馬鹿と手帳は使い道
ミステリの新作長編小説です。お付き合いくださいませ。
登場人物
千乃時 加羅 喫茶店のオーナー
傘吹雪 刀利 無職
大谷 雪 記者
藤間 三郎 扇館のオーナー
塚原 宗次郎 扇館の客
三瓶 智子 扇館の客
三田 洋平 バスの運転手
堀田 シズル(ほった しずる)扇館の近辺住人
林 豪扇館の店員
新藤 アカネ(しんどう あかね) フランス人とのハーフ
宮本 綺麗 大学生
20XX年。とある東京都の喫茶店にて。その店は古びた路地にあり、あまり日の目を見ない。知る人ぞ知るという感じの店である。
そんな喫茶店の扉を開くと、右手側にカウンターがある。カウンターの中では、一人の男が皿を洗っている。サンドイッチが乗っていた皿だ。
男の名前は千乃時加羅。何を隠そう、喫茶店のマスターである。
見た目は、髪がボサボサ。髭こそしっかりと剃られているものの、もう少し髪の毛を整えていもいいのではないか、と口出ししたくなる。
その反面、彼の着ている白いジャケットはピシッとしている。黒いシャツも似合っている。髪型さえ整えれば美形なのではないか。
店内の様子。数人の客がいる。赤いソファがメイン。テーブルは黒目の茶色で、どれも高級品ではないが、品がある。加羅が直接、買ってきたものだ。
客はコーヒーを啜っている。加羅の自慢のコーヒーだ。
そんな中、明らかに目立つ客がいた。なんと青い髪の女性。おまけに青いカラーコンタクトをつけている。着ている服は白いパーカー。目立つ。とにかく目立つ。
その女性の名前は、傘吹雪刀利。18歳の無職少女である。彼女もまた、コーヒーを飲んでいた。しかし、金を払っていない。
刀利が口にする。
「加羅さん、おかわりぃ」
なんと無料でコーヒーを要求している。二人の仲は良かったが、恐ろしい事態である。
「今日の分のタダのコーヒーは終わりだ」
「えー。そこをなんとか!美味しいのでござる。是非とも飲みたいでござる」
「駄目なものは駄目だ」
「東京地裁に行くしかありませんね」
「捕まるのはお前だぞ」
加羅は呆れながら皿を洗っている。
しかし、すぐに話題を変えた。
「ところで刀利、旅行に興味はあるか?今度行くんだが、一人じゃつまらなくてな」
「え!ビッグチャンス!ビッグビジネス!バロンドール!」
刀利はたちまち笑顔になった。旅行に誘ってもらえたのだから。
刀利は続ける。
「どの辺りに旅行に行くんですか?」
「ここから電車で5駅ほど離れた所だ。いい場所らしい。なんでも、建物の構造が少し特異らしい」
「へぇ。建物の構造の不可思議さときたら、それはミステリィの香りですね」
「殺人事件など起きない」
「小説の話です。さて、いつ行くんですか?」
「来週だ。一泊二日。手軽な旅行だ」
「加羅さんのお仕事とは関係ない?」
「ない。ただの旅行だ」
加羅の仕事。それは喫茶店の経営だけではなく、犯罪事件の解明でもあった。一般人だが、警察の調査に協力し、何度か大事件を解決してきたのだ。
しかし、その仕事とは無関係らしい。ただの旅行。
「じゃあ事件は関係ないんですね。他に誰か来るんですか?」
「大谷が来る」
「大谷さん?まさか、秘め事でも?」
意味不明の刀利。大谷とは、加羅の知人の記者女性である。
「あいつが記事を書いているらしい。なんでも、館関連の書類を漁っているとかでな。別に、一緒に行くわけじゃない。ただ、向こうで合流するだろうな」
「むーん。わかりました。トランプでも持っていこうかなぁ。いい館。鋭く光る、7ならべ」
謎の俳句を披露する刀利。トランプは使えるだろうが。
「まあ、英気を養っておいてくれ。端末のカメラを持っていくのもいいだろうな。特殊な館だから、いい経験だろう」
「そんなに変なんですか?」
「変ではないが。扇状らしい。館の中にも扇形。外から見ても扇型。さあ、今日は帰れ。これがチケット」
加羅は緑色のチケットを刀利に手渡した。頷く刀利。
「承知しました。では、また来週」
ささっと帰る準備をする刀利。
「コーヒーの料金は?」
「バレましたか」
てへっと舌を出す刀利だった。
その翌週。加羅と刀利は文房具屋に居た。まだ旅行ではない。加羅の事情で、手帳を買いにいに来たのである。
刀利も手帳を買いに来ようと思っていた。読んだミステリィ小説のメモである。
店内に人気は少ない。どの列を見ても人がいない。時代だろうか。
「人が少ないですね。文房具は必要ではない?」
「最近は本屋にも置いてあるからな。さて、手帳か……」
加羅の手帳の目的は、日々の閃きのメモ。喫茶店の収支。その辺りである。
彼は黒い手帳を好む。喫茶店の前オーナーには可愛がってもらっていた思い出があって、そのオーナーが黒い手帳を使っていたのだ。
そのオーナーを信頼していた加羅は、今でも黒い手帳を使う。
ざっと探してみる。それらしき物は見つかった。
「これにするか」
「ちゃんと選びました?」
「こういう物は最初に引っかかったのが正解だ」
「先入観無しって言うんですかね。黒い手帳かぁ。私はどうしよう。青かな」
「とことん青だな。拘りでもあるのか?」
「あります。馬鹿を相手にしない心持ち」
「ほう?」
「先入観で判断してくる馬鹿を相手にしない。青だからなんなんですか。見た目で判断しないでいただきたい。そんな反抗心です」
「よくはわからないが、ポリシィがあることはわかった」
加羅は手帳をカゴに入れた。刀利は詳しく相手にしてもらえないで不服のようである。
レジへ向かう加羅。刀利は手帳を探している。
この時購入された手帳は、扇館にも持ち込まれることになる。




