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第一話

 うららかな午後の日差しが心地よい、ある晴れた日の昼下がり。


 僕は城の中で最も目立たない場所に生える木陰で寝転がっていた。


 まだ冬の気配も残る季節だが、この場所はどうした事か年中一定の気温が保たれているような気がする。


 城を建てた時にたまたまそうなったのか意図的にそうしたのかは定かではない。四方を高い城壁に囲まれた猫の額ほどしかない小さな庭だ。


 他人に観賞される為に見栄え良く剪定された木々と異なり、この大きな桜にも花を咲かせる木はその枝葉を自由に広げている。庭師すらもこの場所を知らないことが伺える。


 最近の僕は、昼食後の休憩を必ずここで過ごしている。数日前から取り組んでいた古代語で書かれたこの本も今日には読み終えられそうだ。


 本とともに持ち込んだティーセットでお茶を飲みながらページを繰る僕の手は、しかしそこで止まった。


「ユーナー!どこにおるのだ?おーい!」


 心底鬱陶しいと思った僕は悪くない。


 なおも声は続いている。


 声は遠くなったり近くなったりしており、声の持ち主は大声を張り上げながら城内を彷徨っている事だろう。


 必然的に城内にいる人間にはあの大声が聴こえている事になる。


「勘弁してくれ…」


 この国がいかな小国といえど、城は城だ。しかも頭に「王」とつく。


 陛下や后様をはじめ、閣僚達にも「またやってら」と思われているに違いないのだ。


 放置すればこの呼び声はずっと続く。出て行ったら行ったで生暖かい笑みを向けられるに違いないのだ。


 なんだこの羞恥プレイ。どっちを選んでも、僕にはメリットが無い。


「でもなぁ、出て行かないときっと後悔するんだろうなぁ…」


 思わず一人ごちるが、たぶんそうなのだ。


 放っておいて後になると「悪いことしたなぁ」と思う小市民的思考の持ち主である自分が憎い。


 もう少し他人の感情に鈍感な人間になれたら良いのに。


「おーい!ユーナー!どこだと聞いておる~!」


「だから、僕の名前はユウナですって!それと城内で大声で呼ばないで頂けますか!?」


 この城を取り囲む城壁はぐるりと円を描く。


 その上部には歩哨が立つ為の通路が設けられており、件の呼び声はそこから聞こえてくる。


 僕は秘密の庭から誰にも見つからぬように出ると、階段を駆け上がりながら負けじと大声で抗議する。


「どこに行っておったのだ?随分捜したのだが見つけられなんだ」


 階段を上り終えると、一気に視界が開けた。


 ティーセットと本を小脇に抱えた僕の声に、呼び声の持ち主が振り返る。


 短く整えた菫色の髪が軽く揺れて、その下の緑の瞳が僕を捉えた。


 白いゆったりとした上着に合わせるような銀糸を編みこんだスカートが一拍遅れて彼女に追いつく。


 それだけ見れば大層絵になるのだろうが、あいにくとその口元はニマニマと笑みを浮かべているのだから性質(タチ)が悪い。


 乱れた息を整えながら、僕は彼女を睨む。


 僕は運動が苦手だってのに許すまじ、だ。


 周りに誰もいないのを確認しつつ、それでも小声で「あの場所ですよ」と答える。


 ポンと手のひらを打ち合わせ、彼女は笑った。


 彼女の頭上に光る電球が見えたのはきっと気のせいだ。


「おお、あそこは捜しておらなんだ。というより、私の声が聞こえておったのならもっと早く来ぬか。仮にも王女が可憐な喉を震わせながら城内を彷徨っておったというのに」

 

「ご自分で可憐なとか言わないで下さい。それに王女ならばもっと淑やかになさって下さいと常々申し上げておりますよね、僕は!大体まだ冬も残るというのに、そんな薄着でこんな場所まで。お体を大事にして下さいと何度も…!」


 乱れた息で一気に喋った為、さらに息が乱れる。


 顔が青白くなってるんだろうな。


「ほれ、そんなに喋るとただでさえ白い顔が蒼白になるぞ?おぬしこそ自重せんか。そもそも私に淑やかさなど求めるのがどだい無理な相談だな。人間、持って生まれた性分はなかなか抜けんものよ。そういうのはセリアに任しておる」


 そういうのって。それに妹君に任す任せないの話じゃなかろうに。


「このじゃじゃ馬が…」


 思わず毒づいた僕に非は無い。


 というか誰か同情してくれ。

 

 とりあえず、いつまでも城内用の薄着の彼女を放置しておくと、近衛隊長あたりが抜刀して迫ってくる図が容易に想像できるので上着を着せる。


 なんでこんな侍従みたいなことを僕がしなくちゃならんのだ。


「ここは冷えます。お早く城内に戻りましょう」


「そうじゃな。おぬしも見つけたことだし、今夜来るまでここに用はないな」


「今夜ですか?」


 彼女の言葉に僕は首を傾げる。何かあっただろうか。


 今夜はここで僕が天体観測を行う予定なのだが…。


「おぬしが今夜、天体観測を行うと聞いてな。王女の臨席じゃ。光栄に思うが良い」


 王女は口元に手の甲を当て、「フヒヒ…」と伝説の魔女のような笑い声を上げる。


「どこでそれを…。あ、アイツか…!?」


 僕がこのことを話したのは次席宮廷魔術師のエイドンにのみ。


 あの腐れ魔術師め。僕の趣味の時間にこんなじゃじゃ馬を放り込みやがった!


 大体、天体観測なんて天候次第の要素が大きい。


 気象予報などないこの国において首尾良く観測できるかなどそれこそ時の運。


 このじゃじゃ馬姫が忍耐力必須の趣味に向いてない事は火を見るより明らかだろうに!


「やっぱり後悔ばっかだよ」


「何か言ったか?」


 彼女は階段を下りながら、一歩後ろを歩く僕を見上げた。


「なんでもありません」


 きっと僕の声は、魂を抜かれたようなものだっただろう。


 彼女はニマニマと笑っていた。

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