第59話 ラビニア紛争
バルト王国の北部地域に属するラビニア領。
まだ陽の登りきらぬ早朝の領主街を抜け出す。
呼吸をする度に煙の様に白い吐息が北風に流されて行く。
体の中の魔力を循環させ身体能力を向上させる。
ラビニア領北西部の丘陵地帯を目指して足を踏み出す。
昨夜の雪は足首が埋まる程度で降り止んだらしい。
足元の雪を踏み散らしてひた駆ける。
小一時間程走り、上った陽の明かりが積雪を溶かしはじめた頃、道の向こうに目的地が見えた。
標高の低い山が重なり合うラビニア領の丘陵地帯。
奥へと入る谷間の入口に数軒の屋根が見える。
家の煙突から煙は出ていない。
この集落を仮の寝床とする労働者達は正月休みで自分の家に帰っている。
現在この付近に人は居ない事になっているが、木の影、建物の影に隠れ、人の気配を探りながら、慎重に谷間に分け入って行く。
樹木がはぎ取られ、岩肌が剥き出しになった山の斜面。
そこに山の中へと続く薄暗い穴が開いている。
自然に出来た洞窟では無い。
人の手で削られ木材の枠組みで補強された坑道。
ここはラビニア領が擁する鉱山地帯。
この鉱脈からとれる鉄鉱石がラビニア領の主な財源となっている。
いくつかの坑道入口を通り過ぎて、蛇行する谷間のさらに奥へ向かう。
入口にロープが張られ、荷車や木箱がバリケード代わりに置かれた坑道が現れた。
障害物を崩さぬよう慎重にロープと荷車の隙間を通り抜け、そっと穴の中へ入る。
暗闇の中、覆いをかけて明かりを弱めたカンテラを片手に持ち、身体強化で視力に補正をかけて坑道に潜る。
横幅のある大きな部屋、壁沿いに階段が作り付けられた縦に深い部屋、作業道具や生活用品が置かれた休憩部屋、大小様々な部屋を通過する。
しばらく進むと通路が岩で塞がれた場所に行き当たった。
ここが街の労働者から教えられた落盤箇所らしい。
カンテラの覆いを外して持ち上げ、周囲を観察する。
照らされた岩場の様子は不自然さで満ち満ちている。
素人の俺が見ただけでも人為的な作為性が溢れている。
大きな岩が落ちていると言うよりは置かれている。
大きな岩が塞いでいると言うよりは積まれている。
天井を見上げても崩落した痕は見えない。
右上の天井付近には大きな隙間が開いている。
そこを目指して岩場に足を掛けて昇る。
正面からでは分かり辛いが、近づいてみると隙間まで階段状に岩が配置されている。
登り切った先の隙間は人が四つん這いで通れるように石で組み上げられ、外側から分からないように木材で補強されている。
息を止めて耳を澄ます。
向こう側に人の気配は感じられない。
体を低くして穴の中に入る。
通り抜けた先の通路にほのかな明かりが見えた。
カンテラの灯を落として足を踏み出す。
進むほどに明かりは強くなっていく。
突き当りの角を曲がる。
明かりの正体は壁に据え付けられたランプだった。
この坑道はラビニア家の次男が巻き込まれた落盤事故で立ち入り禁止になっている。
誰もいないはずの坑道の中、岩壁に掛けられたランプが辺りを照らしている。
足音を忍ばせ、周囲に気を配りながらさらに奥へと進む。
奥へ行くにしたがい、木箱、木桶、廃材、作業道具、人の活動を示す物が壁際に置かれるようになってきた。
通路の先、横穴から伸びる支道の先から人の話し声が聞こえてくる。
雑然と積み上げられた廃材と土砂の影に隠れながら近づく。
粗く削られた岩肌の隙間に体を押し込んで様子を伺う。
支道の突き当りには五人の男。
拳大の分銅が横棒の一端に吊り下げられた計量器。
木製の作業台の上に置かれた天秤。
椅子に座った男が拡大鏡を覗きこみながら机の上の何かをピンセットで選り分けている。
もう一人の男は、小型のハンマーで割られた石の断面をランプの明かりで照らしている。
「含有量が・・・」
息を殺して聞き耳を立てる。
「純度の高い・・・」
男達の低い声が岩壁に反響して濁る。
「計画を前倒し・・・」
男達に踏まれた砂利の軋み音と衣擦れの音がうるさい。
「カリウス子爵に報告・・・」
カリウス子爵?
カリウス子爵って何処かで・・・。
そういう事か・・・、なるほど、よく考えてある。
おおよその全体像が見えてきた。
椅子に座っていた男が机の上の物を丁寧にまとめてカバンの中にしまう。
他の男達にいくつか指示を出すとおもむろに立ち上がり、こちらへ歩き出した。
ダ、ダンボール!ダンボール箱は何処?
有るワケは無いので目に付いた木箱の中にひらりと飛び込みフタを閉める。
板の隙間から息を潜めて男が通り過ぎるのを待つ。
ある程度足音が遠ざかってから、木箱を頭からかぶり直し男の後を追った。
見た目はヘンだが、木箱に守られてる感じがして意外と落ち着く。
気に入っちゃった。
「盟主様『【異世界】歌って踊ってみた【純潔の薔薇】』は概ね成功でした。急ごしらえの舞台でしたが、住民の方はもちろん、傭兵部隊の方々は舌を垂らした犬の様に食いついていました」
外から戻って来たサナエさんが脱いだ外套を椅子の背に掛けている。
「そっか、ご苦労さん。俺も見たかったな。それで、お土産は渡せた?」
夕暮れが近いラビニア領、宿代わりに一時拝借している民家の中。
薔薇組はサナエPの徹夜稽古からの舞台公演がよほどこたえたのか、家に戻って来るなり、肘掛け椅子や床の上に敷いた毛皮の上に倒れ込んで、そのまま真っ白な灰になってしまった。
時折、唸り声と共に顔を上げたかと思うと虚ろな目で天井の一角を見つめて、またパタリと崩れ落ちる。
明日の朝にはゾンビになってるかも。
「はい、やはりミーア様に直接会うことは出来ませんでしたが、御用商人のノクトさんに口添えして頂いて館の中で家宰のかたに受け取ってもらえました」
「シグナスのお目付け役には会えた?」
「姿を見ただけです。私が偽の届け物を渡しているところを後ろの方で黙って見ているだけでした」
有閑マダム風に腰の辺りを膨らませ、落ち着いた色合いのドレスを着ているサナエさん。
いつもと違うエロさが漂う。
「サナエさんはどう思った?」
「言葉を交わすことは出来ませんでしたが、転生者臭いですね」
「ふーん、そうか・・・」
「ねえ、カズヤ。ソフィアさんだけじゃなくて、私達もミーア様を助けに来たって向こうは知っているのよね?」
長椅子に寝そべったエリカが、だるそうに顔だけをこちらに回して聞いてくる。
そろそろ人間に戻ったほうが良くないか?
「知っているだろうな、実際、今も斜め向かいの家に監視役の手下が二人張り付いているし」
「ウソ!どこどこ?」
敵に見張られているというサスペンス映画みたいな状況に興奮したエリカが跳ね起きる。
「エリカ、見たらダメだってば、知らんぷりして」
家のカーテンを引いて外を見ようとするエリカの袖を掴んで引き留めた。
自分が監視されている事実に好奇心を抑え切れないエリカの気持ちは分かる。
偉そうに言う俺もこの家の周りでチョロチョロしている奴を発見した時は興奮して、『ダルマさんが転んだ』ゴッコでからかって遊んでしまったのだ。
「そ、そっか、うう、そう言われると余計気になる・・・。それならさ、私達が音楽団のフリなんかしても無駄なんじゃないの?」
エリカ、窓の外を気にし過ぎて目玉の位置が左端で固定されているから、戻らなくなる前に直しておけ。
「いや、そうでもない。俺達がそういう行動をしていれば、奴等は『俺達がまだ目的を知られていないと思って偽装している』あるいは『正体を知られているのを分かっているが、それを悟られたくない、または何か別の狙いがあって、あえて偽装を続けている』の二択を強いられる。それで迷いが生じるし、どっちに転んでも良いように余計に人手と思考を割かなければならなくなる」
「ん?ん?知っているのに知らないフリ?知っているのに知らないフリを知られていないフリ?分かんなくなってきちゃった・・・」
そう言って、エリカは力尽きたようにパタリと長椅子に寝そべった。
「まあ、分かり易く言うとだな、今の俺達は向こうに先手を取られた状態だから、少しでも対等に持って行きたいんだ。シグナス達に『あの冒険者達は「可愛い女の子を踊らせて」ナニをするつもりなんだろう?』って勘ぐって混乱して欲しいワケだ」
「か、可愛い?そ、そうね、ナルホド」
お、復活した。
「カズヤさんはエリカの操縦の仕方が上手くなってきましたね」
ユカリがユキコの耳に口を寄せて囁く。
「最近、エリカが馬鹿になってきてないか?」
口元を手で隠したユキコが囁き返す。
「恋する乙女ってやつじゃないのかな?」
ナオミが顔を近づけてコソコソ話す。
「それとさ、届け物の中に隠して入れた手紙には何て書いてあったの?カズヤ、『日本語』で書いていたよね。ミーア様は『日本語』が読めるの?」
サナエさんが商会からの預かり物と称して渡したダミープレゼント。
もちろんミーア様に面会する口実として用意した物であって、本当に預かった届け物では無い。
中身はソフィとアリスが死蔵していた衣類や布地、旅の途中で見つけたガラクタ、どうでも良いモノばかりだが、その衣類のポケットの中に、俺が『日本語』で書いたお手紙を忍ばせておいた。
「まさか、読めるわけ無いだろ」
「じゃあ、どうして?」
「昨日ソフィがシグナスの傍にくっ付いていた男を『転生者のような気がする』って言っていただろ。だから試してみたんだ。当然シグナス達はサナエさんからの届け物をミーアさんに渡す前に、何か特別なモノが入っているかも知れないと思って検閲・・・、つまり調べるだろ?その時、服のポケットの中から手紙がみつかる。さて、シグナス達はどう思うでしょうか?」
「私達からの脱出計画の指示?」
エリカが身を乗り出してテーブルの上に置いてあった焼き菓子を摘まむ。
暖炉の中の薪が爆ぜて乾いた音が響く。
俺が椅子代わりにしている尻の下の木箱が震えた。
「そそ、当然そう思うよな。ところが開けてみると日本語で書いてあるから、こっちの世界の住民であるシグナスには意味不明の紙切れ、だけれども、シグナスのお目付け役が転生者だったのなら読む事ができる」
「うん、そうね。だけど、ミーア様にだって読めないのは、そのシグナスにくっ付いている転生者にも分かってるはずよね?」
「その通り」
「なら何で?」
俺の説明を聞いて受け答えをするエリカが可愛い。
女子高生の家庭教師になったみたいで新鮮。
「普通なら読めない手紙を送って、無駄な事しやがって、くらいに思って投げ捨てて終わりだろうけれど、今は非常事態だ。転生者が現れてからもう四年、いや五年経つ。転生者と親しくしている現地人で日本語を習った人間がいてもおかしくは無い。『いやまさか、でもひょっとして?』『何かの暗号代わりか?』『何かを企んでいる?』そんな感じでイロイロと悩み始めるはずだ」
「うん」
「奴等はミーアさんを問い詰めるが、当然ミーアさんは何の事かさっぱり分からない。ミーアさんには最低でも立会人の担当文官に合わせて、シグナスと結婚させるまでは、五体満足で正常な受け答えが出来る状態でいて貰わなければならないから、暴力的な拷問をする事もできない。故に、奴等はミーアさんが本当に分からないのか、分からない演技をしているのか悩む事になる。さっきも言ったが、奴等に予定通りの道を、自信を持って走らせない事が大事なんだ。分かれ道を作ったり、障害物を置いたりして、速度を落とさせるのが目的。数打ちゃ何か当たるカモって事さ。全部不発だって、それはそれで構わない」
「ふーん、で、手紙には何て書いたの?」
俺の尻の下の木箱からゴトリと音がする。
落ち着きの無い木箱を踵で叩いて黙らせる。
不思議そうにエリカが木箱を凝視している。
そんなに見つめるな、この木箱は恥ずかしがり屋さんだから。
「『やあどうもお久しぶり、ラビニア領のミーア様。先日ご相談いただいた件についてですが、我が雇い主の伯爵様がとても乗り気で全面的に協力することになりました。ついては、近日中に我がブラックウィドウ部隊と領地軍の精鋭部隊を引き連れてお邪魔いたしますので、よろしくネ』ってな事を書いておいた。仮にシグナスのお目付け役が転生者だったとして、これを読んだらどう思う?」
「他の貴族に雇われた転生者がラビニア領の紛争に割り込もうとしている?」
「そういう事だ」
「でもさ、こんなバレバレで、しかも日本語で書かれた手紙を信じるかなあ?」
「さっきも言っただろ。信じなくたっていいのさ、当然、こんなにタイミング良く都合の良い内容のハナシなんかあるワケ無いって思う。その反面、万が一の可能性を百パーセント否定する事も出来ない。こうやっていろんな所で迷いが生じればシグナス側に綻びが生じる確率が高くなる・・・、カモしれないじゃん」
「うーん、そうだけど。ところでさ・・・、カズヤが椅子にしている木箱、中から音が聞こえてくるんだけど」
「今はナイショ。タネ明かしはソフィ達が帰ってきてからするよ。プレゼントの中身は楽しみに取っておいて」
エリカ達とこんな調子でおしゃべりしていたら、戸口から扉の蝶番が鳴る音と踏まれた床板が軋む音が聞こえた。
ゆらりと現れた青白い肌の幽霊が二人・・・、ではなく。
「カ・・・、カズヤ・・・、お風呂・・・、沸かして・・・、もうダメ・・・」
毛糸の帽子と襟巻、厚手の上着に外套の重装備であったが、外気に触れる鼻の頭と耳は真っ赤、それ以外の肌は真っ白、雪ん子状態のソフィとアリスが帰ってきた。
寒さに震えるどころか、入口で凍りついたまま動かない二人。
薔薇組が慌てて暖炉の前に手を引いて行く。
「お、おう。ちょ、ちょっと待ってて」
「早く・・・、お願い・・・」
「うん、分かった」
二人の身に何が起こったのか察した俺は、四の五の言わずに速攻で風呂桶に水をぶち込み、全力の分子振動魔法で湯を沸かした。
って言うか、俺の魔法、ホントに湯沸かし器か電子レンジ扱いだよな。
ナンか違うゾ?
「はあ~、ホントに凍るかと思った」
毛布を頭からかぶったソフィが、お茶の入った湯呑みを両手で包むように持っている。
「シリウスがちょっと頑張り過ぎちゃって、凄かったね」
風呂上りのアリスは暖炉の前で髪を研かしている。
「もういいって言ってるのに、アリスが煽るから・・・」
「えへへ」
ちょっと苦笑い的なアリスの笑顔の破壊力がすごい。
「はい、お茶飲んで暖まって。どう?立会人の役人は見つかった?」
差し出してきたソフィのコップにお替りを薬缶から注ぐ。
「いいえ、途中の村でそれらしい人物を見かけなかったか聞いてみたけど、特に目立つような人は通っていないみたい」
「ふーん、まだそこまで近づいていないか、それとも違う道を使ったのかな?」
「道は間違ってないはず。雪が降ってるのに隠れて足場の悪い裏道を選ぶ理由が無いもの」
暖炉の中にソフィが薪を次々と追加している。
入れ過ぎだってば。
「それじゃあ、まだ三日は余裕があると思って良いかな?」
「四日ね、なんだか景色が変な流れ方をするくらいの速さだったわ」
「そ、そうか・・・」
真冬の最中、高速道路を薄着のままバイクで疾走したようなもんだ。
心中お察しいたします。
それにしても、俺が思うにこの謎異世界で一番の不思議はシリウスだな。
「それでカズヤは何してたの?随分朝早くから出て行ったけど」
ようやく火の勢いに満足したソフィが、肩にかかった髪を払いながら椅子に座り直す
「うん、ラビニア家の次男が遭った落盤事故の現場を見に行ってきた。領主一族のお母さんと三男は病死、長男が落馬、次男が落盤事故、お父さんが心労。この中でどれが一番細工しやすいかと考えてみた。落馬か落盤が有力候補だけれども、鉱山の労働者が、ガラの悪いヤツ等をその坑道の近くで見かけた事があるって言っていたから。ナンか有るかも知れないと思って行ってみたんだ」
「それでどうだったの?」
「答えはコレ」
足元から持ち上げたカバンをひっくり返して、中身をテーブルの上にぶちまける。
拳大の岩、砕かれた石ころ、そして砂利。
テーブルから転がり落ちた石が爪先に当たる。
「ナニこれ?この砂利がどうかした・・・、金・・・、金鉱石!?」
岩の表面に地の底で熱せられて溶けた金がへばりついている。
それを指で摘まんだソフィが目の近くに持ち上げて、裏表をひっくり返しながら見つめる。
テーブルの上に薄く広がった砂埃にはキラキラ光る粒が混じっている。
「そう、今回の騒動のそもそもの原因がコレだったんだ。コートニー家は金塊に目が眩んだってワケ。街に戻ってきてから改めて鉱山労働者に聞いてまわってみた。そしたら、かなり以前からラビニア家の次男がその坑道を立ち入り禁止にして、側近だけを連れて何かを調べていたんだって」
「そうだったのね・・・」
薔薇組もテーブルの周りに押し寄せ、各々目の先に持ち上げた石ころを舐めるように見ている。
俺もこっちの世界に来てから金、銀、銅に触れる機会が増えたが、精錬される前の金鉱石を目にしたのは初めてだから金貨より物珍しさはあった。
「金脈が見つかったとなれば一大事だ。勝手に入って掘られないように警備も置かなきゃいけないし、ヘタすると王家と共同管理どころか直轄鉱山になるかもしれない。だが上手くやれば不幸続きのラビニア家で一発逆転のチャンスだ。おそらく知っていたのは前領主のお父さんを含めて数人だけのハナシだったに違いない。だけど人の口に戸は建てられないって言うしな。どっかから漏れて、それがコートニー家の耳に入ったんだろう。そこで次男と側近を落盤事故に見せかけて殺す。有力筋の分家も盗賊団騒動で戦死に見せかけて始末して、自分の物にしたいと思った」
「でも、いつまでも金鉱の存在を隠し続ける事は出来ないわ。金脈の見つかった他領と強引に縁組したとなれば、近隣の領主どころか王家が黙っているわけがないわよ?」
「そう、そこでソレを何とかする為のカラクリがコレ」
そう言って、それまでずっと俺が腰かけていた木箱を蹴って横倒しにする。
「ふーーーっ!んっーーーっ!ぬっーーーっ!」
木箱の中から荒縄でぐるぐる巻きに縛られ、猿轡を噛まされた男が転がり出る。
「うるさい」
「んごっ!」
フゴフゴ言って身悶えする男を蹴り飛ばして静かにさせる。
「誰?」
ソフィが訝しげに男を見る。
「ご紹介いたしましょう。このヒトがサンドラ領カリウス子爵の秘密連絡員です」
「サンドラ領のカリウス子爵・・・、ミーアが後見人として頼りにしようとしている貴族よね」
「そそ、そのカリウス子爵。例の落盤事故が起きたと言われている坑道の中に潜ってみたんだ。そしたら、落盤事故に見せかけて通路を塞いでいる場所があったんだけど、人が通れる隙間があったんで、さらに奥へと進んでみた。そこにはこいつを含めて五人の男がいて、掘り出した鉱石を熱心に調べていた。そのうちコイツだけ掘った石ころをカバンに詰めて外に出て行ったから、後を付けて人気の無い森の中で捕まえて事情を聴いてみた」
激しく抵抗していたが、冬山の木に括り付けて冷水をぶっかけて、太腿のあたりを剣でチクチク刺して軽く尋問などしたら、ペラペラ喋ってくれた。
「そいつの役目は、鉱山の調査及び、コートニー家とカリウス子爵の連絡係り。金脈が見つかったのは良いが、質は?量は?将来性は?試験的にあちこち掘って、金の含有量なんかを調べて、この街とカリウス家を往復していたんだ。なあ、そうだよな?」
足元で芋虫状態のまま転がっている男に尋ねると反抗的に睨み返してきた。
自分の立場が分かっていないようだから、もう一回蹴っておこう。
「ちょっと待って・・・。それじゃあ・・・、コートニー家と裏で繋がっているサンドラ家にこのままミーアが助けを求めに行ったら・・・」
「何も知らないまま俺達がミーアさんを救出してサンドラ領まで連れて行く。そうするとカリウス子爵が出て来て困った顔の演技をしながら『分かりました。そこまで言われるのなら、後見役を引き受け、ラビニア領を助けましょう』と応える。意気揚々とカリウス子爵を伴いラビニアの街に戻ったところで、子爵はこう話を切り出す。『コートニー家とラビニア家、隣り合う領地がいつまでも仲違いしているのは双方にとって良くありません。ここはお互い過去の事は水に流して和解しましょう。ここにいるコートニー家のシグナス、そしてラビニア家のミーアは二人とも見目麗しく年齢も近い。結婚して共に領地を立て直していくのが宜しかろう。さあ、いざ、王都からの立会人の元で婚姻の儀式を!』そうカリウス子爵に言われたら、もうミーアさんは断れない。対外的にも、ミーアさんが『わざわざ』『自ら足を運んで』『強く望んだ』後見人であるカリウス子爵の仲立ちがあっての縁組だから、正当性は申し分ない。これで他家からの口出しは抑える事ができる。そして鉱山から採れる金の利権はコートニー家とサンドラ家でウハウハの山分け」
「そういうことね・・・。最初から繋がっていて騒動を起こしたのね。でも、ミーアがサンドラ家のカリウス子爵に助けを求めるとは限らないんじゃない?他の領主に助けを求めたら水の泡よ?」
「それも計画のうちだよ。俺はまだ会っていないが、あの閉じ込められたお姫様が自分でカリウス子爵と密かに連絡を取り合い、後見人の内諾を得てコートニー家に反旗を翻す計画を立てられるような策士とは思えない。おそらくコートニー家が取り込んだラビニア家の家臣に『こういう計画はどうですか?』とお姫様に進言させたんだ。全部コートニー家の仕込みだよ」
改めて気づいたが、俺ってまだ貴族のお姫様に会ってないんだよな。
可愛いのか、美人なのか、助けた俺にチューくらいしてくれるのか、感激のあまり結婚してくれとか言われたらどうしよう。
当初、悪い魔法使いに高い塔の上に閉じ込められたお姫様を、押し寄せる悪漢どもを蹴散らしながらの救出劇を想定していたんだが、展開がかなり即物的で打算的だ。
ファンタジーっぽくない。
「取り込まれたラビニア家の家臣って・・・」
「そう、たぶんアイツ。ここに来る道中様子がおかしかっただろ?ラビニア領の現状とかコートニー軍の規模とか、町に入ってからの計画とか聞いても、あまり話さなかったじゃん。ラビニア領に近づいた途端、一人でどっかに行っちゃって、それっきりだし。忠臣なら、俺達を連れてくるだけじゃなくて、お姫様を脱出させるまで、あれこれ心配して世話を焼くもんじゃないのか?要するに、あいつが命令された仕事は『お姫様を救い出す冒険者』をこの街に連れて来る事だったんだよ。なんかおかしいと思ってたんだよな。そうだろ?あいつがシグナスの手下なんだろ?」
足元で芋虫のように体をくねらせて逃げようとしているカリウス子爵の連絡員に話しかけるが首を縦に頷くとか、横に振るとか何も反応がないので踏んづけた。
「この男はどうするつもり?」
「うーん、どうしようか。もう用は無いし、殺して森の中に捨てて来ちゃおうか」
「私達のハナシを聞かれたし、そうするのが手っ取り早いかしら」
俺とソフィが悪ノリで言うと、床の上に横たわる男が涙目で俺を見ながら、顔を横にぷるぷる震わせた。
ちゃんと意思の表明ができるじゃないか。
「うそうそ、泣かないで。奥の物置にこのままグルグル巻きで放り込んでおけば良いよ。俺の予想だと明日、明後日あたりには状況が大きく動くと思う」
「そうね、でも結局、ミーアは孤立無援ね・・・。仮にこの街から連れ出したとしても、その後は・・・」
「いや、ここに俺達がいるじゃん。コートニー家に嵌められていたとは言え、幼き日の思い出にすがり、数ある冒険者の中からソフィを選んだのが不幸中の幸いどころか最良の選択。まだどん底まで落ちてないよ、まだ巻き返せる」
「そうだけど・・・」
「それでさ、ソフィのファンクラブの中に貴族様はいない?うんと権力のある人がいいな」
「ファンクラブってナニよ・・・」
場を和ませようとした俺の軽口に形の良い唇を尖らせて拗ねるソフィ。
「ごめん、ちょっとふざけただけだから。ソフィに借りがある人とか、昔助けてあげたとか、親しくしていてちょっとしたお願い事を聞いてくれそうなヒトはいないかな?」
ソフィア教の信者の中に絶対大物がいるはずだ。
会員ナンバーの一桁台に王族がいたって俺は驚かないぞ。
「どんなお願いかによるだろうけど・・・、ちょっと親しい程度なら・・・」
ほらほら、俺の予想通りだが、ソフィがその先の言葉を口に出す前に家の扉を叩く音が聞こえた。
「おっと、たぶんお使いの男だ。皆、今のハナシは頭の底に沈めて今まで通りにしてくれ、そいつが何を言っても顔に出して驚くなよ。いけね、エリカ達は机の上のキラキラした危険物を片付けてくれ、俺はこの男を奥の物置に放り込んでくるから。おい、コジロウ、ポケットの中に隠したブツを戻しておけ、ちゃんと分かってるからな」
「音楽団の真似事などやり過ぎではありませんか?かえって目立ってしまっているでしょう」
おう、開口一番、お願いされてわざわざ正月返上で助けに来た俺達に不満タラタラだな。
薔薇組が歌って踊るなんて、この先一生、見れないかも知れないんだからな。
「まあまあ、そう怒らないで。街の中の様子とか脱出経路とか調べなきゃいけなかったし、あれくらい堂々とやったほうが逆に良いんだよ」
「とにかく、もう余計な事はしないでください。領主館の中でミーア様を見張っている兵隊に幾らかの金銀を握らせて、こちらの頼み事を聞いてもらえるようになりました。明日の夜更け、館の裏口で待っていてください。ミーア様をお連れします。馬車もその付近に用意しておきます。その後は打ち合わせ通りカリウス子爵まで安全に送り届けてください」
「おお、そりゃスゴイ、至れり尽くせりだ。さすが手際が良いですね。お任せください。ミーア様は我々が命を懸けてカリウス子爵邸まで護衛いたします。例え行く手にドラゴンが現れようともこの我が身を盾にしてお守り申し上げ・・・うぐっ!」
机の下でソフィに足を踏まれた。
「館の中の事はそちらに任せて大丈夫なのね?」
「はい」
さすがクールビューティーのソフィ、若干挙動不審でソワソワしている薔薇組と違って、とても自然に話を合わせている。
「ミーアが居なくなった事にシグナス達はどのくらいで気が付きそう?」
「翌日の朝までは大丈夫だと思います。その間に距離を稼いでください」
「分かったわ、私達は旅支度を整えて裏口で待っているから」
「よろしくお願いします。くれぐれも余計な騒ぎは起こさないでくださいよ」
俺に向かって嫌味を言い放ち、いそいそと家を出て行った。
「カズヤ、やり過ぎよ」
「ごめん、あいつをからかってると楽しくってさ」
腕を組んだソフィが苦笑いして椅子に座り直す。
「それにしても、昨日到着して明日の出発だなんて早すぎるわね。見張りの兵隊の買収から馬車の手配まで、不自然だと思わなかったのかしら?まさか、さっきのカリウス子爵の手下を捕まえた事がバレたんじゃないの?」
「それはないよ。誰もいない街の外で捕まえて、この家の向かい側で見張っている連中にも分からないように遠回りして家の裏の窓から入れたから。そいつはサンドラ領に独りで向かっている事になっている。カリウス子爵邸までどのくらいかかる?」
「馬で急げば一日と半分くらいかしら」
「それじゃあ、最低でも往復で三日分はそいつが居なくなった事に気づかれない。連中が急いでいる訳は俺がミーアさんへの贈り物の中に混ぜ込んだお手紙に過剰反応したせいだろう」
「手紙?」
「うん、サナエさんに持たせた届け物の中に・・・」
先程、エリカにした話を繰り返してソフィに説明する。
「そう、やっぱり転生者だったのね。じゃあ、その手紙の内容を警戒して、他家が介入する前に急いで事を進めようとしているのね」
「たぶん」
「それで?向こうの計画に乗って明日の夜まで待つ?行く先はどうあれ、ミーアを領主館の中から連れ出さなきゃならないし。シグナス達がお膳立てしてくれるなら、それを利用する?」
「いや、俺達が目的地を変更した場合に備えて、ある程度の距離を空けて後ろから見張りの部隊が付いて来ると思う。少なくとも俺だったらそのくらいの保険は掛けておく。だから、奴等の予定を崩す」
「どうするの?」
「徹底的に崩す。さあ、面白くなってきたぞ!うひひ・・・」




