その選択に世界は歓喜する《7》
ふっ、と意識が浮上する。
目を開けるとそこは自分に与えられた部屋だった。
夢……………
「……じゃないっ!」
ガバッと勢いつけて起き上がる。
寝る前まで感じていた倦怠感がなくなっている。
起き上がった勢いのまま、窓に駆け寄り、鍵を開けるのももどかしく開け放つ。
ふわり、と朝の空気が頬を撫でる。
昨日までよそよそしかった世界が、とても近くに感じた。
柔らかな朝の光も、鳥たちの鳴き声も、葉を揺らす風も、見えるものすべてが輝いているかのように。
「キレーだな〜…」
昨日までは、ただ観賞物として美しいとしか思えなかった景色が、今は感動と共に胸に染み込む。
「オレは今ものすっごく感動しているっ!みんな有り難うっ!今日からよろしく!!」
あまりに気分が良かったので、バカみたいに叫びたくなった。
まだ早朝っぽいし聞いてる人なんていないよな?
……いたら恥ずかしい。
誰かに向かってならまだしも、一人で叫ぶとか怪し過ぎる。何してたんだとか聞かれたら何て答えよう?
素直に世界に感謝を捧げてましたって言うか?
(……怪しさ満点だな。やっぱ止めよう。)
ていうかオレ言葉わかんねーじゃん。
「…いややっぱり止めよう。深沢が聞いて……」
独り言をぶつぶつ呟いていたら、外から何やら音が…………
「…ぶわゎっ!?」
何かに突進された。……どうやら鳥のようだ。
「な…っんで…こんなにいっぱい………ぶっ…ちょっ…待っ……」
わけがわからないが…何故かかなりの数の鳥たちが纏わり付いてくる。
もしかしたら餌をくれる人と間違えたのかもしれない。
「餌なんて持ってねーよっ…って聞けお前らーっ!」
なおも纏わり付いてくる鳥たちを空に帰そうとするが、まったく聞いてもらえない。
そんなこんなで怒鳴っていると、扉をノックする音が聞こえた。
次いで少し慌てた様子の声がする。
…すみません。言葉がわかりません。
相手のほうもそれに気づいたのか、こちらの応答を待たずに扉が開かれる。
そして中の様子…というよりオレの様子に気づき慌てて近づいてくる。
それを見た?のか鳥たちは一斉に飛び立っていった。
(うぅ…っ、朝っぱらから疲れた……せっかくのこの世界デビューの初日だったのに…)
「ーーーーー?」
長い金髪を二つに分け、きっちり三編みにしたメイドさん(たぶん)に覗き込まれて、オレは慌てて起き上がる。
言葉はどうせ通じないので、笑ってごまかす。
「ーーー。ーーーーー」
メイドさんは自分のやるべきことを思い出したのか、頭を深く下げて何かを言う。
たぶん朝の挨拶だろう。
この世界で生きていくと決めたのだから、自分もこの世界の言葉を覚えなければいけない。
と、いうことで早速。
メイドさんが言った朝の挨拶っぽい言葉を真似してみる。
発音が怪しいのはご愛嬌ということで流してほしい。
それを聞いたメイドさんは思わずといった風に身体を起こしてオレを見る。
(お?通じた??)
もしかしたら通じてなかったかもしれないけど、メイドさんのその反応が嬉しくて笑ったら、つられてメイドさんも笑ってくれた。
(お〜ぅ可愛いな〜)
笑顔のまま、メイドさんは衣類と水の入った丸い入れ物を指し示す。
(着替えて顔洗えってことかな?)
鳥に纏わり付かれたせいで、こっちの世界に来てからずっと着ていた制服はかなり汚れたので、有り難く衣服を借りることにする。
(こういう着方でいいのかな?)
布をたっぷり使った服は足首をすっぽり隠すほどに長く、ローブのように上下が繋がっていて、どうやらヒモを腰で縛って長さを調節するみたいだった。
(踏んで転ぶとか避けたいしな。ちょっと短めにしとくか)
後でお礼をしっかりしようと心に誓う。
もう自分は異世界から来たお客さんではないのだ。受けた恩はちゃんと返さなくては、この世界で生きていくための人間関係を築くのが難しくなるだろう。
着替えるのを扉の外で待っていてくれたメイドさんに、扉を開けて着替え終わったことを知らせる。
メイドさんは着替えたオレを見て微笑んでくれた。
(うわ〜このメイドさんの笑顔和むな〜。やっぱ人間関係には笑顔が大事だよな!)
そんなことを思いながら、どこかへ案内しようとするメイドさんについて歩く。
(さあ!この世界へのデビュー第一日目!
頑張るぞーっ!!)
決意も新たに張り切るオレに、どこからか吹く風が優しく過ぎる。
それがこの世界からの祝福のようで、思わず笑みが零れた。