第壱話 「落ち慣れた少年」
俺、栗栖 賢治は今、校舎の屋上から落下している最中だ。
このままだと、二秒後には俺は20m下まで、68km/hで墜落し、死亡してしまうであろう。そうならないためにも足掻いてみることにした。
態勢を入れ替え、宙を泳ぐ。校舎の壁に接触。手を伸ばし壁にしがみ付けないか試みる。
無理だ。指が壁を引っ掻く。爪が割れ、出血したものの、被害の割に速度は軽減しない。
作戦変更。
再度体を入れ替え壁を思い切り蹴り飛ばす。
校舎から6m離れた桜の木に向け跳躍するのだ。
成功。
何とか桜の枝まで届く。しかし、掴んだ桜の枝は、俺の体重と落下速度に耐えられずぼきりと折れた。
それでも、幾らかの減速に成功したため、次の手、木の幹まで跳躍する手掛かりとして、再度腕の力を振り絞り到達する。
木の幹を支点に回転しながら減速しつつ地面まで下りる。どうやら助かったようだ。
何とか、地上に着地すると、流石にそこで蹲り、ダメージの回復を待つ。
掌は無理矢理桜の木を捕まえるため、全体的に擦り剥き傷となり、所々に木のささくれが棘となって刺さっている。人差指と中指の爪が割れ、出血している。
それでも、死ぬよりはましか。ただ、治療すれば、二週間は、両の掌が使えなくなる。
それは、それで拙い。どうしたものか。
そう考えていると、屋上からゲラゲラと、下卑た笑い声が聞こえてくる。
「ひーっひっひっひ。なんちゅう生き汚い野郎だ! 折角屋上から落としてやったのに生きてるとか、常識が無いにも程があんだろうがよー!」
そう、上から俺に話しかけると、周りの取り巻き連中も、つられてゲラゲラ笑い出す。
たった今、人一人殺しかねない暴挙を犯した男とその仲間とは思えない程の罪悪感の無いその笑い方に、嫌悪感を覚えるが、基本、こいつらが罪に問われることが無いことを知っているからこその余裕の笑いである。
俺としては、睨み返す以外出来る事も無い。
屋上から突き落されたと、被害を申し出ても、現に自分が生きていることで説得力が無いそうだ。屋上から落ちたことを証明するために死んで見せろとでも言う気らしい。手の怪我があるが、それらは落下を証明できる傷ではないそうだ。もっとも、証拠は奴らが持っているが。
「結構面白い動画が取れたぜ! これをUpすれば〝いいね〟量産じゃね」
「ホント、栗栖さまさまだぜぇ。うーちゅーぶのおかげで小使いにはなるし、いいおもしろ動画製造機だぜ! ゲラゲラ」
ここまで言われて、俺としても言い返してやりたい所だが、そう出来ない理由もある。
奴らの親玉である〝清水 大樹〟は、地元プロモーターの息子で、彼の父親が俺達家族のサーカスをブッキングした、いわば雇い主である。ここで、俺が逆らった結果、奴が親に言いつけて、家のサーカス団との契約を切ってしまったら困るのだ。
元々、こちらとしては、逆らうことなく、無難におべっかでも使って取り入る予定であったのだが、何を気に入らないのか、初対面の時から何となく目の敵にされているのだ。
結果、清水の取り巻き連中が、奴に取り入るため、俺を痛めつける手段を連日実行しているという感じだ。もっとも、今となっては清水を楽しませる、というより、自分が楽しいから攻撃してくるらしいが。
「いい加減、飽きた。もういいから死ねよ!」
そう、へらへら笑ってる取り巻き共をも青くさせるような暗い声音で清水が、俺に向け吐き捨てた。
「うわ、こえー。清水くん、やっぱクールだわ!」
「流石、浜北のトゥー コールド ガイ。俺らとはワルのスケールがちげぇ!」
「だったら、僕に関わるのやめたらどうです? 僕は、そうそう殺せませんよ。そう言う訓練を小さな時から受けてますから」
必要は無いだろうけど、丁寧にお願いしてみる。
「てめぇだけは、許さねぇ!」
暗い声音で清水が、俺を威嚇する。そこまで憎まれる理由が分からないのだが。
「とにかく、早く帰って家族の手伝いをしなきゃいけないんです。これで失礼します」
なにしろ、早く逃げたかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
奴が姿を消した方を睨み付ける。
この、清水 大樹さまともあろう者が、まったく、なさけねぇ。
只のモブ野郎だと思っていた奴に「嫉妬」してるなんて。
俺には夢がある。いや、あった、か……
プロレスラーになる。
それが、俺の夢だった。
小さい頃から親父の仕事の関係で浜松アリーナにプロレスが来るたび一緒に連れてってもらってた。いつか、俺もリングの上で暴れてみたい。そう思うのも、無理はないだろう。
本当に、小さなころからの夢を実現するため、ずっと努力していた。週三回の柔道、週一でブラジリアン柔術の稽古、そして週二で空手、と、本当に努力していた。
給食の牛乳は、毎日三本飲む毎日。おかげで、中一で180センチ越えの身長を手に入れた。
俺の夢は家族も応援してくれていた。だから、大手プロレス団体のエースに声をかけて、俺の試験をしてくれるよう、お願いもしてくれた。そして、つい、この間、初めて試験を受けさせてもらった。技術面も、体力も、合格ラインは軽く突破していた。していたはずだった。
だが、試験官のレスラーは、こう言って俺を「不合格」にした。
「ガタイもいいし、根性もある。だが、だがなぁ、〝華〟がねぇんだよ。光だろうが、闇だろうが、〝華〟が無くちゃ、観客の心は掴めねぇ。しかし、お前さんには、その〝華〟が圧倒的に欠けている。このままレスラーになっても、苦労するだけで何も実りはないぜ。悪い事は言わねぇ。もっと別の世界を探したらどうだ? 坊ちゃん」
納得いかない俺は、なおも、喰ってかかったが、
「〝華〟ってのはなぁ、お、おお、あそこで練習してるピエロなんかは、〝華〟があるなぁ」
そう、言われて見たのは、親父が次に雇ったサーカスの連中。その中で、一人ジャグリングの練習をしている小柄なピエロだった。はっきり言って、俺には試験官の言ってる意味は分からなかった。ただ、さっきから何度も失敗してるし、動き方もちぐはぐで、格好悪かった。
「ああやって、へたくそに失敗してても、その動きに目が吸い寄せられてるだろ? ああいう動きをする奴は、本当の天才なんだ。坊ちゃんだって判ると思うけどちぐはぐで恰好悪い動きってのは、教えて出来るものじゃない。まして、それを見せて人の目を釘付けにするなんてことは、いくら望んでも出来ない奴には出来ないんだ」
そう、言われて頭では理解した。現実に、俺は奴の姿をずっと見ていたんだから。
しかし、心の方は理解を拒絶した。
そして、結論。
(アア、ヨウスルニ、アイツダケハ、イカシチャオケネェ!)
そして、翌日、お誂え向きに奴が俺達のクラスに転校してきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おい、おまえら!」
まだ、びくびくしてるいつもの取り巻き共に命令する。
「奴の心臓、取り出して俺の所に持ってこい! 成功した奴には百万くれてやるぜ!」
びくっ! としながらも、顔が喜びに満ちてきたゲスい仲間共に内心辟易としながらも、俺は、その命令を撤回する気は無かった。
「ずいぶんと荒れてるのね」
こんな掃き溜めに綺麗な声の女がやってきた。
「何の用だ? 薫子」
「こんな所に来る用事なんて一つしかないわよ。したくなっちゃったの♡」
そう言うと、俺のズボンに自ら手を出してきた。
「何やってる! さっさと行って取って来い!」
「「「は、はいっ!」」」
仕方ねえ。気は乗らないが、奴らの顔見てるよりはマシだ。
俺は、薫子に無理やり咥えさせると、御望み通り、めちゃくちゃに犯してやった。