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第40話 カズヤ育成計画

 ≪明日の為に、その一≫


「ハイッ、ハイッ、ハイッ!」


 ソフィの手拍子が、川縁りの石ころだらけの空き地に調子良く響く。

 ソフィの刻むリズムに合わせて、上段、切り替えし、突きと剣を振り続ける。


「あ、あの・・・、ソフィ・・・、ソフィア先生、そろそろ・・・」


「遅れているわよ、口より体を動かす!ハイッ、ハイッ、ハイッ!」


 疲れたとか、つらいとか、そういった身体の感覚が無くなってから随分と経ったような気がする。

 ランナーズハイはとっくに通り越している。

 いったい、どのくらい続けているのか、時間の感覚も無くなってきた。

 幽体離脱のような第三者的な俯瞰視点すら感じるようになってきた。


「ソフィ・・・、ちょっと休ませて、もうムリ・・・」


「もうちょっとがんばって!終わったら、抱きしめながらキスしてあげるから!ハイッ!ハイッ!ハイッ!」


「え?そ、そう・・・、そんなら、もうちょっと・・・、がんばっちゃおうかな・・・」


 ソフィの手拍子に合わせて、息も絶え絶えに黙々と剣を振り続ける。

 あれ?なんか、同じ様な事を言われたような、無いような・・・。

 おかしな気がするが、疲れすぎて考えがまとまらない。


「ソフィ・・・、そろそろ・・・」


「剣を振るカズヤがステキよ!惚れ直したわ!もっと見せてくれたら、ヒザ枕で休ませてあげるわよ!ハイッ!ハイッ!ハイッ!」


「え?ホ、ホントに?じゃ、じゃあ・・・」


 そしてまた、剣を振る。

 薔薇の前衛もいっしょに、剣の練習を始めたはずなのに、早々にリタイアして地べたに尻を付いて休憩している。

 あれ?いつの間にか、俺ひとりでソフィア先生の特別授業?

 車座になって休憩を取る薔薇の女子達の交わす雑談が、風に乗って他人事のように、聞こえてくる。


「ソフィアさん、怖い、怖い。高校の剣道部の鬼コーチを思い出すわ。炎天下のグラウンドを裸足で走らされたっけ。カズヤもよく続くわねー、意外と根性あるじゃない」


 傍らに槍を放り出し、ナオミが手を後ろについて体を支えながら言う。


「いや・・・、私には見える。カズヤに跨ったソフィアさんが、左手に持った釣竿で、カズヤの鼻先にニンジンをぶら下げ、右手のムチでカズヤの尻を叩いて、死の荒野を爆走していく姿が見える」


 ボブカットの毛先を肩の上で揺らしながら、ユキコが遠い目でカズヤを見ている。


「その釣竿も、百本以上のニンジンが、重すぎて折れそうになってますけど」


 ユキコの言葉に、物憂げにユカリが答え、エリカが追う。


「ソフィアさんに辿り着くための愛の試練が過酷すぎる!」


「ねえさあ、さっきからソフィアさん、膝枕とか、ベロチューとか、おっぱいとか、十五禁じゃ書けないような事、カズヤと約束しまくってるけれど、大丈夫なの?」


「今夜、カズヤのテントからヘンな声が聞こえてきたらどうしよう?」


「うわっ!エリカ、ヘンな事言わないでよ、想像しちゃった・・・」


「このままだと、私達みんな、ノクターンに引っ越さなきゃならなくなるかも」


「「いやーーーーーーっ!」」




 激しい訓練の末に、いつの間にか意識が飛んで、地面の上に倒れ伏していた。

 何か、ソフィと大事な言葉を交わしていたような気がするが、未だに意識が朦朧としていて、よく思い出せない。

 何か、俺にとって大切な事があったような気がするが、記憶がすっぽり抜け落ちている。

 なんだったっけ?

 A10神経からじゃぶじゃぶ流れ出したドーパミンが、全てを洗い流してしまったような気がする。


「カズヤ、ほら」


 フラフラと起き上がり、コジロウが差し出してきた水筒の水を一気に飲み干す。

 息を深く吐いて、青い空を流れる雲を見上げながら思う。

 これが、厳しい訓練を乗り切った後の爽快感なのだな。

 ・・・って。


「ふざけんなよ!何でコジロウなんだよ!俺に水筒を手渡すのは、ソフィかアリスだろ!余計なフラグ立ててんじゃねぇよ!俺をどうしたいんだよ!俺に何か思うトコロでもあるのかよ!俺のほのぼの異世界ハッピーエンドルートに割り込んでくんなよ!」


 意図的としか思えない悪意を多量に含んだクソイベントが、異世界で慎ましく生きる俺に襲いかかる。

 例の如く、キャラを差し替えただけの超手抜きイベントが繰り返される。

 しかも、オトコノコからバカヤロウに変わってるし!

 せめてマコトちゃんにしてくれよ!




 ≪バルト王国、王宮、執務室≫


「以上、カタロニア帝国、新政権からの使者が持参した書状の内容です」


 バルト王国、王宮内の奥まった場所。

 幾つもある大きな窓から差し込んだ午後の暖かな光が、広い室内に敷き詰められた毛足の長い絨毯を温めている。

 ごてごてした飾りの無い落ち着いた空間。

 余計な派手さは無いが、質の高い家具、調度品が程よく並べられている。

 部屋の中央には、王国内で良く知られた職人の手による、最高級の黒檀を使った執務机が置かれている。

 ゆったりとした椅子に背を預け、目を細めて書類を見ているのは、現バルト王国、バートランド・ダグラス・エスティ・バルト王である。

 ヒト種族として、背が高く面長で端正な顔つきなのは、バルト王家の出自に由来するものであろう。

 五十を過ぎてはいるものの、髪は豊かに波打ち、老いの兆しはまだ伺えない。

 これもまた、バルト王家成立に係わるものだと思われる。


 対して、窓辺の鉢に飾られた花を手に取り、陽にかざして眺めながら、王に語りかける人物は、バルト王国宰相、フェルナン伯爵。

 バートランド王が王国継承者候補の一人に過ぎなかった幼少の頃から、友人として、忠臣として付き従っている。

 張り出した額に、高く突き出した鷲鼻、中肉中背ではあるが、さほど余分な脂肪はついておらず、軍閥家系であることを偲ばせている。


 貴族、平民、双方に比較的公正な態度を示す賢王として名高いバートランド王。

 バルト王国の名宰相として他国に知られるフェルナン伯爵。

 この二人の治政によりバルト王国は、アリオス大陸における国家の中で、現在、最も安定し、栄えている国と言われている。


「ふむ、いつも通り、国交の暫定的回復と通商条約の締結要求だな。フェルナン、それで、使者には何と?」


「いつも通り、関係各所と協議し、可能な限り善処する。と応えてあります」


「向こうも、すんなり事が運ぶとは思っておらんだろう」


「陛下の仰せられる通りですな。時間稼ぎです。真の要求は『手を出すな』でありましょう。電光石火で旧皇帝、台頭した反乱貴族を排除した手並みは鮮やかでしたが、未だ、不満を唱える貴族や大商家は残っております。ダルトンとの国境沿いに位置する伯爵家を中心に、反対勢力が集結しているとの情報もあります。国内をまとめるには、まだまだ時間が必要です。今のところ、我が国に手を出す余裕は有りませんし、出すつもりも無いでしょう」


 フェルナン宰相が、数ある些事の中の一つとして報告する。

 今はまだ、カタロニア帝国の政変は、バルト王国にとって対岸の火事、山脈の向こう側の出来事である。


「もともと、両国の間にそびえ立つマルティニー山脈のせいで、それ程、親密にしてもいなかったからな。新皇家、旧貴族勢力、どちらに落ち着くのか見届けてからでも遅くはあるまい。我がバルト王家がそうだったように、王家の交代劇は珍しくはない。それにしても、この新カタロニア皇帝を名乗るアルステアという転生者、開戦と同時に使者を送って寄こし、我が国からの干渉を抑えるなど、単なる力任せの冒険者上がりでもないようだ。ずいぶんと目端が利く。ああ・・・、私の分も頼む」


 幼少期からの付き合いの気安さで、国王と宰相、二人だけの場所では、お互いにくだけた態度で向き合っている。

 宰相が、勝手知ったるとばかりに、飾り棚から酒瓶とグラスを取り出すのを見たバルト王が、自分の分も要求する。


「はい。この通商条約の内容にしても、関税率の項目など、実に微妙な数字を提案してきております。我が国の内情を良く調べてあるようです。中には旧帝国時代、向こうが首を縦に振らなかった産出品がいくつか並んでいます。みえみえの餌ですが、こうやって、小出しにチラチラさせてくるなど、なかなか侮れません」


「四年前に忽然と現れた転生者達、その武力もさることながら、総じて教養も高い。こちらの世界の常識に疎いのは致し方ないが、政治の在り方、税の仕組み、経済への造詣の深さ、農業、工業の知識。どれをとっても並大抵のものでは無い。専門の家庭教師を付けられた貴族の子弟でも、そこまで学んでいるのは、ごく僅かであるぞ。彼らが元いたという世界、いったいどんな世界であったのか」


 バートランド王がフェルナン宰相の言葉に頷き、グラスの中に浮かぶ酒を見つめる。


「確かに、興味深い事です。ああ・・・、それと、マラガに現れたソラリス神の祝福持ちの転生者、その男と行動を共にしている少女、今は、教会のシスターアリスと名乗っていますが、やはり、旧カタロニア皇家、第六皇女でした」


 立ったまま窓の外を眺めながら、グラスの中で静かに波打つ酒をちびちび舐めていた宰相が、グラスを傾け残った酒を一気に飲み干す。

 まだ若い、角の立つ味に顔をしかめている。


「そうか・・・、で、どうすれば良いか?」


「今は何も。報告によりますと、一介の治療師、冒険者として過ごしており、カタロニア方面からは、一切接触が無いようです。表沙汰になってしまえば、おそらくカタロニア新政権、旧勢力双方から返還要求が出され、我が国がどちらに付くか、態度をはっきりさせなければならない状況になるやも知れません。今はこのまま隠しておき、事が明るみに出た場合は知らぬ存ぜぬで通して、うやむやのまま、最適な時期を待つのが良いでしょう。こちら側にさえあれば、何かの時、手札として使えるかも知れません。元教会騎士団長のロバート司教が後ろ盾になっております。騎士団から引退したとは言え、未だ教会内において大きな発言力を持っている司教です。下手に手を出して教会と関係がこじれるのも避けたいところです。それに・・・、陛下の大叔母様より、『マラガのカズヤには手を出すな』と、厳しく仰せつかっております故に、最小限の監視をつけているだけです」


「あの大叔母殿がそこまで御執心だとはな・・・。いったい、この転生者は何者なのだ?ただの祝福持ちではあるまい。それにしても・・・、ソラリス神の祝福持ち、旧カタロニア皇家の遺児、エルフに全て持って行かれるのも面白くないな・・・」


 フェルナン宰相の口から出た言葉が、国王の眉間にシワを作らせる。

 バートランド王が最も苦手とするバルト王家の外戚女性であった。


「ですが、翼竜の貸与、魔法師の教育と砦への支援、エルフ、シルチス、バルトを繋ぐ交易ルート、そして、何よりバルト王家の成立への多大なる関与。どれを取ってもエルフに頭が上がらないのが現状です。現在のバルト王国の繁栄と安定はエルフ抜きでは成立しなくなっております」


「ふむ・・・、面白くないな・・・」


 考え込んだ国王の耳にノックの音が響く。


「国王陛下、アカデミー学院長が面会を希望されておいでです。いかがなさいますか?」


 控えの間から出てきた侍従が、告げる。

 バートランド王とフェルナン宰相が、目を交わす。

 お互い言葉に出さずに『噂をすれば・・・』そして『会いたくない』と語っている。




 ≪明日の為に、其の二≫


 野営地の開けた場所に、杭が一本打ち込んである。

 その杭には一メートル程のロープが結び付けてある。

 そして、そのロープのもう一端に縛り付けられているのは、俺の右足首。

 首輪が付けられていないのが、不思議なくらいだ。


「鎖に繋がれた狂犬?」


「それだと、カッコ良すぎるワヨ。縄に繋がれた野良犬、ってトコロかしら?」


 半径一メートルの円の中でしかウロウロ出来ない俺を、薔薇のエリカとナオミが評する。


「う~っ、わん、わんっ!」


「キャハハハハ!」


「お前ら、覚えとけよ」


「盟主様、とてもお似合いですよ。サナエ、ゾクゾクしちゃう」


 サナエさんの目つきが危ない。


「お利口にしていたら、お散歩に連れて行ってあげるよ?カズヤ!お手!」


 アリスまで悪ノリしてるし・・・。


「ハイハイ、ふざけてないでやるわよ!」


 ソフィの声で、木製の大剣を担いだアリス、短剣を手に取ったサナエさんが、俺から距離を取って戦闘態勢を取る。

 俺に許されているのは、半径一メートルの行動範囲と三十センチのスリコギ棒。


「はじめっ!」


 アリスが上段から迷わず振り下ろしてくる大剣を、横に躱す。

 躱した先に現れたサナエさんの短剣をスリコギ棒で弾く。

 水平に薙ぎ払ってきたアリスの大剣をバックステップで回避・・・、しようとしたら、ピンと張った足のロープに邪魔されてコケる。

 偶然、地面にへばりついた俺の上を、アリスの大剣が風を切って通り過ぎて行く。


「カズヤ!動きにムダが多いわよ!足のロープを忘れちゃダメ!さあ、さっさと立って!」


 追撃の短剣を躱し、ゴロゴロ地面を転がりながら起き上がる。

 息を整え、次の攻撃に備える。


「あの・・・、ソフィア先生・・・、俺だけ練習メニューがハード過ぎないか?」


「カズヤ!考えちゃダメ!感じるの!」


 ソフィ・・・、誰から聞かされたのか知らんが、そのネタは俺の元いた世界の定番中の定番で、元ネタが何なのか分からなくなる位、こすられ過ぎてるんだ。


「アリスとサナエはカズヤの逃げる先をしっかり予想して!二人いるんだから、もっと上手く連携しなさい!」


 切れ目なく襲いかかってくる攻撃を躱し、手のスリコギ棒でいなし続ける。

 アリスとサナエさんのスタミナが無くなり、動きが鈍くなってくる。


「アリス、サナエは下がって!薔薇組と交代!」


 アリス、サナエさんと入れ替わりに、薔薇の前衛組が前に出てくる。

 ムリ!ムリだってば!

 俺は無駄に強いヤツを探しに行きたがる少年マンガの主人公じゃないんだから!

 そういうキャラじゃないんだよ!

 誰か止めて!

 またもや、ドーパミンの海に溺れて、意識が沈んでいく。




「ワホッ」


 精も根も尽き果て、草原に寝転がる俺の目の前に、水筒が出てくる。

 背を起こし、水筒を傾け、口の周りから水をこぼしながら、喉の奥に流し込んでいく。

 草木を揺らす秋風に身を任せて、身体の汗を乾かす。

 遠くにそびえ立つ山脈を見ながら思う。

 ああ、これが全力を出し切った後の満足感なんだな。

 ・・・って、



 シリウスじゃねーか!!



 このクソイベント、次に誰が来るのかと思ったら、もはやヒトですらない。

 女の子でも、オトコノコでも、バカヤロウでもない。

 ヒトからケモノに変わってるし!

 オオカミだし!

 せめてヒトにしてくれよ!

 せめて二足歩行にしてくれよ!


 大地に両手をつき、激しい無力感に襲われ脱力する俺の前に、シリウスがお行儀よくお座りしている。

 誰が用意したのか、ご丁寧に、山岳地帯の災害救助犬よろしく、首から小さな樽がぶら下がっている。

『褒めて、褒めて』と尻尾をパタパタ動かし、俺を待っている。


「うん・・・、お前は悪くないよな。お前のせいじゃないよ。ありがとう、シリウス」


 頭をワシワシ撫でてやると嬉しそうに尻尾の振りが大きくなる。


「チクショー!カワイイぜ!おまえって、なんてカワイイやつなんだ!」




 ≪バルト王国、王宮、執務室≫


「これは、これは、大叔母殿。わざわざのお越しとは、何か御用ですか?」


 次の間に控えている護衛の案内も待たずに、ズカズカと妙齢の女性が入ってくる。

 褐色の肌の南部エルフ。

 瞬きを忘れるほどの整ったスタイルと妖艶な美貌。

 高く結い上げた髪の毛が、腰の動きに合わせて誘うように揺れる。

 外見は二十代とも三十代とも言える年齢不詳の若さ、その内側には、齢二百の経験を忍ばせた怪しさが見え隠れする。


「来季の翼竜部隊の運用計画が上がって来たのでな、届けに来た」


 戸惑う二人をよそに、肉厚の唇が淡々と答える。


「運用計画の報告など、使いの者に持たせれば良いではありませんか」


「なに、たまには国王陛下の御機嫌を伺わねばならんと思うてのう。ついでである」


 務めて何気ない口調を装ってはいるが、底の知れない迫力が漂う。


「ご機嫌などと、恐れ多いですな。大叔母殿もご健勝そうで何よりです」


「では、私はこれで・・・」


 ここは、国王を生贄にして撤退しようとフェルナン伯爵が足を動かすが・・・。


「まあ待て、フェルナン伯爵も、久方ぶりに私の世間話に付きおうてもよかろう。学究の塔に籠ってばかりでは世事に疎くなる。それとも、なんぞ二人で悪巧みでもしておうたか?」


 口元にうっすらと笑みを浮かべ、首を傾け、目を流す。


「ハハハ、それこそ御冗談を、おひとが悪い。雑事に追われる毎日ですよ」


 蛇に睨まれたカエルのように、脂汗を流す。

 または、退路を断たれた敗残兵のように、行き場を無くし立ちすくむ。


「そうであったか、国王、宰相という立場にあぐらをかかず、日夜政務に汗を流す二人のおかげで、バルト王国盟邦、我が祖国、エルフ部族連合も安泰というものだ。私の甥御殿も逞しくなられた。嬉しいかぎりである」


「では、積み重なった書類を片付けなければなりませんので、私は失礼を・・・」


「まあ待てと言うのに、気持ちの良い午後ではないか。これ、そこの侍従よ、お茶の用意をしてくれんか」


 国王を差し置き、部屋の主然として、扉の傍に震えながら控えていた侍従に声を掛け、部屋を威風堂々と横切る。

 妖しい香りを振りまきながら、中央に並べられた重厚な応接ソファに深く尻を沈ませる。

 執務室の中に立ったまま警戒する一国の王と宰相に向かい、そこに座れと手を振って促す。


「フェルナン伯爵よ、孫娘殿は息災か?もう結婚生活には慣れた頃かの」


 長い足を組むと、深く切れ込んだスカートのスリットが大きく開き、たっぷりとした太腿が露わになる。


「は、その件につきましては、貴重なご助言をいただき感謝いたしております。あのまま嫁がせていたら、今頃、カタロニアの政変に巻き込まれていたところでした。真に学院長殿は類まれなる慧眼をお持ちでございます。まるで未来を見通す眼をお持ちのようだ」


 当時は、いくら王家と外戚関係にあるとはいえ、宰相家の縁談話にまで口を挟んでくるなど、内政干渉も甚だしいと鼻息荒く憤っていた。

 だが、今となっては、その結果の恐ろしさに息を飲むばかりである。

 その見えない手は、いったいどこまで伸びているのか、計り知れない。


「歯の浮くような世辞を申すでない。アリオス大陸に名高い宰相閣下からそのように褒めちぎられると背筋が寒くなるではないか。あれは、たまたまじゃ、あの娘に、あちらの家風は肌に合わんと思うただけでな。偶然、良い方向に転んで幸いであった」


 事も無げに語る恐ろしい偶然に、冷たい汗が伯爵の背中を流れて行く。


「失礼いたします」


「おう、これは良い香りじゃ。ん?お二人は、もっと香りの強いモノが良かったかな?私に気を使わず好きにやってくれてよいぞ?ああ・・・、給仕はよいから、部屋の外で待っておれ」


 入って来た侍従の為に、さり気なく変えた話題も、いちいち棘を含んでいる。

 傍に控え、給仕を続けようとする侍従を追い出す。


「とんでもない。我々もこれでじゅうぶんです。それにしても、その・・・、大陸随一と言われる程の魔術の使い手でありながら、飽くなき研究心をお持ちでいらっしゃる。白亜の塔の下で、いったいどんな秘術が行われているのか、ぜひ見てみたいものです」


「伯爵殿、聞こえの良い言葉を探さなくても良い。町娘達が噂するように『黒の魔女』と呼んでもらって良いぞ?とうに承知しておるし、大陸随一などと面はゆい。私の魔法の腕などまだまだじゃ。塔の地下について、様々な噂が飛び交っておるようであるが、大した事など何も無い。素人が迂闊に触れると危険な薬剤などが保管してあるので、立ち入り禁止にしているだけじゃ。それにしても、二人とも、そんなに畏まらずとも良いではないか?子供の頃は、素直に甘えてきたのにのう。そのように他人行儀な態度を取られると寂しいものだ。いつの間にか、私に隠し事などするようになったしな」


 ティーカップに紅を残して離れた唇が、鋭利な三日月を作る。

 底の知れない妖気を湛え、静かに細めた目が二人を見つめる。


「隠し事などと、物騒な」


 身体を押し潰してくるかのような、ほんの僅かの間の静寂。

 動揺を抑え、国王が声をひとつ絞り出す。


「そうか?『カズヤ』に付けている監視の手、いささか多すぎはしないか?やり過ぎると、ソフィに感づかれるぞ?」


「大叔母殿に隠せるとは思っておりません。ソラリス神の祝福持ちです。必要最小限の監視は必要です。ですが、御忠告に従い、少しばかり手を緩めることにいたします」


「うむ、お二方の立場は分かっているつもりじゃ。程ほどにしていただけると助かる。美味しいお茶をご馳走になった。これ以上、職務の邪魔をしてはいかんな。これで、失礼させていただこう。くれぐれもやり過ぎぬよう頼んだぞ」


 閉まった扉の向こうに気配が消えると同時に、張りつめていた空気が解けて凍った時間が流れ出す。




 ≪明日の為に、其の三≫


「盟主様、この首飾りの宝石をよく見てください」


 俺の目の前で、サナエさんが握る鎖から繋がった宝石がユラユラ揺れる。


「サナエさん・・・、あのな・・・、ナニやろうとしているのか、だいたい想像つくけどさ・・・」


「盟主様、疑ってはいけません。心で感じるんです」


 またソレか・・・。


「盟主様、あなたは誰ですか?」


「俺は・・・」


 しょうがない、付き合ってやるか・・・。


「あなたは、戦士」


「俺は、戦士・・・」


 鎖の先の宝石が光を反射させながら、右に左に揺れる。


「あなたは、最強の戦士」


「俺は、最強の戦士・・・」


 サナエさんの言葉を繰り返す。


「異世界に舞い降りた、最終兵器カズヤ!」


「俺は、リーサルウェポンカズヤ!」


「お前は虎だ!」


「俺は虎だ!」


「虎になるんだ!カズヤ!」


「俺は虎だ!虎になるんだ!ウォオオオオオーーー!」


「行け!カズヤ!」




 仲間を後ろに従わせ、森の中へ獲物を求め踏み込む。

 陰から襲いかかる獣を端から切り伏せる。


「URYYYYAAA!てめえら、みんな挽肉だ!俺の前に出てきたヤツは、ミンチにしてやるずぇええええ!」


「カズヤが、ウザイ」


 薔薇のクソ女が何か言っている。


「俺は勝ちしか知らねぇ!何故なら俺様は最強だからだ!ヒャッホウー!!」


「カズヤが、ちょーウザイ」


 前方に立つ巨木の根元の茂みに何かいる。


「そこかあぁーっ!俺様に出会った時にキサマのディスティニーはファイナルジャッジだっ!速やかに死にくさやがるぇええ!」


「カズヤが、激ウザイ」


 隠れるナニかに、一気に距離を詰めて近づく。

 ガサガサ茂みを揺らし、長く大きいナニかが現れる。

 巨木に巻き付きながら上へ昇っていくのは、全長十メートル以上ありそうな巨大ムカデ。


「ムリ!やっぱりムリ!長くて足がワシャワシャしたのはヤメて!ニョロニョロ、ブニョブニョしたのもイヤ!ゲテモノはやめてーーーー!」


「あ、カズヤが逃げた」


「まあ、ちょっとやそっと特訓したくらいで強くなれたら、誰も苦労はしないワネ」


 逃げるカズヤの後ろ姿を見ながら、ソフィが肩をすくめる。




 この異世界、俺で遊びすぎじゃないか?

 俺をどうしたいんだ?

 俺にナニをさせたいんだ?


「クソ運営、俺だけバグってるぞ!さぼっとらんで、さっさと修正しろ!」


 久しぶりに言ってみた。


せめて、月に二回くらいは更新したいです。

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