
「ダグラス家は長きに渡り王家から特別の信頼を得ている。そう簡単にはいかんぞ?」
さすが大物貴族、眼力が違う。
怖い、怖い。
視線のビームで顔に穴が空きそう。
ここで謝ったら許して貰えるかな?
「さあ、どうですかね?モノは試しと言うし、やってみなきゃ分からないでしょう。ミーアお嬢様は実質自分の領地を追われた身、そして俺は只の冒険者。失う物はありません。いっその事、カタロニアあたりに逃げるのも良いかも」
実を言うと、失う物があったりするんだよなあ。
マラガの屋敷よサヨウナラ。
トホホ・・・。
「モノは試しだと?どうして同じような言い回しを・・・、いや、何をバカな事を」
ダンディなおじ様が目に見えてはっきりと焦り始めた。
俺と辺境伯とのチキンレースだ。
どっちが目隠ししたまま崖っ淵まで近づけるかの度胸試し。
まだまだ煽るぞ。
もう後には引けない。
「それよりも、このまま王家に・・・。ソフィ、そう言えば王都にいるエルフの偉い人がソフィの師匠だって言ってたっけ?そっちにお願いしに行こうか?その後、みんなでエルフの郷に旅行するのも悪くないね」
「王都のエルフだと?いかん!待て、ちょっと落ち着け!」
おや?反応が違うぞ?
王都に直行されるのは嫌か?
「辺境伯様の貴重なお時間を無駄にしてしまい誠に申し訳ございませんでした。さ、行こう。王都に観光旅行だ」
ミーアさんは辺境伯よりも俺達を選んだようで、ためらい無く辺境伯に背を向けた。
意外と胆が据わってるな。
薔薇組が『王都って行ってみたかったんだよねー』などと悪ノリしながら歩き出す。
良いぞ、良いぞ、分かってるじゃないか薔薇の女子。
ツーと言えばカーでございますな。
両開きの扉を開け放ち振り返る。
「それでは失礼しました」
「待て、待ってくれ!済まなかった。謝る、謝るから!」
「辺境伯様、謝って頂く必要はありません。無茶なお願いをしに来た俺達が悪いんです」
「とにかく席についてくれ。強引だったのは認める。戻ってくれ、すまん!」
ダグラス辺境伯が退いた。
これ以上ゴネるのは辺境伯の顔に泥を塗ることになる。
こっちもこの辺が退き時だろう。
ドキドキで俺の心臓が破裂しそうだし。
「では、改めて話し合いをしましょう」
「ふう・・・、座ってくれ。おい、お茶の用意をしてくれ」
長机に据えられている椅子を引いてミーアさんを座らせる。
俺達も座って良いのかな?
「構わんよ、皆、遠慮なく座ってくれ」
成り行きで辺境伯の目の前に座ってしまった。
すげー居心地が悪い。
「こちらこそ試すような事をして申し訳ありません。辺境伯様の真意を計りかねたので」
「カズヤ殿に興味があったのは事実だ。ラビニア領の事は、かなり以前から手の者に監視させて報告を受けていた。ミーア男爵には分かって頂けると思うが、貴族間での立ち位置や縄張りがあって積極的に手助けするわけにはいかなかったのだ。それを突然現れた冒険者の一団がぶち壊し、ミーア男爵を救い出してしまった。見事であった」
「ですが、辺境伯様の言う通りぶち壊しただけですよ?」
「いや、こちらも金鉱の存在、カリウス子爵の関与まで掴めていなかった。並の冒険者であったら、コートニー家の思惑通り罠に飛び込んでいただろう。そうなったら、手出しが出来なくなっていた」
「思いつくことを手当たり次第にやったら偶然上手くいっただけですよ。過大評価ではないですかねぇ」
ぶっちゃけ、滅茶苦茶にしてきたから辺境伯様に丸投げするしかないのだ。
「そうか、偶然か・・・、まあ良い。先も言った通り我が領地は魔境に接している。当地に縛り付けるつもりは毛頭無いが、いざという時の為に腕の良い冒険者とは懇意にしておきたい。泡良く手駒に取り込めればという気持ちもあったので、強引な話しぶりになってしまった。許して欲しい」
「まあ、そういうことなら・・・、俺も、いや、吾輩?小生?」
「無理せんで良い」
「俺も失礼な事ばかり言い過ぎました。すいません」
ホントにそれだけか?
なんか釈然としないが、これ以上追及しても藪蛇な感じがする。
魔境フラグが立ったような気もするが、用が済んだらさっさとお暇して深く考えないようにしよう。
「後見人の件だが、引き受けよう。仔細は王家と詰めるが悪いようにはせん。それで良いな?」
「お任せします」
ほっとしたようにミーアさんが応えた。
ゆらりと横に倒れそうになったので支えた。
「おい、エド」
「はい」
辺境伯に呼ばれ、後ろに控えていた二人の息子の内の一人が進み出る。
「三男のエドワードだ。部隊をまとめてラビニア領に向かえ。治安を回復せよ」
「承知しました」
それだけの短いやり取りだけで部屋を出て行った。
ハナシが早すぎる。
やっぱり始めから引き受けるつもりで打ち合わせしてあったな。
「ミーア男爵は体調がすぐれぬようだ。今まで領地の事が気がかりで心労続きであっただろう。全快するまでゆっくりしていくと良い。カズヤ殿達にも部屋を用意させる。冬の最中、帰りを急ぐ事もあるまい。滞在中は遠慮無用だ。入用な物があったら言ってくれ、手配させる」
「いえ、俺達は・・・、その・・・、お世話になります」
ぎろりと睨まれたので慌てて言い直した。
まあ、ミーアさんを放ったらかして帰るわけにもいかない。
しょうがないか。
「まだ全員の名前を聞いていない。教えてくれるか?」
端から順に立ち上がって名乗っていく。
「マラガのアリスと申します。未だ修行中の身でありますが、マラガの教会にてテティス神のお導きに従い回復師をしております。どうかお見知りおきを」
「マラガの教会というとロバート司教殿かな?」
ロバート司教も有名人だな。
「はい。ご教示をいただいております」
「そうか、マラガに帰ったらバイウム領のダグラスがよろしく言っていたと伝えてくれ」
「はい」
「ところで、アリス殿の生まれはどちらかな?西の方の血が入っているように見えるが」
「その・・・、私は・・・、カタロニアの政変で家を失い逃げ落ちたところでカズヤと出会い、その後、ロバート司教に拾って頂きました」
アリスが僅かに躊躇し、眼を伏せて答えた。
世間話のつもりだろうが、俺のアリスを泣かせると許さんぞ。
「ほう、そうであったか。辛い事を聞いてしまったな。許して欲しい」
「いえ・・・」
アリス以外は頷くだけで素通りだった。
やっぱしカタロニアから逃げてきたってのは珍しいんだろうか?
やけに喰いついていたな。
「夕食の準備ができたら呼びに行かせる。旅の話など聞かせて欲しい」
来た時と同じように辺境伯が大股でズカズカと部屋を出て行った途端、ソフィに腕を掴まれた。
「ちょっとカズヤ、やりすぎよ。冷や冷やしたじゃない」
「ごめん、ソフィ。でもさ、おかしいと思わなかった?ミーアさんはまだ若いし経験も無い。でも目の前にいる領主の頭越しに話を進めるかな?俺がラビニア家に古くから仕えている重臣や分家当主だっていうならまだ分かる。悪く言えば俺達はその場限りの雇われ者だ。この一件が片付けば俺達はもうミーアさんと会わないかも知れないし、ひょっとしたら、ダグラス家とラビニア家の敵に回る事だってあるかも知れない。そんな奴にこんな大事な話をするかな?」
「そうね・・・、ちょっとカズヤに拘り過ぎていたような気がするけど、転生者が珍しいんじゃないの?」
「そうかなあ・・・、あの感じじゃ、おそらく俺達が来る前からラビニア家への対応は決めてあったはずだ。気になるんだよなあ・・・、まあいいや、もう終わったし、後の事は辺境伯に任せるさ」
「そうしましょう。ところでカズヤ、夕食に招待されたけど・・・」
「うん」
「ちゃんとした服は持ってきてる?」
「いつものヤツなら」
「だと思った。それじゃダメよ、辺境伯は堅苦しい人じゃないけど、いくらなんでも最初の夕食会だけはちゃんとしないと。私が侍従長に何かないか聞いてくるから」
「えーーーっ!いつもの中から一番まともなヤツを選ぶから、それで良いじゃん!」
「ダメ」
「あ~あ、ホント、来るんじゃなかったよ」




