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第二話

 僕は先を歩く姫の後ろについて行く。


 小さな国に相応しい、小振りな王城だけあって通路も狭い。


 他の国から来る来賓の方々はまず「狭っ!?」と思うらしい。外交上の手前、というよりも人として口に出して言うことはないが。


 まぁ、下手したら外交問題に発展するし。


 それなりの城であれば、大の大人が二人横に寝そべってもなお余る位らしいが、この国では大人が両手を広げればそれでいっぱいな程度だ。


 だが通路の狭さも悪いことばかりではない。


 まずもって、武器を振り回す場所がないのだ。


 通路の要所には踊り場(上手い言い方だ)が設けられており、そこには必ず隠し通路が設けられている。


 隠し通路の先は兵士の待機所になっており、敵の侵入があればすぐに兵力を向かわせられる。

 

 迎撃地点となる為の空間なのだ。踊り場で舞われるのは、命を掛けた剣舞というわけだ。

 

 これはこの国がかつて侵略戦争の目標に設定されていることが多かったことに由来するらしい。


 なにせ最後に侵攻を受けたのが百年以上前というのだから今となってはあまり意味が無い。


 そしてなにより、通路が狭いことにより他人との距離が近い。


 それは物理的にであり、心理的にでもある。


 城に勤務する侍女や兵士であっても、壁際に寄るだけで礼はしない。礼をすれば、通行人に頭突きをかますハメになる。


 だからか、城内はたとえ王侯貴族に対しても最低限の礼さえ失しなければ、今目の前で繰り広げられているようにざっくばらんとした付き合いが行われている。


「あら、姫様。歴史学のサルト先生がお待ちでしたよ?」


 王女にそう言うのは侍女のアヤミさんだ。


「おおう。いかんいかん。忘れておった。…怒っておったか?」


 サルト先生の名前を聞いた途端に王女は挙動不審になった。


 サルト先生は僕も師事したことがある、このレシス王国における歴史学の第一人者だ。


 御年九十を迎えられるご老体で、一言で言うと、そのなんだ。


「あの者は気難しいからの…。いったん臍を曲げられると面倒で仕方ないわ」


 その通り。そして姫の苦手なタイプである。けけけ。僕なんぞに構っているからだ。


「なんじゃ、ユーナ。嬉しそうな顔をしおって?」


 姫はジロリとこちらを睨む。おっといけない。顔に出ていたか?


「まさか。ただ、サルト先生がお待ちならなおのこと急がねばならないと思いますが。歴史学なら殿下もお好きでしょう」


「まぁ、算学や礼儀作法に比べればな。だが私としては…」


 いかん。この王女、ここで世間話をして時間を稼ぐつもりだ。


 念のため断っておくが、彼女はこう見えても歴とした王女殿下であらせられる。


 そのスケジュールはまさに分刻みだ。


 技術的な問題でこの国にはまだ正確な時計が無いが、理想としてはそうだ。


 つまり授業の開始と終わりの時間は決まっており、延長は無い。


「殿下、あまり時間稼ぎなど小狡い手をご使用になるのは如何かと思いますが?確かに怒っていらっしゃるかも知れませんが、せっかくお越し頂いているのです。少しでも勉強なさって下さい」


 僕がそう言うと、彼女はばれたかといった顔をして肩をすくめた。


「やれやれ。ユーナは小姑みたいじゃの。結婚した女は苦労しそうじゃ」


 言うに事欠いてそれかい。尤も、僕の所に嫁に来るなんて酔狂な貴族の女性はそういないだろうが。


「私の名前はユウナです。私もそろそろ執務に戻らねば。アヤミさん、すみませんが殿下を教室まで連行して頂けませんか?」


「承りました、ユウナ様。さ、姫様。諦めて参りましょう。」


 アヤミさんはロングスカートの端を摘んで軽く礼をした。


「なんじゃ、この犯罪者のごとき扱い…」


 姫はなおもブツクサと文句を言っているが、本気でないのは分かっている。


 悔しいが、伊達に長い付き合いではない。


 背中を押すようにするアヤミさんの言うとおりに教室へ向かっていった。


「夜になったら覚えておれよ、ユーナ!」


 はてさて。何も聞こえませんな。




「ユウナ、お前また遅刻か」


 宰相のベーリッツさんが苦々しげな表情で叱責してきた。


 場所は宰相と補佐官達のいる執務室。僕は姫様に、いやよそう。


「申し訳御座いません」


 確かに他にいる皆さんはきちんの休憩明けの時間には机についているのだから、遅刻は良くない。また、宰相からすればそれを放置も出来ないのは当然だ。


「お前さん、処理能力は高いのだからキチンとメリハリは付けろ。どれだけ仕事が出来ようとも、普段の態度が悪ければこちらとしても評価は出来ん。今月に入って2回目だぞ」


 うむ。全く間違っていない説教だ。つまり悪いのは僕。以上。


「以後、無きように気をつけます。大変申し訳御座いませんでした」


 ベーリッツさんは一つ頷いて手を振る。席に戻って仕事をしろ、という合図だ。


 僕は一礼をし、広い執務室の入り口側に最寄りの席に座る。


 机の上には僕が処理せねばならない書類が山と積まれている。


 うむ、これは午後も気を抜けないな。


 僕の仕事内容はと言えば、要は発注業務だ。王宮に出入りする業者達への資材関連の発注を行う。


 担当する範囲は日用品のみ。例えば厨房で使う包丁などの道具や、城内の光源であるランプの芯などだ。


 軍事関係の備品については、軍部が担当しているためノータッチ。


 執務室の所管する範囲で言えば、初心者が担当する雑用といったところだ。


 ただこれも意外と楽しいのだ。


 例えば、先ほどの例に挙げたランプの芯。


 過去の担当者は切れたら発注する、という形をとっていた。


 だが、それでは受動的で詰まらない。


 実際に毎月どれほどのランプの芯が切れるか知っているだろうか。


 城内のランプの数は約二千灯。芯一本あたりの点灯可能時間は五十時間とする。


 一日中点けているわけではないからざっくりした計算だが、およそ五日間持つ。


 一ヶ月に一つのランプにつき、芯は六回転するのだが簡単に一万二千本必要となる。


 これだけでも結構すごい数だ。だが常に一万二千本用意すれば良いというはなしでも無い。


 この城が建ってから、初期投資で備え付けられたランプもあれば後で付け加えられたランプもある。


 つまり芯が切れるタイミングは一定ではない。


 また、ランプが切れても放置されていた時間も加味すると、交換されるまでの時間がタイムラグとして発生する。


 応接室など明るくすべき場所のランプの芯はやはり消耗も早い。


 さらに言えば芯自体の個体差による消耗の差があり…となる。


 どこのランプの芯がいつ切れるかなんて、それこそ最早分からん。


 まぁ、それぞれのランプ一ヶ毎に追跡調査を行って、最後の交換からどれくらいの時間が経ったのかを明確化すればある程度正確な情報は得られるだろうが。


 そんな訳で、前任は毎度毎度切れる度に集計して業者へ発注を行っていたのだ。しかも毎朝。


 そんな面ど…、もとい煩雑なことをやっていては割に合わない。


 こっちの給料は残業しても上がらないのだから、定時で終わらすのが望ましい。


 で、僕がやったのは過去数年間の毎月の発注数を集計すること。


 そうすると面白いもので、ランプの芯にも毎月の使用数の変動が見られることが分かった。


 意外に思われるかも知れないが、冬より夏の方が芯の消耗は早い。


 この国は北国だ。そのため、夏でも日中時間が短い。この点だけ見れば、夏も冬も変わらないと思うのだが、日差しの角度が問題だ。


 寒冷地でも夏になれば、日の当たる角度はきつくなる。つまり壁面に埋め込まれた窓からの採光量が減る訳だ。


 斜めからの光を取り込むような窓が無い為なのだが、自然光だけで見れば冬の方が光が横から入るために城内は明るい。


 だが城である以上、暗くても良いという理由にはならない。


 それは雰囲気以上に、警備的側面が強い。


 暗がりは死角を生む。それを減らすためにもランプの光量を強くする必要がある。芯の消耗速度は光量の強さに比例する。


 ここまで延々と語っておいて何だが、ランプに火を灯したり管理をしているのは侍女の中の一部である。


 彼女らは誰よりも早く起きて城内に火を灯し、誰よりも遅く休んで火を消しているのだが、彼女らは半ば本能的に夏場は光量を強めているようだ。


 本当にすごいのはそういった人たちだと常々思う。


 ともあれ、僕はそういった季節指数(便宜的にそう呼んでいる)を予測し、入り用になる数ヶ月前に業者へ発注を掛けるのだ。


 無論、個別に発注を掛けるよりも一度の発注が多くなるため「たくさん買うから少し安くしてね」といったお願いが出来る。


 あんまりやりすぎると城の品格(懐具合と言い換えても可)が低く見られるので、適度な範囲でだが。


 あとは業者としても「いつまでに何個用意しておけば良い」というのが分かるので生産しやすいはず。


 良いこと尽くめだと思う。


 ただ、それらを掴むまでは残業時間が半端ではなかった。


 明らかに横領ではないかと思われる形跡も発見した。


 木を隠すなら森の中ではないが、どうも発注に見せかけて自分の懐にお金を入れていたように見受けられる誤差としては無視できないほどの数量変動があった。

 

 その時期に施設を増設した記録はないし、平月の二倍近くまで普通は伸びないだろう。


 ベーリッツさんには報告済みだが、彼の命により調べてみると出るわ出るわ。歴代担当者達による横領の数々。


 最初は目眩から、頭痛へ。風邪の初期症状ではない。ストレスだ。


 なんというか、ザルじゃないか?


 それじゃダメだろうって事で、一つ監視組織を作ってはと思う。まだ意見としては上げていないが。


 ま、経費自体は僕が担当してから昨年の七割まで落とせたから一つ役に立ったかなと思ったりしている。


 なんて小役人的思考な僕だろう。


 ともあれ、城に泊まり込み過ぎて、城内では新参者に関わらず僕の顔はそれなりに知られている。


 一部、本当にごく一部、あの姫による部分もあったりするが無視できる範囲のものだ…と信じたい。


 

 そんな仕事で疲れた夜は、見晴らしの良い城壁通路にて夜空を眺めていたのだ。


 王女と面識を得たのはその頃の事。


 自分のどこに気に入る部分があるのか知らないが、それからは良く話しかけて下さっている。


 本人を前にしては死んでも言ってはやれないが。

あれ? 予想以上に長くなった。

話を分けた方がよかったかな?


興味ない人には読み飛ばされる内容だ…。


ここまで読んで下さって有り難う御座いました。

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