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Another Dialogue  作者: 由城 要
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第3話 彼は誰か


 あれは、何かの偶然だろうか。信心深い人間は罪や罰、呪いの類いを挙げるだろう。しかし私はそんな人間ではない。だからこそ、体がその事実を認めようとしないのだ。

 吐き気に朦朧とする頭でそんなことを考えた。





- 彼は誰か -





 賊に襲われたあの日、私は兄の言葉を無視して反撃に出た。今でもはっきりと覚えている。兄の怒鳴り声に一瞬足が止まった。驚きと怯えと、そんなものに動きを止められた。

 しかし、すでに踏み出した足は敵の攻撃圏内に入っていた。賊の1人がこちらの動きに反応し、剣を振り下ろすまで数秒もかからなかった。

 切っ先が私に振り下ろされる。しかし、すぐにその間に割って入ったのが兄だった。兄の腕に振り下ろされた金属が赤く染まるまで、私は目を離せずにいた。

 兄に庇われたのは、その一度きりだった。


「……」


 朦朧とする頭で、あの夢の続きを思い返していた。ベッドに寝転がり天井を見上げながら、深く息を吐く。

 頭が重い。一体どれだけの時間、吐き続けていたのだろうか。体がまだ寒気を感じている。ゆっくりと上半身を起こすと、手元に置いていた水の入った水筒に手を伸ばした。


「……ふぅ」


 冷たい感覚が体の中を下っていく。そして鈍っていた頭も徐々に醒めてきた。

 また時間感覚を失ってしまった。髪をかきあげ、そして服を着替える。汗をかいた体を濡らした布で拭きながら、あの時甲板で見た人物のことを思い返す。

 暗闇の中に立っていたあの少年。光の色に似た金髪。端正な顔、切れ長の瞳。輪郭には少年らしさがあるものの、それは私の知る昔の彼の姿だった。


「ジェイロード」


 他人のそら似かとも思ったが、十数年も行動を共にしてきた私ですら動揺するほど、あの少年は似ていた。姿だけではなく、声までも。

 しかし、と私は考える。彼はロイ、と呼ばれていた。そして女と共に船に乗っているようだった。あの時私の後ろから声をかけた人物。ロイはジュリア、と呼んでいただろうか。

 おそらくジェイロードとは関係のない人間だろう。そう思いつつも、あの時こちらを一瞬見た、あの瞳が焼き付いて離れない。


「……とりあえず、外に出ましょうか」


 考えていても仕方がない。兎に角今は何時なのか確認するべきだ。吐き続けたせいで今が昼なのか夜なのかすら分からない。

 新しい服に着替えて部屋を出ようと扉を開ける。しかし次の瞬間、大きな音と共に船が揺れた。そして廊下の向こうから、駆け回る船員達の足音と、焦るような叫び声が聞こえてくる。


「海賊だ!!」

「!」


 クロノスとカイロスを部屋に置いたまま出ようとしていた私は、その声を聞いて荷物の中からリボルバーを取り出した。

 船の上では目立つと思い、荷の中に隠していたのだが、そうも言ってはいられないようだ。素早くクロノスを装着し、カイロスを服の中に隠し持つ。そして扉を開け甲板へと駆け出した。









 海域での海賊による強襲は少なくない。とはいえ、海賊というのは伝説に聞くような立派なものではなく、その殆どが航海ルートの近くに存在する島々の、かつて漁を生業にしていた人間達が行っているものだ。漁に使っていた小型の船を3〜5隻利用し、十数人の人間がターゲットとなる船を取り囲む。

 彼らの狙いは主に富裕層の客や商人。彼らから金品を巻き上げるために、船に乗り込んでくる。金銭要求を断れば、殺人もしくは積まれている食料の強奪などを行う。


「船の周りを囲まれたぞ!」

「くそっ、霧で視界が悪くなっているのを狙われたか!?」


 甲板に出ると、既に数人の旅人達が集まっていた。海の上で海賊に襲われた時、船を守る役目は船に乗った旅人達の役目だ。船員や金持ちは話にならない。かといって黙っていれば金品を奪われるのだから、結果的に戦う術を持つ旅人達が前に出るしかない。

 船の上から見張りを行っていた船員が叫ぶ。


「船の右前方から上ってくるぞ!」


 海賊達は白兵戦に持ち込むつもりのようだった。有志の人間達が甲板をよじ上ってくる海賊に剣を向ける。人数的にはこちらの有利に思えるが、私はふと後ろに視線を向けた。


(おかしいですね。……手練ならば、反抗する人間の数にある程度の目星がついているはず。そうなると……)


 私はこの場を彼らに任せ、船の後方左に回り込む。船の荷が積まれている場所だ。二階には室内へ入る入り口がある。

 クロノスを構えて、後方へ移動する。するとやはり、こちらにも下から上ってきたらしい海賊の姿があった。荷の影に隠れ、相手の数を確認する。


(7、8、9……思ったよりも大所帯の海賊ですね)


 おそらく前方に回った海賊は陽動だろう。あちらの数も少なくなかったはずだが、こちらの数も合わせると相当な人数になりそうだ。

 甲板に下りた賊は背負っていた弓を手に取ると、素早く見張りの船員に向かって矢を放った。命中したのを確認し、後続が荷に飛び移る。それを足場に二階の入り口へと向かうつもりだろう。二階から続く部屋は操舵室と金持ち向けの一等客室だ。

 操舵室を抑えられると、こちらは降参するしかない。私はクロノスの照準を合わせ、二階へよじ上ろうとする海賊に向かって引き金を引こうとした。

 その瞬間、賊の怒鳴り声と共に人影が二階の入り口の前に現れる。


「なんだぁ?……どけ、ガキがっ!!」


 私はハッとして上を見上げる。そこにいたのは間違いなく、あのロイという名の少年だった。


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