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第35話 ささやかな幸福感

「あー、おっかしー、久々に笑わせてもらったわー」


「笑い過ぎよ、ナオミ」


 赤毛のポニーテールを揺らしながら笑い転げているナオミを、火系統のメイジ、ユカリが諌めているが、当の本人も目尻の笑い涙を隠す気すらない。

 レオンバカルトと愉快な仲間達の相手をしている間に、すっかり陽が傾いて冷たい風が吹き始めてしまったので、屋敷の食堂へと場所を移し、改めて飲み直している。


「あんなの殺しちゃえばよかったのに」


「そう簡単に、殺す、殺す、言うなよ、エリカ。そんな事したら、今度は鬼畜じゃなくて、殺人鬼とか言われそうだよ」


 ただでさえ、鬼畜だの奴隷商人だの言われているのに、勘違いして突っかかってくるヤツを端から切り捨てていたら、どんな悪評が立つか分かったものではない。


「だって、あいつ、カズヤの事を・・・」


「おや~、エリカ、随分カズヤの肩を持つじゃないか」


 食堂のテーブルの上に両肘を付いてあごを乗せながら、不満そうに口を尖らせているエリカの首に、酒杯を片手にユキコが腕をからめて抱き付きじゃれている。


「そ、そんなんじゃないってば!ユキコだって、ずっと、ぶーたれていたじゃん!」


「そりゃそーだよ、あーいう自意識過剰なオトコはだいっ嫌いだからさ」


 ちょっとしたレストラン並みの広い食堂。

 本来ここには、食事用のテーブルしか置いていなかったが、いつの間にか、応接用のソファセットも置かれている。

 無駄に広い屋敷なので、食事以外の時間も皆ここでだらだらと時間を過ごすようになってしまった。


「お前ら、そう言うなら、最初から助けに来いよ」


「そうしようとしたのよ。だけど、ソフィアさんに『カズヤは絶対大丈夫だから手を出すな』って言われてさ」


「男のケンカに、女が口を挟むものじゃないわ。それに、ああいうメンドクサイのはカズヤに任せておけばいいのよ」


 隣のテーブルでは、ソフィ、アリス、マコトちゃんが、ドナとあやとりをして遊んでいる。

 こちらに背中を向けたままのソフィから、突き放したような冷めた声が聞こえたが、ソフィの髪の毛から突き出した長いお耳が真っ赤に染まっている。

 クーデレ美人のソフィアさんは、いつも落ち着いた表情と冷静な口ぶりで、いったいいつデレているのか分かり辛いが、最近、見分けるコツが分かってきた。

 ソフィのお耳は、口ほどにモノを言う。

 ソフィアさんは、今、エリカに種明かしされて、デレている。というより、照れています。

 もともと色素の薄い耳が、アルコールが入った以上に赤くなっている。

 緊張してピンと張っていたり、元気が無くてちょっと垂れていたりして、実に分かり易い。

 あのお耳にかぶりついて、はむはむしたい。


「肉を切らずに心を断つ。盟主様、見事な大岡裁きでございました。次からは盟主様の顔を見ただけで逃げ出して行くことでしょう」


「サナエさん、そもそもだな、この騒動の原因は冒険者組合にもあると思うぞ」


 俺を持ち上げているのか、落としているのかよく分からない微妙なフォローをしながら、サナエさんが、厨房から運び出してきた野菜サラダの盛り合わせをコトリとテーブルに置く。


「盟主様、無名よりは悪名ですよ。男子たるもの、この異世界に降り立ったからには、何事か名を成さねばなりません」


「あのな、強い者には媚びへつらい、弱い者にはめっぽう強気にでるのが、俺の処世術だ。好きなことわざは『長い物には巻かれろ』『寄らば大樹の影』、目立たず穏やかにひっそり暮らし、縁側で猫抱いてお茶飲むのが、俺のポリシーだ」


 どうもサナエさんは、俺をけしかけて厄介ごとに突入させようとしているフシがある。

 この揺れるおっぱいに騙されないようにしなければならない。

 と思いつつもつい目が吸い寄せられるのは男の本能なので仕方がない。


「すごい!こんなカッコ悪い事を、こんなに毅然と言い切るなんて!ヘタレ具合もここまで来ると、一周回って逆にカッコイイ!・・・とでも言うと思ったか!」


 酒杯をテーブルに叩きつけて、顔を寄せてくるカラミ酒のナオミを手で押し返す。


「ナオミさん、心配いりません。盟主様はヘタレですが、嫉妬心と独占欲は強いので、いざとなったら、やれば出来る子ですから」


「「だよね~、スケベだし」」


 サナエさんの済ました物言いに、四人娘が机をバシバシ叩き声を揃えて笑う。


「お前ら、それで納得して声を揃えてまとめんなよ。だいたいな、世界の平和だとか、魔王だとかは、やりたいヤツにやらせとけば良いんだよ」


 マコトちゃんからいただいたお酒をちびちびと飲みながら、暴走しそうな話題を押さえる。

 この流れのまま勢いで魔境に突撃させられたらかなわん。


「でもさあ、最近、ああいう自称勇者様も見なくなったよね」


「え?あんなのがまだいるのか?」


 異世界転生で舞い上がるのは分かるが、おせっかい過ぎて、この世界の住人にウザがられないか?


「まだいる、って言うか、前はいた。『俺は異世界に勇者として召喚された!』なんて本気で叫んで、王宮に突撃して門番に追い払われていたバカが結構いたのよ」


「そーそー、いたいた!」


 ナオミが俺の背中をばしばし叩いて笑う。

 こいつ笑い上戸か?


「近頃は、すっかり見なくなりましたけど、どうしたんでしょうか?」


 テーブルの斜め向こうでユカリが長い髪の毛先を指先で摘まんで枝毛を気にしながら呟く。


「さあ?死んだんじゃないか?」


 ポツリと漏らしたユキコの声に、四人目を合わせて、一瞬静かになるが、すぐに爆笑へと変わった。

 いや、そこは笑うトコロじゃないよね。


「でも、気持ちは分からなくもないよな。気づいたら異世界にいて、ゲームの中そのまんまのカッコして、魔法が使えるようになったんだからさ」


 気づいたら異世界、魔法も剣も脳内システムで使えるようになった。

 勇者とまでは思わなくても、きっと自分の力を試してみたくはなるだろう。


「うん、私達も結構危なかったかもね」


「まさか、お前らも世直しの度に出たのか?」


 エリカの空いた杯にお酒をつぎながら尋ねる。


「バカ、違うわよ!そうじゃなくて、剣とか魔法のスキルが使えるって分かると、やっぱり使ってみたくなるじゃない」


「うん、こっちに転移したとき、初めは『どうしよう、どうしよう』って不安ばっかりだったんだけれども、その内、周りのみんなが剣を抜いて、街の外に走り出して行くのを見たら、私達も『やれるかも、できるかも、行かなきゃ』って思い始めたのよ」


 ナオミが自分の頭の上に浮かべた灯りの粒を指でつつきながら言う。


「そしたら、マコちゃんが、『ちょっと待って、様子を見よう』って言ってくれて」


「マコちゃんが止めてくれなかったら、私達も危なかったよね」


「出て行った人たちの半分くらいは、帰ってこなかったみたいだし」


 この四人組だけだったら、間違いなく雄叫びを上げながら、街の外へ飛び出して魔物の群れに突撃していただろう。


「カズヤ君、ちょっといいかな?」


「うん、なに?」


 今まで、ドナとジョシュと遊んでいたマコトちゃん達が、こちらのテーブルに移動してきた。

 朝からはしゃいでいたジョシュとドナは、お眠になってフィオに家へと連れていかれた。


「僕の弓を新しく作りたいんだけれど、今、ソフィアさんに聞いたら、ラモア高地にその材料になる木が生えているって言うんだ。それでさ、狩りをしながら、一緒に行かない?」


「ラモア高地って、どこ?アリスは知ってる?」


 ラモアとか言われても、『楽しい島、サモアの島』ぐらいしか思い浮かばない。

 俺の背中から手を伸ばして、肉の串焼きを取ろうとしているアリスに聞いてみる。


「うん、行ったことは無いけど、名前は聞いたことがあるよ、ここから南の方だよね?」


「マラガから、南東の方向、寄り道しなければ、歩いて十日くらいかしら。途中、魔物を狩りながらだと、行って帰って、一ヶ月と少しくらいね」


 向こうから椅子を引っ張って来たソフィが答えてくれた。

 薔薇組が椅子をガタガタ言わせ、どうぞどうぞと席を詰めている。


「一ヶ月かあ、この間の狩りから帰ってきて、まだ二週間しか経ってないじゃん。もっとゆっくりしようよ」


 そこそこに働いて、こうやってたまに仲間と集まり、だらだら飲み明かすのが至福の時だと思うのだ。

 足を組んで優雅に椅子に座り、酒杯をゆっくり傾けるソフィを眺めるのが好きだし、酔っぱらったアリスがふにゃふにゃになりながら抱き着いてきて、イチャイチャするのも好きだ。

 薔薇の女子組も若干カラミ酒ではあるが、適度に言い合って声を出すのも楽しい。


「カズヤ君『まだ』じゃなくて、『もう』二週間だよ。それに、冬が近づいているから、その前にひと稼ぎしたいんだ。どうかな?」


 俺の隣に椅子を置いたマコトちゃんが、膝をつめてくる。


「え?冬?今、秋なの?」


「そうだよ・・・、だから雪が降る前に、もう一度、旅に出たいんだ。・・・、本当に知らなかったの?冗談じゃ無くて?」


「え?って事は、旅先でマコトちゃん達に出会ったのは、夏だったの?」


 自分でもちょっとびっくり、今日、話題に上がるまで、夏とか冬とか考えた事が無かった。


「うん、夏って言うよりは、夏の終わりだね」


「そうだったんだ!いやあ、今はじめて知ったよ!今が秋だって!」


 俺の顔を皆が怪訝そうに見つめてくるが、こっちに来てから季節の移り変わりを楽しむどころではなかったのだ。


「カズヤ君って、すごくマイペースなのか、すごく抜けてるのか、分からないときがあるよね」


 マコトちゃんが、ちょっと首を傾げて溜息をつきながら言う。

 うん、肩をちょっと落としたがっかりポーズもいちいち可愛い。


「いや、だってさ、朝のニュース番組の天気予報も無いし、会社に勤めているワケじゃないから、予定なんて気にしないし、それに、あんまり暑くなくって、『夏』って感じはしなかったじゃん。」


「そうだね、カズヤ君の言いたい事も分かるかな。このマラガの辺りは、大陸の内側で山脈に囲まれているから、湿度が低いんだよ。日中の気温が高くなっても、日本みたいにジメジメした不快な感じはしないんだ。夏って言っても、昼と夜とで気温差が大きいから、僕達の感覚だとゴールデンウィークに時々ある真夏日くらいの感じだよね」


「なるほど、じゃあ過ごしやすい気候なんだ」


「夏はね。でも、その代り、冬の雪は少ないけれど、乾燥したカラッ風が吹くから、それなりに厳しいよ」


「そっかあ」


 ジョシュとドナを寝かしつけたフィオが戻って来て、追加の料理を出してくれる。

 みんなが、もう充分だから一緒に座って飲もうと誘うのだが、フィオは厨房に立って、時々、話に交じる程度が、一番気分が良いのだと朗らかに笑う。

 俺より年下のハズだけれども、この屋敷のお母さんという感じで、フィオが厨房にいるのを見ると安心する。

 皆もフィオの近くにいるのが好きなようで、この食堂で自然と過ごすようになってしまった。


「だからさ、冬が来る前に、狩りの旅に行こうよ」


「うーん、でもなあ、帰ってきてから屋敷の事とかいろいろあったしなあ・・・、俺としては、もう少し、ゆっくりしたいような・・・」


「カズヤ、私も補修用の材料を取っておきたいのよ」


 ソフィア様のお願いなら、聞かないワケにはいかないかなあ。


「ねえ、ラモアって、近くに温泉があったよね。どうせ行くなら温泉に寄って行こうよ」


 ナンですと?

 後ろから俺の首に腕を回して抱き着いていたアリスから、聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「え?温泉?」


「そう、温泉が湧いてるの。温泉って知ってる?」


「温泉、温泉ね!もちろん、知っていますとも!そっか、ソフィも弓の補修材料が欲しいんだ!それなら、行かなくちゃね!うん!冒険者として常に備えておく事は大事だよ!うん、冒険者として常に魔物を狩って自分を鍛えなくちゃね!いつ行く?明日?明後日?」


 混浴・・・、イヤ、この際だから混浴じゃなくっても構わない。

 板塀一枚挟んだ向こう側から聞こえる女子の声。

 湯上りのいい匂いのするソフィとアリス。

 頬を染めながら傾けるお銚子と受ける杯。

 窓の外には、三日月が浮かぶ。


「そんなに慌てなくてもいいわよ。ラモナ高地はここより気温が低いから、冬用の旅の準備して、一週間後くらいかしら?それに、カズヤは農地で働いてくれる人を司教様に頼んであるんでしょう?旅立つ前に間に合うかどうか分からないけれど、一応、司教様に話しておかないと・・・、ちょっと聞いてる?カズヤ?」


 妄想にどっぷり沈み込んでいた俺の顔の前で、ソフィが手をヒラヒラと振っていた。


「うん、うん、びしっとやっておくよ!そっか、旅か!いや~、ソフィとマコトちゃんの為なら行かなくちゃだよね!」


 次は温泉回だ!

 一度はやっとかないと!


「うわ~、ナニ考えてるか、すっごくわかりやすい!」


「エリカさん、そこが可愛いじゃありませんか」


「サナエさん、甘やかしすぎじゃないの?」


「ご心配なく。飴と鞭の使いどころは心得ております」



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