よって本日の断罪議案は全差し戻しといたしますわ ~悪役令嬢に転生した鉄壁の女監査部長、鬼のコンプラでざまぁを完全粉砕する~
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ライトなギャグなのでぜひ楽しんでいってください。
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シャンデリアの眩い光が、色とりどりのドレスと豪奢な正装を照らす王立学園の卒業記念パーティー。
華やかなワルツの演奏が唐突に途切れ、オーケストラが息を呑むような静寂が広がるなか、壇上に立った第一王子エドワードが怜悧な指先をこちらへ突きつけてきた。
「エレノア・フォン・グランヴェル公爵令嬢! 貴様の悪逆非道、もはや見過ごすことはできん! 心清きマリアに対する度重なる嫌がらせ、教科書の破棄、夜会ドレスの汚損、さらには階段からの突き落とし未遂……! 本日、この場をもってお前との婚約を破棄し、国外追放を言い渡す!」
会場中が一斉にざわめいた。
エドワード王子の背後では、男爵令嬢マリアが栗色の髪を揺らし、庇護欲をそそる瞳に大粒の涙を浮かべて震えている。
王子を取り巻く取り巻きたち――近衛騎士団長の息子と財務卿の息子が、正義の執行者気取りで腰のサーベルに手をかけ、私を射殺さんばかりに睨みつけていた。
……ふぅ。
私は心の中で、深く、冷徹なため息をひとつ吐き出した。
前世の記憶が蘇ったのは半年前のことだ。
私の前世は、東証プライム上場の大手コングロマリットで内部監査部長を務めていた一条麗子(三十八歳)。数々の粉飾、裏金、役員の横領を白日のもとに晒し、「血も涙もないコンプラの鬼神」と社内で恐れられ、最後は三月期末の決算監査中に過労死した女である。
そんな私が転生した先は、どうやら生前、部下が熱弁していた乙女ゲームの世界。
目の前で顎をしゃくっている金髪碧眼の王子が攻略対象で、泣いているのがヒロイン。そして私が、最後に破滅する運命の「悪役令嬢」らしい。
私は両手に持っていた扇子を、パチンと小気味いい音を立てて閉じた。
「アラン」
「御意に、お嬢様」
私の背後に影のように控えていた専属従者――銀髪眼鏡の冷徹美形アランが、一分の狂いもない動作で、漆黒の革表紙で綴じられた分厚いA4バインダーと万年筆を私の手元へ差し出した。
「コレット、証憑の原本控えは?」
「ばっちりですお嬢様! いつでも出せます!」
私の斜め後ろで、快活な専属侍女コレットがメイド服のポケットからインデックス付きの書類束をシャッと掲げて不敵に微笑む。
準備完了ね。
私はドレスの裾を払って優雅に一歩前へ出ると、会場中に凛と通る極上のビジネストーンで口を開いた。
「恐れ入ります、殿下。本件、事実認定および決裁手続き(ガバナンス)に重大な瑕疵がございます」
「……は?」
エドワード王子が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で眉をひそめた。
「な、何を言っているのだエレノア! 往生際悪く言い逃れをする気か!?」
「論点のすり替えはお控えください。私は事実の有無以前に、この場の告発および処分決議そのものが法的に無効であると申し上げております」
私はアランから受け取ったバインダーを胸の高さに掲げ、万年筆の尻で書類をトントンと叩いた。
「まず第一に、告発理由における『客観的証拠』の完全な欠落です。殿下は先ほど、私がマリア様の教科書を破棄し、ドレスを汚損したと仰いました。しかし、それらを裏付ける第三者証言調書、現場検証記録、あるいは魔導防犯記録の照合データはどちらに保管されておりますでしょうか?」
「なっ……! 証拠だと!? マリアがこうして涙ながらに証言しているのだぞ! 彼女の傷ついた心が何よりの証拠ではないか!」
エドワード王子が胸を張って言い放つ。
私は思わず、前世で「現場の熱意が一番のエビデンスです!」と稟議書を持ってきた営業部の無能部長の顔を思い出しそうになった。
「殿下。利害関係者である被害申告者の主観的供述は、単体では客観的証拠になり得ません。それは証拠ではなく、単なる『主張』です。立証責任は告発側にあるというのが司法の初歩原則かと存じます。ましてや学園の階段突き落とし未遂につきましては――」
「こちらが該当時刻のアリバイ証明書でございます」
背後からアランが、すっと一枚の羊皮紙を掲げた。
「事件発生とされる日時の私のタイムスケジュール――公爵家侍女三名、学園図書館司書一名の署名捺印入り行動ログによれば、私は終日、法学棟の自習室に滞在しておりました。物理的に犯行は不可能です」
「ぐっ……そ、それはお前の息のかかった者たちの偽証に決まっている!」
横から怒声を上げて口を挟んできたのは、赤髪の近衛騎士団長の息子だった。
「では、その『偽証』を裏付ける客観的反証データをどうぞ」
「えっ」
「どうぞ。客観的な反証をお示しください。まさか騎士団長のご子息ともあろうお方が、当て推量と印象論だけで公爵令嬢に偽証罪の疑いをかけていらっしゃるわけではありませんよね? 名誉毀損および職権乱用にあたりますが、そちらのヒアリング調書も作成いたしましょうか?」
「う……あ……」
騎士の息子がたじろぎ、顔を青ざめさせて一歩後退る。すかさずアランが速記魔法でその発言をサラサラと記録していく。
私はすかさず、泣き濡れるマリア男爵令嬢へと視線をスライドさせた。
「マリア様。あなたにも確認事項がございます」
「ひっ……!?」
「精神的苦痛による被害を訴えるのであれば、学園専属医または王立病院による『全治期間が明記された診断書』、ならびに汚損されたドレスの現物および購入領収書のご提出をお願いいたします。感情に訴えかけるパフォーマンスは結構ですので、帳票類を揃えてください。お話はそれからです」
「え、あ……その、ドレスは……もう捨てちゃって……」
「重要証拠の隠滅ですね。事実関係の調査を著しく妨害する行為です。監査対象として心証が極めて悪化いたしますよ」
「コレット」
「はいっ! マリア様が『ドレスを捨てた』と主張される前日の夜、学園指定のゴミ集積所および寮の廃棄ログを調査しましたが、該当する廃棄物は一切確認されませんでしたー!」
コレットが満面の笑みで業務日誌をペラリとめくって見せる。
冷徹に退路を塞がれたマリアは涙をぴたりと止め、ポカンと口を開けた。完全にシナリオが狂った、という顔だ。
「え、ちょっと待って……? 断罪イベントって、こんな……大手監査法人のガサ入れみたいな空気だっけ……?」
マリアが小声で呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
やはり転生者ね。だがここは乙女ゲームの都合のいい舞台ではない。人間が社会を営み、法律と予算で動いている現実の国家組織だ。
「そして第二に、決裁権限の著しい逸脱についてです」
私はバインダーをめくり、一枚の契約書をエドワード王子に向けて突きつけた。
「王家とグランヴェル公爵家の間で締結された『王太子妃選定に関する包括的合意協定書』第十二条・破棄条項をお読みいただけますか? ――『婚約の解消には、双方の当主の署名捺印、および枢密院監査委員会の過半数による承認決裁を要する』。殿下、国王陛下ならびに我が父グランヴェル公爵の承認印はどこにございますか?」
「そ、それは……今ここで余が決定し、事後承認を……!」
「事後承認での重大契約破棄は認められません。コンプライアンス(法令遵守)の基本中の基本です。代理決裁の委任状もない単独の意思決定は、権限外行為として法的に無効。よって、国外追放令を含め、先ほど殿下が宣じられたすべての処分命令は効力を持ちません」
「お、おのれエレノア……! 屁理屈ばかり並べ立ておって! 王族である余の言葉に背くというのか!」
エドワード王子が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。見苦しい。まったく、ガバナンス意識の欠片もないドラ息子だ。
「屁理屈ではありません、統治機構のルールです。――ですが殿下。そこまでして『不正を正したい』と仰る正義感がおありなら」
私はバインダーの中から青いインクでびっしり埋め尽くされた、別の書類の束を引き抜いた。
「こちらの【生徒会費および王室遊興費に関する内部監査報告書】についても、この場でご説明願えますでしょうか?」
「な……なんだと?」
エドワード王子だけでなく、財務卿の息子の顔色が、一瞬で土気色に変わった。
「過日、生徒会の帳簿を独自に監査いたしましたところ、使途不明金が計四千二百万ゴールド確認されました。特に酷いのがこちら。マリア様が先週身につけていらした『星彩石のティアラ』――購入名目は【王立学園・防災用大型備蓄毛布一千枚】。決済承認者は財務卿のご子息、あなたですね?」
ビシッと万年筆で指名された財務卿の息子が、「ひっ……!」と短く悲鳴を上げてその場に膝をついた。
「ま、待てエレノア! それはマリアの入学を祝うための、その、特例の予算措置で……!」
「国家防災予備費の目的外流用は、王国立法第七十二条における公金横領罪に該当します。最高刑は地下牢での強制労働刑ですね。さらに殿下、こちらの高級宝飾店からの請求書、宛先が『王室外交交際費』となっておりますが、裏付けとなる外交使節団の接待記録が存在しません。実態はマリア様への私的な贈答品ですね? これは特別背任です」
「な……ななな……ッ!?」
エドワード王子が喉を詰まらせ、泡を吹きそうになりながら後退る。
「さらに言えば、殿下がマリア様をこれほど露骨に贔屓し、公金を私的流用して買い与えた事実。これこそが、マリア様を他の生徒たちからの嫉妬や疑念という名の『嫌がらせリスク』に晒した根本的な原因――すなわち経営陣(生徒会幹部)の安全配慮義務違反です。マリア様が本当に精神的苦痛を受けておられたのなら、その加害者の筆頭は、殿下、あなたですよ」
「よ、余が……加害者……!?」
エドワード王子が愕然と目を見開く。
会場の空気は、もはや「悪女の断罪」などという生ぬるいものではなくなっていた。
学生たちの目は、王子とその取り巻きたちへの軽蔑と疑惑、そして国家の不正経理を白日のもとに晒した公爵令嬢への畏怖で満ち満ちていた。オーケストラの団員すら、バインダーを持つ私の手元を固唾を呑んで見つめている。
「……え、あの……私、王子様に愛されて玉の輿に乗るはずだったんですけど……」
マリアが震える声で呟き、自分の首元のティアラを慌てて外そうとし始めた。横領の証拠物件だと気づいたらしい。遅い。
「以上をもちまして」
私はドレスを優雅につまみ、会場全体に向けて凛とした声で宣告した。
「本日の断罪議案は、全差し戻し(ペンディング)といたしますわ。本件に関与したエドワード殿下、ならびに生徒会役員全員の役職即時停止、および資産凍結手続きの申請を、明日午前九時付で枢密院監査部へ提出いたします」
「ま、待て……! 待ってくれエレノア! 余が悪かった! 話し合おう、これは何かの誤解だ……!」
すがりつこうと手を伸ばすエドワード王子。
だがその手は、突如として割り込んできた銀色の甲冑によって無情にも遮られた。
「そこまでだ、兄上」
重厚な足音とともに壇上へ現れたのは、黒髪を短く刈り込んだ理知的な青年――エドワード王子の異母弟であり、王宮の実務を一手に担う第二王子、ユリウス殿下だった。
その背後には、武装した近衛兵たちが整然と並んでいる。
「ユ、ユリウス……!? なぜお前がここに……!」
「監査部長殿――失礼、グランヴェル公爵令嬢より事前に内部告発の通報を受理していたのだ。兄上、ならびに関係者諸君。公金横領および職権乱用の容疑で、別室にて事情聴取を行う。全員、連行せよ」
「離せ! 余は第一王子だぞ! エレノアーーーッ!!」
見苦しく喚き散らすエドワード王子と、腰を抜かして引きずられていく取り巻きたち。
会場から嵐のような拍手とどよめきが沸き起こるなか、ユリウス殿下が私のもとへと歩み寄り、胸に手を当てて深く一礼した。
「見事な手際だった、エレノア嬢。証拠の保全、関係者の誘導、大衆の前での外堀の埋め方……完璧な内部監査だ。前々から兄上の不正には頭を痛めていたのだが、これでようやく王宮の膿を出し切ることができる」
「恐縮です、ユリウス殿下。適正な統治には、厳格なガバナンスとコンプライアンスが不可欠でございますので」
私が完璧なカーテシーを返すと、ユリウス殿下は形のいい唇を微かに吊り上げ、熱っぽい視線をこちらに向けてきた。
「……父上とも話したのだがね。兄上との婚約が正式に無効となった暁には、ぜひ我が執務室の『最高監査責任者』として、そして私の新たな婚約者として迎え入れたいと思っているのだが……どうだろうか?」
「殿下のお心遣いには感謝いたします。ですが――」
私はアランから素早く差し出された来期の業務予定表をチラリと確認した。
「まずは今回の横領案件の全容解明、流用資産の回収、学園規約の全面改定、ならびに王国各省庁への抜き打ち特別監査が控えております。私との個人的な契約交渉につきましては、それらの業務改善が完了したのち、正式な稟議書を提出していただきたく存じます」
「ははっ、手厳しいな。だが、それでこそ私が望む女性だ。……楽しみに待っているよ」
苦笑しつつも頼もしそうに頷く第二王子を見送り、私は呆然とその場に取り残されていたマリア男爵令嬢へと向き直った。
「マリア様」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
「あなたが家庭の困窮からエドワード殿下の甘言に乗せられていた点については、情状酌量の余地を認めます。週明け月曜の午前九時に、学園監査室へいらっしゃい。正規の特待生向け奨学金制度の申請書類と、横領の共犯から外すための事情聴取シートを用意しておきますから」
「……せ、先輩……! あ、いえ、エレノア様……! 一生ついていきますぅぅぅっ!」
涙目で拝むように頭を下げるヒロインを見下ろしながら、私は万年筆をアランの手元へと戻し、ふうと息をついた。
「アラン、コレット。撤収作業に入りましょう」
「承知いたしました。議事録のドラフトはすでに作成済みでございます」
「お嬢様、パーティー会場の軽食から美味しそうなサンドイッチ確保してきましたー!」
――ふぅ。これにて、今期の断罪監査業務は完了ね。
さて、月曜までに是正勧告書のドラフトを仕上げなきゃいけないわ。今夜は徹夜になりそうだわね。
騒然とするパーティー会場を後にしながら、私は前世と変わらぬワーカホリックの血潮が高鳴るのを、確かに感じていたのだった。
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