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Another Dialogue  作者: 由城 要
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第4話 イミテーション


 世界の何処を探しても、あれだけ『似ている』人間はいない。まるで神が作り直したかの様に、あの少年は兄そのものだった。

 しかし、同じ人間はやはり存在しない。少年には見えない所に大きな違いがあった。





  – イミテーション -





 先頭を切って二階へよじ上ろうとしていた海賊が、腰に収めていたナイフを掴んだ。おそらく少年一人、小型のナイフで十分だと思ったのだろう。二階の手摺に手をかけ、彼を脅そうと口を開いた瞬間。

 少年は迷うことなく手摺に飛び乗り、上ってきた男の顔を踏み台にして一階へと飛び降りた。


「がっ……」


 海賊が二階から落ちてくる。ためらいも恐怖もない顔で、少年は甲板に着地した。当たり前のようにそこに降り立った彼に、海賊達の思考が追いつくまでかなりの時間がかかった。


「なに……っ」


 少年は視界に入った人間の数を確認し、まず荷台に手をかけていた男に近づいていく。男は真顔で接近してきた少年に、咄嗟に剣を向けた。しかし状況が理解出来ていない頭では、それをまともに振れるわけもなく。

 最初に蹴りが男の脇腹を急襲し、吹っ飛ばされた。少年の小柄な体からは想像すら出来ない、重い蹴り。少年は倒れ込んだ男の胸ぐらを掴むと、そのまま海へと突き落とした。

 残った海賊達の顔色が一気に青ざめていく。


(……今なら)


 物陰に隠れていた私は荷台から二階へ飛び移り、そして更に見張りのいた帆の辺りまでロープをたぐり寄せ、上っていった。甲板は騒然としていて私の姿に気づく者はいない。ただ1人、あの少年だけが僅かにこちらの動きを確認していたようだった。

 見張り台に飛び移ると、弓で絶命した船員の遺体を脇に寄せ、辺りを見回す。この高い位置なら、おそらく弓矢が常備されているはずだ。戦わない船員にとっては殆どお飾りのようなものだが、昔の習慣からか、賊に襲われた時の為に武器がいくつか置かれていることが多い。探してみるとやはり壁際に立てかける様にして弓が置かれていた。矢は4、5本しかないようだが、威嚇にはなるだろう。

 私は見張り台から身を乗り出して真下を見る。少年を取り囲む男達の表情が変わってきた。ジリジリと少年を取り囲み、攻撃の隙を狙っている。


「……」


 私は弓を構えた。矢の狙いを定め、そして一気に放つ。

 狙うは男達の足下、敵に当たらなくても構わない。


「なんだっ!?まだ船員がいやがるのかっ」


 私はすぐに影に隠れた。船上での白兵戦で、頭上からの攻撃は脅威のはずだ。

 甲板の空気が変わる。見張り台にいる私にも、それが手に取るように分かった。海賊の苛立った声が響く。


「クソッ……ガキは放っておけ!撤退だ!!」


 私はそれを確認し、追い打ちをかけるように次々に矢を甲板に放った。追い立てられ、海賊達は次々に海へと飛び込んでゆく。

 視線を船の先に向けると、右前方側の襲撃はやはり陽動だったようで、もう既に海賊の姿は消えていた。もう脅威は去ったと考えて良いだろう。縄張りを持つ海賊達は獲物に執着がない。1つ逃がしたとしても、次の獲物を狙うことができる。航路はここ数十年変化がないのだから。

 私は見張り台から帆のロープを伝って、2階へ続く入り口の前に下りた。前方にいた旅人達がこちらの騒ぎに気づいて近づいてきている。此処から船室に入った方が良さそうだ。

 ふと下を見ると、あの少年が積み荷を踏み台にして上ってきていた。騒ぎになるのを避けるためだろう。私は手摺から身を乗り出し、右手を差し出す。


「……?」


 突然差し出された手に少年は面食らったようだった。しかし足音が近づいてきたのを察知して、即座に私の手を掴む。

 少年を二階に引き上げると、彼はすれ違い様に呟いた。


「ありがとう」


 私を見る瞳と彼の言葉に一瞬戸惑い、そして……深いため息と共に、私はそれまでの冷静さを取り戻した。









 甲板は予想通り騒ぎになっていた。海賊が上ってきた形跡が残っているにもかかわらず、その姿が見えないのだから当然だろう。私達は気づかれない様に二階の扉から中へと入った。上客用の部屋が並ぶ廊下はひっそりとしていて、人気があまり感じられない。ロイと名乗った少年曰く、今回の航海で2階を使う客は少ないらしい。

 廊下から下の甲板の様子を見つめていた私は、ロイに視線を向けた。彼を見る私の心境は冷静さを取り戻し、ようやく冷静な判断が出来る様になっていた。とはいえ、彼に近づくまでそれに気づかなかったことも事実。

 ロイの瞳は、人間のそれではなかった。


「……随分前に、貴方のような人形を見ましたよ」


 私は単刀直入にそう言った。するとロイは特に警戒する様子もなくこちらを振り返り、そして答える。


「それは『シルヴィ』?」

「ええ、たしかそんな名前でしたね」


 過去の予言書を追っていたとき、ジェイロードの側にいた殺人人形を思い出す。少女のような姿をした彼女も人間と瓜二つだった。それでも、今目の前にいる彼と比べると劣る。

 つい先ほど彼を二階に引き上げ、すれ違うまで気づかなかった。いや、確信したのはその瞳を見た時だろう。彼は立ち居振る舞いも人間そのもので、話し方に機械的な部分の残っていたあの少女の人形とは違っている。

 ロイは長い睫毛を伏せる。


「僕の人工知能はシルヴィのバックアップデータを改変して作られてるから、よく知ってる」

「……なら、私のことも知っているんですか」


 初めて甲板で彼を見た時、一瞬こちらを見た気がしたのは間違いではなかった。


「よく、知ってる」

「私を殺しに来ないのですね」

「理由がない。……それに、会ってみたいと思ってた」


 私を見る眼差しは、好奇心でも興味でもなく、ただ何かの現実を目の当たりにするような、そんな色を浮かべていた。私は彼の顔を見て、そして深く深くため息を吐く。

 頭の中で全ての糸が繋がっていくのを感じた。


「貴方を作ったのは、女性ですか」

「……彼女は奥の部屋にいる。僕の制作者で、メンテナンスもしてる」


 ロイの名前を呼んでいた、女性の声。おそらく彼女のことだろう。あの時、声のした方を振り返らなかったのは幸いだった。多かれ少なかれ、私に関する情報を知っているはずなのだから。

 でも、と少年は口を開く。


「ジュリアはもう、ほとんど目が見えない。多分あの時も、人がいる程度にしか見えていないはず」

「それは……」


 ロイは頷いて、視線を大海原へと移した。


「ジュリアは僕を殺人人形としてではなく、永久連環時計人形として作った。研究に没頭してそうなったって……本人はそう言ってる」

「……」


 私は同じ様に視線を彷徨わせた。ロイの遠回りな言い方はおそらく、彼自身も気づいているからだろう。

 今は亡き人間に似せて、人形を作る。それがどんな感情から来るものか、少し考えれば分かることだ。私は静かに目を瞑る。

 それはまぎれもなく、私が狂わせた運命。ロイは言う。


「ジュリアが言う『ジェイロード』にはもう会えないから、せめて妹のサーシャ・レヴィアスに会ってみたかった」

「血は繋がっていませんが」

「それでも……彼の妹だったなら、分かるだろうと思って」


 太陽が傾き、光が僅かに朱色に滲んでゆく。幼い頃に見た、兄の面影そのままの彼がこちらを見ている。兄を愛していた女性が作った、兄に似せて作られた人形。

 ロイは呟く。


「似てる?……ジェイロード・レヴィアスに」


 私は彼から視線を外した。誤摩化しの言葉が頭を過る。しかし、それは頭の中だけに留めた。

 そんなものは、『らしくない』。彼はサーシャ・レヴィアスに答えを求めているのだから。


「姿形はそっくりですよ。まるで少年時代のジェイロードそのままです。ですが」


 私はそこで言葉を切ると、ロイに視線を向けた。


「先ほど私が手を貸した時、貴方は私の手を掴み、礼を言った。……ジェイロードは、私相手に手を借りることも、礼を言うこともありません」


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