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第2話 マラガ自治領

「ここは、何処なんだろう?」


 馬車に揺られ、流れて行く風景を眺め、ぼんやり呟く。

 道を挟んではるか向こうへ続く野菜畑、風に流され穂を揺らす麦畑。

 緩やかな斜面に作られた果樹園、傾斜は角度を増し山の頂へと伸びる。

 あたりまえの農村地帯だが、どこか違和感を感じ落ち着かない。

 答え合わせの出来ない間違い探しのようで、解消できないもどかしさを抱える。

 なにより、隊列を組んだ馬車を操る西洋風の顔立ちをした男達の言葉が解らない。

 英語でも、フランス語でも、ドイツ語でもなさそうだ。

 改めて思う。

 ここは、何処なんだろう?

 馬車は俺の知らない何処かを目指して進み続ける。




 話しかけてきた男の口から出た日本語に安堵し、張りつめていた心がほどける。

 張りつめていた反動なのか、地べたに座り込んだまま、しばらく立ち上がれなかった。

 ようやく落ち着いてきた俺は、助けてくれた男にこれまでの事をぽつぽつと話し始めた。


 家でネットゲームをしていたら、地震がおきて知らない山の中にいたこと。

 襲われている少女を助けたら、剣で殺されそうになったがオオカミに助けられたこと。

 俺と少女とオオカミとで、とにかく山を下りてきたこと。

 男は、うん、うん、と頷きながら話を聞いてくれた。


「そうか、あのな、俺はこれから別の方向に行かなきゃならんから、一緒には行けないんだ。あんたの力になってくれそうな人の所に連れて行って貰えるように、この人達に頼んでやるから、安心しろ」


 男の言葉に安堵し後ろを振り返ると、アリスと一緒に大人しく俺を見ているオオカミを思い出した。

 オオカミも連れて行っていいかと聞いてみたら、さすがに渋い顔をしている。

 俺にとって命の恩人(狼)であるし、とてもおとなしいから大丈夫だと、オオカミの頭や背中の毛をワシャワシャと掻き回して安全性を必死に訴えたら、馬車隊のリーダーらしき人と交渉してくれた。


 オオカミが近くにいると馬が怯えるから、離れて付いてくるなら良いと言われたので、どうしたものかと悩んだが、試しにオオカミに向かって少し離れてついてきて欲しいと言ってみたら、馬車から離れていきお座りをした。

 利口すぎないか?このオオカミ。

 馬車の人達より俺の言いたいことをわかってくれるのが少し複雑な気分だ。


 助けてくれた男の人と別れるのは、不安でもあり寂しくもあったが、とにもかくにも、俺とアリスは馬車に乗り込んで出発することができた。

 馬車の旅は、野営を繰り返し、いくつかの農村地帯を通り過ぎ、十五日ほどかかった。


 その間、馬車に揺られながら、身振り手振り、何度も聞き返しアリスに言葉を教えてもらった。

 不思議なことに、言葉を覚えるというよりは、忘れていた言葉を思い出すような感じでアリスの話す言葉が自然と胸に染み込んでいく。

 目的地に着くころには、日常会話ならなんとか話せるようになっていた。


 アリスの身の上話も聞いた。

 ある日、アリスの住んでいた町に大勢の男達が攻め込んできた。

 はじめは数人の大人達と一緒に逃げていたが、執拗な追手にひとり殺され、ひとりはぐれて、またひとり殺されて、最後に残ったアリスの叔父さんと弟、三人で山越えをしていたが、とうとう追いつかれて叔父さんと弟は殺され、アリスも捕まりかけたところに俺が現れたそうだ。

 顔の横にかかった金髪の向こうから淡々と語るアリスに、俺は何も言えずただ黙って聞いているだけだった。


 道幅がだんだんと広がっていき、すれ違う馬車や人が増えてくる。

 いよいよ馬車の旅も終点が近づいてきたようだ。


 前方に建物らしきものが見えてきた。

 かなり大きな町のようだ。

 まわりをぐるりと三メートルから五メートル程の高さの壁に囲まれていて、その向こう側に建物の屋根がにょきにょき生えているのが見える。

 城塞都市っていうのかな?


「あれが、マラガ自治領だ」


 振り返った馬車の人が教えてくれた。


 馬車のおじさんが、俺みたいな人が集まっている場所に案内してくれるというので、都市の門をくぐり抜けてトコトコと付いて行ったのだが、そこに着く前にひと騒動、というか、大騒ぎがあった。


 俺の命の恩人(狼)であるオオカミ(仮名)が、当然のようにくっついてきたので、まず門番というか、門を守る衛兵?に止められた。

 そりゃそうだよな・・・。

 今更、オオカミ(仮名)を邪険にして、ここでサヨナラするつもりは全くなかった。


「俺のペットです!ただのデカイ犬です!安全です!人を襲ったりしません!」


 俺が切々と訴え、アリスも涙ながらにオオカミ(仮名)にしがみついて懇願した。

 馬車のおじさんもフォローしてくれたようで、衛兵さんと。


「・・・・・・・だから」


「・・・・・・・じゃ仕方ないか」


 こっちをじろじろ見ながら、話し込んだ末になんとか通してもらった。

 門をくぐると石畳の大通りが、ずっと先まで伸びていて、両側にはヨーロッパ風の石造りの建物が並んでいる。

 しばらく進むと、広場のような開けた場所に出て、そこには広場を囲むように雑貨や食品などの露店が並んでおり、賑やかに人が行き交っている。

 買いものをしたり、立ち話をしている人が、オオカミ(仮名)に気が付くと、いちいち悲鳴があがるので、俺もその度に。


「安全でーす。大丈夫でーす。可愛いペットでーす。人を襲いませーん」


 オオカミ(仮名)の頭の毛の中に手を突っ込んで叫んでいた。

 紅海を渡るモーゼのように、ぱっかりと割れた人込みの真ん中を歩いていくと、露店の向こう側、広場の奥の方に大きな石造りの建物が見えた。


 建物の中は食堂のようになっていて、六人用くらいの大きな木製のテーブルがいくつも配置されている。

 やはり、日本人ではない男や女がちらほらと食事して、談笑している。

 入って左側の側面に料理を出すカウンター、右側の側面に役所の窓口のようなものがあり、奥の方で書類仕事をしている人が何人か見える。

 馬車のおじさんが、窓口の受付のお姉さんに話しかけてこちらに連れてきてくれた。


「俺はここまでだから、あとはこの人と話してくれ、それじゃあな、がんばれよ」


 手を振って立ち去るおじさんに、頭を下げて何度もお礼を言ってお別れした。


「それでは、私はこのマラガ自治領の冒険者組合で、転生者のかたのお世話をさせてもらっているヨシダ・サナエと申します。よろしくお願いします」


 髪の毛をアップにまとめて、白いシャツにぴったりしたベスト、腕には役所のおじさんがしているような黒の袖カバー、フレアのロングスカート、ちょっとしゃれた会社の事務の先輩美人お姉さんといった様子である。


「どうぞ座ってください。ええっと~」


 俺の隣で舌を出しながら「ヘッ、ヘッ、ヘッ」と控えているオオカミ(仮名)を見ながら、お姉さんの言葉が止まる。


「こいつは、俺のペットで、ただのデカイ犬です」


 いちいち説明するのも面倒になってきたので、デカイ犬で押し通すことにした。

 するとアリスが。


「お座り!」「ワホッ!」

「お手!」「ウオホッ!」


 オオカミ(仮名)の首に抱き着いてじっとお姉さんのことを見つめる。


「では、そういうことで・・・」


「そういうことで」


 スルーすることに決めたようだ。

 実際、人が余裕で乗れるようなデカさのオオカミ(仮名)が、おとなしくお座りしている姿はかなりヘンである。

 ていうか、アリスさんは、いったいいつの間にそんな芸を仕込んだの?


「・・・それでは、話を元に戻しますね。あなたのお名前を教えてください」


「俺はサナダカズヤ、この女の子はアリス、こいつはポチ(仮名)」


「・・・」


「・・・」


 お姉さんと、しばし睨み合うが、先に向こうが目を逸らした。俺の勝ち。


「ハァ・・・」


 わざとらしい溜息が聞こえたが、ここで引く気はない。

 このオオカミ(仮名)は、この状況で唯一頼れる俺の心の支えなのだ。


「もう気づいていると思いますが、ここは元の世界、日本ではありません。ネットゲーム『アリオスクロニクル』によく似た異世界です。文明は中世後期ヨーロッパの封建社会程度のようです。サナダカズヤさんは、この世界に転生、転移、飛ばされてきました。この私も転生した日本人です」


「ヨシダさんも?」


「はい、それとこの世界では、一般の人はファミリーネーム、つまり苗字を持っていません。ファミリーネームを持っているのは、王族、貴族、一部の偉い人だけです。ですから、私のこともサナエで結構です。カズヤさんも名乗るときは気を付けてください。こちらの世界の人にフルネームで名乗ると誤解されてトラブルになります」


 そうか異世界、ゲームの世界か・・・馬車に揺られながら、そうじゃないかと思ってはいたんだよなぁ。

 荒唐無稽な話だが、俺の胸の中で鍵が錠にぴったりはまるように、素直に納得できた。

 まさかとは思ってもいたが、そうかゲームの世界、ゲーム、ゲーム・・・。


「ああっ!思い出した!シリウス!お前シリウスだな!」


「ワホンッ!!」


 オオカミ=シリウス(決定)が、喜びのあまり俺に飛び掛かって、椅子から押し倒し嬉しそうに顔中舐めまわしてきた。

 尻尾をばたばたと風が起こるくらいに振り回して興奮している。

 俺の手のひらより大きい舌でベロベロと舐めまわすので、頭から胸のあたりま で、シリウスの涎でぐっしょりになってしまった。

 ついでにサナエさんも『ヒイィッ!』と驚いて、椅子から転げ落ちていた。

 長いスカートが顔までめくれあがってパンツが見えてしまっている。

 水色の縞パンであった。


 こいつは、ネットゲームの中で、いくつかのクエストをこなすと、その報酬として貰えるペット狼だった。

 俺はその狼に『シリウス』と名付けていた。

 騎乗することもできるし、狩場に連れて行くとモンスターを一緒に攻撃してくれる。

 ただ、やたらとモンスターのヘイトを掻き立てて的にされ、すぐにやられてしまうので、使用感はビミョーだったのだが、こっちでは人が変わったように、イヤ、狼が変わったように頼りになるヤツになった。


「拭いてください、クサイです」


 サナエさんが、嫌そうな顔をしてテーブルの角に置いてあった布を差し出してきた。

 これ雑巾ですよネ。

 使わせてもらうけどさ。


「話を続けていいですか?」


「ハイ、すんません」


「元の世界で2014年1月23日、午後10時30分頃、『アリオスクロニクル』をプレイ中に自分にしか感じられない地震のようなものが起こり、我々はこちらの世界に飛ばされてきました。転生、転移、転送、言い方はいろいろですが、つまりはそういうことです。覚えが有りますよね?」


「はい」


「それが、こちらの世界の時間で約4年前のことです」


「え?4年前?」


「そうです。ただし集中しているのが約4年前というだけで、原因は解っていませんが、カズヤさんのように遅れてこちらの世界に出現する人も少数ですがいます。しかし、それも2年ほど前に収まりました。最近では私の知る限りであなた一人だけです」


 手元の書類をらしきものを捲りながら喋っていたサナエさんが、一旦手を止めて俺を見る。


「これは推測ですが、こちらに飛ばされた総数がおよそ三万五千人、そのうち約二万人以上がこちらに出現した時点で命を落としました」


「それって・・・どういうことですか?」


「こちらの出現地点のせいです。多少のズレは有るようですが、ほぼゲームでプレイしていた場所に飛ばされたようです。町の中にいた人は町に、狩場にいた人は狩場に、レイド中の人はレイドの目の前に、あちらで地震があった時間が午後10時30分頃で、いわゆるコアタイム。プレイヤーのログイン数が増えて、狩りやレイドなど行動が活発になる時間帯でした。つまり、こちらに出現したら何も解らない状況で、目の前にモンスターがいたわけです。それと、この事は後で改めて説明しますが、大陸の北側部分、こちらでは、魔境、未開発地域、勢力圏外などと呼ばれていますが、そちら側に出現したプレイヤーは町の中であろうと、狩場であろうと、例外なく命を落としたと言われています。そして、いったん落ち着くと『やったー異世界転生だ!』と喜び勇んだお馬鹿さん達が狩場に飛び出して、そのまま帰って来ませんでした。その後、慎重にはなりましたが、ちょっとした油断、ミス、力量の見誤り、様々な理由で命を落とし、現在、この世界で生き残っているプレイヤーの数は、およそ三千人だと言われています」


「その亡くなった人達はどうなったんですか?」


「死んだ人は、死んだままです。ゲームのように教会などで復活したりはしません」


「話はまだ長くなりますので、飲み物でも持ってきましょうか」


 そう言って、ナオミさんは俺に紅茶のようなもの、アリスにジュースのようなもの、シリウスには大きな皿にミルクのようなものを入れてきてくれた。

 けっこう気が利くな、シリウスの肉球が気に入ったようで、しばし遊んでいた。


「先ほど後回しにした『魔境』ですが、大陸の北側、大陸のおよそ半分が人の住んでいない魔物に占領された地域になっています。私達の知っていたゲームの世界では『タルシス』『バエトーン』『クリュゼ』『ノアキス』があった辺りです。こちらの世界では『カタロニア』『バルト』『シルチス』『バルディア』の北側です。明確な境界線は無く、ましてや万里の長城のような壁で区切ってあるわけではありません。公式には未開発地域と呼ばれていて各国がそれぞれ領土の主張をしています。要所々々に砦や要塞が配置されていて、魔物の侵攻を防いでいます。時には大規模な開拓団が編成されて、人間の支配地域を広げるために魔境に向かうことがあります。その際には、この冒険者組合にも依頼が来ることになります」


 魔境か・・・、俺の知っていたゲームの世界とはだいぶ違っているようだ。


「カズヤさんが今いる場所は『バルト王国』の『マラガ自治領』の『冒険者組合』です。このマラガは王国の北端に位置していて、魔境に接しています。その為、魔境に向かう冒険者の拠点になりやすく、魔境で倒した魔物の肉、素材、採取した植物や鉱物の売買が盛んに行われるようになり、王都に次ぐ経済都市に発展し、『冒険者組合』と『商工会議所』そして『教会』が、共同で統治する『マラガ自治領』と呼ばれるようになりました。」


 サナエさんが話す間にも、弓を背負い、剣を下げた戦士風の男や女達が、入れ替わり立ち代わり建物に出入りし、役場のカウンターのような場所でやりとりをする声が聞こえる。

 仕事帰りだろうか?


「さて、この世界で暮らすにあたっての注意事項ですが、『盗むな』『壊すな』『殺すな』『犯すな』人間として基本的なことさえ守って頂ければ大丈夫です。しかし、この世界には王族、貴族が現実的な権力を持って存在しています。以前、転生者が貴族のお姫さまを見て『わーい、リアルお姫様だー』と言って、剣を鞘から抜いたまま、ぶらぶらさせながら近づいたら、護衛の騎士に一刀両断にされたそうです」


「マジで?」


「はい、マジです」


 異世界ってコワイ。


「まあ、それほど心配する必要はありません。貴族といえども理不尽な行為はしませんから、元の世界の日本だって、大きな刃物を持った人間が近づいてくれば警察に通報しますよね?そういうことです。カズヤさんは常識的な行動をとるように気を付けてください」


「ハイ・・・」


「それと、今、常識的な行動と言いましたが、向こうとこちらで大きく違うものがひとつあります。それは『一夫多妻制』です」


 おおっ、夢の異世界ハーレムキタ!


「今、『やったー、ハーレムだ!』と思いましたね」


「イイエ」


「思いましたよね」


「ちょ、ちょっとだけです」


 お姉さんの醸し出す妙な迫力に押し負かされて、白状する。


「こちらの世界では、もっと現実的で切実な問題です。男性なら身体的な障害がある場合を除いて、十五歳から二十五歳までの間に、強制で三年間の兵役に就かねばなりません。これは貴族でも例外無く適用されます」


「それは、国同士の戦争の為?」


「いえ、魔境の砦の維持、街道の警備などいろいろありますが、魔物と戦うためです。むしろ、魔物という人類共通の敵がいる為に国家間の紛争はめったにありません。それどころではない、というのが本音です」


「俺も軍隊に入らないとダメなの?」


「いいえ、私達転生者は兵役から免除されています。冒険者として組合に登録し、魔物と戦い規定数以上の戦果を挙げる。あるいは私のように、それを支援する職業に一定の期間従事することで、兵役の代わりとされています。そして、魔物の大規模侵攻の際には王国から強制依頼がきて、その高い戦闘力を期待されて最前線に送り込まれます。その際には、この組合の最上階に設置してある鐘が激しく連打されますので鐘の音が聞こえないくらい町から遠く離れている場合を除き必ず参加してください」


「それって、捨てゴマですよね?」


「いいえ、戦果を期待されているのです。それに魔物に侵攻されてしまえば、どこにいても同じことですから。実際に、まだ私達がこちらの世界に来る十年ほど前の事ですが、魔物が要塞を突破して、このマラガの街の寸前まで押し寄せたこともあったそうです」


「そうですか・・・」


「話が逸れましたが、そういった理由で、男性の死亡率は非常に高いです。したがって女性が余ります。子供をかかえた未亡人も発生します。夫が亡くなっても王国からの補助金などありませんから、生きる為に経済的な理由で甲斐性のある男性を求めます。もちろん愛情もありますが。ですから、奥さんが二人など珍しくもありません。稼いでいるひとは四、五人いるそうですよ。カズヤさんもがんばってください。こちらの女性は交際イコール永続的な関係と考えています。何しろ、すでに奥さんが何人いたってかまわないんですから、元の世界のノリでお付き合いすると大火傷しますよ。気がついたら十人も子供が増えていた。なんて事になっているかもしれません。気を付けてください」


「ハイ・・・」


 異世界転生だなんて言われて、ちょっとドキドキ、ワクワクして浮かれ始めていたのだが、楽観できる状況でも無さそうだ。

 そう思うと、組合の建物の中を歩く冒険者らしき男達の剣がこすれ、ぶつかる音がやけに大きく聞こえ始めた。


「ところで、私はどうですか?このとおり仕事もできますし、胸も豊かです。料理も得意です。意外と尽くすタイプですよ?奥さんが何人いても嫉妬なんかしません」


「イエ、まだこっちに来たばっかりなので、ナントモカントモ・・・」


「そうですか、はぁ~、こっちの女性は十四歳から結婚するんですよね~。十八歳を超えると親が行き遅れを心配しはじめて、二十歳になると完全に売れ残りで親もあきらめるそうです。私、何歳に見えますか?」


「サ、サァ・・・」


「二十五歳なんですよ。うちの組合長なんか、前はしつこいくらいに見合いの話を持ってきたのに、最近はさっぱりですよ。カズヤさん、何歳ですか?」


「二十八歳ですが・・・」


「あら、てっきり二十歳くらいだと思ってました。若く見えますね。ちょうど良いと思いませんか?よく見ると悪くない顔してるじゃありませんか」


 サナエさんが、テーブルの上に胸を乗せてグイグイ顔を近づけてくる。

 アップにまとめた髪からこぼれ落ちた髪の毛が、首筋から胸元へひと房流れていて、妙にエロい。

 獲物を狙うような目つきから、目が離せなくなり唾を飲み込む。


「まあ、それは置いておいて組合に登録してしまいましょうか」


 解放されて、ほっと息を吐く。

 緊張して、いつのまにか手が汗ばんでいた。

 このお姉さん、エロい!


「こちらの書類に必要事項を記入してください」


 そう言うと手元にあった書類の束から何枚か抜き取って差し出してきた。


「ここに名前、フルネームでお願いします。こっちは現在の居住地、まだ宿も決まってないでしょうからマラガ冒険者組合でいいです。所属も同上でかまいません」


 用意してもらったペンにインクをつける。

 ペンて慣れないと書きにくいな、羽ペンが出てこなかっただけまだマシか、  ボールペンってすごい発明だよな、などと思いながら書き始める。


「あ、日本語じゃなくて、こっちの言葉、アラム語で書いてください」


「え?」


「こっちの書類なんだから、当然こっちの言葉です」


「いや、こっちの文字を知らないんですけど」


「今、カズヤさんはアラム語で私と会話してるじゃありませんか」


「だから、こっちの言葉はここに来るまでの間に教えてもらって覚えたんですよ。文字なんて書けません」


「言語設定で『アラム語』にチェック入れてありますか?」


 このお姉さん、何言ってるんだ?


「ちょっと、ナニ言ってんのかワカンナイんですけど」


「システムメニューを開いて、言語設定の欄に日本語とか英語とか独語とかありますよね?その下のほうにアラム語がありますから、そこにチェックを入れてください」


「はい?」


「メニューを出してみてください」


「は?めにゅう?」


「はい、メニューです」


 メニューって何だ?ファミレスの?それともここの食堂のメニューか?


「そんなの、持ってないよ?」


「いえ、そうじゃなくて、システムメニューです」


「システムメニュー?何のこと?」


「視界の端っこの方に、アイコンみたいなやつがありますよね?」


「え?何言ってるの?」


 話がかみ合わなくて、お互いにだんだんイライラしてきた。


「左上の方に、デスクトップのアイコンみたいなのがあるでしょ?それに意識を集中してみて」


「は?」


「左上の方に、ふわふわ浮いてる、四角いアイコンです」


「いや、無いよ?」


 俺とサナエさんは、ずいぶん長い間見つめあっていた。

 もちろん、色気のある目つきではない。

 お互いに『この人ナニ言ってるの?』という不審者を観察するような時間だった。


「うそ・・・ホントに無いの?」


「そんなの、あるわけないだろ?」


 ホント、何言ってるんだ?


「メニュー!って集中して考えてみて」


 メニュー!!!

 いや、いくらりきんで考えたってそんなの出るワケない。

 無茶言うお姉さんだな。

 やりすぎると、違うモノがお尻からから出てきそうだ。


「出ませんが」


「ちょっと、どうしよう・・・」


 椅子から立ち上がったお姉さんは、他の窓口にいる受付の人の所に駆けて行った。


「言葉が・・・」


「それじゃアイテムが・・・」


「スキルが・・・」


 俺、そんなにヘンな事言ったかな?

 むしろ、ヘンな事言っているのはアッチの方だと思うのだが。

 窓口のお姉さん達が、こっちをチラチラみながらボソボソ話している。

 スッゲー不安になってくるんですケド。

 アリスなんか、長い話に飽きたらしくて、さっきからシリウスに抱き着いて居眠りしている。


 しばらくすると、奥からちょっと偉そうな男のひとが出てきて、話し合いに参加した。

 サナエさんが俺のほうを見ながら、何か相談しているようだ。

 男のひとも困ったように考え込んでいる。


 何?ナニ?なんなの?俺、何か悪いことでもしたのか?男とサナエさんがこちらのテーブルに近づいて来た。


「カズヤさんですね。私はこの冒険者組合で主に転生者の管理をしているフルタ・コウイチといいます。同じく転生者です。役所の課長さんあたりだと思っていただければ結構です」


 三十代後半くらいかな、顎の線がはっきりとしている、がっしりとした体格の男性だ。

 百八十センチほどの身長だろうか?

 百六十八センチの俺がちょっと見上げる。

 とても事務職には見えない。


「それでですね、本当にシステムメニューが出せませんか?視界の左上の方に元の世界では無かったものが見えたりしていませんか?」


 見えないものが見えるとか、いいトシして中二病か?

 いい加減しつこいな。


「無いモノは無いです」


「ああ、怒らないでください。改めて確認しただけですから。そうですか無いですか。実はね、私達、転生者には左上の方にゲーム画面、又はパソコンのデスクトップ画面のようにアイコンが見えているんです。そのアイコンに意識を集中するとゲームのようにシステムメニューが開きます。そこから魔法や近接攻撃のスキルを使ったり、言語設定をすると、こちらの世界の言葉が解ったり、読み書きができるようになります」


 そんな便利機能があるのか!


「カズヤさんには、それが無いんですよ。転生者でシステムメニューが出ない人は初めて見ました。出せない人がいるという話を聞いたことがありません」


 これって、ちょっとピンチな状況?


「この世界は魔法が基盤にあって、何をするにも魔法が必要になります。転生者では無いこの世界のもともとの住民も魔法が使えます。システムメニューこそありませんが、生まれ持った能力として、あるいはさらに訓練を積み重ねて、個人差はありますが、全ての人が魔法を使えます。普通に生活するのでさえ魔法が必要です。火をつける、明かりを灯す、水を出す。魔法が使えないとこの世界で生きていけません」


 そう言って手のひらを上に向けると光が浮かび上がった。

 火の玉ではなく、中心に光の粒のようなものがあり、発光して辺りを照らすと、俺の影が後ろに浮かび上がる。


「なかでも致命的なのが、アイテムボックスが使えないことです。見てください」


 そう言うと、課長さんが自分の顔の前あたりに手を伸ばし、何もない空間から剣を取り出してきた。

 びっくり!ショートソードってやつかな?服、帽子、コップ、次々に取り出して机の上に並べていく。

 これで鳩が出てきたら完璧だな。

 あっけにとられて見ていたら、最後に紐で繋がれた万国旗みたいなものがズルズルと出てきた。


「今はこれがせいいっぱい。どうですか?信じる気になりましたか?」


 話の流れの中へ自然に笑いをぶっこんできたので、俺もサナエさんもアゴが落ちそうになるが、コクコクと頷く。

 意外と芸達者な課長さんだ。


「失礼、場を和ませたつもりだったのですが、我々転生者のアイテムボックスには、ゲームの中で自分のキャラクターが所有していたアイテムが全てそのままという訳ではありませんが入っていました。武器、防具、消耗品、お金などです。冒険者になれば魔物を倒した戦利品をそのまま入れて持ち帰ることができます。カズヤさんは、武器無し、防具無し、無一文で、この基本的な魔法が使えない状態です」


 愕然とした俺は隣で寝ていたアリスを揺り起こして。


「アリス、明かりを灯す魔法を使えるか?」


「うん、できるよ」


 そう言って、ブツブツとつぶやいて簡単に光の粒を浮かべてみせた。

 俺だけか?

 俺だけなのか?

 ゲームの世界に転生とか聞いてちょっとワクワクしていたのだが、どうもおかしいぞ?

 驚愕の事実に、しばし言葉も忘れて固まっていた。


「このままカズヤさんが、町の外に飛び出していってもすぐに死んでしまうでしょう。お金も有りませんから、ご飯を食べる事も、宿に泊まる事もできません。ですが、私に心当たりがあります。この町の子供達に基本的な魔法を教えているところがあります。まあ、塾というか寺子屋みたいな感じですが、どうですか?そこにしばらくお世話になってみませんか?何とかなるかも知れません。私が頼めばきっと引き受けてくれると思います」


 頷くしかなかった。このままでは死んでしまう。


 ゲーム世界のはずなのに、俺だけどうしてこうなった?

 運営さん!システムエラーです!俺だけバグってますよ!



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