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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

ラプソディ イン ブルー

作者: 工藤るう子
掲載日:2012/04/09






「え~と。親父どの、何を言っているか、自分で判ってる?」


 ひよこのような黄色い髪を掻きまわしながら、背の高い青年が自分よりも背の低い父親を見下ろしている。


 場所は、居間。それも、数ある居間のうちのひとつといったところだろう。おそらく、常には使われていない部屋であるらしく見受けられる。やや埃っぽい室内に据えられている家具調度は、どれもが粋を凝らした年代ものばかりだ。


「わかっているとも」


 精一杯胸を張って、自分よりも高い位置にある息子の顔を、父親が見上げる。


「それって」


「みなまで言うな」


 再び口を開いた息子に、


「レイモンド、私だとて、辛いのだ。しかし、しかしだ。こうでもしなければ、我が家の領地は、すべて、あの評判の悪い外国人に奪われてしまうことになる。そうなれば、苦しむのは、領民たちなのだぞ」


「だからって」


 家を傾けた張本人に諭される謂われはないと思うが、それでも、領民たちが苦しむだろうことは想像に難くない。


「財政建て直しは、望むところですが、そのために、実の子を、売りますか」


 煙草の煙を肺腑まで吸い込み、レイモンド・ハットフィールドは、一息に吐き出した。


 紫煙が勢いよく高い天井へと密度を薄くしながら広がってゆく。


「家のため。ひいては、領地、領民のためだ。我慢してくれ、レイモンド」


「あんたが行けばいいでしょう。どうせ、借金は全部あんたが賭け事に手を出したせいなんだし」


「父親に向かって、なんて口の利き方だ!」


 振り上げた手を、軽くいなしながら、


「その父親が、自分のこどもに何を強いているか、理解してます?」


 煙草を灰皿でもみ消し、レイモンドが、ソファに座った。


「……わかっているとも」


「そうですか。じゃあ、姉上が家出をしなければならなかった理由も、わかってらっしゃいますね。………からだの弱い姉上が、行方知れずだなんてまったく。学校から呼び戻されるまで、知りませんでしたよ、オレは! まさか、こんな羽目にならなければ、オレには知らさないままだったんじゃないでしょうね」


 これに、ギクリと父親がからだを竦めるのを見て、レイモンドは深いため息をついた。


「探させてるんでしょうね」


「もちろんだ」


「オレが探したいくらいなんですけどねぇ」


「駄目だ! レイチェルは、ちゃんとプロに命じて探させている。おまえには、レイチェルを探すよりも大切な用がある」


「オレは、そんな七面倒な役目はごめんです。だいたい、相手が騙されるわけないでしょーが」


 足を組み、尻ポケットから、潰れたパッケージを引きずり出す。


 よれよれの最後の一本を咥え、レイモンドは、マッチを擦った。


「いや。双子だけあって、あれはおまえとよく似ている。向こうも、あれに会ったのは、半月前の夜会で一度だけというていどに過ぎん。あの夜会には、おまえも出席しとったはずだぞ」


「いや。だから、オレが言いたいのは、そーゆーことじゃなくってですね」


「いやもだからもない。とにかくレイモンド。おまえは、明日、私と一緒に、向こうに会いに行くのだ。これは、当主の決定だ」


 父親の振り上げた拳を潰してやれたら爽快だろうなぁと胡乱な空想をしながらも、いっちゃってる父親の視線に、レイモンドは肩を落としたのだった。






「だからって、こんな格好ヤですよ」


 鏡に映った自分の全身を見ないようにしながら、レイモンドがぼやいた。


「何を言う。おまえは、レイチェルの身代わりなのだぞ」


 だから、その設定自体、無理なんですって。


 レイチェル――頭二つは背の低い双子の姉を思い浮かべながら、レイモンドは天井を仰いだ。


 領地から一日ほど汽車に揺られて着いた都市、その格式高いホテルの一室で、レイモンドは目を眇めて鏡の中の自分と対峙していた。


 ベネチアレースをふんだんに使ったアール・ヌーボー・スタイルのドレスは、裁断の妙もあるのだろうが、お針子たちの腕の冴えもあるのだろうが、レイモンドの男らしいからだのラインを見事に隠している。その上に、毛皮のコートを着込めば、とりあえず、黙って立ってさえいれば、付け髪をつけられたことだし、化粧までされているから、どうにか誤魔化せるかもしれない。背の高さはいかんともしがたいが、声の質も男でしかないのだが。


(ううう……何の因果で、オレがこんなかっこーを…………それもこれも、このバカ親父のせいだっ)


 握り締めた拳を、父親の頭に振り下ろしたい衝動を必死で堪えながら、鏡台の上に出しっぱなしにしておいた煙草に手を伸ばした。


 と、


「これは、預かる」


 素早く伸びた手が、煙草とマッチとを取り上げた。


「淑女が煙草のにおいをまとわりつかせているわけにもいかんだろう」


「くそ親父」


 ぼそりとつぶやかずにはいられなかった。






 父親がホテルの部屋を出て行った後、レイモンドはソファーにどっかりと腰を下ろし、足を行儀悪く組んだ上に、あまつさえ、腕組みをした。


 どんなやつが来るのか―――それが、気になった。それに、気になるといえば、こちらのほうがいっそう気になってたまらないのだが、姉の行方である。一年のほとんどを部屋で過ごすからだの弱い姉が、家を出てゆくほど切羽詰った理由である。


 相手は、よほど厭なヤツなのかも知れない。


 穏やかでやさしく笑みを絶やさない姉に嫌われる男――――それが、レイモンドの想像を越えるのだった。


 半月前の夜会で姉を見かけた――と、父は言った。


 半月前の夜会というと、まだ休暇中だったから、珍しく気分がいいという姉と一緒に出かけた、G公爵主催のあれのことだろう。


(んな男、いたっけか?)


 首を捻る。


 楽団の奏でるワルツの音色。上等な料理に酒煙草。光を弾くシャンデリア、紳士淑女の燻らせる化粧や香水や酒、煙草のかおり。シルクサテンやベルベットのつややかな光。ささやき交わす会話に、意味ありげな目交めまぜ。


 気だるい時間の流れの最中に、ゆるやかなワルツを一曲だけ姉の相手をして踊った。あとは、ふたりで壁の花を決め込んだ。酒と料理を適当に手にして、庭に出た。


 東洋風の紙製のランタンがつるされたオレンジ色に照らされた庭はまだ寒くもなく、かえって心地好いほどで、姉も、咳き込むことはなかった。


 そういえば、もうそろそろ暇乞いでもしようかと帰る段になってから、姉がイヤリングの片方がないことに気づいた。


 探してこよう。かまわない。そんなささやかなやりとりの後で、結局自分は姉を置いてイヤリングを探しに行ったのだ。


 姉をひとりきりにしたのは、


「ふん。あの時か」


 なら、自分が知らなくても仕方はない。


「おっせーな」


 伸びをしたときだった。


 ノックの音が二回。


 いよいよだと、レイモンドは、唾を飲み込んだ。


 返事をしては男とばれてしまう。顔を引き攣らせて、レイモンドは、ドアに近づいた。






 切れ長の黒い瞳と同色の黒い髪、名をマイケル・ジャーディンという遠い新大陸からやってきた富豪を、レイモンドは見下ろした。


 はじめまして。


 お目にかかれて光栄です。


 やわらかなトーンの声が、見上げてくるまなざしが、レイモンドの背中に粟を生じさせた。


 自分が求婚しにやってきた相手に見下ろされながら、それでも怯まずににこやかな笑みをたたえるマイケル・ジャーディンを、とりあえず、レイモンドは室内に通した。


 さっきまで自分が座っていたソファを無言で勧め、レイモンドは、紅茶を淹れようとジャーディンから離れようとした。


 しかし、


「なにをっ!」


 取られてくちづけられた手を、咄嗟に引き、口元を押さえた。


 やばい。


 まずい。


 口を利けば、一発で男とばれる。


 内心の焦りは、しかし、杞憂に終わったらしかった。


「しつれい。あなたがあまりに美しいものですから」


 歯が浮くどころか、溶けてしまいそうな台詞に、全身に鳥肌が立った。


(め、目が悪りーのか)


 喚きたかったが、首を横に振るだけにとどめて、我慢した。


「シャイなかただ」


 笑みは、女性相手なら、効果覿面に違いない。しかし、自分は、女装をしているとはいえ、男なのだ。効き目は、ない。どころか、逆効果だ。

 

(いかん。こいつ、プレーボーイだ。こんなヤツに、レイチェルをやれるもんか)


 いくら領民のためとはいえ、レイチェルを泣かせる手伝いなど、したくはない。


(この見合い、ぶっ壊してやる)


 くるりと背を向け、拳を握り締めたレイモンドは、ジャーディンの口元に刻まれた意味ありげな笑みに、気づかなかった。






 見合いを壊すと決意したものの、同時にレイチェルの名誉を傷つけるわけにはゆかない。


 散策に誘われたのをいいことに、何かないかと、頭を巡らせる。


 女性の前で醜態をさらしてしまえば、すかしたプレイボーイなら逃げるだろう。安直に考えて、行動に移してみたのだが、どれもこれもが、逆に、自分に跳ね返ってくる始末だ。


 それを見て、ジャーディンは、微笑む。それも、上品に、周囲の女性の視線を集めて、笑うのだ。


(せ、せーかく悪)


 目の前に差し出された手を睨んで、レイモンドは、ため息をついた。


「いつまでも床に座り込んでいると、冷えますよ」


(こいつ、楽しんでやがる!)


 楽しげな声に、直観した。


 知っているのだ。自分がこの見合いをぶっ壊そうと、相手の醜態を誘っているのを知っていてぎりぎりでかわしては、逆に自分の醜態を楽しんでいる。


(こんなヤツに、絶対、レイチェルをやれるもんか!)


 決意を新たに、ジャーディンの手を力任せに握った。






 何かないか――と、周囲を見渡す。


 和やかな、午後の公園は、小春日和の心地好さだ。


 池のほとりでは、子供たちが白鳥を相手にパン屑を投げているし、それを見て微笑んでいるカップルもいる。犬の散歩や、乗馬のついでと足を伸ばしたのだろう、紳士淑女がさんざめく。


「まだ、懲りませんか?」


 こそりと囁かれ、レイモンドは、頭半分は背の低いジャーディンを見下ろした。


 にやりと笑う不敵な面構えに、


「あんたが、この求婚を取りやめるまでは、懲りないな」


 誘われるように、口をすべらせていた。


 口を押さえても、もう遅い。


 しっかり地声で、凄んだのだ。


 これでは、自分が男だと、ばればれだ。


 クックック………と、噛み殺しそこねたのだろう笑い声が、次第に大きくなってゆく。


「やっと、口を利いてくれましたね。レイモンド!」


 ひときわ大きく笑った後、がらりと真顔に変わって、ジャーディンが、レイモンドを見上げた。


 笑いの名残できらりと輝く黒いまなざしに、レイモンドの青い瞳が、惹きこまれそうになる。


 しかし、レイモンドは、ジャーディンのことばに引っかかるものを感じていた。


 レイチェルでも、レイディでもなかった。今、彼は、確かに、自分のことを、


「きったねー」


「何がです」


「やっぱり、知ってやがったな」


「なにをです?」


「………」


「君がレイチェルの身代わりだということを? この私に恥を掻かせようと悪戦苦闘していたということ? それとも、君が、男だということをかな、レイモンド・ハットフィールド」


 そこまで知られていたのなら、今までオレがやってたことって何よ。


 やさぐれた双眸で、レイモンドは、ジャーディンを見据えた。


 それを受けて、ジャーディンは、引く気配を見せない。


「いい性格してますね」


 他には何も思いつかないレイモンド・ハットフィールドだった。








「それで、あなたは、実物もお気に召されたのかしら」


 薄暗がりの中、ほのかな花の香がみちている。


 はかなげな声が、今にも消え行きそうだ。


「とても」


「そう」


「悪いひとですね」


「ええ。わたしは、あの子とは違う。あの子は明るい太陽の下がよく似合うけれど、わたしには暗い月の影こそがふさわしい。わたしは、わたしの望みを叶えるためなら、あの子を売ることだって、厭わない」


 硫黄の匂いがして、燐寸に火がともった。


 蝋燭に火が移され、照らし出された室内には、ひとりの女性と男性の姿がある。


「それで、あなたの望みは、叶うのですか」


 黒髪の男が、ベッドに横たわる金髪の女性を、見下ろした。


「ええ。わたしの望み、それは、あの子に一目惚れなさったあなたの妻になること」


 レイモンド・ハットフィールドによく似た女性が、ほんのりと、微笑んだ。


「悪い話ではないでしょう。わたしは、どうせ、もう、そう、長くは生きられない。だから、きっと、父は、身代わりのまま、わたしをあなたと結婚させるでしょう。―――父はそういうひとですもの。それが、わたしにもあなたにも、幸運を運ぶことになる。わたしは、レイモンドとして、この世を去り、あなたは、わたしの名前の弟を妻に娶る。わたしの体が弱いことは、みんなが知っていることだから、こどもを生めなんて、レイモンドに言うものはいない。入れ替わりは、完璧に終わる」


 長く話したことが辛いのか、枕に背もたれて、深く息を吐く。


「悪い話ではありませんね」


 ゆらめく蝋燭の明かりに照らされて、ジャーディンとレイチェルの顔に、陰影が踊る。


「けれど、レイディ。あなたは、いったい誰を愛しておいでです」


 ジャーディンの問いに、レイチェルは、無言のまま、嫣然と、笑った。


 しばらくの静寂を破ったのは、ジャーディンだった。


「愚問のようですね。……それでは、契約を」


「ええ。契約の証を」


 蝋燭の炎が吹き消され、ギシリとベッドがきしんだ。後には、衣擦れの音と、あえかな、どちらのものとも判らない喘ぎだけが、暗い室内を彩った。









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