その選択に世界は歓喜する《1》
その日。
冬の冷たさも、柔らかな日差しに和らいだ午後。
オレは、クラスメイトである深沢結果を探して校内を歩き回っていた。
…が、なかなか見つからない。
(あ〜…………もう帰ろうかな…いないし)
諦めて外に出ようとしたところ、逆に校舎内に入ってきた本人をやっと見つけ声をかけた。
「深沢。悪い、これ渡し忘れてた」
そう言ってプリントを示しつつ近づいてくるオレに、深沢は一瞬、誰だっけ?という表情をした。
(一年近くも同じクラスだったんだから顔ぐらいは覚えてて欲しいな〜)
と、思う。
別にオレの存在感が薄いわけではなく(薄くはないと信じたい)、もちろん深沢の記憶力が悪いわけでもない。
挨拶をする程の接点もなく、好き嫌いの感情を覚える程距離が近くなかっただけだ。
スポーツ万能で男女問わず人気のある爽やかな性格の深沢と、勉強運動共に平均ぐらいならいいや〜とつい思って頑張りの足りない(自覚はある)オレ。
行動範囲と視野が全く重ならなかったオレたちは、良くも悪くもそこに在るだけの…ただのクラスメイトだった。
「あぁ、高崎。わざわざ有難う」
顔と、ついでに名前も思いだしたらしい深沢が、女性にしては少し低い声を柔らかな笑みにのせた。
「いや、忘れてたのこっちだし。今日は部活は?」
渡してハイさよなら。というのはどうなんだろう?と思って話題を振ってみる。
別に相手が苦手だとか嫌いだとかいうわけじゃないのだ。ただ話す機会がなかった(もしくは作らなかった)だけで…。
「今から。教室に忘れ物して…取りに帰る途中」
そう言って、軽く苦笑する深沢。
「なんだ」
似たような行動をしてる深沢に、親近感を覚えてオレも同じ笑みを返す。
ただ、それだけ。
意味のない、ただの世間話。
オレにとっても、たぶん深沢にとっても。
何か特別なことをしたわけではなかったのに……
「「え?」」
そう口にしたのは、二人同時だった。
目の前にあるお互いの姿を見て、次いで自分の姿を確認して。
なぜか周囲の風景に溶けるように霞んでいく身体。見えるはずのない、自分の身体の向こうが見える事実に、二人とも言葉を発することができないまま…ただ茫然とそれを見つめていた。世界が消えるまで。
…いや消えたのはオレたちのほうか。
周りに人がいなかったのは良かったのか悪かったのか……
いたらもっと喚けたのにな〜と、ちょっとだけ思った。
【登場人物】
高崎 全
男。16歳。
一応、主人公。
勉強も運動も良くもなく悪くもない平均あたり。
頑張りが足りないという自覚はある。が、特に不都合も無いのでずるずるとそのまま。
深沢 結果
女。16歳。
高崎のクラスメイト。
勉強より運動が得意。爽やかで裏表のない性格のためか、女性にしては低めの声も合わせて男女年齢問わず受けがいい。