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Another Dialogue  作者: 由城 要
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第5話 神のみぞ知る


 私達は、偽りとはいえ兄妹の関係だった。母は私とジェイロードをそう見ていたし、私はあの頃それに疑問を感じなかった。

 兄にとって私はどんな存在だったのか。ルミナリィである私をどう見ていたのか。今はもう、知ることは出来ない。





  - 神のみぞ知る -





『兄さま、怪我の具合は……』


 夢の中で、ああ、またかと呟く自分がいる。心地よい感覚から別な世界に引き寄せられ、そして幼い頃の自分の声が思考だけを呼び覚ました。あれは、賊に襲われた後のことだ。

 反撃に出た私の軽率な行動から、庇った兄が負傷した。かなりの深手を追った兄とまだ実践に不慣れな私。状況は不利だったが、それを救ったのはやはりカタリナだった。

 合流地点に私達がいないことに気づいた彼女は、賊の気配から私達を見つけ、男四人の相手を1人で引き受けた。勿論、当時の私とは違い、カタリナの実戦と経験に基づく戦いはすぐに相手を圧倒した。


『問題ない』


 私はカタリナの持ってきた水と包帯で兄の怪我の手当をしていた。腕に止血をし、傷口を消毒する。ジェイロードの体は半不老不死であったため、止血をしてすぐに血は止まったようだった。

 傷口が開かない様に包帯を巻きながら、私はチラ、と兄の顔を見上げる。あの時の怒鳴り声に私はまだ怯えていた。あの失態に対してこれから何を言われるのか。想像がつかないからこそ、それが子供心に怖かった。


『……なんだ?』

『いえ、あの……、…………すみません』


 自分でもプライドが高いことは理解している。謝罪には慣れていない。

 ボソボソと言った私に、ジェイロードは、そうか、とだけ答えた。


『……』

『……』


 沈黙が支配する。私達にとってはいつものことだったが、この日の私にはばつが悪かった。食事の用意を始めているカタリナに目で救いを求めるものの、こちらのことには我関せずという顔をしている。

 ふと、おもむろにジェイロードが口を開いた。


『……これは、生きる者の痛みだ。それだけ覚えておけ』


 生きる者の痛み。あの時の私にはよく分からなかった。

 カタリナもジェイロードも半不老不死であり、私はそれを超える完璧な不老不死の能力を持っている。私達は普通の人間とは違う。怪我をしてもすぐに治癒する便利な体。成人まで成長すれば老いることのない姿。それが生まれた時から私の中の『普通』だった。

 しかし、兄にとってはどうだったのか。少なくとも私とは違い、便利の二文字では済ますことのできない大きな代償に、早くから気づいていたに違いない。おそらく、父の存在によって。


(兄様……)


 生きる者の……生きて、死んでゆく者の痛み。何故、不老不死のこの体にそんなものがあるのか。ルミナリィという完璧なものを作るのなら、そんな痛みすら感じない体にすれば良かったものを。

 痛みすら分からない体なら、もっと上手くやれるというのに。

 ふと、頬が濡れる感覚とともに、意識が引き戻されていく。夢から覚めるのを自覚した瞬間、私は自分が涙していることを自覚した。









 海賊の襲撃からしばらく経ったある朝のこと。長い航海を続けていた船が列島の1つに到着した。

 乗船客の何人かが甲板から渡された板を踏みしめて陸へと下りてゆく。朝焼けにまどろむ港町にはまだ人影は少なく、波止場には数匹の猫の姿があるのみ。

 私は甲板から『彼ら』の下船を静かに見つめていた。


「……」


 あの少年……ロイは、後ろを歩く女性の荷を預かり、彼女の手を取って陸へと導いていく。ふと、こちらの視線に気づくと、ロイはただ軽く会釈で返した。


「ロイ?」


 彼女はふとその気配に気づいたのか、首を傾げる。


「……なんでもない」


 ロイはそう言って、再び彼女の手を握って歩き出した。

 私はただ静かに彼女を見ていた。いや、実際のところ目が離せなかった。

 彼女はロイの言葉に静かに微笑み、導かれるままに渡し板を下っていく。その様子は端から見れば、少し歳の離れた姉弟といった様子だった。しかし、真実は違う。


「……」


 彼女の微笑みには僅かに影があった。胸の締め付けられるような、そんな微笑をたたえていた。それはおそらく、後悔と懺悔。

 私は深いため息を落とした。此処からは、私の推測だが……。

 ジュリアはジェイロードを失った悲しみから、彼の代わりを作り出した。しかし、似せようとすればするほどそれは別なものへと変わっていった。

 そして、彼が意思を持ったことで、彼女は知ったのだろう。


「人の手によって作られる『永遠』は存在しない、か……」


 私はふとそんな言葉を呟いた。誰の言葉だったかは覚えていない。

 船は新たな客を飲み込み、そして再び出向の警笛を鳴らす。甲板から下を覗き込むと、波止場からこちらを見ているロイの姿があった。

 金色の髪から覗く碧眼の瞳。ジェイロードに瓜二つの顔で、彼は苦笑とも自嘲ともつかない表情を浮かべる。


(本当は……分かっているんでしょうね)


 彼は、おそらく自分が生まれた理由も、そして自分自身がジュリアを苦しめていることも知っている。

 私は目を瞑り、そして静かに胸に拳を置いた。


(これは、私が狂わせた運命、か……)


 再び目を開くと、船は波止場から離れ始めていた。ロイはジュリアに呼ばれたのか、こちらに背を向けて歩き出している。私は心の中で呟く。

 機会があればまた出会うこともあるでしょう。

 振り向けば、朝霧が晴れてゆく。


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