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思い出、残します

作者: 野暮三

暑い夏にピッタリ(?)な気味の悪いお話です。

残念ながら、ラブ要素は全くありません。


 

 想像してみてください。

 あなたは、恋人と二人で海外旅行に出かけることになりました。しかし、せっかく二人きりでの旅行なのに、二人一緒の写真を撮るにはその都度ひとに頼まなければならない。もちろんカメラを片手に持って写してもいいでしょう、しかしそれは全身を写すには不向きだし、かといって三脚等をセットするのは手間ではないでしょか?

 それでも思い出を大事にする恋人は二人一緒がいいと言うかもしれません。

 あなたは、行く先々で何人もの外国人に話しかけるのが億劫で仕方ない。いっそ、旅行中ずっと専属のカメラマンを雇っていたいと思うでしょう。

 あなたのその願い、叶えます。


 ***


 インターネットを通じて雇ったカメラマンはほとんど日本語が通じない。だが、ネットで見る限り腕は確かのようだし、一週間の撮影料が、現像費やカメラマンの交通費、食費等全て込みでたったの五千円弱なのだから多少の不便は我慢しなければならない。


「ねえ、撮影した写真見せてよ」


 伎代美がデジタルカメラを覗こうとすると、カメラマンはカメラを隠し、顔を赤らめて激しく捲し立てた。外国語をほとんど知らない我々はたじたじ、勝気な伎代美はそれでも負けまいと「ショウミー」と連発していた。伎代美、その英語は間違っていないか? ……とは、とても激昂している彼女には言えない。

 翌日、多少冷静を取り戻したカメラマンが昨日撮ったばかりの写真を見せた。

 雑多な町並みに、ぼくと伎代美が映画のワンシーンのように溶け込んでいる。


「すごいじゃない」


 伎代美の機嫌も直る。だが彼はどうしてこの写真を見られるのを嫌がったのだろう。下手ならわかるが、実に上手く撮れているのに、見られるのを拒否する必要はないのではないか。そう思い、日本でプリントアウトしていた契約画面を見直してみると、「あなたは写真のことなど忘れて旅行を楽しんでください」とある。


「あー、そういうこと。いちいち写真のことを考えなくて済むようにカメラマンを雇ったんだから、見せてって言う方がバカだったのよ」


 伎代美は本当に納得しているのか、やけ気味に言った。その後は、あのやりとりが面倒臭かったからだろう、伎代美はもう二度とカメラを覗こうとしなかった。

 

 ぼくらはその一週間、まるで俳優にでもなったかのような気分だった。「あなたは写真のことなど忘れて旅行を楽しんでください」とあるが、実際、我々がカメラの存在を忘れたときは一時もない。いつもどこかでカメラを感じ、美しく写される快感に恍惚としていた。それはカメラがないはずのトイレでも、二人きりの部屋でも、僕らは撮影されている気分に酔いしれた。いつもは言わない台詞を言い、伎代美は目の前に二枚目俳優がいるかのように瞳を輝かせ、ぼくもそれに応えてキザになる。

 


 海外でカメラマンを雇って写した写真は、帰国してしばらく経ってから送られてきた。ぼくは食事の片づけをしていた伎代美を待てず、先に封を開けた。見ると中には、写真だけでなく、動画もあった。

 まず写真を見ると、実物よりもずっと綺麗な伎代美、そして二枚目のぼくが写っていた。やはりプロに頼んでよかったと心底思う。写真というのは不思議なもので、心の中で美しく留めていた思い出でも、下手な写真が残っているのを見ると嫌な思い出だったような気がしてくる。当然、その逆も然りなわけだ。

 ぼくが撮影時間順に並んでいる写真の束を捲っていると、伎代美がやってきた。動画をセットし、隣に座ってぼくの見終わった写真を見ながら起動するのを待つ。


「動画なんて撮っていたのね。全然気付かなかったわ」

「あまり姿を見せずに撮影していたよな。だから自然な写真が撮れるんだろう」

「でもこれ、けっこう修正してるわね。この夜景だって、こんなに綺麗じゃなかったもの」

「え?」

「なに、もしかして気づかなかったの? 私もあなたも、全然違うじゃない。呆れた、あなたって本当に鈍いから……」


 動画が再生した。薄暗い画面に、裸体の男女が激しく絡み合っている。男は外国語を喋っているが、女の洩らす声は、普段よく聞く声だった。

 伎代美だ。


「キャー!! やめて!! なに、これ。どうしてこんなのが写ってるの?」

「これ、おまえだろ! この尻軽女が!」

「なんですって? だいたいあなたが……!」

 

 カシャ。


 その時、どこからかシャッター音が聞こえた気がした。


トイレでも撮影されている気分に酔いしれるなんて最早病気です。

かっこつけてするトイレ……笑えます。

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