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第43話 偵察任務

「カズヤ、脱げ」


「いやです」


 にじり寄るクリスさんから、一歩下がって距離を取る。


「いいから、さっさと脱げ!」


 クリスさんが、俺の装備に手を掛けて強引に剥そうとしてくる。


「やめてっ!乱暴にしないでっ!わかった!わかりました。でも・・・、せめて・・・、明かりは消してください。それと・・・、初めてなの、優しくしてネ」


 強引なクリスさんに押し負けて、覚悟を決めて身を委ねる。

 俺・・・、この異世界で、とうとう・・・、味わった事の無いさらなる未知の世界へ羽ばたく時が、ついに・・・。

 クリスさんなら・・・。


「あのな・・・、カズヤ。お前はアレか?病気なのか?いちいち笑いに持って行かないと、死ぬ病なのか?俺もそれに付き合わないとダメなのか?ああ?」


「イエ、失礼しました。最近ボケなきゃいけないような妄執に駆られて・・・、でも、最低これくらいの装備じゃないと、ボク、不安なんですケド」


 クリスさんが、ちょっとマジで怒り始めたので、真面目な顔に切り替えて弁解する。


「いいかカズヤ、俺達は家紋を背負い、名乗りを上げ、進軍ラッパを鳴らしながら正面切って堂々と戦わなきゃならない騎士様じゃないんだ。コソ泥のように音も立てずに近づき、後ろから襲いかかる。一方的に蹂躙し、窓から逃げる間男のように鮮やかに撤退する。これが俺達の戦い方だ。魔物は俺達よりも耳や鼻が良いヤツが多い。そういうガチャガチャうるさいやつとか、鉄臭いやつは気づかれ易いんだ。だから、脱げ」


 そうは言っても、向こうのゲームから俺が持ち込んだ装備の中で、使えそうなのはこのくらいしか無いのだ。

 クリスさんが言わんとする金属的で無く、静かな布製のもっと高級で高性能なのも有るにはアル。

 表面積は狭いが装着すると、魔法耐性、物理耐性の効果が全身を覆う優れモノ。

 だが、それは、下着的なモノとか、水着的なアレとかのエロ装備なのだ。

 または、ゲーム時代、課金しまくって手に入れたセーラー服とか、ブレザーミニとか、浴衣ミニとか、魔法少女変身セットとかのネタ装備が、有るにはアル。

 有るにはアルが、それは、女の子と二人っきりで、夜中にこっそり楽しむ為のモノなのだ。

 まだお願いした事は無いが、アリスなら、恥じらいながらも、きっと、着てくれるはずだ。

 サナエさんは、ノリノリでモデルウォークしてポーズをとってくれるだろう。

 土下座して頼めば、ひょっとしたらソフィだって・・・。


「だけど、これくらいしか持ってないし、さすがにノーガードはちょっと・・・」


「ナニ言ってんだ。そんな事させるワケねぇだろ。ほら、これをくれてやるから、使え」


 クリスさんが放り投げた物が、バサリと頭の上から覆いかぶさる。

 視界を塞いだソレを手に取って、広げてみる。

 生地の丈夫な厚手のジャケットだった。


「え?これ貰っていいの?結構、高級そうだけど」


 焦げ茶色の地に銀色ですっきりと縁取りがされている。

 軍隊の野戦服みたいに、機能的でカッコ良い。

 使い込まれてはいるが、良く手入れがされていて、それがまた歴戦の戦士っぽくって良い感じだ。

 目を凝らし、集中して見ると、質の高い魔法効果がガッツリ乗っていた。

 俺が今まで使っていた安物のハーフプレートより断然高性能であった。


「俺が昔、使っていたやつだ。少しくたびれちゃいるが、まだ大丈夫なはずだ」


「おお~、うん、気に入った!ありがとう!俺、オレ・・・、兄貴に一生ついて行きます!アニキー!」


 感極まってガバリと抱き付く。


「だからそいうのは、いいっつってるだろーが」


「えへへ」


 さっそく、袖を通し、いそいそと着てみる・・・。


「・・・」


「ちっと大きいか・・・、まあ、そのうち背が伸びるだろ・・・」


 予想された結果だが、俺にはサイズが大きすぎた。

 ちょっとどころか、かなり大きくて、俺が着るとハーフコートのようにも見える。

 ところで、クリスさん。

 俺は、二十九歳を目の前にした二十八歳なので、成長期はとっくに過ぎているんですよね。

 袖をまくって調節すると、これからの成長を期待された子供が、お兄ちゃんのお古を無理矢理着せられたようでもある。

 マラガの屋敷に帰ったら、フィオに袖を詰めてもらおう。


「どう?アリス?」


 剣を抜いて、二、三回振ってポーズをとってみる。


「うん、似合ってるよ、カズヤ」


 胸のあたりに顔をこすり付けるように、にこにこしながらアリスが抱き着いてくる。

 アリスは、大抵、俺の事を否定しない。

 それはそれで、やる気になるし良いんだけれども、ここは、もう少し冷静な第三者の意見が欲しいところだな。

 などと、アリスと軽くイチャついていたら、ソフィからお呼びが掛かった。


「クリス、カズヤ、作戦予定が決まったそうよ、集まってちょうだい」


 ソフィの後に続き、ぞろぞろと司令部の天幕をくぐる。

 テーブルの上に地図を広げ何事か書き込み、伝令兵に指示を出していたアーロンさんが、顔を上げる。

 前線指揮官のアーロンさんは、ちょっと違う。

 俺にとってのアーロンさんは、以前、駐屯地で俺に突っかかって部隊長とソフィに怒られ、俺も巻き添え食って一緒に走らされ、その後、アホみたいに飲んだくれた印象が非常に強い。

 こうやって、仕事しているところを見ると、昼間のパパはちょっと違う。

 いや、前線基地のアーロンさんはちょっと違った。


「本番は、五日後。それまでは小部隊が、山の北東側から連日、ケガしない程度に平地から攻撃をしかける。本体が、じれて山から下りて来てくれりゃ御の字だが、そうはいかんだろう。だが、北東側にゴブリン共の戦力を集中させる事は出来るはずだ。うまく行けば、そっち側からの攻撃に常態化して、北西側の残った奴らが油断してくれるはずだ。クリスとカズヤのパーティは、手薄になった北西斜面を一気に駆け上って、お山の大将をさくっと倒して煙玉を打ち上げてくれ。そしたら、ウチの部隊で正面から大攻勢をかける。終わったら宴会だ」


 アーロさんが、指で地図の上をなぞって話を終え、椅子に背を預けてマグカップの中のお茶を飲み干す。


「ん、了解」


「わかったわ」


 クリスさんとソフィが、軽く頷いて応える。


 え?

 それだけ?

 それで良いの?

 もっと、こう、何か、戦略的なモノとか、戦術的な議論とか無いの?

 あまりにもあっさりとした指示に不安を覚え、首を交互に回し、二人の様子を伺うが、特に問題とするところは無いようだ。

 その後、あれこれ話を聞き、自分なりにこれでしょうがないのだと、結論に至った。

 この世界には無線もなければ有線通信もない。

もちろん戦場の全体像を俯瞰的に見て取れるタカの眼的な情報処理装置も無い。

 広範囲の戦闘が起こった場合、司令部からは目視できる範囲でしか戦闘の状況は確認できない。

 だから、戦国物の話では、見晴らしの良い小高い丘あたりに本陣を構えたがるわけだ。

 現場とのやりとりは、人力による伝令、発煙筒、煙玉の打ち上げ、もしくはラッパと太鼓で、進軍、現状維持、撤退など、音で伝えるしかない。

 俺達の様に、戦場からいったん離れて行動する独立遊撃部隊は、その能力を信用して任せるしかないのだった。

 作戦というと、大戦略的なマス目の中に配置された駒を思い浮かべてしまう俺には、なんとも心細い事ではあるが、俺が信頼するソフィが納得しているので、この世界の熟練者に習う事にする。




 そして今日は早朝から、俺は、クリスさん、ベネットさんとの三人で山を登る事と相成った。


「なんで?作戦は五日後でしょ?」


 支度を整え、前線基地の広場に立っている。


「下見だよ、下見。カズヤ、お前まさか、ぶっつけ本番で全部やるつもりじゃなかろうな?やつらの本陣が見える所まで近づくわけにはいかんが、見つからないよう、こっそりと山を登って、ある程度は地形を把握しておきたい。こういうのはベネットが得意だ」


 クリスさんがアゴをしゃくって、ベネットさんに会話を渡す。


「ゴブリン共が展開しているのは山の北側斜面。下から攻め上がる側が不利なのは当然だが、北側ってのがさらにまずい」


 ベネットさんが尖った鼻をヒクヒクさせながら、話し出した。


「北側だと何か都合が悪いの?」


 山を見上げながら尋ねる。


「山の北側は日が当たらないから、地面が湿っていている。木の育ちも悪いから足場が崩れやすい。山には谷や崖もあるし、湧き出した水が流れる小川もある。俺達はここから見て左側、つまり北西側から山を登ることになる。さすがにゴブリン共の隙間を縫って、頂上までのルートを確定させるのは無理だが、中腹あたりまでは侵入して、山の感じを掴んでおきたい。ついでに、連中のだいたいの配置を偵察するのが目的だ」


 ベネットさんが、人差し指を山の左下から上にむかって動かしながら説明し終える。


「はあ、なるほど」


「それとな、カズヤ。もし、偵察の最中にゴブリンと出くわしたら、速攻で始末しろ。一匹も逃がすなよ。逃げたヤツが本体と合流しちまうと、せっかくアーロンが北東側に誘い出した連中が戻って来ちまうからな」


 クリスさんが、腰を叩き背伸びをして、目を細めて山を見ながら言う。


「ふむ、了解しました。そう言う事なら俺は行かない方がいいっすネ。お任せいたしま痛って!痛い、痛い!俺の耳は取っ手じゃないんだから、引っ張らないで!嘘です。冗談です!めっちゃがんばるから!千切れる!千切れちゃう!」


 一応、お約束で言ってみただけなのに・・・。

 そんな訳で、クリスさんとベネットさん、二人の後ろに続いて山に踏み込む。

 それほど高くないし、険しい山でもないが、こそこそ気配を探りながら、人や獣で踏み固められた道を使わずに登るとなると苦労する。

 張り出した木に手を掛け、音を立てないように慎重に身体を上に引き上げて行く。

 ベネットさんの言うとおり、大丈夫だと思っていた足元の土が、山肌から剥けるように崩れ落ちる。

 しばらく登った所で先導役のベネットさんが立ち止まる。

 鼻をひくつかせ、目玉を忙しなく動かし、耳を澄ませている。

 声を出さないまま俺とクリスさんに場所を譲り、視線だけで右上の方角を指し示す。

 木の枝の隙間を通して様子を伺う。

 山の斜面の一部分が石や木を使って整地され、粗雑ではあるが、テラス状の陣地が出来上がっている。

 山の斜面に作られた小さ目の段々畑を想像してもらうと分かり易いだろうか。

 おそらくゴブリンらしき影が、幾つか動いている。

 ちょっと見ただけで、急ごしらえの陣地とわかるが、それでも下から攻める側にとって、上から降ってくる弓や投石を躱しながら攻撃するのは、容易では無い。

 ベネットさんが身振りだけで合図し、音を立てないよう細心の注意を払い、少し引き返して、別ルートを探る。

 山の中を黙々と歩き、時々立ち止まって辺りの様子を伺い耳を澄ます。

 そして、また歩く。


 ふと気づく。

 俺の立てる足音、衣擦れ、息遣いが妙に耳に響く。

 先行する二人に比べると、俺の立てる音が大きい。

 もちろん、隠密行動であるのは承知しているので、充分に気を付けて歩いているつもりだったが、一度気が付くと、余計にうるさく聞こえる。

 葉擦れの音とか、地面を踏む僅かな足音。

 時折、踏みしめた落ち葉の下に、まだ乾いた小枝があり、枝が折れる硬質な音が警報のように響いて、肩を竦ませる。

 小柄なベネットさんはともかく、クリスさんも不思議なほど音を立てずに、山の斜面、木々の間をスルスル進んで行く。

 今更ながら、一人だけ音を立ててヘマしていた自分に気づき、恥ずかしさを覚える。

 二人の足の運び方、足を落とす場所、体の動かし方を注意深く観察する。

 何度か失敗を繰り返し、足のつま先まで神経を集中させるような、慣れない体の使い方にじっとり汗をかき始めた頃、二人にはまだまだ及ばないが、多少はマシになってきた。

 先頭を行くベネットさんが、ちらり俺の方を見て、『それで良い』という顔をして、また歩き出した。

 分かっているなら、最初から教えてくれよ。

 上司、先輩、指導者は、後に続く者に対して、『見て覚えろ』とか『技は盗め』とか言うんじゃなくて、技術、知識を理論立てて教える義務があると思うんですよ。

 軽く心の中で毒づいて憂さを晴らし、二人の背中を追いかける。




 少し視界の開けた場所に辿り着いた。

 腰を伸ばし一息ついて辺りを見回す。

 ここはどこだろう?

 ベネットさんは、迷いなく足を運び続けているが、茂みの深い山の中を上って、下りて、迂回、そしてまた上り下りを繰り返したおかげで、今、何処にいるのか俺にはさっぱりである。

 ベネットさんが、下の方を指でツンツン差してから、山を下りはじめた。

 幾分、二人から緊張感が和らいだのが分かったので、どうやら今日はこれで引き返すらしい。

 朝も早いうちから山に入ったが、いつの間にか日が傾いている。

 終始、辺りに気を配りながらの行軍だったので、半日ほどの山歩きなのに、疲労感がハンパない。


 ちなみに、この異世界、旅路にある間は、昼飯をだいたい摂らない。

 朝食をがっつり食べて、夕暮れ前に宿、又は、野営地を定め、暗くなる前に夕食を済ませる。

 途中、腹が減ったら我慢するか、おやつ程度に携帯食糧的な物を食べている。

 軍隊の前線基地も食事は朝と夕方の二回である。

 便利なレトルト食品もコンビニ弁当も無いこの世界では、道中まともに一日三食摂ろうとすると、一日中、焚き火に向かって料理しなければならなくなってしまう。

 効率、その他うんぬんを総合的に判断すると、一日二食に落ち着くことになるようだ。


 二人に続き山を下りる。

 今日の夕食は何かなあ、などと考えながら歩いていたら、ふもと間近でベネットさんが足を止めた。

 俺達に向けて後ろ手に、『待て』の合図を出して、独り先行する。

 先に行ったベネットさんが、『来い、来い』と手招きするので、声を殺し足音を消して近づき、茂みの隙間から下の方をそっと覗く。


 斜面が終わり、平地に差し掛かった少し広い場所で、いくつかの魔物の影が動いている。

 クリスさんが、俺を見てから一番端にいるヤツを指さす。

 スルーせずに片付けるらしい。

 腰の剣に手を掛け、頷き返す。

 クリスさんの合図で一斉に藪を掻き分け、斜面を滑り降りる。

 突然現れた俺達に驚いたゴブリンの表情が良く見える。

 山に入り、ずっと黙って神経を尖らせていたせいか、いつもより感覚が冴えているような気がする。

 散開し、予定通り一番端にいるゴブリンを強襲する。

 慌てて武器を構えようとした腕を切りつけ、返す刃で脇腹に突き刺す。

 剣を引き抜き、次の獲物に取り掛かろうと振り向いたら、すでに全部終わっていた。

 俺が一匹やる間に、クリスさんが三匹、ベネットさんが二匹始末していた。

 あっと言う間だった。

 今回、俺も結構上手くやったと思うんだけれど、どうやったの?

 これがトップチームの実力ってやつ?


「こいつらも、偵察部隊だな」


 クリスさんが、息絶えたゴブリンを足で転がして調べている。

 そんな事より・・・、これがゴブリン?


「どうした、カズヤ?何か気になる事でもあるのか?」


「いや・・・、ゴブリンって、こんなに大きいの?」


「大きい?こいつ、大きいか?オークや他の魔物に比べりゃ小さい方だと思うが?」


「そうなんだ・・・」


「カズヤ、ひょっとして、ゴブリン見るの初めてか?」


「うん・・・。俺、ゴブリンってもっと小さい物だと思ってた」


 俺のゴブリンのイメージは、所謂、子鬼のイメージで、小学生くらいの身長をした魔物が『キーキー』甲高い声で泣き叫ぶモノだと思っていた。

 地面に横たわっているゴブリンは、俺と同じくらいの身長で肩幅が広く、胸板も厚い。

 体重なら、明らかに俺より重い。

 だからどうした、という程でも無いが、ちょっとびっくりだった。

 うん、確かに二メートル以上あるオークに比べれば、小さいよな。

 シワだらけの皮膚は浅黒く、乾燥してザラザラしている。

 上唇にくっつきそうなゴツゴツした曲がった鷲鼻。

 懐かしのクシャおじさんみたいに、上下にギュっと抑え込んだ感じの顔。


「カズヤ、もういいか?そろそろ行くぞ」


 ゴブリンの死体を指先でツンツンしている俺に、クリスさんが言ってきた。


「うん、ごめん、いいよ」


 地面に横たわるゴブリン達を後に、前線基地へ帰る。




 司令部の天幕の中、アーロンさんにベネットさんが報告しながら、テーブルの上に広げられた地図に、今日、見つけた陣地、地形を書きこんでいる。


「よく分かるなあ。俺なんて、何処を登って、何処から降りてきたのかさっぱりなのに。クリスさんは覚えているの?」


「まあ、さっぱりって程でもないが、もう一回同じ道を行けって言われたら無理だな。ベネットは深い森や、山の中をウロウロするのが得意なんだ」


「ウロウロ言うな。方向感覚に優れ、地形を読み取るのが上手いとか言え」


 地図から顔を上げずにベネットさんが訂正する。

 ゲーム的に言うと、斥候職とか、レンジャー職とか、そんな感じかな?


「カズヤ、お帰り!」


 天幕の布を跳ね上げてアリスが飛び込んできた。


「ただいま」


「ケガしてない?大丈夫?」


「うん、ありがとう。大丈夫だよ」


 抱き付いて来たアリスを引き剥がす。

露骨にバカップル具合を披露すると、周囲の兵隊さん達の視線に殺意がみなぎるので程々にしておく。


「良かった。ねえ、入口の外にイチが出来てるから、一緒に見に行こ」


「イチ?」


「ああ、足止め食らってる商人たちの事だな。カズヤ、今日はもういいぞ。行って来い」


 ベネットさんと地図を見ながら、ああだこうだと相談していたアーロンさんが顔を上げて言う。

 『イチ』って何の事だろう?

 アリスに手を引かれながら、前線基地の入口へと向かう。




 なるほど。

 前線基地の入口から伸びる街道の両脇で、日曜日のフリーマーケットの様に地べたに敷物を広げ、その上に商品を並べた露店が並んでいた。

 俺達と同じように、このゴブリン騒ぎで足止めされた温泉街へ向かう商人達が、通行できるようになるまで、入口を中心にテントを設営していた。

 ついでに、兵隊や旅人相手に商売をする事にしたようだ。

 ちょっとした臨時の市場が出来上がっていた。


「カズヤ!こっちよ!」


 先に来て、薔薇組と一緒に店を眺めていたソフィが手を振っている。

 人込みを掻き分け合流する。


「カズヤ、クリス達と行動してみて、どうだった?」


「動き方が全然違うね、いい勉強になったよ」


「そう、良かったわ。まだ日があるから、クリス達のやる事を良く見ておくのよ」


「うん、そうするよ」


 俺の胸を軽く叩いて微笑むソフィと、繋いだ手を放さないアリス。

 さっきまで感じていた疲労が一気に吹き飛ぶ。

 この笑顔と手の温もりがあれば、俺は二十四時間戦える!

 などと浮かれながら露店を見て回る。


「うーん、無いなぁ・・・」


「カズヤ、何か探しているの?」


 俺の独り言を耳にしたソフィが聞いてくる。


「探し物っていうか・・・、そうだ、ソフィは『味噌』って知ってる?」


「ミソ?何の事?」


「そうかぁ、ソフィも知らないのか・・・。俺の故郷にあった調味料の事なんだけれども。何て説明すれば良いんだろう?ん~、大豆を発酵させた調味料で、味はしょっぱくて、色は茶色。スープに溶かして良し。肉、野菜を漬けこんで良しの優れものなんだ」


「ふ~ん、見た事無いわねぇ。それ、美味しいの?」


「旨い。さっぱりとした味わいだが、深いコクがある」


 何だかビールの宣伝みたいだな。

 マラガでも食料品店を見かける度に探し続けていたのだが、見つからない。

 店先には、見た事も無い葉っぱや種、おそらく動物の内臓を乾燥させた物を詰めたビンが並んでいる。

 たぶんオリーブの実を塩漬けにした物もある。

 だが、肝心な物が見当たらない。

 やっぱり自作するしかないのだろうか?

 味噌屋の息子とか都合よく転生してたりしないだろうか?

 香辛料や香草などを並べている店があったので、聞いてみたが、やはり知らなかった。

 その後、布を扱う店を見つけたソフィとアリスに連行される。


「どう?似合う?」


『似合う。似合う』と口から出かかったが直前で抑え込む事に成功する。

 俺は本当に似合うと思っているのだが、この件に関して適当な事を言うと、途端に二人の御機嫌が悪くなる。


「そうだなあ、もうちょっと明るい感じのが良いかな。こっちの模様も良いんじゃないかな」


 必死に頭を回転させ、言葉を絞り出す。

 ぶっちゃけ、美人は何を着たって美人なのだ。

 それに、何だかんだ時間を浪費して、結局、ソフィは緑っぽい生地、アリスは青っぽい生地に落ち着くのだ。

 だが、それを口に出すと、三日くらい口をきいてもらえなくなるので、今日、最後に現れた難関クエストに冷や汗を流しつつ、知恵を絞って立ち向かう。




「盟主様、ご飯が炊けました」


「ん、こっちはもうちょっとだな」


 味噌の話題で、久しぶりに米を食べたくなったので、野営地の調理場の一角を借り、サナエさんと料理をしている。

 刻んだ玉ねぎを大量のバターを使い大鍋でトロトロになるまで炒める。

 元から軍隊のメニューにあった肉入り野菜スープを大量に頂いてきて投入する。

 香辛料、香草、その他諸々で味を整え、小麦粉でとろみをつける。

 お椀に盛り付けたご飯の上にぶっかける。

 ハヤシライス的なナニかの完成である。

 味はそこそこ・・・、まあ、しょうがないか。

 いっその事、カレーにしたかったが、どの香辛料をどの位調合したら良いのかまるで分からなかった。

 カレーのルゥって大発明だよな、としみじみ思う。


「旨そうだな、俺にもくれ」


 珍しそうに、俺達を覗きこんでいたクリスさんがお椀を差し出してきた。


「どうぞ」


 そばで見ていた兵隊達も『俺も、俺も』と言い始めたので、あっという間に無くなってしまった。

 俺としては七十点の出来であったが、意外と好評だったので良しとする。

 でも、これも味噌と醤油の隠し味があれば、もっとコクが出るのになあ。

 なんちゃってハヤシライスを食べながら、ふと思いつきクリスさんに聞いてみた。


「クリスさん、『味噌』って知ってます?」


「『ミソ』?何だそれ?」


「調味料なんだけど・・・、そうか、やっぱりクリスさんも知らないのか・・・。誰か作り方知ってるヤツいないかなぁ」


 お椀の中のご飯を寄せながら、溜息をつく。


「オレ知ってるよ」


 驚き振り返ると、スプーンを咥えて、のほほんと立っているコジロウがいた。


「ナニ!マジでか!?」


「うん、ウチ、味噌屋だったから」


 ナンだと!さすがに盲点だった!俺の探し求めていた人材が、こんなアホだったなんて!


「先ずは大豆を煮る」


「ああ、それは俺も知っている」


「そんで大豆を潰す」


「ああ、そこまでは何となく分かる」


「そしたら塩麹をまぶしてかき混ぜる」


「塩麹って?」


「塩と麹を混ぜたもの」


「んで、その麹はどうやって作るんだ?」


「知らない」


「知らない?」


「だって業者から買ってたから」


「このたわけ者があっ!!!!!無駄に期待させやがって!元の世界で一から味噌の作り方覚えて転生しなおしてこい!」


 アホのコジロウに何かを期待した俺がバカだった。


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