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第49話 アキラ

「おや、あんた、ソフィアさんところの」


「ちょっと、そこのソフィアさんのお付きの人」


「ソフィアさんの使用人だね、以前世話になってな、これを渡してくれ」


「兄さん、女難の相が出てるよ、気を付けな。ヒッヒッヒッ」


 ラモア温泉郷の露店通りをちょっとぶらぶらしただけで、この有様である。

 この広い異世界、何処へ行ってもソフィは有名人だ。

 この広い異世界、何処へ行ってもソフィの魔の手が伸びている。

 この広い異世界、何処へ行ってもソフィの手の者が潜んでいる。

 この広い異世界、何処へ行っても俺の逃げ場は無い。

 この広い異世界、何処へ行っても俺はソフィの下男、従者扱いである。

 そして、俺には女難の相が出ている。


「カズヤ・・・、お前、アレだ。もう諦めろ」


「冷てーじゃん、冷てーじゃん。俺、クリスさんの一番弟子なのに!助けてよ!」


 温泉郷の大通り、串焼き屋の店先に出ているテーブルの椅子に腰かけて、真昼間から、だらだら飲み食いしているクリスさんに詰め寄る。

 昨日の夜はエライ目に会った。

 俺の心の中に忘れられないトラウマが刻み込まれるような出来事であった。


「こらっ、まとわりつくな!俺までソフィの使用人だと思われるじゃねーか!」


「ひでーよ、あん時、クリスさん、知らん顔してるんだもん。助けに来てくれたっていいじゃん」


「バカ、そんな事したら、俺まで巻き添え食っちまうじゃねえか」


「俺がナニをしたって言うんだよ。ナニもしてないじゃん。ナニかする前だったじゃんか!だいたい、何で薔薇のバカ女まで一緒になって怒ってるんだよぅ。理不尽すぎる!」


 日頃、イチャイチャさせて貰ってるソフィやアリス、サナエさんに怒られるならともかく、何もしていない薔薇の女子まで一緒に俺を責めたてるとは、どういう事なのか、納得できん。


「いいじゃねーか、あのソフィとアリスを両手に抱えてんだ、贅沢言うな。もう、女遊びなんかしねぇで、坊さんみたいに清く慎ましく生きろ。だーーーっ!離れろ、女難がうつる!」


「そんな・・・、女難がうつるだなんて・・・、ヒトを疫病神みたいに・・・、くそぅ、移してやるっ、こすり付けてやるっ!」


「カズヤ、何してるの、行くわよ!」


「はいっ!」






 魔女達が笑いさざめくワルプルギスの夜が明け、今日は朝から温泉郷の露店通りで女性陣の買い物のお供を命じられた。

 俺に拒否権は無い。

 商人や冒険者でごったがえす大通りを掻き分けるように歩く。

仕事終わりの帰宅途中なのか、それとも、陽も高いうちから出勤なのか、夜の貴婦人達が派手なドレスをヒラヒラさせながら歩いている。

 男達に声を掛けられ、顔を寄せて二言、三言交わした後、笑顔で手を振って別れて行く。

 今日の同伴出勤の約束でも取り付けたのであろうか?

 そんな夜のお姉さん達に後ろ髪を引かれつつもソフィ達の後に付き従う。


「カズヤ、見て、見て、これどう?」


 アリスが店先に並べてあった布地を一枚取って体の前に広げている。

 この異世界、既に形になっている『吊るし』と呼ばれる安価な既製品の服は売っていない。

 布屋で自分の好みの布地を買って、自分で縫うか、仕立て屋に持ち込むか、或いは、中古屋で他人のお古を購入するかである。

 アリスは教会カラーの青っぽい服を好んで着る。

 晴れ渡った空の明るい色も、何処までも沈んで行くような海の深い紺色も、アリスの透き通るような淡いブロンドを引き立たせて、良く似合う。

 長々と思い悩んだ挙句、結局はそこに落ち着く。

 そして、俺のアイテム倉庫の中には、前線基地の簡易市場で購入したソレとほとんど同じデザインの生地が静かに眠っている。

『それと、同じ物をこの間買ったばっかりじゃん』

 などという言葉を口に出来るほど俺の勇者度は高くない。


「たいへんお似合いだと思います。お嬢様」


「カズヤ、ちゃんと見て」


 怒られた。




「カズヤ、どうかしら?」


 ソフィが店の棚から一枚取っては戻し、また一枚取っては考え込んで棚に戻している。

 ソフィは緑を基調とした服が好きだ。

 風が吹く草原のような明るい緑、木霊が聞こえてくるような森の深い緑もソフィの輝く金髪に良く似合う。

 そして、俺のアイテム倉庫の中には、やはり、それと同じような色合いの生地が、いつか陽の当たる日を夢見てベンチを温めている。


「素晴らしくお似合いでございます、奥方様。それで膝上三十センチくらいのスカートを作ると良いと思います」


「膝上・・・、カズヤ、ふざけないで」


 また怒られた。




「盟主様、盟主様」


「あー、似合う、似合う。サナエさんは美人でスタイルも良いからナニ着ても似合うよ。いっその事、それでバカには見えない服を作ったら良いんじゃないか?」


 今更、わざわざ振り向かずとも、ナニを要求しているのか分かるので、投げやりに即答する。


「ヒドイ!どうしてサナエにばかり辛く当たるんですか!盟主様のほつれたパンツを夜なべして縫って差し上げているというのに!陰に日向に、身を粉にして盟主様だけにお仕えしているのに!そんなにサナエが気に入らなければ、どうぞ殴ってくださいまし!好きなだけ足蹴にしてくださいませ!でも、でも・・・、サナエもお情けが欲しゅうございます。オヨヨヨヨヨ・・・」


 芝居掛かった大げさな仕草で、サナエさんが俺の足元に泣き崩れる。

 泣いてすがる女と無常に突き放す男の図。

 熱海の海岸沿いに置かれている金色夜叉の銅像のようだ。

 サナエさんのウソ泣きに周囲の視線が集まる。


「ロクでもない男に引っかかって、どんな弱みを握られたのやら・・・」


「可哀そうだねえ、いったい幾ら借金を押し付けられたのか・・・」


「まだ若いのに、いったいどんな育ち方をしたら、あんな酷い仕打ちができるのか・・・」


 せめて、俺に聞こえないように声を落としてはくれないのだろうか?

 俺の周囲で在りもしない話が大きくねつ造されていく。

 何事かと怪訝な顔で立ち止まる人が増えて行く。

 観光名所になる前に何とかせねば。

 地面に膝を付いて、サナエさんの肩に手を掛ける。


「ごめん、サナエさん。いつもありがとう。ホントは感謝しているんだ。照れ臭くて、つい八つ当たりしちゃったんだ。ほら、顔を上げて、ていうか、マジ勘弁して、みんな見てるから、通りすがりのアカの他人の視線で心が砕けそうだよ」


「フフフ・・・、分かってくだされば良いのです。私を邪険に扱うと後悔なさいますよ」


「うん、分かった。でも、ハート型の当て布で俺のパンツを補修するのはやめてくれ。そもそも、直してくれとか頼んで無いし、洗濯物の中から勝手に俺のパンツ持っていくなよ。そして、俺のパンツにサナエさんの名前を刺繍するのもやめてくれ」


「私のささやかな報復です。やめて欲しければ、もっとチヤホヤ甘やかしてくださいませ」


 無駄な抵抗は諦め、サナエさんが満足するまで腕を絡ませ、異世界ショッピングのお供をした。

 いい加減うんざりしてきた頃、視線を感じて振り向くと、やはり布地を手にした薔薇のエリカがナニか言いたそうな顔をして俺を見ている。

 何かを決意したような、鋭い眼光を散らしながら体の前に両手で布を広げた様は、まるで暴れ牛を待ち構える闘牛士のようだ。

 何故、エリカまで?

 どうして俺に意見を求める?

 これは、皆で示し合わせた罰ゲームなのか?

 溜息を付き、我が身の不幸を呪いながら、エリカの元へ向かう。


「こっちより、コレ。エリカはもっと明るい感じの色の方が似合うと思う」


 店の壁に掛かっていた布を取って、エリカの肩に掛ける。


「ちょっと、テキトーに選ばないでよ」


「いや、ホントにこっちが良いと思ってる。エリカはこういうのが良いと思うぞ」


「そ、そう?それなら、まあ、いいか・・・。じゃあ、これにしよっかな・・・」


 しげしげ布を見つめているエリカを後にして、斜め後ろの骨董屋らしき店にスタスタ足を運ぶ。

 店先にドカンと置かれた大型の壺の中に頭をズッポリ突っ込む。


「うぉおおおおおおおっ!やってらんねぇよっ!俺がナニをしたって言うんだよっ!ナニかしてから怒れよな!アキバのメイドは猫の耳、王様の耳はロバのみみ~~~~~っ!」


 ふぅ、すっきりした。

 壺の中から頭を引き抜く。

 店のオヤジと目が合い、しばし無言で見つめ合う。


「兄ちゃん、ナニがあったか知らねぇが、人生、晴れの日もあれば雨の日もあるさ。おっと、女難の相が出てるから俺には近づかないでくれ。それから、その壺は買い取ってくれよな」


 女難・・・、またそれか・・・。

 まさか俺が寝ている間に、俺の額に油性ペンで誰か落書きしたんじゃなかろうな。

 どいつもこいつも、ヒトの事を疫病神扱いしやがって・・・。






 アリスに手を引かれ、ソフィに急かされ、サナエさんに絡まれながら露店をダラダラ見てまわる。

 腰に下げた武器を鳴らしながら歩く冒険者達。

 それを呼び止める宿屋の看板娘。

 人の波の間を、荷物を抱えた商家の使用人が駆け抜けて行く。

 縁日のような明るい活気が溢れている。


「随分と人通りが多いなあ、いつもこんな感じ?」


「いいえ、いつもはもっと少ないわよ。今が一番賑やかな時期なの。冬が近づいてきて魔境や狩場から引き揚げてくる冒険者や兵士達。そして彼等目当ての商人達が一斉に押し寄せるから」


 雑踏の中、髪の毛をかき上げて風に流すソフィを、川に浮かぶ木の葉が流れに沿って岩を避けるように、人が自然に避けて歩いて行く。

 ソフィの周りだけ涼やかな空間が出来上がっている。

 そして、避けた連中が五割増しで俺に強くぶつかってくる。

 温厚な俺もしまいにゃキレるぞ、コラ!

 高いのか、安いのか、価値の良く分からない手作りの装飾品。

 温泉街の土産物屋にありがちな下ネタ系の置き物。

 ふむ、ジョシュやドナ、孤児院の子供達に何か買っていってやるか。


「ねえ、カズヤ。あれ、なんだろう?」


 アリスが指さした先、広場のような場所に人だかりが出来ている。

 人壁の向こうから、何かがぶつかり合う鈍い音が響き、それに呼応するように、どよめきや歓声が沸き上がっている。

 大道芸か何かやってんのかな?


「ね、行ってみよ」


 お祭りではしゃぐ子供のようなアリスに手を引かれ、人込みを掻き分けて円の内側に出る。

 中心に剣を打ち合わせて戦う二人。

 それを囲んで円を作り、応援やヤジを飛ばしている観客達。


「なんだこりゃ?果し合い?」


「賭け試合だ」


 声のした方を振り向くと、酒の入ったコップを片手に持ち、もう片方に持った骨付き肉を噛み千切ってクチャクチャ咀嚼しているクリスさんがいた。

 あんた、朝からずっと飲み食いしてないか?

 田舎の酔っ払いオヤジか。

 改めて観察すると、円の中心で戦う剣士が使っている剣は木剣で、さらに衝撃を弱める為に布が巻いてある。

 反対側の円の内側に賭場の胴元らしき人物が腕を組み、大股に足を広げて偉そうに座っている。

 その後ろにデカイ黒板が据えられていて、名前や数字がごちゃごちゃに書きなぐられている。

 おそらく、出場選手組み合わせの掛け率表なのだろう。

 すぐ目の前で剣士が叫び声を上げ、木剣を鳴らし続けている。

 掛け声は勇ましいが、どうにも足さばきがバタバタしているなあ。

 最近、クリスさんを相手に練習しているせいか、無駄な動きがやけに目につく。

 二人とも、あまり実力は高くなさそうだ。

 フェイントに足をもつれさせ、体勢を崩した一人の首筋に一発いいのが入った。

 審判役が二人の間に割って入って、片方の腕を持ち上げ勝利宣言をする。


「ちっ、つまんねぇ手に引っ掛かりやがって」


 クリスさんがブツブツ言いながら、ポケットから取り出した割り箸みたいな細い木片の束をボキボキ折って、地面に投げ捨てている。

 クリスさん、ちゃっかり賭けてたのか。

 なるほど、その割り箸みたいなヤツが馬券ならぬ剣士券なのだな。


「カズヤ、飛び入りアリだぞ。お前もやってみるか?」


「冗談はヨシ子さん。クリスさんこそ参加してきたら?あんなの連戦連勝でしょ?」


「そうしたいのは山々だが、ここでやってんのは、温泉街の余興だ。木剣には布が巻いてあるし、審判も大事になる前に止めてるだろ。周りを良く見てみろ。強そうなヤツは黙って見てるだけだ。俺みたいなのが出て行って、片っぱしから蹴散らしたら場がしらけちまう。禁止されてる訳じゃねぇが、皆、お祭りとして楽しんでいるのさ」


「ふ~ん、じゃあアリスも出てみようかな」


「コラコラ、やめとけって」


「え~、つまんな~い」


 ふくれっ面でだだをこねる姿も可愛いが、放っておくと狂犬アリスは前に出たがる。


「ねえ、クリスさん。私はどうかな?」


 エリカさん、ナニを言い出すの?

 どうして誰も彼も厄介事に身を投じたがるのだ?

 俺の座右の銘の一つ、『君子危うきに近寄らず』をくれてやるから、部屋の天井にでも張っておけ。


「ふむ、お嬢ちゃんなら、まぁまぁいけるんじゃねぇか?」


「エリカ、ナニ言い出してんだ。いくら木剣に布が巻いてあるからって、まともに当たれば骨折くらいするぞ」


「そんな事くらい分かってるわよ。たまにはカズヤ以外とやってみたいの。アリス、もしもの時はお願いね」


「うん、がんばってね」


「おいおい、エリカ・・・」


「いいんじゃない?エリカ、たぶん相手はなめて掛かってくるだろうから、動きを良く見るのよ。いけると思ったら躊躇わずに打ち込みなさい」


 ソフィに止めて貰おうと思い目で訴えたが、逆にお許しが出てしまった。


「はい」


 エリカが足を踏み出して輪の中央に出て行くと、大きな歓声が沸き起こった。


「カズヤ、大丈夫よ。彼女もちゃんと成長してるから、大きなケガなんかしないわ。それに、冒険者として自分がどのくらいの位置にいるのか確かめたいと思う時があるのよ」


 それは分からないでもナイけれど・・・。

 胴元の親分が、エリカに剣を振らせたり、ぴょんぴょん飛び跳ねさせたりしている。

 あれで、エリカの強さを推測して掛け率を決めているようだ。

 エリカの対戦相手は、先程勝ち越した筋骨たくましい男だが、それ程強くは無いだろう。

 胴元の用意した木剣を選んでいるエリカを見てヘラヘラ笑っている。

 この異世界、女性の冒険者はいくらでもいるし、経験を積んだ戦士なら、女だろうが子供だろうが、剣を持って目の前に立つ相手を舐めたりなどしない。

 双方、剣を構えて向き合う。

 胴元席で試合開始の鐘が鳴った。


 予想通り、きゃしゃに見えるエリカの正面へ、雑に剣を振って来た。

 エリカは一見、対戦相手の連打に押されているようだが、攻撃を冷静にさばいている。

 不用意に打ち下ろしてきた剣を払い、返す刀で籠手を打つ。

 剣を落として慌てる相手の横に回り込み脇腹を薙ぎ払った。


「そこまで!」


 審判の声が響く。

 逆上した男が剣を拾い上げて襲い掛かるが、胴元の手下に取り押さえられていた。


「ふぅ」


 息を整え、襟元をパタパタ浮かせ風を入れているエリカに胴元が話しかけている。

 ここで辞めるか、続けるか聞いているようだ。

 一つ頷いた胴元が席に戻り、黒板の数字を書き直している。

 一戦目は圧倒的に、エリカ不利の掛け率だったが、上方修正された。

 負けん気の強いエリカの答えは続行である。

 やれやれ・・・。

 美少女剣士の連戦で、観客席から拍手喝采が上がる。

 次の対戦相手が名乗りを上げて出てきた。


「こっからが本番だな。最初の相手は油断してくれたが、次のヤツは前の試合を見てるから、用心して掛かってくるぞ。・・・しまった。賭けときゃ良かった!」


 俺の心配をよそに、慌てて掛札を買いに走るアホクリスの背中を見ていたら、試合が始まっていた。

 次の相手は短剣職のようで、短い木剣で細かく突きを繰り出し、用心深くエリカとの間合いを計っている。

 いつものエリカなら、突き出した剣を盾で弾いて、多少強引に踏み込んでいけるだろうが、慣れない盾禁止の賭け試合ルールに手間取っている。

 低い姿勢で突いては下がる戦闘スタイルの相手。

 やり辛そうだな。


「カズヤならどうする?」


「うーん、俺なら・・・、踏み出してきた足を踏んづけて引き倒す」


 聞いてきたソフィが俺の横で軽く笑っている。

 投げ技アリなんだから、勝てば良いのだ。

 小技の競り合いが続いたが、観客席から感嘆のどよめきが湧き上がる。

 俺の後ろで固まって見ている薔薇組も飛び上がって喜んでいる。

 相手が突き出した木剣を引く動作に合わせて身体を寄せると同時に、喉元に剣を突き当てていた。

 再び話しかけてきた胴元に続行の意思を示す。

 やられるまで、やる気だな。

 どうなっても、知らねェぞ。

 額の汗を袖口で拭うエリカと目が合う。

 喧騒の輪の中、剣を軽く握り、自然体で背筋を伸ばし真っ直ぐに立つエリカ。

 いかん、いかん、不覚にも見惚れてしまった。


「今の相手はクリスさんから見てどの程度?強いの?弱いの?」


 掛札の束を握りしめる凄腕戦士の意見を求める。

 相当張り込んできたな・・・。


「飛び道具と魔法が禁止だからなあ。弱い魔法をばら撒いて牽制しながら戦うタイプの剣士もいるから一概に強い弱いは言えねぇが、剣技だけなら駆け出し卒業、ベテラン未満ってトコだな」


「駆け出し卒業の相手か・・・、微妙だなあ」


「ナニやったって、最終的に生き残ってりゃいいのさ、魔物は審判の言う事聞かねぇしな。お前等、俺が見てきた中じゃあソフィを差し引いても、まあまあのパーティだと思うぞ。経験不足は数をこなさねぇとどうにもならねぇからな」


「まあまあですか、そりゃどーも」


 エリカの連勝に盛り上がる観客に向かって、胴元が次の相手を探し呼びかける。

 予想外に善戦するエリカに触発されたのか、あちこちから手が上がる。

 俺の隣にも暴れたくって、うずうずしてるヒトがいる。

 輪の中へ足を踏み出そうとしているアリスの両脇を抱えて抑える。

 アリスさんは強いヤツを見ると勝負したくなる武闘派シスターなのであった。

 だから、やめとけって。

 続く三人、四人目を接戦ながらエリカが制する。

 美少女戦士の活躍に会場はわっさわっさの大盛り上がり。


「かなり息が上がってきたな。この辺でケガする前に勝ち逃げした方が良いんじゃないの?」


 静かに見守り続けるソフィア先生に御注進する。


「そうねぇ、でも本人が納得するまでやらせてあげたら?これも経験よ」


「左様ですか」


 次に勝てば五人抜きだが、救護班と投げ込むタオルの用意でもしておくかな。

 エリカの前に二十歳くらいの若い男が出てきた。

 国民的アイドル少年グループのようなサラっとしたイケメンなのがムカつく。

 爽やかな笑顔が、これまた鼻につく。

 うむ、アイツは俺の、否、オトコの敵だ。

 おや?

 どうやら雰囲気から察するに、転生者のようだ。

 エリカも気が付いたようで、二言、三言、言葉を交わしている。

 エリカ、そんなチートスキル頼みのヤツ、開幕顔面頭突きで鼻っぱしらへし折ったれ。

 開戦の鐘の音と共に両者踏み出して剣が交差する。

 攻守交代が目まぐるしく続く。

 むぅ、あの顔面チート野郎、予想に反して動きがいいぞ。

 エリカの表情に余裕が無くなってきた。

 互角に打ち合っているようだが、反応速度、身のこなし、全てにおいてエリカの上をいっている。

 圧倒的な技量差にエリカが押されて後退を余儀なくされている。

 もう後がない。

 あの男・・・。

 エリカのフェイントにも引っ掛からず、小技からの強打も完全に見切られている。

 あのヤロウ・・・。

 結果、上段からの打ち下ろしを払われ、足を滑らせたエリカが負けた。

 あいつ・・・。


「エヘヘ、負けちゃった」


「エリカ、良くやったわ。四人抜きよ、胸を張って良いのよ」


「うん、ありがとう、ソフィアさん」


 駆け寄ってエリカを囲む薔薇の女子にエリカが照れくさそうにしている。

 五人目で負けてしまったが、何か得るモノが有ったのだろう。

 晴れやかな笑顔で仲間に応えている。

 次の相手を探す胴元の声が聞こえた。


「行ってくる」


「え?どうしたのカズヤ?あんたが自分からそんな事言い出すなんて。どっかぶつけたの?ちょっとくらい顔が良いからって、ひがんじゃダメよ。カズヤだって、それほど悪くは無いんだから」


 エリカが汗を拭きながら言う。

 っていうか、『それほど、悪くは無い』とか言うな。

 普通にヘコむし。


「バカ、ちげーよ!」


 エリカの対戦相手、どうしても確かめたい事がある。

 胴元の親分が俺に剣を振らせ、ルールや心構えなど話しているが、俺はずっとあの男を目で追い続け、ほとんどうわの空で聞き流していた。

 輪の中央で向き合う。

 観客席から飛ぶ声援とヤジを押さえつけるように、開始の鐘が鳴った。

 左と見せて、右に打ち込む。

 難なく捌かれるが、今のは挨拶代わりだ。

 側面に現れた攻撃を剣で受け、そのまま斜め下に押さえつける。

 つば迫り合いを維持したまま、至近距離で対戦相手に問いかけた。


「お前・・・、転生者だよな。何で頭の中のスキルボタン使わないんだ?」


「え・・・、何でって?すごい、そういうの分かるんだ!ひょっとして、君も使わない派?」


「ちっ、うるせーよ!」


 ナニが『使わない派』だ。

 余裕かましやがって。

 俺は『使いたくても使えない派』だっつーの!

 前蹴りで相手を突き放して距離を取る。


「じゃあ、じゃあ、こういうのはどう?いくよ!」


 上段からの打ち込みに続いて中段の横薙ぎ、片手剣の三連撃スキルなら、ここから再度上段攻撃のはずだが、予想通り変化して腰を落とし、足元への横払いが来た。

 一歩退いて空振りした相手の左肩目がけて剣を振ったが逃げられた。

 こいつ、動きはえーな。


「おおっ!すごい、すごい!転生者のヒトは、だいたい引っ掛かってくれるのに!」


「いちいち、うるせーぞ!」


 こいつ、反応は良いし、剣の構え方も堂に入っている。

 小技の揺さぶりにも、きっちり対応してくる。

 チートスキルに胡坐かいて、油断したまま育てば穴だらけの剣士が出来上がるのに、あえて茨の道を選ぶとか、ふざけるのは顔だけにしとけ。

 しかも、転がって逃げる最中に掴んだ砂で目つぶし仕掛けてきやがった。

 俺も、いつやろうかとタイミングを伺っていたのに、先を越された。

 剣の打ち合いも、そろそろ飽きてきた。

 正面からの打ち込みを受けた剣を、ワザと地面に落とす。

 虚を突かれて、相手の眼が落ちる剣を追った。

 アーロンさん程の職業軍人でも、不意に相手の手から武器が離れると、一瞬、どうしても反応してしまうものなのだ。

 腕を引いて懐にもぐり込み、イケメンを背負い上げる。

 こういうのは経験なかろう。


「そこまで!」


 空が高いなあ・・・・・・。





「カズヤ、エリカで稼いだ分、全部お前に張り込んだんだぞ!吹っ飛んじまったじゃねーか!」


「ううっ、だって、あいつ顔が良いクセに、腕まで良いだなんて勝ち組すぎるよ!っていうか、クリスさん、賭け事に負けたの俺のせいにするんじゃねーよ!」


 俺の華麗な背負い投げは、あいつにあっさり裏投げで返された。

 仰向けで呆然と空を見上げていたのは俺だった。

 転生者相手なら、絶対の自信があったのに・・・。

 あいつ、強かったなあ。







 ひとり寂しく、ざぶざぶとお湯をかき分け、手ごろな岩に背中を預ける。

 お湯をすくって、ばしゃばしゃ顔を洗う。

 そこら中に、打たれたアザができて、地味に痛い。

 やれやれ・・・、賭け試合に飛び込むなんて、慣れない事はするもんじゃないな。


「あのぅ・・・、さっきは、どうも」


 眼を閉じて緩やかなお湯の流れに身を任せていたら、声が聞こえた。


「ああ・・・、こっちこそ、どうも」


 先程の対戦相手の男だった。


「僕、アキラっていいます。ええと、お兄さんは?」


「カズヤ」


 俺はイケメンとは仲良く出来ない業を背負っているのだ。

 俺に近づくな、どっか行け。

 そっけなく対応する。


「カズヤさん強いですね。僕、スキルボタン使わないで戦う転生者に初めて会いました」


「いや、俺、負けたし」


「あはは、あれは偶然ですよ。最後のは完全に予想外でした。あれを返せたのは自分でもびっくりです。カズヤさんは、どうしてスキルボタン使わないんですか?」


「どうしてか・・・、この異世界で・・・、己を腕を磨くため・・・」


 悔しいから、あえて『使えない』とは言わない。


「自己鍛錬!そうですよね!スキルボタン使って勝っても、なんか、自分の力じゃないって感じで、すっきりしませんもんね!嬉しいなあ、僕と同じこと考えてるヒトに会ったの初めてです!」


 勝手に盛り上がってるイケメンがウザイ。

 立ち上がって異世界における強さの何たるかを力説しているが、とにかく座れ。

 俺の眼の高さで象さんがブラブラ揺れるのだ。

 眼が腐る。

 魔物相手にチートボタン使おうが、使わないが、勝てば良いのだ。

 顔面優等生は余計な努力せず、もっと怠惰に生きろ。

 


「おい、アキラ、勝手にどっか行くなよ。あれ?そのヒト・・・」


 もう一人現れた。

 ふむ、君の顔は下位打線だな。

 君となら友達になってやってもいいぞ。


「ごめん。こちら、さっき試合したカズヤさん。こいつ、僕のツレでサカキっていいます。二人で探しモノしながら旅をしてるんです」


「探しモノ?」


「正確にはヒトを探しています。ウチの大将、いえ、盟主の命令で」


「ヒト?名前は?」


「いえ、それが、ウチの盟主の知り合いらしいんですけど、こっちの世界で何て名乗っているのかも分からないんですよ。ゲームのキャラが魔法職だったんで、たぶん、腕の良い最上級のメイジだって事くらいしか分かってないんです」


「無茶言う上司だな。キャラの名前とか、当時の所属クランとかは?」


 俺もゲーム時代の仲間がいるなら会いたいが、いかんせん、オンラインで画面越しにチャットするだけの間柄だ。

 オフ会もやった事が無いので、性別も本名も素顔も分からない。

 ゲーム時代の職種だけを手掛かりに探すだなんて、ムチャ振りもイイところだ。


「クランの名前が・・・、っと、これ言って良いんだっけ?」


「バカ、それ言ったら警戒されるからダメだって言われただろ」


「じゃあ、アルさんの名前は?」


「こっち側でその名前出したら尚更マズいだろ」


「じゃあ、どうすれば良いんだよ・・・」


 急に声を落としてボソボソやりだした。

 上司がアホだと苦労するよな。


「すんません、こっちのハナシで・・・。とにかく、転生者で強い魔法職のヒトを探して歩いているんです」


「なんだ、そりゃ。そんなんで、ホントに探す気あんの?だいたい、そのヒトがこっちの世界に飛ばされたかどうかも分からないんだろ?」


「そう思いますよね!僕らもそう言ったんですけど、『お前、剣の素質ありそうだから、ヒト探しのついでに武者修行もしてこい!』、なんて言われちゃって。幸い、旅費は必要経費でいっぱい貰ったんで、開き直って観光気分で旅をしてます」


「ふーん、強い魔法使いねぇ、まあ、俺には関係なさそうだな」


「ですよねー。そんな事情で、あっちへ行ったり、こっちへ来たりしてたんですけど、ここの温泉街にすごく評判の良い娼館があるって聞いて・・・、カズヤさん、知ってます?」


「うん、知ってる」


 よく知っている。

 確かに、その高級娼館には異世界一の美女、美少女が在籍している。

 しかし、その美女、美少女は俺限定の裏メニューのレアキャラで、俺の前にしか姿を現さない。

 そして、俺は、その裏メニューの彼女達しか指名する事が出来ない。

 シクシク・・・。


「おおっ!もう行きましたか。どうでした?」


「そこは・・・、試練の場所だった・・・」


「は?」


「いや、失敬。素晴らしい場所だったヨ・・・」


「そうかぁ、ほら、ほら、やっぱり来て良かっただろ」


「お、おう。なあ、俺、臭くないか?」


「大丈夫、僕は?僕は?」


「それじゃあ、お先に」


 素っ裸で、お互いにクンクン匂いを嗅ぎ合うバカ二人に、これ以上付き合っていられない。

 日も暮れてきた。

 宿に帰ってメシ食って寝よう。

 今日は疲れた。








「あ、ソフィ、カズヤが帰ってきたよ!どこ行ってたの?」


「風呂入ってきた」


 宿の入口でアリスが出迎える。


「ええっ、ひとりで行っちゃったの?」


「いや、だって、体動かして汗かいてたし」


 すねてるアリスをなだめていたら、奥からソフィとサナエさんが出てきた。


「おかえり、カズヤ。まあいいわ、行きましょうか。カズヤ、付いて来て」


 どうせ、男湯と女湯に分かれて、俺だけハブられるのだから、わざわざまとまって行く必要も無いと思うけれど。

 ソフィが付いて来いと言うなら、世界の果てだって付いて行きますよ、っと。

 宿を出て、ソフィ、アリス、サナエさん、俺の四人で、テクテク歩く。

 すっかり陽が沈んだ温泉街を外れて、山の中に入って行く。


「あれ?どこ行くの?お風呂じゃないの?」


「フフ、ないしょ。いいから付いて来て」


 夜空に浮かぶ三日月だけが照らす細い山道を、張り出した木の枝と藪を掻き分け、ひたすら上り続ける。

 いったい何処まで行くのだろうと訝しく思い始めた頃、水の流れる音が聞こえる開けた場所に出た。


「着いたわ。ここよ」


「わあっ、すごい!」


「きれい・・・」


 山の上へと何段も連なる、落差一メートル程の階段状の滝が、目の前に現れた。

 最下段は底の浅い滝壺になっていて、そこから緩やかに山の下へと川が流れている。

 ハラハラ落ちる木の葉が、川面に浮かんでいる。


「入りましょう」


 ソフィとアリス、サナエさんまでもが、ためらい無く服を脱ぎ捨てていく。


「カズヤ、何してるの?早く入ったら?」


「え?いいの?」


「いいに決まってるじゃない。さあ、早く」


 ソフィに促され、いそいそと服を脱ぎ、水の中に足を入れる。

 あ・・・、暖かい。お湯だ。


「ここはね、私だけの秘密の場所なの。他のヒトには教えちゃダメよ。カズヤ、もっと近くに来たら?」


「う、うん・・・」


 完全に予想外の出来事に放心しながら、遠慮がちに恐る恐る近づく。


「マラガに着く頃にはもう冬かしら・・・、今年の狩りの季節も無事終わったわね」


 夜空を見上げ、何かを思いながらソフィが呟く。

 ソフィには、力の使い方、旅の仕方、この異世界での生き方を教えて貰った。


「カズヤとマラガに来てから、まだ一年経ってないけど、いろいろあったね。カズヤに会えて良かった」


 あの時、あの山の中でアリスと出会わなかったら、今ここに俺はいないだろう。


「私も盟主様にこの世界で会うことが出来ました。再び盟主様にお仕え出来るとは思っていませんでした。これからもよろしくお願いしますね」


 ああ、サナエさんは、向こうの世界からの大切な仲間だ。


「カズヤ、お疲れ様」


「うん、みんな、ありがとう」


 三日月に薄く浮かび上がる彼女達は本当に美しかった。







 ラモア温泉郷からマラガへ、晩秋の風に背中を押されるように、急ぎ足で帰り道を進む。

 来る時は紅葉で色鮮やかだった景色も、すっかり葉が落ちて寒々しい。

 周囲の山は落ち葉を身にまとい、冬支度を終えている。


「じゃあな、カズヤ!死ぬなよ!」


「クリスさんも元気で!いろいろ教えてくれてありがとう!」


 クリスさん、ベネットさん、マークさん、ドロシーさんに別れを告げる。

 クリスさん達は故郷の村へ、俺達はマラガの屋敷へ、背を向けて歩き出す。

 マラガに近づくにつれて、旅人や商人、冬越しの食糧を積み上げた馬車が増えてくる。

 道の向こうにマラガの城壁、そして屋敷の屋根が見えてきた。




「お帰りなさいませ、旦那様、奥方様」


 屋敷の玄関で出迎えるフィオ。

 俺の膝にタックルしてくるドナ。

 甘えたくても甘えられない意地っ張りのジョシュ。

 やっぱり、マラガの屋敷が一番だ。


「ただいま」








 あれ?

 何か足りないと思ったら、コジロウを忘れてきちまった。


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