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Another Dialogue  作者: 由城 要
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第2話 巡り会い


 母は野に咲く花のように凛として美しく。兄は高みを行く鳥のように強い人だった。

 命の取り合いの末に残った私はどうだろう。水を失った魚のように、心だけがやけに重い。





- 巡り会い -





 宿を出てから二日で港のある街に到着し、問題なく船へと乗ることが出来た。今回の船は現在残っている客船の中でもかなり大型のもので、比較的客層も良い。乗船客の7割は商人で、2割は殆どが富裕層。残りは私のように、金をある程度溜め込んでいる旅人だ。旅人ばかりの船とは違い、静かに船旅を楽しむことが出来る。

 船の中は個室がずらりと並んでいた。富裕層はそれなりの広さの部屋を取ることが出来るが、私の部屋は一番狭かった。体を横にするスペース、そして鍵のついた扉。それだけだ。


(まぁ、鍵がついているだけ良心的ですね)


 部屋には窓もなく窮屈ではあるが、鍵付きの部屋というだけで十分。荷物をベッドの足下に寄せて横になる。

 乗船中の船内は多くの靴音が反響していた。廊下から聞こえる話し声、雑音。そんなものに耳を傾けていると、瞼が重くなってきた。

 私のような旅人達には船からの食事は提供されない。逆に言えば、食料さえ持ち込んでいれば何時でも好きな時間に食事が取れる。しばらく睡眠をとってから夕食にすればいい。

 雑音に耳が慣れる頃には、眠りに落ちていた。


『兄さま、……兄さま!』


 真っ白な夢だった。自分の耳に響いてくる自分の声。いや、今よりずっと幼い頃の声色。

 私は誰かを追いかけて走っている。自分の前を走る影を追いかけている。影は僅かにこちらを振り返り、そしてまた走り出した。

 私は少し苛立った様子で、同じ言葉を繰り返す。


『兄さま!』


 ああ、そう。これはまだ私が子供の頃の思い出だ。

 思い出すと、風景はより鮮明に、そして追いかける兄……ジェイロードの背中もはっきりと浮かび上がった。兄の身長の半分しかない、小さな私が息を切らしながら叫ぶ。


『兄さま、どうして退くのですかっ!相手は4人、私達だけで相手できますっ』

『……母様は相手にするなと言った。忘れたのか』


 森の中、山道から外れて退却する私とジェイロード。

 旅の途中、母……カタリナは私と兄を残して別行動を取っていた。飲み水を探しに行った彼女を見送り、兄と共にたき火の薪を探していた時、運悪く賊と遭遇してしまったのだ。

 カタリナからは事前に言いつけられていた。賊は相手にするな、と。


『でも……!』


 当時の私は自分に力がないからだとそう思っていた。対人訓練は行っているものの、まだ人を相手にしたことがない。自分にはまだ、命の奪い合いは出来ない。だから母はそう言うのだと。

 今思えば理由はそれだけではなかった。おそらく私がルミナリィであること、母と兄を超える不老不死の能力者であることを隠したかったのだろう。予定外の負傷は避けたい……それが母の考えだった、


『っ』


 ふとジェイロードの表情が変わった。彼の足の先に崖が見える。そして後ろからは追いかける足音が響いてきていた。


『ガキ共が……手こずらせやがって』


 私は足を止めて振り返る。退路を断たれた以上、賊を相手にするしかない。兄も同じことを考えたのか、深いため息をついて私に並ぶ。

 武器は兄の持っている剣と、私が腰に下げている銃弾の入っていないリボルバーだけだった。賊の男達は私の持っているリボルバーに目を付けているらしい。確かに今の時代、銃は売りさばけばかなりの金になる代物だ。

 私は仕方なく体術の構えを取る。しかし、ジェイロードはそれに一瞥くれて低い声で言った。


『下がっていろ』

『なぜですか!』


 剣を抜いた兄に、私は驚いて言い返す。母の言葉といい、このとき私はかなり気が立っていた。冷静になって考えればすぐに分かる。

 このとき、私はまだ12歳。体術だけで渡り合うには体が小さく、軽かった。それが重要な所で命取りになると思っていなかったのだ。


『来るぞ』


 兄の声とほぼ同時に男達が襲いかかってきた。私は二の足を踏む。カタリナがいない今、従うべきはジェイロード。しかし、4対1のこの状況をただ眺めているわけにはいかなかった。このときの兄もまた、母以外の相手と剣を交えたことが数えるほどしかなかったのだから。

 相手が1人ならまだしも、兄より大きな男が4人。いてもたってもいられず、かかってきた男の1人に向かって行く。その刹那。


『サーシャ!!』


 響いたのは、普段聞くことのできない兄の怒鳴り声だった。









 一度見た光景にも関わらず、思わず身を竦めた。そして同時に目が覚めたことを悟る。

 ぼんやりと上を見上げると、船室の塗りの剥げた天井板が自分を見下ろしていた。私は引きつった表情を手で覆い隠す。心臓の鼓動が全身に響いているかのようだ。

 何を驚いているんでしょうね、私は。苦笑しながらそう呟いた。

 夢の中では主観も客観もない交ぜになる。いつのまにか少女の頃の私が自分になっていた。そして、そうなると知りつつ兄の怒声に驚いたのだ。呆れたくもなる。


「……はぁ」


 先日の夢といい、なぜ今になってこんな昔の記憶を思い出すのか。私は食べる気のなくなった携帯食料をベッドの足下にしまい、気分転換に船室を出る。

 今は何時なのか。それが知りたい。

 廊下の窓から外を見ると、いつの間にか陽は暮れていた。月が海上に浮かんでいる。まだ廊下に人の往来があるところを見ると、まだ深夜というわけではないらしい。


「……」


 どうやら3、4時間は眠っていたらしい。私は廊下から甲板に続く扉を開けた。夜風が冷たく、寝ぼけた目を醒ましていく。暗い海は、船の灯りで僅かに周辺の水面が反射するだけだ。

 見上げた月はぼんやりと世界を照らしているが、どうも今夜は闇の方が濃く感じる。


「……ふう……」


 ため息をついて辺りを見回す。甲板には殆ど人影がなく、私の他に、1人だけ人影があるのみだった。

 小さな人影が甲板から海を見つめている。特に何もない夜の風景にたたずむその姿。白いシャツの上に防寒らしきフード付きの上着を羽織ったその影は、私より少し身長の小さな少年のようだった。格好から見れば富裕層の人間に見える。しかし、こんな時間にそんな人間が甲板を1人でうろつくのは不用心だ。

 首を傾げたその時、私の背後の扉が開き、若い女の声が聞こえた。


「ロイ、いるかしら?」


 パッと、女の声に少年はこちらを振り返った。薄暗い甲板に、僅かに反射する金色の髪。フードから覗く青い瞳。空よりも海に似た色をした眼が、僅かにこちらを一瞥したように思えた。

 少年は立ち止まったままの私の横をすり抜ける。


「ここにいるよ」

「もう、探したじゃない。何をしていたの?」

「ちょっと……海を見てただけ。行こう、ジュリア」


 他愛無い会話が扉のしまる音と共に途切れる。その後は静かな波の音だけが辺りを包んでいた。私は咄嗟に口元に手をやる。


「……っ」


 その後のことはよく覚えていない。うっすらと記憶しているのは、部屋へ戻りひたすら嘔吐したことだけ。落ち着くまでどれだけの時間を要したのかも覚えていないが、私はたしかにあの時後悔していた。

 ああ、やはりあの二人と別れたのは間違いだった、と。


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