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第36話 春を待てずに旅支度

 ≪ソフィア≫


 私の魔力量が上がっている。

 魔力量だけではない。

 物理的な身体能力もそれぞれに上がっているように思う。

 私の今までの修行、実経験の効果を否定するつもりは無いが、全て私の素質だと思うほど自惚れてもいない。

 エルフ種として生来備えている高い魔力量と反射速度に慢心せず、修練を積み続けた努力もあり、ここマラガの街では風魔法の使い手として一目置かれるようにはなれたが、私の基礎的な能力は成長のピークを迎え伸び悩んでいた。


 はっきりした成果を感じ取れない修行の日々は、鍵のかかった大きな扉を、ただひたすらに押すようなもので、辛くもどかしい。

 そうかと言って、止めてしまえば、後はゆるやかな減退の一途をたどるばかりであるのは明白である。

 このびくともしない厚い壁に描かれたかのような扉は、冒険者として更なる高みを望む限り、押し続けなければならない。

 その覚悟は出来ていたし、止めるつもりもなかった。


 だけれども。

 いつの間にかその扉は開いていた。

 向こう側から誰かが開けてくれた扉の内側に、いつの間にか入っていたのだ。

 鍵を開けてくれたのは、きっとカズヤだ。

 扉を叩く音がしたので、なんとなしに鍵を開けたカズヤが、足元に転がり込んできた私を見てキョトンとしている。

 ヒトの気も知らないで、いつものようにのんびりと『どうしたの?ソフィ?』そう言って、声を掛けてくるカズヤが頭の中に浮かんだ。

 自分の頭の中のカズヤに腹を立てながら、教会の門をくぐり抜け、ロバート司教の執務室へ足を運ぶ。


 私の魔力が増えたのはカズヤと同調を繰り返したせいで、カズヤが持つ大きな魔力量に引っ張られたからだと思っていた。

 それだけでも在りえない事なのに、体の動きまで一つ階段を上ったような気がする。

 たぶん、何か別の理由で。


「屋敷の生活はどうだね?もう慣れたかな?」


 教会の裏庭に面した執務室には、大きな窓から柔らかい陽が差し込んでいる。

 ロバート司教が手ずから淹れた甘い紅茶の香りが、暖かい部屋の中へ漂い出す。


「はい。思いの外、居心地が良くて、体がなまってしまいそうです」


「そうか、風の如く世界を流れるソフィも、やっと自分の居場所を見つけることができたか」


 裏庭で遊ぶ子供たちの声が窓から漏れ聞こえてくる。

 紅茶の香りと共に穏やかな時間が流れる。


「私って、そんなにフラフラしているように見えましたか?」


「旅暮らしは冒険者として仕方がない事だが、ソフィはいつも何かに追い立てられているかのように、私には見えた」


 穏やかに語りかけてくるロバート司教の口調は、押し付けがましいところが無い。

 深い藍色の眼は、私の向こう側の何かを静かに見ているようだ。


「そうでしょうか」


「何か理由も無く、焦って走っているようにも見えたな。いつか転んでケガをするんじゃないかと心配していた」


「そんな・・・、子供じゃないんですから」


 司教の視線から逃げるように目を逸らし、手の中でふわりと湯気を立てるカップを見つめる。


「カズヤと出会う前のソフィは仲間を作らず独りで行動していた。他人に頼らない孤高とも言えるその姿勢は美しいが、もろいガラス細工のような危うさが常に付きまとっていた。いつの日にか、どこか遠くの荒野で人知れず砕け散るんじゃないかと思っていた」


「私だって自分の力は分かっているつもりです。それに、独りじゃありません。必要な場合はパーティを組んでいました」


 独りのほうが気楽で良いと思ってはいたが、自分の力を過信して一匹オオカミを気取っていたつもりはない。


「それも必要な場合だけだろう?仕事が終わればそれっきりの関係でしかない」


「司教様のお話を聞いていると、なんだか自分がひどく冷たい感情の持ち主のような気がしてきますね」


 周囲がどこからか私を遠巻きに見て、近寄りがたく感じていたのには気づいていた。

 それでも、冒険者は結果が全てだと思い、作り笑顔で慣れ合う事を嫌い、自分から歩み寄ろうとしなかったのは事実だ。

 今ならそれが間違いだったと分かる。

 反省はしているが、改めて司教様から自分の心を見透かされたように諭されると、あの頃の自分を思い出し恥ずかしくなる。

 スネたフリをして、少しだけ抵抗しておく。


「いや、すまない。そんなつもりはなかったんだ。許してくれ。ソフィはカズヤと出会ってから随分と穏やかな顔をするようになった。こうなって良かったと思っているだけだ。話が逸れてしまったな。今日は何か相談があって来たのだろう?」


「はい。その事なんですが・・・、その・・・、私が受けている祝福に変わりはありませんか?テミス神だったはずですが」


「ふむ・・・、祝福か・・・」


「司教様・・・」


 椅子から立ち上がり、腕を組んで窓の外を眺めながら考え込む司教様に先を促す。


「・・・、ソラリス神の祝福を受けている」


「ソラリス神!?テミス神からソラリス神に変わったんですか?」


「いや、そうじゃない。ソラリス神とテミス神、お二人の御姿が見える」


 司教様は、こめかみを指で揉み、眉間にシワを寄せていた。

 空の上に大きな雲が流れてきて、太陽を覆い隠すと、急に肌寒く感じるようになった。

 雨になるかも知れない。

 シスターが外で遊ぶ子供たちを呼び、孤児院の中へ急かす声が聞こえる。


「二人の神の祝福を同時に?そんなことがあるんですか?」


 ひょっとして、いや、まさかと思いながらの質問だったが、完全に予想外の答えが返ってきた。

 私は単純に、テミス神の祝福の影響を以前より強く受けるようになったのではないか?としか考えていなかった。


「私は初めての事だな。有るか無いかと聞かれれば、今、目の前にいるとしか答えようがない。神々のなさりようをヒトの身で推し量るのは不敬というものだろう。授かった恩恵を素直に感謝し、受け入れればそれで良いと思う」


「アリスは?」


 教会の治療院で、年寄りや子供の相手をしているアリスを思い浮かべる。

 教会の長椅子に座り順番を待つ患者の間を、優しく声をかけながら歩き、次々と回復魔法をかけている。

 本人は気づいてないようだが、他のシスターであったら、とっくに魔力切れで倒れている頃だ。

 周囲のシスターは、そんなアリスの様子を、治療師として天性の素質があるとしか見ていない。


「アリスもソラリス神とテティス神の双方から祝福を授かっている」


「いつからですか?」


「私が気づいたのは、ソフィがカズヤ達と旅から戻って来て、教会に顔を出した時のことだ。その時にソフィとアリス、二人の祝福が変化しているのが分かった」


「私とアリス、つまり・・・、カズヤが関係している?」


 紅茶のカップを口元に近づけると、とっくに無くなっていることに気付く。

 司教様が無言で差し出したティーポットの注ぎ口から流れ落ちる紅茶が、カップの中で渦を作る。


「理由は分からないが、おそらくな・・・、だが、無理に気負う必要は無いのだぞ?これまでもソラリス神の祝福を授かったものはいたが、その誰もが英雄となったわけではない。農民や商人として静かに一生を終えた者も多い。神々から授かった祝福を感謝し、日々、自分に出来る事をして暮らしていけばいいのだ。わかるな?」


「でも、二人の神様からの祝福だなんて・・・。あの・・・、それでは・・・、カズヤ自身の祝福はどうなんでしょうか?」


「カズヤが授かっている祝福か・・・」




 ≪サナエ≫


「でも、組合長、それでは組合に迷惑をかける事になるかと・・・」


 盟主と行動を共にする為に、冒険者に復帰することを望んだ私は、冒険者組合の仕事を止めることにしました。

 普通なら直属の上司である課長に話をして、それで終わりのはずでした。

 組合の窓口嬢など、ガラの悪い連中の相手さえできれば、特別な知識も経験もそれほど必要ありませんから、私の後任などすぐに補充できるでしょう。

 それなのに・・・。


「ああ、それは気にしなくていいんだ。こちらとしても組合の組織側から見た冒険者の現場からの声を聴きたいからな。サナエ君の活動の主体は・・・、パーティ名は決まってないんだな・・・、そのカズヤ君をリーダーとするパーティの冒険者で構わない」


 ちょっと待って、そう言われて、奥から出てきたのは組合長。

 このマラガは、冒険者組合の組合長、商工会議所の会長、教会の司教の合議制で運営される街です

 例えるなら、市役所の窓口係りが辞表を出したら、トップの市長に引き留められたようなものです。


「はあ・・・」


 おかしい・・・、冒険者の体験談なんて、日中から組合の酒場で飲んだくれている連中からいくらでも聞けるはずなのに・・・。

 組織側の立場から見た冒険者の活動?

 いったい、いつからそんなお役所的な事を考えるようになったのでしょう?

 すべては冒険者の自己責任。

 実力の満たない者が、勝手に魔境に飛び込んで、生きようが死のうが組合はまったく気にしません。

 その立ち位置は、今だって変わらないはずです。


「こちらに戻って来た時、旅の合間で構わない。今まで通り組合員として働いて欲しい。サナエ君も組合に籍を置いてあったほうが、条件の良い依頼を見つけやすいだろ?」


 つまり、働きたい時に働いて、休みたい時に休める職場?

 そんな都合の良い職場、元の世界でも聞いたことがありません。


「ですが・・・」


「君にとっても悪い話じゃないはずだ。まあ、帰ってきたらカズヤ君との旅の話でも聞かせてくれ。それじゃあ、私は予定が詰まっているから、これで失礼させてもらうよ。いいね?」


 組合長は言い訳じみた言葉を私に押し付けるように投げると、逃げるように部屋から出て行きました。


「はい・・・」


 こういうのを、キツネにつままれたような気分、と言うのでしょうか?

 組合が私を職員として引き留めておきたい理由。

 私が窓口係りとして優秀すぎるから手放したくない。

 美しすぎる受付嬢を失いたくない。

 組合長が私を女性として狙っている。

 うん、可能性として無くは無いですが、そこまで妄想癖が強くないので、深く潜り込めずに頭のごみ箱へポイ。


 ここのところ、組合長と商会長、そして教会の司教が会合する数が増えています。

 おそらく議題は、カタロニア帝国おける『Line of the fool』の動向についてだと思われますが、組合の応接室へお茶を届けに行った際に重厚な戸の隙間から、何故か盟主の名前が聞こえてきました。

 何故に盟主が?

 顔に好奇心が出るのを押さえて室内に入り、テーブルの上にお茶を並べる私にお偉方が、自然に雑談を振ってきます。

 仕事の具合、街の様子、私が暮らし始めた屋敷、そして我が愛しの盟主様の話。


 何気ない風を装っていますが、妙に盟主様の事を気にしています。

 以前、盟主様が『fool』の件で呼ばれましたが、あの時は、古参プレイヤーとして、『fool』の昔の様子を聞かれただけで、盟主様と『fool』との個人的な関係については話していないと言っていました。

 私や盟主様が話さない限り知りようが無いはずです。


 向こうは何を知っていて、何を知らないのか?

 おそらく、私を組合の内部に囲っておきたいのは、盟主様の様子を探る為。

 いったい盟主様の何が気になるのでしょうか?

 そんな事をつらつらと思い悩みながら、屋台が立ち並ぶマラガの石畳を歩いていると、教会の方向から歩いてくるソフィアさんの姿が見えました。


「ソフィアさん!ソフィアさん!」


「あ、サナエ。組合のほうはどうだった?」


「ちょっと、その事でお話が・・・」


「私もサナエに聞きたい事が・・・」


「「『盟主様』『カズヤ』について話が・・・」」


 黙り込んだまま往来の真ん中で立つ二人を、通行人が邪魔そうに避けて先を急いで歩いて行きます。


「いいわ、どこか入りましょうか?」


「そうですね」




 ≪カズヤ≫


「うーん、ここのラインに暖かい丸みを出すのが難しいなあ・・・」


 独り言を呟きながら、手の中の木片を上、下、横、斜めと角度を変えてじっと見つめる。

 次なる旅立ちに備え、俺は食堂の床に座り込み、旅支度をしている。

 ナイフと彫刻刀を使い分け、短く切った丸太から定番ともいえるアイテムを、手作りで生み出そうとしていた。

 始めた当初は、楽に出来上がるだろうと思っていたが、こだわり始めるとなかなか奥が深い。

 ただ、カタチが整えば良いというモノではない。

 そこには、家庭的な暖かさを思わせる何かが無くてはならないだろう。


「「ただいまー」」


 食堂の扉を開けて、朝から出かけていたソフィとサナエさんが入って来た。


「おかえりー」


 作業の手は止めずに返事をする。


「盟主様、それ、なんですか?」


 ソフィとサナエさんが、俺の手元を覗きこんできた。

 サナエさんが手を差し出してきたので、渡して見せてあげる。


「・・・・・・、木彫りのアヒルですか?」


「うん、温泉の湯に浮かべて遊ぼうかと思ってさ、かわいいだろ?」


「へえ・・・、意外と器用なんですね・・・、って!真剣な顔して、ナニやってるんですか!アヒル!?アヒル!?盟主様、何の為に旅に出るか分かってますよね!?」


 サナエさんが、鬼の形相で、俺の顔をアイアンクローで鷲掴みにしてきた。

 痛い、痛いです!サナエさん!


「わ、わかってるってば、温泉だろ?」


「ち・が・い・ま・す!!狩りをしながら!弓を作る為の材料集めに!ラモア高地に!行くんです!」


 今度は俺の両肩を掴まれて、ガックンガックンと頭が前後にシェイクされる。


「え?あ、そ、そうだったっけ?そうそう!弓ね!だいじょうぶ、分かってるって!」


「くっ・・・、私達がこんなに悩んでいるというのに・・・、こんなもの・・・、えいっ!」


「あーーーーっ!俺のアヒルちゃんがあっ!」


 俺の魂の力作が、窓の外へ投げ捨てられてしまった。


「盟主様、どんだけバカなんですか!ソフィアさんも言ってやってくだ・・・、ソフィアさん?」


「プッ・・・、アッハッハッハハ・・・」


 なんだか、笑いのツボに入ってしまったソフィが、珍しく体を震わせ笑っている。


「あの・・・、ソフィアさん?」


「あ~あ、おっかし、ホントにカズヤったら・・・、もー、笑わせないでよ。そうよね、カズヤはそうじゃなくちゃね。うん、私も温泉に行くのが楽しみだわ。ゆっくり出来るといいわね。プッ・・・ククッ・・・」


 目尻の涙を拭きながら、ソフィはずっと笑い続けていた。

 サナエさんも、つられて笑い始めた。

 二人とも、どうしたんだ?


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