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うたがい

 北斗に近付いてくる愛くるしい容姿のクラスメイト若月羽空。彼の目的とは――――?

教室に戻ってきた北斗は生徒たちの輪に幼馴染の顔がないことに気が付いた。

(トイレか?)

 だが、特に気にせず自分の席に戻って昼寝を再会する。入学式の直後だというのに、みなみがいたら「クラスメイトに話しかけるくらいしろよ!」と怒られそうな無関心ぶりだった。

そもそも北斗は、みなみが入学しなければ花曇学園に入学しなかっただろう。だからか、このグレーと桜色の制服も北斗には借り物のように感じられるのだ。

もしみなみが花曇学園をやめるようなことがあれば北斗も花曇学園から去るだろう。

クラスメイトたちのおしゃべりをよそに机に突っ伏して寝こけていた北斗だったが、安眠は長くは続かなかった。

「北斗くん」

 一度目は無視した。

「北斗くん、北斗くん」

 相手はめげなかったようだ。繰り返し名前を呼ばれ、ついでに肩まで揺すられる。

 さすがの北斗も寝ているわけにはいかず顔を上げた。

 北斗の席の隣に立っていたのは白皙の美貌の持ち主だった。だが、北斗のよく知っている幼馴染の美貌とは違う。

 みなみの「綺麗」と謳われる美貌に比べ、彼は「愛くるしい」と評するに相応しい部類の顔立ちだった。

 背は北斗より頭一つ分は低い。髪はふわっとした猫っ毛で、黒目勝ちな瞳は大きく、紅い唇はぷっくりとしている。

 もし、みなみの美貌を天使で例えるなら大天使聖ミカエルだろうが、彼には愛と美を司るヴィーナスの息子のキューピットが相応しかった。

「よく寝ていたね。昨日、眠れなかったの?」

「ん? いや、昨日は十時に寝たよ」

 くすりと少年が笑う。

 北斗は居心地の悪いものを覚えた。美貌ならみなみで慣れているはずなのに、この同級生はどこか違う。

「僕は三時まで眠れなかったよ。おかげで今朝は寝坊しかけたんだ。この学園、遅刻しそうな人には辛いんだ。駅から近いとはいえ、学園に向けてずっと坂だろう? もう走るのが大変で」

「ああ、それはわかるな」

 北斗の同意に少年はうれしそうに頷く。

「北斗くん、僕の名前は知っている?」

「悪い。俺、まだクラスメイトの名前は覚えていないんだ」

 言ってから、北斗はそういえば和田司の名前は覚えていたなと思い出した。みなみのことは最初から数に入れない。

 少年はうれしそうに笑った。

「そうなんだ。じゃあ、僕が友達第一号だね。僕はワカツキワクウ。若い月に、羽の空って書いて、若月羽空だよ」

「わくう・・・」

「名前はちょっと発音しづらいからワクとかでもいいよ」

 若月が北斗のために提案してくれる。北斗もありがたく受け取ることにした。

「オッケー。それならワクって呼ぶよ。俺は・・・」

「天文北斗くんだよね。座席表で名前を確認したから知っているよ」

 若月が答える。

「ああ、そうなんだ」

「天文くんは二人いるみたいだから北斗って呼んでいい? というかもう一人の天文くんとは同じ苗字だし最初からしゃべっていたけど、二人は何か関係があるの?」

「俺たち親戚なんだ」

 そういうと若月に驚いた顔をされた。無理もないだろう。二人は見た目にまったくの共通点がない。

 みなみは華やかな顔立ちと雰囲気で細身だが、北斗は目付きの鋭い野性味のある顔立ちで背も高く体格もよい。

「そういえば、北斗ってこの噂知っている?」

「噂?」

 学園生活に疎い北斗が学園の噂に聡いはずはない。

 可愛らしい顔を寄せた若月がこそっと北斗に耳打ちする。

「今年の新入生の中に、吸血鬼がいるんだって」

 北斗の内心の衝撃は誰にも悟られなかったはずだ。そのために天文家でさまざまな訓練を受けてきたのだから。

「へえ、吸血鬼」

「あ、信じていないでしょう?」

 どこか馬鹿にした北斗の笑い方に若月は可愛らしい頬を膨らませる。

「吸血鬼の存在は知っているさ。政府が規定した絶滅危惧種の特殊体質人類で―――」

 北斗の台詞に若月が被せる。

「定期的な血液の摂取、過度に日光を嫌う特徴から世間では吸血鬼って呼ばれている。二十一世紀版のヴァンパイア

さ」

 吸血鬼の存在がはっきりと確認されたのは二十一世紀後半になってからだ。


 政府の規定した絶滅危惧種特殊体質人類


彼らには、定期的に他人の血液の摂取が必要であったり、まだ過度に日光を嫌うといったまるで映画や小説の中に存在する吸血鬼のような特徴があった。

だが、世の中には吸血鬼でなくとも血を飲んだり、太陽に光を嫌い人間がいるのもまた事実だ。

 その人間と区別できる、彼らが吸血鬼と呼ばれる所以は、その体に流れる血液には驚異的な治癒能力にあった。

通常の人間が死亡するレベルの外傷であっても、吸血鬼と指定された人類なら脳に直接的なダメージを受けない限り、瞬く間に治癒することが可能だった。彼らは外傷においてほぼ不死身であり、その存在は驚異的であった。

 現代版吸血鬼の発見は二十一世紀最大の発見として人々に受け止められた。世界各国の研究者たちがこぞって吸血鬼について研究を始め、それに伴い世界でおよそ一万人もの吸血鬼が存在することが判明した。

 だが、事態はそれだけでは終わらなかったことが吸血鬼たちにとって不幸であった。

研究の結果、吸血鬼の血は現代の医学を持ってしても不治の病とされた病魔に次々と打ち勝つことが判明したのである。吸血鬼の血には己の外傷を驚異的に治癒する能力はもちろん、それを摂取した他人の外傷および病を治す効果があった。

 吸血鬼と呼べる人類の発見から四半世紀、当初は世界でおよそ一万人をもいたとされる吸血鬼たちは、各国に保護される数人のみに数を減らしている。

 吸血鬼の血液にどんな不治の病も治す能力が判明した直後、存在を確認されていた吸血鬼たちの元に、群がるように血の取引が依頼されたのはいうまでもない。

吸血鬼の血液にはとんでもない値段が付けられるようになった。しかし、どんな薬よりも優れた吸血鬼の血を人々は熱望した。また、吸血鬼たちの中にも己の血が他人の病を癒すならと提供に協力的な者や、自らの血で大金を稼ぐ者も現われた。

 だが、一万人いるとはいえ何十億の人々がその血を欲しがれば、当然数は足りるものではないのは判然としている。

吸血鬼の血という不治の病すらも治す薬は、必然的に権力や財力のある階層が手中に収めるようになっていった。

 もちろん、病魔と闘うそれ以下の階層の人々は五万といる。吸血鬼の血の提供が受けられない彼らは、やがて吸血鬼を襲うようになった。その血さえあれば、病や怪我で苦しむ目の前の家族が救える、友人が救える、恋人が救える、その思いが彼らを犯罪に走らせた。

 また、吸血鬼の血を求めたのは、直接的に己や誰かの病を治す目的だけではない。大金を生む吸血鬼の血は、裏社会にとって重要な資金源になった。各国の吸血鬼たちが犯罪グループに誘拐される事態が多発した。

 こうして数を減らしていく吸血鬼の存在はますます貴重になっていった。吸血鬼がある程度世の中に露出していたのは、発見から十年にも満たない間だけであった。

現在、国の保護の元、隠されるように生きている吸血鬼はほんの数年の生き残りだけだ。

 それも、隔離された生活に精神を病む例や、保護されているにも関わらず国の監視の下、研究の強制や政治家の汚職で密かに血液の売買を行われる例が後を絶たず、その数をますます減らしている。

 すでに一般人に吸血鬼の存在が公表されなくなって十年近くが経過していた。

「吸血鬼ねえ、そんな奴が学園にいたら俺は億万長者だ」

 羨ましげな北斗の様子をじっと観察し、それから若月は肩を竦めて残念そうに言った。

「北斗の様子だと僕の予想は外れたみたんだなぁ」

「予想?」

「僕はこの噂を聞いて、みなみくんが怪しいんじゃないかと思っていたんだよ」

「みなみが?」

 北斗は驚きに軽く目を見開いた。

 若月が頷く。

「だって、みなみくんあの美形だろ? 吸血鬼って美貌の者が多いって聞くし、みなみくんの容姿なら吸血鬼にぴったりかなって」

「それはまた安易だな」

「他にも根拠はあるよ。吸血鬼には他人を惹き付けて話さないオーラがあるらしいんだ。優れた容姿もあるだろうけど、吸血鬼にはそんじょそこらの素人には出せない特別なオーラがあるんだって」

 吸血鬼と呼ばれた人類には容姿の優れた者が多い。研究者たちは、彼らが定期的に他人の血を摂取しなければならないため、血の提供をスムーズにするためより容姿の良い者の遺伝子が生き残ったのだろうと結論付けていた。

「見た限り、クラスの子たちはみなみくんに夢中になっちゃったから、これはもしかしてって思ったわけ。・・・でも、みなみくんと親しい北斗のその反応じゃどうやら僕の予想は外れたみたいだな」

「そもそもみなみが吸血鬼ならこんな風にのうのうと学園に入学できないぜ」

「そうだよね~」

 落胆した表情を見せる若月に北斗は眉をあげて見せた。

「それで、俺には吸血鬼云々を調べるためだけに近付いたのかよ」

 北斗に若月は可愛らしく舌を出して見せた。

「まあ、正直に言えばそんなところ。でも、北斗本人と話せてよかったよ。北斗って見た目が怖いから近寄りがたかったけど、話すと話しやすくていい奴だよね」

 あっけからんと若月が暴露するものだから、北斗は起こる気も失せて脱力してしまったのはいうまでもない。そもそもそんなことで腹を立てるつもりも最初からなかったが。


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